死・転生ネタです。注意。
●は朦朧とする意識の中、走馬灯を見た。
彼と出会ったのは、友人隊士と共に受けた最終選別だった。
こちらが2人に対し、この場にいる鬼は5。数的にかなり不利な状況だった。しかも木や蔓草が重なり合うその場所は刀を使うには動きづらい。
●は瞬時に最悪の事態を考え、せめて友人隊士だけでも助かってほしいと、腹の底から声を出して鬼の注意を引いた。
その声を聞いた5匹の鬼が一斉に●目掛けて飛びかかってきた、その時。力強く土を蹴る音と共に、視界の横から現れた彼があっという間に5体の鬼の首を切り捨てた。
本当に一瞬の出来事だった。●が瞬きをする間に4つの首がゴロリと地面へ転がっていた。
●は、塵になっていく鬼の身体を見て、気が抜けたようにペタンとその場に座り込む。
「いい声だったぞ!怪我はないか」
「はい、ありがとうございます」
「うむ!」
鬼を倒して真っ先に他人の心配をする彼は、
私達の無傷を知って安心したように微笑んだ。この場に相応しくないその自然な笑顔は、私の心を大きく揺さぶるものだった。
「あなたのお名前…聞いてもいいですか?」
「俺は煉獄杏寿郎だ」
彼は歴史の古いあの煉獄家の跡取息子だそうだ。だがそれを鼻にかけて偉そうにもせず、むしろ弱者を気遣うその姿に、同期であっても心から畏敬の念を抱いた。
七日間の最終選別を通過し、友人隊士と●は杏寿郎と共に鬼殺隊となった。
煉獄杏寿郎は同期の中でも、ずば抜けた実力を持つ剣士だった。彼は、私の『こうありたい』と思った全てを持っていた。
それから私の目標は、すこしでも彼に近付く事だった。会ったこともない柱を目標にするよりも、目標が見える分現実的で修行にも以前よりやる気が出た。友人隊士と切磋琢磨し、腕を磨く毎日。
「ねえ、あの人に修行を見て頂けないかな」
「えっ?」
暑い夏の日差しが照りつける日。
修行の休憩中、友人隊士と●が河原に座り1つの竹水筒を変わりばんこに飲んでいると、友人隊士が閃いたと言わんばかりにそう呟いた。
「煉獄さんに!私達だけでは限界があるよ。見てもらえたらもっと早く強くなれる気がするし」
「そうだね…。強くなりたいね」
「じゃあ、煉獄家のお屋敷ここから割と近くだし今から行ってお願いしてみようよ!」
「え、ええ?そんな突然?」
友人と2人で遠慮がちに煉獄家へ『稽古をつけてほしい』と訪れると、彼は快く受け入れてくれた。彼も修行中だったようで、隊服でなく剣道着を身に付け、手には木刀を持っていた。
間近で見る彼の剣技は凄まじいもので、自分が隣で剣を振るうのが恥ずかしく感じた。
●は、友人隊士が木陰で休憩している間に、杏寿郎に顔を向ける。彼のことをもっと知りたいと思った。
「杏寿郎さんはいつから鬼殺隊を目指していたのですか?」
「幼い頃から柱である父上を見ていたからな。父上のようになりたいと思った。鬼殺隊以外の道は考えた事はない」
隣で素振りを繰り返す杏寿郎は、子供のように目を輝かせながらそう教えてくれた。
「●はなぜ鬼殺隊を志した」
杏寿郎は剣を止め、●に向き合った。
力強い双眼に見つめられ、●の木剣を握る手に無意識に力が入る。
「私は友人を守る為です」
「ほう」
友人はある日突然、人を守る為鬼殺隊になりたいと言い出した。言い出したらすぐ実行に移す友人を放っておけず、●も共に剣術を学び、鬼殺隊となった。
『他者を守る』と言う友人に対し、私は他者よりもただ『友人1人』を守りたかった。
「守るべきものがあるのは良いことだ!その思いを糧にさらに強くなれるだろう」
杏寿郎は●の肩をポンポンと叩く。
夏の湿った生温い風が吹き抜けても、どこか気分がいいのは、今のこの瞬間がとても嬉しく心地いいものだからだ。
「よし、休憩終わり!修行お願いします!」
「うむ!」
◯◯◯
秋の色が深まる頃。
誰が植えたのか、真っ赤な彼岸花がそこら中で咲き誇っている。彼岸花は昔から地獄花と言われ骸の上に咲く不吉な花として扱われ、毒も持っている危険な花だと誰もが口にする。
●はひとり、彼岸花が咲き誇る道を仏花を抱え歩いていた。その顔は酷くやつれ、目の下には濃いクマができていた。
夏の終わり、共に向かった鬼殺の任務で家族同然だった友人隊士が鬼に殺された。
