「ねーねーなまえちゃん」

「兎原先輩?」

「ちょっと、」


ある日、兎原先輩の楽屋の前を通ったら顔だけ出した先輩に手招きをされて部屋に入った。
二人きりになるなり「いいモンあげる!」とスマホの画面を見せてきた先輩。

学ラン姿の熊谷先輩が映っていた。


「っえ!!!ほ、欲しい…!」

「だろ?言うと思った」

「どうしたんですこのお宝写真!」

「熊谷弟から貰ったんよ、なまえちゃん喜ぶかなあと思って」

「兎原先輩…!」


それとまだ会ったことない熊谷先輩の弟さん、ありがとう…!

「LINEで送っとくね」とスマホを操作する先輩が輝いて見えた。でも、そういえば兎原先輩って、


「あの、熊谷先輩から何か聞いたんですか?」

「何かって?付き合ってるって事?」

「あ、やっぱり聞いたんですね、」


熊谷先輩は絶対人に話してほしくないタイプかなと思ってたから頼まれたわけじゃないけど勝手に誰にも喋らないようにしてた。
兎原先輩が知ってるなら、昔みたく色々話聞いてもらえるしこちらとしては大変ありがたい。


「まあ聞いたというかなんというか?そこは微妙な感じだけど」

「?そうなんですか?」

「とりあえず写真の入手元だけは黙っといてね」







学生時代は荒れていた、と聞いた事あったけどこの写真の先輩はわりと穏やかな顔してる。
もしかして撮影したのが弟さんだから、なのかな。
弟をすごく可愛がってるって兎原先輩が言ってた事あるし…


「それにしても顔、変わらないなあ…」


ほんとは待ち受けにしたいくらい、バレたら消せって言われるから無理だけど。
学ラン似合いすぎだし、もし同じ高校にこんな人いたら初日で好きになる自信がある。


「おい、何見てんだ」

「っ!?」


突然声がして慌ててスマホをソファに伏せる。
濡れた髪をタオルで拭いながらこちらを見下ろす熊谷先輩、いつも上裸で出てきちゃう事については…もう何も言うまい。


「あ、お風呂…上がってたんですね!」

「何度か声かけたぞ」

「ぼーとしてて気づきませんでした、すいませんっ」

「何見てた?」

「な、なにも?」

「…顔、すごいニヤけてんだよ」


ソファに座る私に目線を合わせるように腰を曲げて、伸びてきた手にムニっと頬を摘まれる。
「いっいひゃい!」と声を上げたら「よく伸びんな」と何度か遊ぶように軽く引っ張った後、先輩は何事もなかったように手を離した。

同時にまだ濡れた先輩の髪から、ふわっと私の知らない香りがした。


「…先輩、今日シャンプーなに使いました?」

「…よく気づいたな。今日お前ん家来る時新しいやつ買ってきた、風呂場にそのまま置いといてくれ」

「え、わざわざ?…嫌いでしたか?はちみつの匂い」


お風呂上がり、同じ香りがする事が今までちょっと、優越感だったのに。
何気なく聞いたつもりだったけどそんな思考がまた顔に出てしまったのか、わざとらしく熊谷先輩は息を吐いて。

ガキって言われるかもと思ってすぐ、くしゃくしゃ髪を撫でられた。


「……嫌いじゃないけどバレんだよ、あれは匂いが甘すぎる」

「そしたら次は、もっと甘くないやつにしますから。…同じやつ、使いたいです」

「なら俺が買ってきたやつ使えばいいだろ、お前も」


言われて先輩の髪に鼻を近づける。爽やかなシトラス系の良い匂いがした。

そうします、と呟いてまた先輩を見たらさっきよりも距離が近い気がして、


「わ、たしも次、お風呂入ってきますね!」

「待て、まだ話は終わってない」

「?なんですか?」

「だから何見てたかって聞いてんだろ、何回も」

「それは………猫の写真…、ですよ」


嘘である、でもってすぐにバレた。


「嘘つくな、俺の写真だったろ」

「な、しっ知ってたんじゃないですか!」

「見えてたからな。…兎原だろどーせ」

「っ嵌めましたね?」

「試しただけだ」


物は言いようである。でもって兎原先輩、ごめんなさい。

片手で両頬を掴まれ近づいてくる先輩の顔、いつもなら固く目を瞑るけど悔しいし、今日は頑張ってじっと見つめてみたら寸前で動きが止まった。


「熊谷先輩っ?」

「嘘ついたのは見逃してやるから、…写真だけは消しとけよ」

「それはやです」

「出た、口癖。実物がいんだからそっちでいいだろ」

「じゃあいない時だけ見ます。…そしたら会えない時でも、寂しくないですし」

「………だから、」


はあ〜とまた大きく息を吐いて、項垂れながらその場にしゃがみ込んでしまった熊谷先輩。
「そういうとこだぞ、ほんと」と独り言のように呟く声が聞こえて、珍しく照れてるのかな、と顔を覗きこもうとしたら顔面にタオルを押し付けられた。


「もういいから…さっさと風呂、入ってこい」

「は、はい」


…今日は俺の、完敗だ。


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露草