屋敷の者みんなが寝静まり、草木も眠る丑三つ時、●は簡単な荷物を持って藤の花の門を出た。

シンと静まり返る暗い道。
こんな暗いところで鬼と出くわせば姿を捉える前に喰われてしまうだろう。

藤の花の香袋は3つほど身に付けてある。大丈夫だ!月明かりを頼りに山の方へ向かう。

旅に出ようとは言ったけど、本当に旅をしてずっと家を離れようと思ってる訳ではないんだ。藤の花の家紋の家の者として働くのが好きだし、あそこが私の家だから……。明日には煉獄様もご自分のお屋敷へ戻られるはず。煉獄様が夜明けと共に家を訪れる今日だけは旅に……そうなった時怖いから……これって……もしかして、夜逃げって言うのかな…!!

『一夜の夢と思って、受け入れておあげなされ』

まだ…!まだ待って。
もう少し大人になってから。せめて最初は…



家からずいぶん歩き、夜明けはまだかな…と真っ暗な空を見上げた。

「キヒハヒ、ご馳走の匂いがするなあ」
「えっ……」
「ンン、濃いぃい稀血の匂いだぁ、美味そうだあ」

ヒタヒタと気持ちの悪い足音と共に赤い目玉の鬼が現れた。

これがっ!鬼!藤の花の香袋を持っているのにっ!な、なんで………?

「お前…怪我をしてるだろぉ…皮膚の焼けたいい匂いだなぁ」


●は竦みそうになる脚に力を入れて、鬼に背を向け勢いよく走り出した。

鬼……鬼だっ!
こ、怖いっ……早くもっと遠くへ!人がいない山の方へ!…暗くて道がよく見えない…あれっ、たしかこの辺には小川がっ…

そう思った瞬間に●は石に躓いて、勢いよく小川の中に倒れ込んでしまった。水飛沫があたりに飛び散る。

思いきり足を打った!痛い……!
着物が濡れて身体に纏わり付いてきて、重く冷たい足枷となってしまった。立とうとするも、ごつごつした小川の石のせいで中々踏ん張りが効かない。

うぅ…頑張って立てっ!

ヒタヒタと近づいて来る足音が大きくなって来る。


逃げられる気がしない……怖い!


「ヒヒ、運が悪かったなぁ稀血のおん」

自分を喰らおうとしていた鬼の首が突然土の上に落ちた。
●はその隙に急いで小川から這い上がり、走って鬼から逃げる。打ち付けた足が痛む割には結構早く走れていると思っていたのに、すぐに後ろから強く手を引かれた。

えっ!もう追いつかれ……

「や、やめっ離し」
「●!夜明け前にこんな所で何をしている!危険だぞ!」

鬼に掴まれたと思った手は、任務を終えて藤の家紋の家に帰る途中の煉獄によって掴まれていた。

「れ、んごく…様……よくぞご無事で…」
「…自分が危ない目に合っていたと言うのに」

煉獄は安心したように頬を緩めた。
●は煉獄の顔を見て安心したのか、コテンと意識を失った。煉獄は濡れたままの●を大事そうに抱き抱え、朝日が登り始める中 藤の家紋の家に向かった。



***
2021.10.31編集
夢主の髪型は長髪まとめ髪かなぁと勝手に想像しています。(大正時代なので)

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