守るものを守れず自分だけが生き残った事に、●は覇気も気力も失い、生きる屍となってしまった。鬼と対峙する恐怖と、友人を目の前で殺された恐怖をもう二度と味わいたくなくて、鬼殺から逃げた。今でも友人隊士の血に染まる最後の顔を魘されながら夢に見る。
毎日のように訪れる友人隊士の眠る墓にも、彼岸花が所狭しと咲いている。なぜ植えた覚えのない花が咲くのか、それは骸に咲く花だから…と言われるままそう思って嫌悪した。墓の側に咲く死人の血を吸って真っ赤に染まったその花を無造作に摘み取り、持参した仏花を供えた。
「見事なものだな」
●が、友人隊士の冥福を祈り墓の前で静かに手を合わせていると、煉獄杏寿郎が背後に立っていた。
「杏寿郎さん…。ご無沙汰しております」
まだ柱の階級では無いが、次の炎柱は彼だという話は今や誰もがしている。
●は、友人隊士が殺されてから、自らの目標と謳った杏寿郎を避けるようになった。
実力もそうだが、何事にも前向きで曲がらない心の芯を持っている彼が、今は疎ましかった。
彼のように強い力と、強い心を持っていれば、私は友人を守りきれたし、鬼殺から逃げるような臆病者にはならなかったと思う。
彼を見ると、自分が情け無くてたまらなくなる。
「友人の事、気の毒だったな」
「………」
「顔色も良くないな。充分に眠れていないのか」
「眠ると、毎日友人を夢にみます」
「そうか」
杏寿郎は墓前に屈むと、静かに手を合わせた。地面には●が無造作に摘み取った数本の彼岸花が横たえてある。
きっと友人隊士を引きずったままの私の思考は、前向きな彼には理解できないものだろう。
「…失礼します」
「彼岸花が嫌いか?」
その場を離れようとしていた●に向けて、目を閉じ祈っていた杏寿郎がふいに口を開いた。彼岸花を乱暴に摘み取ったところを見られてしまったのだろうか。
思っても見なかった彼の問いに、私の心は騒ついた。
「嫌いです。死体に咲く不吉な花ですから」
「なぜそう思う」
「何故って…」
そう言われ教わってきたから…としか言いようが無かった。返事に困っている私を、振り向いた彼が懐かしい大きな双眼で見つめる。
「俺も最近知った所なのだが、●は彼岸花の花言葉を知っているか?」
「花言葉…?」
花言葉は、確か明治の頃に伝わってきたと言われる花一本一本の持つ言の葉。この時代まだ知る人も少ないだろうそれをなぜ今問われるのか疑問に思いつつも、首を横に振った。
「彼岸花の花言葉は『また会いましょう』という」
「えっ……」
「また来世で会おう、と今際の際に言えなかった死者の言葉と考えれば、この花が死体に咲くのも感慨深いだろう」
「……今際の…言葉?」
ーーーまた会おうね。●。
●の思い詰めていた重い気持ちがふわりと軽くなった気がした。いつも思い出す苦痛で歪む友人の今際の顔が微笑んだ気さえした。●は、自分が摘み取った彼岸花に目をやった。
あの花は、死者の最後の想いを伝えてくれる花だった…?
「平和な来世で再び会う為、残された俺たちは鬼のいない世をつくる」
●の曇った瞳に、光が差した。
五体満足で生かされている自分にも、まだやるべき事があるのだと思わせてくれた。
杏寿郎は●が摘み取った彼岸花を手に取り、愛でるように優しい瞳で見つめた。
「死体の上に見事に咲いて見せるのも、己の毒で死体を動物に掘り返されるのを防ぐ為だそうだ。言わば死体の守り花だな!」
杏寿郎は●の暗い気持ちも、彼岸花への嫌悪も、全て包み込み前向きなものに変えてしまった。こういうところが疎ましく、それでいて、どうしようもなく羨ましい。この人はまた、私に目標を持たせてくれた。
「私も…戦います。…私は平和な世で友人に会いたい」
●の瞳からポロリと涙が溢れると、杏寿郎は指で涙を優しく拭った。
「そうだな。前を向こう。俺は一生懸命な●が好きだ」
「…ふふ」
照れくさくて、嬉しい。
友人が居なくなってから初めて、笑えた気がした。
それから間も無く、生きる屍だった●は、鬼殺の仕事に復帰した。
彼岸花が伝えてくれた友人の最後の言葉。
鬼のいない世で再び会うという約束を果たす為に。
◯◯◯
なぜ満身創痍で出血が止まらない今、あの時の事を思い出すのか…。地べたに横たわる身体を無理矢理動かそうとすると、血が吹き出しみるみるうちに土の上に生温かい血溜りをつくる。
自分が今から死ぬことは容易に想像できた。
『鬼がいない世をつくる』
