シンプレックス

ピロン。鴻上了見のスマートフォンからメッセージの受信を知らせる音が鳴った。

[十分後に電話しても平気?]

メッセージの送信者は名字名前からであった。彼女は鴻上了見が非常に懇意にしている相手である。そんな彼女から届いたメッセージの内容を見て鴻上了見は微笑んだ。

「もちろんかまわないぞ」

ピロン。再び受信を知らせる音が鳴った。

[ありがとう!じゃああと少ししたらこっちから電話するね]

「あぁ、待っている」

彼女から電話がかかってくるのを鴻上了見はひどく待ちわびた。一秒が一分ともとれるほどの体感時間である。
そんな中でも誰もいない部屋の中で誰に見せるというわけでもないが、鴻上了見は逸る気持ちを抑え余裕の表情で彼女からの電話を待っていた。

彼女からの着信が鴻上了見の自室に鳴り響く。

「もしもし」

どうも機器の問題かスピーカーの調子が悪いのか、彼女の声がすこし聞き取りづらかったが、即座に調節し彼女の電話に無事に向き合うことができた。

「すまない、少し機械の調子が悪かったらしい」
「ううん、こっちこそ急に電話してごめんね」
「いや、問題ない。私もちょうど名前の声が聞きたいと思っていたところだ」

それからは彼女の他愛もないやり取りが続いた。彼女の話を聞くのは鴻上了見にとって非常に心地の良い時間であった。この時ばかりは使命も何も感じることはない、ただの18歳の鴻上了見として自然体でいられた。


しかし、先ほどまでテンポよく続いていた会話だったが、彼女はほかに何か伝えたいところがあるのか、不自然に会話が途切れるようになり時折小さくあーと唸るような声も聞こえる。何か言いたくても言っていいのか悩んでいる、そんな態度であった。

「名前、なにか言いたいことがあるのか?」

鴻上了見は優しく問いかける。彼女のことについてすべて知っておきたいという気持ちがあるのは否定しないが、それよりもやはり心配の気持ちが強かった。

「あのね、実は、最近誰かに見られている気がして」
「いつからだ」
「わからないけど、ここ最近前よりも家の中にいても常に誰かに見られてる気がするんだよね」

彼女の不安そうな声が耳に響いた。ずっと近くで彼女を見つづけていた鴻上了見が、そのような不安を抱えていたことを見抜けなかったことを酷く恥じた。

「気が付かなくてすまない」
「変な話してごめんね、心配かけちゃったよね」
「いや、何も知らされないよりいい。こちらからも何か手を打っておこう」
「うん、ありがとう。ちょっとだけ不安だったんだ。」

彼女は少し安心したのか先ほどまで強張りを見せていた声が少しだけ和らいだ。

「あれ、もう二時間近く話してたんだね」

彼女に言われ時計を確認すると電話が始まってから一時間と五十分ほど経過していた。

「楽しい時間はあっという間に過ぎていく、とはこのことだな」
「うん。今日はいろいろ話聞いてくれてありがとう。」
「あぁ、またいつでもかけてきてくれ」
「また明日ね、葵」




通話が終わったのを確認し、鴻上了見は先ほど録音していたものを編集する作業に取り掛かった。
「また明日ね、葵」
「また明日ね、あお」
「また明日ね、あ」
「また明日ね、」

「ありがとう」 「ちょっと」 「わからないけど」 「うん」

ありが ちょっ がとう ないけど うん

あり  ちょ とう けど ん 

り ょ う け ん

「また明日ね、りょうけん」
「あぁ、また明日な名前」

機械交じりの声に鴻上了見は優しく返事をした。
そして彼女との通話を無事に終えた鴻上了見は明日のことに考えを向けていた。

「名前が不安にならないようにカメラの位置を少し変えておくか」

自分の部屋でテレビを見始めた彼女は何も知らない。自分の部屋にカメラが設置されていることも、自身の携帯がハッキングされていることも、鴻上了見のことさえも。












「もしもし」
「名前が急に電話しようなんて珍しくて驚いたわ。電話にでるの遅くなっちゃてごめんね、さっきまでお兄様と食事していたの。」
(すまない、少し機械の調子が悪かったらしい)
「ううん、こっちこそ急に電話してごめんね」
「平気よ」
(いや、問題ない。私もちょうど名前の声が聞きたいと思っていたところだ)

「あのね、実は、最近誰かに見られている気がして」
「なにそれ、大丈夫なの?いつからとか誰からとかわかってることはある?」
(いつからだ)
「わからないけど、ここ最近前よりも家の中にいても常に誰かに見られてる気がするんだよね」
「そうだったの、家の中にいても視線を感じるのは不気味ね」
(気が付かなくてすまない)
「変な話してごめんね、心配かけちゃったよね」
「何言ってるの、心配させてよ、名前は私の大切な友達なんだから。一人で抱え込まれるより相談してくれた方がずっといいわ」
(いや、何も知らされないよりいい。こちらからも何か手を打っておこう)
「うん、ありがとう。ちょっとだけ不安だったんだ。」


「あれ、もう二時間近く話してたんだね」
「あらほんと、明日も早いし今日はこの辺にしときましょう」
(楽しい時間はあっという間に過ぎていく、とはこのことだな)
「うん。今日はいろいろ話聞いてくれてありがとう。」
「もしひどい様だったらお兄様とかにも相談しましょうね。じゃあおやすみ名前」
(あぁ、またいつでもかけてきてくれ)
「また明日ね、葵」



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