常套句

帰りのHRが終わり帰宅する生徒や部活に行く生徒を横目にタブレットを弄りながら時間を潰す。いつもなら用がなければさっさと教室を出て家に帰るか、友達と遊ぶか、Café Nagiに行くかの三択だけれど、今日はそういう訳にはいかない。


事の発端は昨日の夜に遊作からきた

[HRが終わったあと少し時間をくれないか]

というメッセージだ。
私に話がある時はメッセージか電話で済ませる彼にしては珍しい誘いだった。

そんな呼び出しをしてきた本人の遊作がなかなか来ないな、とタブレットから視線を外すと、島のだる絡みから解放された遊作が私の元へと少し小走りでやってきた。


「待たせてしまって悪い」
「大丈夫だけどどうしたの?」
「相談したいことがあるんだ」
「遊作からの相談なんて珍しいね。私でよければ全然聞くよ」


真剣な面持ちで私を見つめる遊作。
デュエル以外でなかなか見ることのできない遊作のその顔になぜか緊張が走る。その視線に威圧されカラカラと乾いた口内を少しでも潤そうとゴクリ、と唾を飲み込んだ。


「これは友達の話なんだが、」
「うん」
「好きな人が別のクラスらしくどうやって距離を詰めた方がいいのか分からないらしい」


ヒュッと心臓が凍りついた感覚に陥る。
友達の話、なんて自分の話をする常套句だ。


「そ、そっか。ちなみにそれは誰と誰の話とか聞いても大丈夫だったりする?」
「すまないが、今は言えない」


先程まで私を射抜いていた視線は彷徨うように外され、真剣だった表情もその部分にはあまり触れてほしくないのか居心地悪そうにしている。


頭の中には 失恋 の二文字が浮かびあがる。
遊作と同じクラスの私は 彼の好きな人、という希望的観測もさせてもらえない。

遊作と一番仲いい女は私で、最近少しだけいい雰囲気だなって思ってた矢先だったのに。自惚れもいいところだ。


「仲良くなるのにどうすればいいだろうか?」
「うーん、そうだなあ」

なんて言いながらポンポンとアドバイスをしてしまう。なんで敵に塩を送ってるんだろう、なんて顔も知らない遊作の好きな子へと勝手に不満を募らせる。仲良くならないでほしいのに遊作の真剣な顔を見ると適当なアドバイスなんてできなかった。

羨ましいなあ、こんなに真剣に遊作から想ってもらえるなんて。


「こんな感じでいけば仲良くなれるんじゃない?」
「色々とアドバイスありがとう」
「うまく、いくといいね」

そんなこと思ってもいないくせに。

私は今上手く笑えているだろうか。

そんな私の気持ちを知ることもなく遊作は話を続けていくが言葉が雑音のように耳に入ってこない。
私の返事がないことを不思議に思ったのか、いつもの無表情ではなく少しだけ眉をさげた付き合いの長い人にだけ時折見せる困惑した表情で私を見つめる。この顔もいつかその好きな子に向けるのだろうか。

だめだ、笑顔で、がんばれっていわなくちゃ

「名前?」

まって、がんばれ、って
遊作ならだいじょうぶだよ、っていうから

「名前」

おうえん、するから、




「そんなに心配しなくても上手くいくだろう。尊は良い奴だからな」

「……え?」

遊作はいまなんていった?

「穂村くんの、話、なの?遊作じゃなくて?」
「あぁ」

遊作は思い出したように あ、と声に出すと続けて
「尊にはその子に告白するまで内緒にしておいてほしいと言われたから口外しないでほしい」
と言った。だから最初の誰が誰を好きか聞いた時あんなに言い淀んでいたのか。

「あ、うん、それは全然大丈夫だけど私に言ってよかったの?」
「尊に名前に相談することを伝えてあるから大丈夫だ」
「じゃあなんで最初教えてくれなかったの?」
「あの時廊下にまだ島や他の生徒がいたからな」


なんて、さっきまであんなに緊張していたのがバカみたいだ。ため息混じりに息を吐く。
あんな言い回しから始まった話なんて勘違いするに決まってる。なんて恨みのこもった視線を遊作に向ける。


「友達の話なんだけど、から始まる話がほんとに友達の話だったことってあるんだね…」
「? 最初からそう言っていただろう」



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