今は世は、その世界には程遠いけれど、私は少しでもその戦いの礎になれただろうか。
動かなかった身体が突然ふわりと浮いた。
これが魂が昇る感覚か…などと目を閉じて思っていたが、身体の痛みはそのままだ。それに、感覚が鈍くなり始めた肩に温かい何かが触れていることに気付いた。
「●!」
名を呼ばれ、薄ら目を開けてみると目の前には杏寿郎の姿があった。ふわりと浮いた感覚は杏寿郎が●を抱き起こした為のものだった。
「杏寿郎さ、ん…」
「●!出血が酷い。呼吸で」
そう言いかけた杏寿郎は●の身体中の傷を見て、苦い表情を浮かべた。呼吸でどうこうなる程の傷では無いことが一目で分かったからだ。
●は辛うじて動く左腕で、隊服の胸ポケットをごそごそ弄って何かを取り出した。
「杏寿郎さん…これを…ゴフッ」
「これは…」
●の血塗れの手に握られていたのは、彼岸花を押花にして作った栞だった。あの日●が無造作に摘み取ってしまった彼岸花で作ったものだ。
自分が1人で今際の際に立つとき、この花に彼へ思いを伝えてもらおうと思い懐に忍ばせておいたもの。
でも大丈夫、この人は来てくれたし、まだ自分の口で話せそうだ。
視界も霞む程の朦朧とする意識の中では、杏寿郎さんの表情は分からなかったが、死にゆく私の顔はきっとしっかり見られている。
●は、杏寿郎が思い出す自分の顔が苦痛に歪む顔でないように、痛みに耐えて精一杯微笑んで見せた。
「また…会いましょう」
杏寿郎が血に染まった彼岸花の栞を受け取ると、●は微笑んだまま杏寿郎の腕の中で静かに息を引き取った。
「●。俺は、お前を忘れることは決して無い。必ず」
また会おう。
杏寿郎は、息絶えた●の身体を力強く胸に抱きしめた。
●●●
河川敷に架けられた鉄道橋の上を、ガタンガタンと音を立てながら電車が通り抜ける。河川敷には、あたり一面真っ赤に染まるほど赤い彼岸花が咲いていた。犬でさえもあまり寄り付かないその花の中に、1人座り込む女子高生の姿があった。
体操座りをする女子高生の膝の上にはスケッチブックがあり、真剣な表情で鉛筆を動かし彼岸花を写生していた。
「綺麗ですね!」
突然背後から声をかけられて、咄嗟に絵を隠し背後を振り向く。そこには同い年くらいの他校の制服を身に付ける2人の男子の姿があった。
「どうも…?」
「君は彼岸花が好きなのか?」
彼はニッコリと微笑みながら、●の抱えるスケッチブックを指さした。
「…はい」
「ちょっと、桃寿郎くん!邪魔しちゃ悪いよ」
「いえ、…大丈夫です」
「見せてくれないか。俺も彼岸花好きなんだ」
そういうと、桃寿郎と呼ばれた男子は●の横に腰を下ろして、受け取ったスケッチブックの絵を眺める。●は自分の絵を見つめる彼の優しい瞳に見入っていた。2人の間を風が吹き抜け、●の心が揺れるように周りの彼岸花も揺れている。
「いい絵だな!上手く描けている。君の名前は?」
「●……。あの…前にどこかで会った?」
「分からない!でもそんな気がするな」
側で待つ炭彦をよそに、彼岸花が揺れる河川敷で2人は「はは」と笑い合った。
「●ー!!」
道の先から、●と同じ制服を身に付ける女子が手を振りながら大きな声で●の名を呼ぶ。
「友達か?」
「はい」
桃寿郎は立ち上がると、地につけた尻をパパッと払う。
「また明日、ここで絵を見せてくれないか」
「えっ?あ、はい。えっ?」
「じゃあ、約束だ!また明日な!」
そう言うと、桃寿郎は手を振りながら炭彦とともに河川敷を走り去って行く。
「●、今の人誰?」
「わかんない…。けど会ったことある気がする」
「……そうなの?」
桃寿郎の走り去った方角を見つめて顔を赤らめる●に、友達は意味深な笑みを浮かべた。
「あの制服知ってる!近くだよ。明日学校まで行ってみる?」
「え、ええ?そんな突然?」
●の抱えるスケッチブックの中には、まだ色の塗られていない彼岸花の絵が覗いていた。
ーーー
夢企画サイトmerrowに提出掲載した作品。
お題は『彼岸花とその花言葉』
実はmerrow主催させてもらっていました。
特に意味はないのですが、企画サイトとこのサイトは繋げていませんし、名前も変えてました。
主催してると、参加者様の素敵夢を誰よりも一番最初公開前に見られるので、最高に嬉しかったです。そこは主催の特権ですね。感謝です。
また素敵な夢企画があったら参加したいです。
2021.11.05