電話

携帯を操作しながら目当ての人物の番号へ着信をかける。寒さからか久しぶりに連絡する緊張からか、指先がかすかに震えている。
ワンテンポ置いた後、無機質なコール音が私しかいない部屋で鳴り響く。


「3コール、3コールで出なかったら諦める」


これは彼、基 遊城十代へ電話をかける時の願掛けというより保険のようなものだ。3コールで十代が電話に出なかった時に私が傷つかないための保険。

1コール、2コールと重ねる度に自分の胸の鼓動が早くなっていくのを感じる。
あと1コールで出なかったら切る。もうすぐ3コールめのコール音が終わりを告げようとする。切らないと、携帯を耳から離し通話終了のボタンを押そうとしたその時だ、

「もしもし」

卒業して以来初めて聞く十代の声だった。

「・・・おーい、もしもし。あれ、聞こえてねえの?」
「あっ、ごめん、久しぶり」
「おー、久しぶりだな」


私たちがデュエルアカデミアを卒業してからもう5年の月日が経っている。その間に十代へ連絡をしなかったわけじゃない。十代の誕生日や年越し、バレンタイン、クリスマスなど行事を口実に何度も電話をかけていた。
ただ5年間ずっと、ただいま電話に出ることができません。という無機質な音声しか返ってはこなかった。


「元気だった?」
「あぁ。お前は?」
「私も元気」
「そうか」
「今はどこにいるの?」
「よくわかんねえけどオーロラが綺麗に見えるところだな」
「そっか。寒いだろうから風邪ひかないようにね」
「おう」


デュエルアカデミアで共に過ごした彼は良くも悪くも3年間で大きく成長した。
1年の頃の私たちは何にもとらわれずただ純粋にデュエルを楽しみ、 会話のネタを探さなくとも永遠に話をしていたはずなのに。今の私と十代の会話にあのころの面影は見当たらない。



「十代、あのね、私結婚するんだ」
「そっか」
「それだけ?」
「おめでとう」
「ありがとう。結婚式来てくれる?」
「あぁ」


もし、もしも十代が 結婚なんかやめろよ、そう言ってくれれば、私は今すぐ婚約者に電話をして別れてくださいと言うのに。

「名前幸せになれよ」

私の幸せを願うのなら、あの頃のように私の手を引いて走り出してくれればいいのに。
なんてそんなわがままを言えるほど子どもでもないことは自分が1番分かっている。

「うん。ありがとう。十代もね」
「あぁ」
「結婚式の日程とかまた後で連絡するから」
「おう」
「じゃあ、またね」
「・・・じゃあな」


ツーツーツーと着信の終了を知らせる音声がなる。5年振りの電話は10分も満たない程の時間だった。電話を切ったと同時に、心も体もずしんと重く感じる。昔は電話をした後は気持ちが舞い上がって寝れなかったな、なんて座っていたソファの背もたれへと重心を傾けそのまま体が沈んでいくのを自然に委ねながらそんなことを考えた。



▽▽▽


結婚式の準備が順調に進んでいき、招待状をみんなの元へ郵送し終わったあとに、唯一住所を知らない十代へ携帯に着信をかけると、
おかけになった電話番号は現在使われておりません と無機質な電子音が鳴り響く。


ねえ十代、私本当はずっと十代のことが、

あぁ、こんなことを考えるなんて花嫁失格だ。私は今隣にいてくれる人に幸せにしてもらって、私も彼を幸せにするんだから。
学生時代いつも、またな と言って電話を切る十代の最後の言葉が、じゃあな だった時点で本当は分かっていた。



きっともう私たちが会うことはない。



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