既に我慢は限界に近い。
「ねえ」
「なに?」
「今日は流石に家、来るでしょ」
「え、なんで?」
なんで?って、いや逆にこっちがなんで。
のらりくらり交わされて、もう一カ月近く放置されてんだけど。よく言えたなこいつ。
「今日見たい配信あるから急に言われても」
「配信ってなに、またあの…なんか目がチカチカするやつ?」
「チカチカって…まあ、いいよ。言っても裏道さんわかんないだろうし」
年下で、尚且つ20代と30代。
こいつがよく見てる派手なキャラクターが喋って動く動画は説明された事あるけど確かによくわからん。
かと言ってそんな諦めたような言い方されんのは、彼氏としての立場がない。
「今日じゃなきゃダメなの、その配信見んの」
「バレンタイン限定だもん」
「あ、そ。」
俺より配信か。
悪びれない顔でそんなこと言われたらもうこれ以上は食い下がれねーし。年下の彼女にいい加減構え、なんて事もこの歳になって言えねぇし。ついでにその後の収録は愛情に飢えたバレンタインを憎む鬼、とかタイムリーにヤな役やらされるし。
「裏道さーん!今日なまえちゃんからチョコ貰えたんスか?」
「あ?」
彼女いんのにチョコ貰えねえし、踏んだり蹴ったりじゃねえか。
「え、まさか貰えてないんスか?俺たちですら貰えたのに、キッ◯カット」
「義理だろそれは」
「義理でも貰えないよりはマシ…あ、ほんとすんません殴んないで」
震えながら熊谷の後ろに隠れたピンクの物体、最早殴る気にもならん。
前はそれなりに泊まりに来てたなまえが、よくわからんキャラがよくわからんゲーム配信とかする動画にハマって早一カ月。めっきり泊まりに来なくなっし職場でも休憩中ほとんどスマホ弄ってるし。前に立ってんのに画面見て気づかれなかった時は空気になったかと思った。
バレンタイン、甘いの好きじゃねえし別にチョコが欲しかったわけじゃないけど。かと言って、何もないまま終わんのは虚しくないかと聞かれたら、現状は虚しいに決まってる。
はあ、自然と出たため息。楽屋戻って着替えて、今日は帰って酒飲んだらすぐ寝る。
「裏道さん、今日飲み行きますか」
いつもはピンクの兎がよく言ってくる台詞を、珍しく気を遣ったように熊の方が言ってきた。
「…いいよ今日は。」
彼女に相手にされず後輩に慰められるとか、らしくない以上に情け無い。
とりあえず今度、メンタルが回復したら熊の後ろでわざとらしく震えてる兎は、シめる。
密かに誓いながらスーパー寄って適当にビールとつまみを買って帰り、マンションが見えてきたとこで入り口の人影に気がついた。
こんばんは、だけ言って素通りしようと思ったが顔見てすぐ、足が止まる。
え、
「なにしてんの」
「なにって、今日うちくる?って言い出したの裏道さんの方でしょ」
「あの話の流れで来ると思わないだろ、普通」
幻覚かと思ったらまさかの本物。
来んなら楽屋いる時一言声かけてくればいいのに。
「配信、裏道さん家で観ていいなら今日、泊まっててもいいよ」
少し赤くなってるなまえの鼻に、どのくらい外で待ってたのかは知らないけど。
そいえばこいつは、こういうやつだった。
普段はわりとドライな方で、俺とおんなじで表情のレパートリーも少ないくせに。
慣れてない故のデレ方と、もれなくその顔がめちゃくちゃにかわいい。
「ビールしか買ってないけど…甘い酒しか飲めないもんな。買い足す?」
「んーん、今日飲まないからいい」
握ったらやたら冷たい手。
普通に話してるけど今までの事、全部どうでもよくなるくらいには嬉しい。なんて単純すぎるな我ながら。
悟られないように、何食わぬ顔して二人でエレベーターに乗り込んだ。
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露草