「●さん、手が止まってるよ。どうかしたの?」
「…………」

●は昼飯を炊く為に台所に居た。嬉しそうな煉獄の前から逃げるように部屋を出てきてしまったのだ。

ああ…後で謝らなければ。

そもそも恋仲になったら何をするんだろう。
男女の仲…になると言うこと?それって、煉獄様と私が…こ、こここ事を致すと……言う、こと?こ、こと……こここここと!?それってつまり、

目の前の釜から大量の泡が吹き出しているにも関わらず、●はそれに気付きもしないまま顔を赤く染めてボーッとしている。

「●さーん!!」
「!」

●は名前を呼ばれ、やっと目の前の惨事に気が付いた。

「わ、わわ!あっつ!」

釜の蓋を手で掴むか熱すぎて下に落下させてしまった。台所に居た皆んなの視線が「なんだなんだ」と●に降り注ぐ。

「す、すみません…いだっ」
「●さん、手!」

釜から噴き出た熱湯で●は手に火傷を負ってしまった。


出来上がった食事を各部屋の鬼殺隊の方にお届けする準備が整い、●も皆んなに続いて順番に御膳を運び出そうとするとこの屋敷の主であるお婆様が口を開いた。

「これ、●。お前さんは行かんで宜しい」
「え……?」
「火傷を負うとるんじゃ。鬼狩り様のお食事を落とされたら縁起が悪い。しばらく手仕事は休みんさい」
「……はい」

●はバツが悪そうに俯いた。

「●も嫁入り前じゃ。手に火傷の跡が有っては嫁の貰い手がのうなるぞ」
そう言ってカカカ、と婆様が笑う。

「い、いいもん!ずっとこの家に居るつもりだし」
●はお婆様にふんっとそっぽを向いて見せる。

「もう、婆様と●さんったら。●さん今日は休んどき」
「はい…」

今日の仕事を失い、時間を持て余した●は、トボトボと自室に向かう。自室の前の縁側はとても日当たりが良く気持ちが良いので、●は縁側に腰掛け季節の花々が咲く庭を眺めた。

怪我さえしなければ今頃は…お食事のお茶配りと片付けと庭の掃除をしている頃だなあ。それからお布団を取り入れて………はあ。

●は包帯の巻かれた手をギッと抓ってみた。

いぃっ…た。

当然かなり痛くて目にじんわり涙が溜まる。抓ったところにふーふーと息を吹きかけていると、廊下から何やらドスドスと人の足音が聞こえて来た。
聞き覚えのあるその音はどんどん大きくなって、こちらへ近づいて来ている。足音のする方を見ていると、曲がり角からぬっと人が出てきた。

「むう!●。そこに居たのか」
「れ、れ煉獄様!」

な、なんで!?

●やこの家の者の部屋は、鬼殺隊が泊まる部屋とは渡り廊下で区切ってあり、鬼殺隊士がこちら側へ迷い込む事はまずないのだ。予想していなかった人物の登場に、痛みどころではなくなった。

縁側に腰掛けていた●は急いで正座をし、身を正す。

「煉獄様、あの…何かご用でしょうか」
「食事の時間に●の姿が見えなかったので探しに来た」

煉獄はそう言うと、●の座る縁側に足を投げ出し腰を下ろした。羽織が揺れてふわりと煉獄の匂いがした。また、●の胸が疼く。

「……」
「いい天気だな」

●は正座のまま煉獄の一歩後ろに移動した。
2人の間を気持ちのいい風がふわりと通り過ぎる。今日は本当に日向ぼっこ日和だ。

何も話さず庭を見つめる煉獄を●はチラリと覗き見る。

『俺たちは今日から恋仲となった!』

●の顔がボッと赤くなる。

お、思い出してしまった。
いや、まず、あの、否定をしなければ!
いや、煉獄様のことは嫌いではなく、むしろ…その……いいのだけれどもっ!えっ、いいの!?でも、その、私は煉獄様をご満足させられるような何かは持ち合わせていないっ…と…ああっ何からどう話せば…!
それに………
私などなんの取り柄もない。鬼の大好物である稀血であることと、家の事が一通りできるだけ。しかも今は火傷でそれすらも出来ない…。

はぁ…とため息をつく●。

「赤くなったり、泣きそうな顔になったりと●は見飽きないな!」

庭を見ていた煉獄が、いつの間にか●を見てハハハと笑っている。葛藤中の表情を見られていた事が恥ずかしくなり、●の頬は再び赤く染まる。

「その手はどうした。朝には無かったと思うが」

煉獄は●の包帯の巻かれた手を指さした。

「あ…これは…台所で火傷を負ってしまいまして…。大したことはありません」
「そうか」

煉獄は懐から小さな器に入った傷薬を取り出し、●に差し出した。

「この傷薬を使うと良い」
「い、いえ!駄目です!そんな大切なもの…」
「遠慮するな!俺が塗ってやろう」

そう言うと煉獄は優しく●の手の包帯を解き、痛々しい火傷に自らの指で傷薬を塗り込んでいく。温かい煉獄の手に包まれる自らの手が熱を持つ。鬼殺隊炎柱ともあろう方にこのような事をさせていいのだろうか。

「これで良い」
「あ、ありがとうございます…」

●が包帯の巻かれた手を撫でながらお礼を言うと、煉獄は口角をニッと上げた。

「煉獄様……あの、1つ聞いてもよろしいですか?」
「何だ」

「煉獄様は私のことがす、好きだと言って下さいましたが…一体私の何処が…?」

言わなければいけない事は色々あるのに、煉獄の笑顔を見ていると何故だかその質問が浮かんだ。

「むう…」

煉獄は再び庭を見やり腕を組んで黙ってしまった。そして立ち上がり、1人庭へ降りて行く。

うぅ、私……なんて質問をしてしまったんだ……
煉獄様を困らせてしまった。そりゃそうだよね…私に好かれるところなんか…あるわけ無い。一時の気の迷いというやつ……か。

あれ…?私、がっかりしてる?

●は、突然ふわっといい香りがして顔を上げた。目の前には庭に咲いていた綺麗な花と、それを差し出す煉獄の姿。

「●には花が似合う」

煉獄はにっこり笑って●の纏められた髪に花を刺した。煉獄の笑顔と自分に伸びる指に●は心臓が飛び出そうだ。ドキドキする。

「これで良し!」
「あ、ありがとうございます…」
「もう少し●と居たいところだが、そろそろ任務地に出向かねばいかん!」
「は、はい!皆で見送りを……」

煉獄は●の頭にポンと手を乗せてから、赤い頬を撫でる。

「また夜明けに会おう」

しばらく●を見つめた後、煉獄は庭から塀を飛び越え見えなくなった。

●は正座していた縁側に足を崩して倒れ込み、自分の胸に手を当てる。ふぅーっと深呼吸してみても、ドキドキと脈打つ胸がちっとも収まらない。煉獄に撫でられた頬が熱い……。火傷なんて…もう全然痛みを感じないや。





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2021.10.31
iPhoneメモで書いたのを区切って載せています。

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