「お疲れ様、ちょっといい?」

スタジオを出たら声をかけられて、差し出された名刺には局長と同じ名字が書いてあった。
下っ端もいいとこの私なんかに何用なんだろう、と聞く間も無く近くの休憩室へと連れられて。

話してみると仕事というよりは遊び相手探しって感じで、のらりくらり交わして貼り付けたような笑顔を浮かべてたら感じた視線。

ガラス越しに、ウサクマともれなく裏道さんと一瞬目が、合ってしまって、

まずい、直感でそう思った。





「…おつかれ」

「あ、…お疲れ様です。」


丁度、資材室を出たタイミングで私服姿の裏道さんと鉢合わせした。


「上がりですか?早いですね、今日」

「なまえは?」

「私も、着替えたらすぐ帰りますよ」


でもって帰ったら、さっきのこと早く説明しないと。
職場でする当たり障りない会話に、逆に危機感が募ってしまう。

資材室の扉に鍵をかけて、では、と頭を下げて横を通り過ぎようとしたら伸びてきた手に腕を、掴まれた。


「ど、…どうされました?」

「資材室…取りたいものあるからもう一回、鍵開けて」

「え?取りたいもの…」


絶対ないですよね?とは言えず、わかりましたと頷いて再び鍵を差し込む。

同じ家に帰るのに、もしかしたら待てないくらい怒ってるのかもしれない。…けど、正直私は悪くない気もするし。さっきの状況、どういう解釈をされたんだろうか。

二人で誰もいない資材室に入るとガチャン、と鈍い金属音と共に扉が閉まって。

すぐに内側から鍵をかけた裏道さんに背中に冷汗が伝う。

どう切り出すのが正解か迷ってるうちに、何を言うわけでもなくただぎゅっと、力強く抱きしめられた。


「え、う、裏道さん…?どうしたんです、急に」

「別に、ただ……なんとなく」


怒ってるのかと思ったけど、どうやら違うらしい。

首筋に捨て犬のように擦り寄ってくる姿に、甘えてる、というよりはどことなく弱ってるような気がする。
本来ならずいずい詰め寄ってきて意地悪くさっきのこと聞いてきそうなのに。


「裏道さん。なにかあったんですか?」

「なんもない」

「…何もないのにこんなことするタイプでしたっけ、しかもこんな場所で」

「………」


なんか、本当に捨て犬に見えてきてしまった。
宙ぶらりんだった手を背中と、黙り込んでしまった裏道さんの後頭部に回して頭を撫でてみる。

さらさら指通りの良い髪、指先に絡めながら遊んでいるとより強くなった腕の力。

まるで縋り付くように、ただただぎゅうと、腕の中に閉じ込められる。


「さっきの人とは、何もないですから。…変な心配しないでくださいね?」

「…わかってるよ。…そーいうんじゃなくて」

「…私が好きなのは、裏道さんだけです」

「なに?突然」

「大好きですよ、裏道さん」


どことなく、不安を感じているような声色だったから。
伊達に付き合ってるわけじゃないし、

そういう時、言って欲しい言葉というのはよくわかる。

言葉足らずなこともあるけど、いつも裏道さんなりにたくさん伝えてくれるように、私も裏道さんが欲しい時は、同じように与えたいと思うから。

今のが正解、なのかどうかはわからないけど。


「駅で待ち合わせして、帰りに一緒にスーパー寄って帰りませんか?なんでも作りますよ。オムライスとかハンバーグとか」

「…なんかすごい子供扱いされてる気がすんだけど」

「甘えていいんですよ。せっかく一緒に住んでるんだし、弱ってる姿も含めて裏道さんのこと、っむ」


言い切る前に、裏道さんの手によって口を塞がれた。


「もう、充分。わかったから…ありがと」

「…照れてます?」

「うるさい」


顔を上げても全く合わない視線に口元が緩みきってしまう。
調子に乗って目線を合わせるように覗きこんだら、顎を掴まれて荒いキスの餌食になった。


「っん、ん!」


目を瞑る暇もなく、黒目がぶつかった時にはもう、いつもの裏道さんに戻ってて、


「はあっ…慰めてあげたのに、卑怯じゃないですか?今の、」

「調子乗るからだろ」


…可愛いタイム、あまりにも短い。

ちょっと残念、という気持ちが多分、顔に出た。


「…いつもの俺じゃ、不満なわけ?」

「もう何も言わないです、さっき充分って言われたんで!」

「やっぱ、もう一回」


言って、とせがむように首に回ってきた腕に、裏道さんも大概で臆病なんだよなと思いつつ。
私ばっかり言わされてちょっと癪ではあるが結局、惚れた弱み。そう言うとこ含めて好きだから。

もう一度背中に腕を回して、


「いつもの裏道さんが、好きですよ」

「…知ってる」


返事は可愛くなかったけど、調子は戻ったみたいだし。

案外単純なとこはやっぱり可愛かったから…まあ、いっか。


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露草