「熊谷先輩、弓道辞めちゃうってほんとですか!?」

「なんだ突然」

「最近部活休む事多いし…兎原先輩にJKにモテたいから教職の授業増やしたって聞いて、」

「動機が不純すぎるだろ、アイツの言ってる事全部間に受けてんな」

「違うんですか?」

「実習始まったら時間無くなるだろうしそのうち部活は辞める。その他の事は、お前には関係ない話だ」

「っ、」


捨て犬のように、今にも泣き出しそうな顔をされた。

罪悪感がないと言えば嘘になる。それでもいずれ突き放さないとこいつは、何処までも俺の後を着いてきそうな気がしたから。

出会った頃からずっと飼い犬のように忠実で、素直な奴だった。
憧憬の眼差しを向けられがら追いかけられるのは正直かなり鬱陶しかったがおかげで日々、退屈しなかったのも事実。

だがこれ以上長く一緒にいるつもりは、ない。


「たっ確かに将来のこととか…私には関係ないかもしれないですっ。でも、知りたいから、教えてくださいっ熊谷先輩のこと!」

「知ってどうすんだよ」

「どうもしません。ただ、単純にすき…だから、知りたいんです」


「わたしっ好きなんです、熊谷先輩のことが!!」


こいつの真っ直ぐな顔が嫌いだ。

どんなにあしらっても突き放してもいつも本音でぶつかってるとこ。

お前にはもっと優しくて、器用な男の方がこの先絶対うまくいくはずなのに。

馬鹿なやつ、


「ガキに興味ねぇつったろ」


だから全部、その一言で片付けた。

でも本当は、向き合って…嫌われでもすんのが、今思うとイヤだったのかもしれない。






「お疲れちゃ〜ん!」

「お疲れ…さまです?」

「君、最近入ったアシスタントの子でしょ?裁縫できる?」

「裁縫、人並みにはできます」

「ほんと!助かるよ〜これ、ちょっと直しておいて、衣装さんみんな帰っちゃってさあ!」


スタジオで残った雑用を片付けてやっと帰れそうというタイミングでディレクターに渡されたのは、収録で使ったうらみちお兄さんの衣装だった。

私の返事も聞かず「僕は帰るけどよろしくね〜」と去って行く背中を見送って。

出木田さんは無茶振りが多い、とアシスタントの先輩から聞いてはいたがついにその洗礼を受けた。

それにしても、すごい衣装だな。…ボンジュールマンだっけ。
パツパツだったし脱ぐのに苦戦したのか背中のとこが盛大に破けている。

誰もいない衣装室で葛藤すること暫し。人並みとは言ったものの久々の縫い仕事に思ったより全然時間がかかって、終わった頃には日付が変わるギリギリ。明日休みでほんと、よかった。そんな事を考えながら局を出た時、



「遅ぇよ」

「えっ、」


出入り口の所に何故か、熊谷先輩が立っていた。



「なんで!?先輩定時で帰ったはずじゃ…こんな時間にどうしたんです?」

「なんでもいいだろ、終電あるし早く帰るぞ」

「っもしかして熊谷先輩のうちに…ですか?」

「弟いるから、今日はなまえん家」


足速に歩き出した先輩の後を困惑しながら追いかけて、振り向いて私の手を引いた熊谷先輩の手は…冷たかった。

いつから待っててくれたんだろう、予め言ってくれれば頑張ってもっと早く終わらせたのに。

あの台風の日に熊谷先輩の家に泊まって以来だ、こうやって二人きりになるのは。
デートの予定なんてものはなかったし、職場でもたまに挨拶を交わすくらい。
あの日の出来事は全部夢だったのか?って思うくらい、何もなかったけど。


「ありがとうございます、待っててくれて」

「たまには構わないとまた拗ねんだろ、お前」

「拗ねます。ちなみに愛情表現も沢山してほしいタイプです」


ぎゅっと先輩の手を握り返す。

アピールしておかないと、熊谷先輩は永遠にツンケンしてまた長いこと放置されそうだし。

ちょっと意地悪のつもりで言っただけなのに、


「そのセリフ、帰ってから後悔すんなよ」

「っへ、」


私の反撃はすぐ、倍にして打ち返された。


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露草