番外編1日目

「さて」

●は一夜を実弥の屋敷で過ごし、夜が明けると草履を履いて屋敷を出た。
新米鬼殺隊は根無草。管轄が決まっている柱などとは違って、指令が続けば基本的に家に帰らないと聞いた。●は鬼殺隊歴は長くとも、1度も鬼狩りに出た事のない新米だ。しかも実弥と一緒に受けた最終選別でも、●は鬼を一匹も倒してない。

「産屋敷さまは居住地が決まるまで屋敷にいて良い……と言っていたけど、居住地なんて持つものなのかな」

●は荷物も少ないし、居住地をわざわざ作る気にもなれなかった。藤の花の家紋の家は鬼殺隊隊士に無償で尽くしてくれるそうだし、好意に甘えて、仕事をしながら色んな場所に行き、景色を見て周るのも悪くない。


晴れ渡る空を見上げながら歩き進む。
いつカラスが来るのかそわそわしながらも、●は懐かしいこの地を散策して回ろうと思った。所々で咲き誇る桜がとても綺麗で心が躍る。

●は家を出てからの約5年間、聖地に篭りっきりの修行だったせいで、自由に出歩ける事、見て回れる事がとても新鮮で楽しかった。

●は、時間をかけて色んな店が出る大通りを見て周り、町の外れにある一軒の団子屋で美味しそうな花見団子を3本買った。

包んでもらった団子屋を、どこで食べようか考えながら歩いていると、ドンっと人にぶつかってしまった。

「わっ、すみま」
「てめェ…屋敷を抜け出てどこに行くつもりだァ」
「せん……」

●がぶつかってしまったのは、額に青筋を立てた実弥。走っていたのか、焦っていたのか、汗も薄ら滲んでいる。

「ごめん。そ、そんなに怒らなくても」
「俺に何も言わねェで屋敷から居なくなるんじゃねェ……またお前が…」

どこかに行ってしまったかと……

実弥は●の両肩に手を置いて俯く。●を見つけた安心からか、抱き締めたくなる衝動を必死に抑え込んでいた。

「また私が……なに?」
「あァ?なんでもねェよ」
「あ、実弥!お花見しようよ」
「…………」

そんな実弥の葛藤も知らずに、●は呑気に団子を見せて実弥を花見に誘う。実弥はハァとため息をついて●に背を向けた。


2人は再び桜の大木の元に来た。花びらが雪のように舞い落ち、とても綺麗だ。●は桜をじっと見つめたまま深呼吸をした。

「またあそこに座ろうよ」
「あァ」

実弥と●は、桜の根元に並んで座った。今日は反対側ではなく、隣同士に。お互いの身体があまりにも近く肩と肩が当たって、胸が鳴る。

ガキじゃあるまいし肩が当たったくらいで何だってんだァ…クソ。


「聖地では桜は禁忌だったから、ちゃんとしたお花見は久しぶりなんだ」
「あァ?」
「桜の花には興奮作用があると言われてて、修行に支障が出るからって。……こんなに綺麗なのに…」

●は、うっとりしながら桜を見上げていると思ったら、突然実弥を見た。

「実弥、興奮してきた?」

急に至近距離から見つめられて、実弥の頬は赤く染まる。それを見た●は目を大きくして驚いた。

「やっぱり」
「てめェ…こっち見るんじゃねェ」
「私もなんか興奮してきたよ!」
「……はァ?」
「実弥と一緒に居るからかな」
「は……」

●は頬を染め、実弥にニッコリと笑いかけた。満開の桜のせいでか気分も良いし、幸せな気分。今なら伝えたい事が全部言える気がする。

「聖地に行ってから実弥のこと、毎日……生きてますようにってお祈りしてた……実弥のおかげで私、頑張れたんだよ」

実弥と同じ高みに…って思いがあったから、ツラい修行にもなんとか耐えられた。毎日想って祈っていた実弥が今、横に……隣にいる。不思議な感じだ。

「…………」
「あの日はきっと、お互いに未熟でいっぱいいっぱいだったから、あんな風になっちゃったんだよね」

実弥は昔の面影を残しつつも大人びた●の綺麗な横顔を見つめた。

「実弥……昨日の続き言ってもいいかな」
「…駄目だ」
「私、ずっとずっと実弥がだいすきだよ」

●の口から出た言葉を聞き終えた瞬間、実弥はたまらず●に口付けた。唇と唇が優しく触れ合い、実弥の前髪が●の鼻先を掠った。●は驚き目を見開いたまま動けなかった。
凄く心臓がうるさくて、きっと一瞬だったんだろうけど、実際はどのくらいの間口付けしていたのか分からない。実弥の唇が名残惜しそうに離れていった。

真っ赤な顔の●は、確認するように自分の唇に指を当てた。

「い、今……」
「……お前が悪い」

実弥は●の反対を向いて顔を逸らす。●から見える実弥の耳は真っ赤だ。

「私がいいよって言うまで手を出さないって……」
「………」
「……今度一つお願い聞いてね」


●は膝の上で包みを開いて、花見団子を一本実弥に渡した。甘い物が大好きな2人はすぐに手元の一本を平らげた。●が買った団子は全部で3本ある。

「実弥、何色が良い?」

●は、桃色、白色、緑色の一つ一つを指で指す。

「お前が食えよ」
「実弥も甘いもの好きだよね?半分こしよう」

何年離れていても、●が自分の好物を覚えていてくれた事は素直に嬉しかった。

「じゃあ、実弥は髪と同じ白と、刀が綺麗な緑色だから緑ね」

そう言うと、●は1番上の桃色をパクリと口に含み美味しそうに飲み込んだ。

「あーん」

●は実弥の口に団子を近づける。実弥は真っ赤になって団子を奪い取り、一気に平らげた。

「ご馳走様でした!」



ここまでされてお預け食らっちゃァ
身が持たねェ……。



「今日の朝」
「うん」
「カラスから俺に指令が来た。今夜は屋敷を空ける」
「…そうっか…でも実弥なら絶対大丈夫だよね」
「鬼狩りに絶対大丈夫なんてねェ。上弦かもしれねェしなァ」
「そ……うだよね、ごめん」

実弥は少し不安そうな●の横顔を見つめた。

「…………」
「じゃあ、早く帰って昼間のうちに少し体を休めた方が……私に何か出来ることある?」

●は立ち上がり、実弥に早く帰ろうと急かす。実弥はゆっくり立ち上がった。

「無事帰って来れたら、俺はお前を…●を抱く」

桜の花びらが舞い落ちる中、実弥の言葉を理解した●の顔は真っ赤に染まる。

「えっ…えっ?」
「………」

実弥は●を真っ直ぐ見つめたまま動かず、冗談を言っているようには見えない。今夜の鬼は柱である実弥にとっても、それ程までに強いのかも知れない。

「………」
「………」

●は強く握った拳を胸に当てた。

「……いいよ。実弥が無事に帰って来てくれるなら…」

実弥は不安そうな●を強く抱きしめた。





***
2021.10.29確認
続編、1日目。
皆さま続編希望のお便りありがとうございました!話の内容がご希望に添えてれば良いのですが……。3日分くらい書こうかなぁと思っております。

桜の花にはリラックス効果はあれど、興奮作用は無いそうです(平成の知識)
でも、お話の舞台は大正なのでまだまだ使う予定。



元下弦の鬼「ぎゃあっ」
実弥「この程度の鬼も倒せねェのかァァ!最近隊士の質が落ちまくっ(以下略)」
2020.03.28

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