…仕事が辛すぎる。

かといって知り合いに頼み込んで紹介してもらった子供向け番組の美術スタッフというこの仕事。

辞めたとて先も見えないし、紹介してもらった手前簡単には折れちゃいけない。

頭ではそうわかってるんだけど、


「ねえねえなまえちゃん、この背景の葉っぱさ〜今から紅葉にできたりしない?」

「えっ、い、今からですか…?」


あれ?使うのって確か明日の収録だよね?これ作るのにも最近ずっと残業だったのに今から直したら残業どころかオールなんだけど。

もしかして私だけ違う世界線で生きてる?


「ちなみに理由は…?」

「いや〜今年は寒くて紅葉早そうだからさあ」

「へー…確かに最近冷えますもんねえ」

「じゃ、僕は帰るけど頑張ってね!」


おつかれちゃ〜ん!

去っていくディレクターの背中が見えなくなるより先に、足速に更衣室に向かってロッカーに入ってた私物をリュックに全部詰め込んだ。


もうこんなとこ辞めてやる、絶対。


大学出てから就職先が決まらず毎日ずっと焦ってた、けど実際定職についてからも、というか東京にきてからずっと…心が擦り減ってく。

でも、高い学費必死に捻出して卒業したんだ、いつまでもフラフラしてられない、第一戻れるような実家もないし。

そんな葛藤を最近はずっと繰り返してる気がする。

ぱんぱんのリュックをもう一度ロッカーに戻してバタンと扉を閉める。結局、すぐ作業場に戻った。

誰もいないはずのそこに、なぜか人がいて。

見覚えある人がこれまた何故か筆を持っていた。


「え…っと、うらみちお兄さん…」

「手伝います」

「え?」

「明日使うやつですよね、これ」


なんでこんな時間に、こんな場所に?

聞きたい事は沢山あったけど今までそんなに喋ったことないし。表情のレパートリーが少ないというか、共演者以外の人達には特に心の壁が厚い人。なんならちょっと怖い、
それが私の中の表田裏道だったから…普通に声かけられて驚いた。

そして何故か今は流れで緑の葉っぱをうらみちお兄さんと仲良くオレンジに塗り直している。

というか、呼び方はうらみちお兄さんでいいのかすらわからない。


「あの…疲れてるでしょうし無理しなくていいですからね?」

「前に、」

「え?」

「前に、みよじさんもコバイキンの顔描くの手伝ってくれたじゃないですか」

「…あ。ありましたね、そんなこと」

「俺のと見分けつかないくらい再現度高く描いてくれたので、助かりました」


だって、楽屋の前を通ったらあまりにも死んだ顔して描いてたから…。ぐにょぐにょしてるし何に使うんだろうコレと思いながら、絶妙に似せるのに苦戦した記憶がある。

その時はお互い全く喋らなかったけど…覚えててくれたのが単純に、嬉しかった。


「うらみちお兄さんって、」

「裏道でいいです、長いので」

「じゃあ、裏道さんっ。…よかったら敬語、使わなくていいですよ。そっちの方が楽でしょうし」


私裏方スタッフだし、なんなら裏道さんの方が多分、年上だろうし。


「……わかった」

「あの…裏道さんは、何かを辞めたくても辞められない時って、どうしてました?」

「何かって……仕事、辞めたいの?」

「っバレました?」


裏道さんが筆を止めこちらを見る。
こんな事急に言われたって困るだろうについ、声をかけてしまった。


「まあ、かなり疲れた顔してるし。」

「え、出てますか顔に…」

「仕事なんて本来いくらでも変わりの人間いるから。みよじさんが抜けて大変なのは一カ月そこらなはずだし辛いなら、さっさと辞めるべきだと思う。」

「……ですよねっ」


あまりにも正論、だけど何処となく胸に刺さる。



「けど、なかなか踏ん切りつかなくて辞めらない気持ちはわかるし…それに、」

「それに…?」

「少なくとも俺は、辞めてほしくないって思ってる」

「えっ、あ、ありがとうございます…」

「また顔描くの、手伝ってよ」


初めて見た裏道さんのいつもとは違う少しだけほどけた表情に、もう少しだけ頑張ってみようかなって、我ながら単純なことを思って。

落ちたのは、多分その時かもしれない。恋…なんて可愛いものじゃないくらい深い深い、

この先永遠に抜け出せないであろう、沼に。


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露草