私の名前は●。鬼殺隊の隊士である。
ずーっと乙でくすぶっていたが……私も今日から晴れて「甲」だ!
世界がキラキラして見える!
あーこれが甲の見ている世界かっ!
今日は柱である不死川実弥先輩が、私の昇格祝いの為に珍しく居酒屋で祝ってくれるという。
実弥と●は鬼殺隊同志。階級は実弥のが上だが、●が癸の頃から共に修行に励んできた仲だ。●にとって実弥は強くて頼りになる先輩でもある。
1軒目で飲み、そのまま2人で●行きつけの居酒屋に入った。この居酒屋は常連じゃないと入り口がわからないような作りになっているので、店内にいる人は殆どが顔見知り。
引き戸を開けると同時に、鈴がカラカラと鳴る。
「おや、●ちゃん!と、実弥さんだね。いらっしゃい」
「よう、大将」
「こんばんは!」
「今日はなにを飲みますかな?」
「今日は強めの飲みたいな」
店内のテーブルのあちこちで顔見知りの男性客が●の名前を呼ぶ声が上がる。
「来たきた!久しぶりや」
「●ちゃん、今日もやるべ!」
「うん、後でね!」
●は自分を呼ぶ声にひらひらと手を振ると実弥と共にテーブルに座り、お酒を頼む。
「お前俺がいなくても結構飲みに来てんだなァ。殆ど顔見知りかよ」
「来てますよ!ここのお酒美味しくて」
「だからお前はいつまでも柱になれねェんだろうがァ」
「きょ、今日はお祝いなのでお説教はなしでお願いします…」
「だったら早く柱まで来い」
出てきた酒を手に持ち、実弥と●とで乾杯。グラス同士がカチンとぶつかる。
飲みやすく冷たいお酒が喉を通っていく。
1軒目でしこたま飲んだにも関わらず、●は一気にグラスの酒を飲み干した。
「っくぅー!」
腹の底から出るこの声をすこしも抑えることなく吐き出す。実弥とだから出せる素だ。我ながら、女らしさがないと思うけど我慢なんてしてられない。美味しいお酒を飲んでクゥーと叫ぶ……●にとってこれほどの鬱憤発散法は他にない。
あとは……あれだ。運動!
「実弥先輩、この店は私が奢りますよ」
「あァ?今日はお前の祝いだろうが。俺が出す」
「1軒目ご馳走になりましたし、ここは私が払います。少し待ってて下さい」
そう言うと、●は空になったグラスを片手に離れたテーブルで飲む男性客たちの輪へ入って行った。
実弥は酒を飲みながらそれを見送ると、大将が実弥に御通しをもって来た。
「お久しぶりですね、実弥さん。こちら御通しです。●ちゃんにはいつも贔屓にしてもらってますよ」
「すまねェ。●が迷惑かけてなきゃいいが」
「いやいや、●ちゃんのおかげで、店が明るくなりますよ」
大将は元鬼殺隊薬師で、ここで出すお酒は殆ど大将の独自ブレンド。不思議といくら飲んでも二日酔いが残らないのだ。その為、次の日に鬼狩りが控えていても気にせず好きな量を飲める。企業秘密で教えてくれないが、何やら特別な薬草が入っているらしい。
「大将、鬼殺隊に戻る気はねェのか?」
「ええ。私のこの手では人体に使う薬の研究など恐ろしくて……薬草を浮かべた酒を作るくらいしか」
そう言うと、大将は事故で指が欠けてしまった手を広げた。
実弥が大将と話していると、●が向かったテーブル席の方から大きな歓声が上がる。よく見ると一つのテーブルにわらわらと人集りができていた。
「あー!くっそお〜また負けた!」
「次は俺だ!!」
「参加費はこのグラスに入れろよ!」
「いけ!いけ!勝て!」
「次は俺だ!あとがつかえてるぞ!はやくしろ!」
酒に酔った男性客たちの歓声や落胆した声が聞こえる。
「……何やってんだァ?」
人集りを見つめながら実弥が呟くと、大将はふふふと笑う。
「●ちゃんがまたやってくれとるみたいですね」
「…●が?」
「腕相撲の勝負を」
「……はァ…?」
実弥はふらりと立ち上がり、人集りの近くまで行き、その中心を覗き込んだ。
人集りの中心には●の座るテーブル。
そのテーブルの上にはお金の沢山入ったグラスが置いてある。どうやら参加者がお金を賭けて●と腕相撲の勝負をしているようだ。この人集りはその応援や参加者たちで出来上がっていた。
「勝ったら、●ちゃんが一発ヤらせてくれるんだってよ!!」
「え!ホントにか!?」
「…………はあァ?」
実弥の近くにいた酔っ払いが大声で言う。その声を聞いて、遠くのテーブルに座っていた男性客も次々と集まってくる。実弥の顔には影が落ち、額には薄らと血管が浮き出てきた。
「…………」
「おい本当か!俺も参加する!」
「俺も!!」
次々と男たちが入れ替わり、●と勝負する。●は女とはいえ、鬼殺隊の甲。ゆえに全集中常中は朝飯前。その辺の酒が入った男なんて相手にならない。
●もそれが分かっているから、そんなルールを決めたのだ。以前酒が入って、いい気分で運動がしたくなった●が、腕相撲を始め今の形になっていったらしい。
「はい、次!」
●は流れるようにどんどん男たちを制していく。
「また負けたー!!」
「●ちゃん、つえぇ!」
「ふっふっふー!」
