「なあ、なんか甘い匂いしねえ?」

「そうか?わからん」

「いや、お前からだよ。なんか蜂蜜みたいなさ…もしかしてキャラ作り?わざとなん?」

「んなわけねえだろ」


肩に乗った兎原の手を叩き落とす。

昨日はなまえのうちに泊まった。
風呂場に置いてあるアイツのシャンプー、確かボトルにハニーなんちゃらとか書いてあった気がするから、匂いの元は確実にそれだ。
最近は鼻が慣れたせいで忘れてたが俺も最初は甘い、とアイツに言った。「熊谷先輩っぽいから買ってみました」と恥ずかし気もなく返ってきた言葉にその素直さたるや、最早感心した記憶がある。

昼休みが終わって兎原と休憩室からスタジオへ。

あちぃとギリギリまで頭を被ろうとしないピンクの物体を横目にそんな事を思い出していたら「あ、いた!」と声が聞こえて、タイムリーになまえがこちらに駆け寄ってきた。


「これ、次の収録で使う小道具です。もう少しで撮影始まるみたいなので兎原先輩もそろそろ頭被ってくださいね、お子さん達くるので」

「えっ?あ、うん。りょーかい」

「兎原先輩?」


どうかしました?と一瞬不思議そうな顔をしたなまえは呼ばれてすぐに去って行った。
明らかに挙動がおかしくなったピンクの物体はアイツの姿が見えなくなった途端に勢いよくこちらに詰め寄ってきて。…面倒な事になると思った。


「なんだ、近い」

「おま、言えよぉ!」

「何が」

「付き合ってんだろ、なまえちゃんと!」

「声でけえしばくぞ」


兎原の頭にズボッと兎の頭を被せる。
一瞬大人しくなった後、また顔をこちらににじり寄ってきた。


「なぁて、なまえちゃんからお前とおんなじ匂いしたんだけど。これがほんとの匂わせ?」

「うまくねえからなそれ、黙れ」

「なんで教えてくんねーの、俺熊谷となまえちゃんが再会した時めっちゃ余計な事したってずっと気にしてたのに」

「職場内で噂になったら面倒だろ、別れた後も残り続けるんだぞそういう話題は」

「別れるって、大学時代からほんとはなまえちゃんのこと好きだったくせに言うよなあ」

「黙れ」


…だから言いたくなかったんだ。
兎原は当時を知っているから、余計に。


「今度は意地張らずに素直に大事にしてやれよぉ。」

「してるだろ充分」

「いや、そういうとこだからなマジで」


してる、つもりではいる。後は受け取り方次第だそんなもの。

アイツは俺に昔と変わってないと言ってたが、俺からしたらなまえの方が全然変わっていなかった。

昔から犬みたいだと思ってはいたが、最近はみたいじゃなくて最早犬。真っ直ぐで忠実でもれなく愛情表現もストレートな奴だ。年下だからって舐めてかかるとたまに不意打ちを食らう。

そのくせこっちが押すと引いていく事もあって、初めてと言うわりにあっちのがよっぽど…末恐ろしい女なんだ、ほんと。


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露草