2.





目の前に現れた、違う名前で呼ばれた彼は紛れもなく、



私の元恋人だった。








「安室さん…?どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。ずいぶん綺麗な方だなと思ってね。」
「確かに名前さんは美人だな。」
「名前さん、ですか。はじめまして。僕は、ここでアルバイトをしております、安室透と申します。」
「はぁ…はじめまして…苗字名前です。」

目の前のコナンくんに少し不審がられた彼は、さらっと誤魔化して微笑みを見せた。
嘘ばっかり。てかなんだよ、綺麗って。
さらっとされた自己紹介。その中のはじめまして、という言葉に分かりづらいぐらいほんのわずかな力が込められていたのは、そういうことにしろ、ということだろう。
安室透と名乗る目の前の人物―――降谷零は、警察庁の人間のはず。
そんな彼がここでアルバイトをしている、ということは、きっと彼の仕事の内―――潜入捜査か何かということ。
ということは偶然会ってしまったとはいえ、邪魔をするわけにもいかない。
初対面として彼と接するしかないようだ。

「こいつはうちの一番弟子でもありましてね。」
「え、お弟子さんなんですか…?」
「ええ。探偵業をしておりまして、まだまだ未熟なもので、毛利探偵に弟子入りをしたんです。」
「そうなんですか。」

弟子入りって。あんなプライドの高い彼が、か。
今はどうだかわからないが、少なくとも私が彼と恋人同士だった頃のことを考えると、誰かに弟子入りするなんてことは考えられないような性格をしていた。それに彼は頭がよく、推理力も優れている。そんな人が、いくら名探偵の毛利さんとはいえ弟子入りだなんて…昔の私ならそれをネタに彼をいじり倒していただろう。
それも、潜入捜査の一環なんだろうが。

注文をしてしばらく経ち、美味しそうな料理を運んできた降谷くん…基、安室さんは、私達の前へと料理を並べていく。

「うわぁ、美味しそう!」

匂いだけでもまた鳴りそうになるお腹を少し抑え、皆が揃ったのを確認し、いただきますをしてから料理を口へ運ぶ。人気メニューらしいナポリタンのソースが口へ広がり、笑みが零れる。

「美味しすぎる…!」
「ありがとうございます。」
「安室さんが作るハムサンドも美味しいんですよ。」
「そうなんですか?」
「そう言っていただけると嬉しいです。
今度是非食べてみてください。」
「わかりました。」

本当にここの店員やってるんだな、と思った。
そりゃやってはいるんだけど、そうじゃなくて。
相変わらずのストイックさというか真面目さというか。
とことんするところは変わっていないんだな、と思うと、ほんの少し懐かしさを感じた。

「ところで、名前さんは、毛利さんに何かご依頼に来られたんですか?」
「いえ、違いますよ。」
「名前さん、プログラマーをやっているそうで、お父さんがパソコンのセキュリティのことでって言って来ていただいたんです。」
「プログラマー?」
「プログラマーというか、パソコン関係やセキュリティ関係のこととか色々、何でも屋みたいなことやってるんです。
毛利さんには、この前助けていただいたお礼がしたかったので、呼んでいただいたのは嬉しかったです。」
「こちらこそ、また貴女に会えて嬉しいですよ。」

毛利さんの時々出る口説き口調にコナンくんは少し呆れたような顔をして、蘭ちゃんはもう、と恥ずかしそうにしている。その横で話を聞いていた安室さんが、少し考えるような顔をした。

「助けていただいた、というと…?
事件に巻き込まれたんですか?」
「そう、仕事でたまたま行ったマンションで容疑者にされてしまいまして…」
「それを俺がズバッと解決したってわけよ!」
「さすが毛利先生ですね。」

安室さんの煽てに嬉しそうに高笑いをする毛利さん。
蘭ちゃんははぁ、と1つ溜め息を付き、コナンくんは苦笑いをしている。そんな毛利家の光景が可笑しくて笑ったら、ほんの少しだけ、安室さんも笑ったような気がした。

美味しい料理と楽しい会話に花を咲かせ、あっという間に時間が経ち、奢っていただいたお礼を告げて、ポアロの前で解散し、帰路へついた。



自宅へと着いた途端、一気に疲れが襲ってきた体を預けるようにベッドへとダイブした。
大した仕事はしていないが、今日はいつもの仕事以上に疲れた気がする。
それもこれも―――




携帯が着信を告げる。

誰からだろうと画面を見ると、友達だからと心の中で言い訳をして、ずっと消せずにいた名前が表示されている。

着信の相手―――つい先程数年ぶりに再会した彼を思い浮かべ、ひとつ溜め息をついて電話を取った。










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