●の目の前のグラスにはお金がたっぷり入ってる。
この店の酒代くらいは稼げた筈だ。だが、まだまだ●は運動し足りない。
「さあ!次は誰がやるっ?」
気分の乗った●が周りを見渡しながら叫ぶ。
「誰か居ないのかぁー!●ちゃんに勝てる奴はぁー!」
審判係りをかって出た男性が周りに呼びかける。負ける気がしない●は、鼻歌を歌いながら上機嫌でグラスの中のお金を数え始めた。
「次はァ…俺だ」
そう言って●の相手席に座ったのは、さっきまで一緒に飲んでた不死川実弥。
腕にまで青筋を立て明らかに怒っている実弥は、懐から財布を取り出し、賭けのお金をグラスに入れた。
「ぇええ!実弥先輩!?…には勝てませんよ!」
●は引き攣ったような顔で勢いよく椅子から立ち上がる。
「おいおいおい、●ちゃん!それはズルいだろぉ!」
「そうだー!逃げるなー!」
人集りを作っていた酔っ払いの男たちが、●の肩を押して再び椅子に座らせる。
「銀髪の兄ちゃん!俺らの仇取ってくれ!」
「そうだー!いけいけー!」
「ファーーー!!」
無念にも●に負けた男たちが、拍手喝采で実弥の応援を始める。
「ま、待って待って!みんなこの人の強さ知らないでしょう!?私が勝てるわけないって!」
「逃げるなよー!卑怯だ卑怯だ!」
「…●…人間相手に敵前逃亡はありえねェだろうがァ」
「………」
なんなら……そこら辺の鬼より今の先輩の顔のが怖いけどね……。これは黙っとこう。
実弥は静かにヒジをテーブルにつけて、腕相撲の体制をとる。やる気満々だ。
「…………ぐぅ…」
●も、実弥と周りからの圧に負けて、大人しくヒジをテーブルにつけ、実弥の手を握る。中々見られない鬼殺隊隊士同士の腕相撲に人集りは一層の盛り上がりを見せる。
「どっちが勝つかかけるぞ!」
「俺は銀髪の兄ちゃん!」
「俺も!」
「俺も!」
「俺も!」
「まて、賭けになんねぇ!」
ダハハハと大きな笑い声がそこら中で上がっている。
「●、お前ェ俺が勝ったら俺に一発やらせてくれるんだよなァ?」
「もちろんだー!!羨ましいぜ、兄ちゃん!」
●の代わりに酔っ払いが口を挟むので、●は慌てて訂正しようとする。
「い、いや、やらせるとかそういうのは!」
「お前は俺にだけルールを変えようってんのかァ?いい度胸だなオイ」
青筋を立てたまま実弥はニヤリと口角を上げて●を見る。
「うぐぐ………」
「銀髪の兄ちゃん!勝ってくれ!俺らの仇を!」
「仇を!」
「俺らの無念を!」
「無念をー!」
「ヘイ!」
●に敗れた酔っ払い達が即席の応援歌を大声で歌い始める。
「こっ!この人に勝てる人なんて本当ひと握りなんだから!!」
「…そこまで言うなら、お前が俺に勝てたら何でも1つ望み事を聞いてやるよ」
「本当ですか!!」
それを聞いて●は俄然やる気が出た。
実弥に勝って、1日自分専属の使用人になってもらおうと思っていたのだ。そして、存分にコキ使ってみたいと思っている。
別に実弥先輩に恨みがあるとかではない、よ!?
ただそんな所も見てみたいと言うか………ふふっ。
●も条件を飲み、どこか真剣な顔つきになったところで、実弥と●の握られた手に審判の手が重なる。
「用意はいいかー!みんな!賭けは締め切る!今日1番の注目勝負だ!」
●が実弥を握る手に力をいれる。
瞬きも最小限に、両者はいつになく真剣な表情だ。口元から空気を吸い込む音がする。
「よぉーい……ドン!!」
ガンッ
●の手の甲が、机に勢いよく叩きつけられた。まさに瞬殺である。
「勝者、銀髪の兄ちゃん!!」
審判が実弥の手を取り、上に掲げる。
「先輩!少しは手加減して下さいよ!」
●が涙目で、勢いよく叩き付けられた手の甲をさする。
「●…まだまだ修行が足りねェなァ」
「うぅう……」
「いーなあー兄ちゃん…●ちゃんとやれんのかあ…」
「感想教えてくれな!」
実弥は表情を変えずに、●の腕を掴んで店の出口へ向かう。
「あれっ…!?実弥先輩…どこに…?」
「勝ったら一発やれるんだろ?」
「ちょ、ちょっと先輩、それ本気ですか!?」
「そういうルールだろォがよ。大将、勘定頼む」
「ハイ」
「ちょっとみんな!助けてよ!」
●は実弥に腕を引っ張られながら、酔っ払いの男どもに助けを求める。
「銀髪の兄ちゃんがんばれー!」
「いいなー!!」
「やさしくしてやれよおー!」
「俺の屋敷でいいな」
「あっあのあのあのあのー!!?」
●は実弥に引きずられるようにして店を出て行った。
***
2021.10.29 大幅改造
鳴門夢サイトでカカシお相手で書いた夢のリメイク。(今や倉庫化。鬼滅に全力です)
相手を不死川さんにしてみました。
珍しく元気っ子めな夢主。
**
「銀髪の兄ちゃん!俺らの仇取ってくれ!」
「そうだー!いけいけー!」
「ファーーー!!」←駄々無
「俺らの無念を!」
「無念をー!」
「ヘイ!」←駄々無
遊びました。
うるう年の29日に更新したかったのに間に合わず1日。
2020.03.01