「同棲生活、楽しいっスか?」
「普通」
「えぇまだ始めたばっかスよね、今が一番楽しい時期じゃないんすか?」
「声でかい、外聞こえんだろ」
新しい家を探すことはなく、結局俺のうちになまえが引っ越してくる形で、一緒に住み始めてから暫く経った。
元々半同棲みたいな感じだったしそんな大きくは変わらないと思ってたが、おんなじ家に帰るのが当たり前になった現状に内心かなり満足度は高い。
ただそれを表に出すような年齢じゃないし、なんなら死んでも悟られたくないってだけで。
「そんなんでなまえさんに愛想つかれないといいけど」と聞こえるかギリギリの音量で呟いたピンクの物体に、しっかり聞こえたので肘打ちしたら「ひぇ地獄耳」と震えていた。
「美術スタッフに可愛い子入ってきたって教えた時は興味ないって言ってたのに、いつの間にしれっと手ぇ出して次は同棲ですもんね。そもそも何きっかけで恋愛に発展したんすか?」
「こんな場所で話さねえよ。無駄口叩いてないでいい加減自分の楽屋戻れって」
「じゃあ聞きたんできょー飲み連れてってください!」
「それが目的か、結局タダ酒飲みたいだけだろ」
「バレました?…あ、ちょっマジすんませんって」
まあ例えせがまれても馴れ初めなんて語るタイプじゃないし、こいつには死んでも言わないけど。
きっかけなんてほんの些細なもんで。
兎原がやたら可愛いと騒いでた新人スタッフというだけの認識だったなまえ。
徹夜してコバイキンの顔を描いてた時に、「手伝います、」と初めて向こうから声をかけられた。
ペンを片手に遠慮がちに隣に座って、自分から声をかけてきたわりには俺の眼差しに少し怯えるような雰囲気で。…そんなに顔死んでんのかなと思うのと同時、それ以上何を話したわけでもないが不意に「いつもお疲れ様です」とだけ言われて。その時少しだけ気持ちが軽くなったのを今でも覚えてる。
それからよく目で追うようになって観察してたら、裏で時折すごいしんどそうな顔してる時があったから。
人の心配よりまず自分の心配しろよと思いつつ、柄にもなく自分から声をかけて、今度は徹夜でなまえの仕事を手伝ったりしたこともあった。
警戒心が解けたのかそれを境によく話しかけられるようになって、暫くしてから好きだと言われて、迷った末に結局付き合うことになって。
昔から、付き合うと別れるはセットでついてくるもんだと思ってたから、特別な何かを作ると関係が深くなった分だけ、いざその時がきた時の傷も深くなる。
なまえが言ってた「万が一独りに戻った時が辛い」ほんとはその気持ちとか痛いほどわかるし。
だから付き合うにしても、そんなに本気にならないようにしてたはずだった。けど結局は、もう既に引き返せないとこまで来てるし、もはや精神安定剤となったなまえに依存しまくってる。
それがどこまでアイツにちゃんと伝わってんのかはわかんないけど。
兎原が言うように愛想をつかされたくなかったらほんとはもっと、揶揄ったり捻くれたやり方じゃなくて、甘い言葉の一つや二つ言って大切にしてやらなきゃならないのは頭ではわかってる。
ただいい歳こいてそんな簡単そうなことがかなり難しいと、なまえに出会ってからよく思うようになった。
「裏道さん?おーい…死んだんかな」
「生きてるよ」
「顔こわっ、そ、そろそろ撮影始まりますけど…考えごとっすか?」
「…ダチョウの卵って、ゆでるのに約4時間かかるらしいよ」
「え…マジ大丈夫っスか、裏道さん」
ガチのトーンで心配されて、立ち上がると露骨にビクついたピンクの物体。楽屋を出て、一歩後ろをついてくる兎原とスタジオに向かう途中、着ぐるみ姿の熊谷がガラス張りの休憩室の方をじっと見つめて佇んでいた。
つられるように視線を向けると、なまえと得体の知れないスーツの男が一緒にテーブルを囲んでて。
「え!誰アレ!?」
「なんでお前のが反応してんだよ、声でかい」
「だって、」
「お偉いさんの息子らしいですよ。なまえさん入り口で口説かれて、さっきあそこに連れて行かれました」
「マジかよ、立場利用してナンパとか。なまえさん誰にでも愛想良いからなー…いんすか?裏道さん」
「なにが」
「今すぐ相手の男に殴りかかりに行くタイプじゃないっスか、裏道さんって」
「そんなんしたらクビになるじゃねえか。…仕方ないんじゃないの、お茶ぐらい。襲われてるわけでもあるまいし」
「でも本音は?」
「うるさい」
なまえがあんなんに靡くとも思わない。けど、誰か違う男とああやって話したりしてる姿を見るとアイツはほんとに俺でよかったのか、なんて微塵も自信のない思考がチラつく。
そんな考えになんのは他の誰のせいでもなく、普段の自分の行いのせいなんだけど。
じっと見てたら一瞬、こちらを見たなまえと目が合って。
すぐに逸らしてスタジオに入った。
「なんかきょーの裏道さん変だよな」
「いつもだろ」
「つか見てたんなら助けてやれよ、なまえさんめちゃ困ってんじゃん」
「いや、なんか面白そうだったら」
「度胸あんなあお前」
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露草