5.





「おや?苗字君じゃないか!」

事件が起こった毛利探偵事務所に現れたのは、警視庁捜査一課―――

「ご無沙汰しています、目暮警部。」

私のかつての上司だった。




「目暮警部、名前さんとお知り合いなんすか?」
「あぁ、君達は知らんかもしれんが、彼女は元々うちの部下だからな。」
「「えっ!?」」
「名前さん、刑事さんだったんですか!?」
「んー…刑事ではないんだけど、一応警察官ではあったわね。」
「苗字君はかなり優秀なハッカーで、以前サイバー犯罪対策課に所属していてな。部署は違うが捜査の手助けを何度かしてもらっていたんだ。」
「す、すごいっすねぇ…」

毛利さん、蘭ちゃん、コナンくんが驚いた反応を見せる中、安室さんは驚いたふりをして、ただ私をじっと見た。
その目、やめてほしい。言いたい事がありそうな目。後で色々聞かせてもらうぞとでも言いたげな、その目。
確かに、警察を辞めたことを私から彼に直接話したことはなかった。
彼のことだから当然知ってはいただろうが。
でも今は、それどころじゃないでしょう。

「私のことよりも、目暮警部、被害者を。」
「あぁ、すまんすまん。そうだったな。」


目暮警部は事務所の椅子に座っている女性に話を聞き出した。泣きながら何があったのか説明を始めた被害者の女性は、樫塚圭さんというらしい。

「ではこういう事かね?樫塚圭さん…あなたはコインロッカーの捜査を毛利君に依頼する為にここを訪れたが…毛利君の助手を名乗る男に出迎えられ、スタンガンで気絶させられて…気がついたらガムテープで拘束され、トイレに押し込まれていたと…」
「は、はい…逃げないようにブーツを脱がされ、靴ヒモまで抜かれました…」
「そして毛利君達が戻り、トイレにあなたを監禁している事がバレたと焦ったこの男は…銃口を自分の口に入れて発砲し、自殺したというわけですな…」

拘束された上に目の前で自殺されるなんて、トラウマレベルだな…けどこの人、どこか違和感がある。なんだろう…?

「しかしあの男は何の目的であなたをトイレに?」
「ず、ずっと質問攻めにあってました...こ、この鍵はどこのロッカーの鍵だ!?言わないと殺すぞって…」
「目暮警部!」
「ん?」

高木という若い刑事が事務所へと入ってきて、目暮警部に耳打ちをする。彼女の衣服からは、発射残渣が出なかったと。それは、彼の自殺を意味しているようだった。つまり、彼女の証言に嘘がないということだ。

「よーし、まずはそのコインロッカーの所在を割り出し、自殺した男の目的を突き止めろ!!」
「はい!!」

殺害現場である事務所のトイレ。死体となって動かなくなってしまったこの男性の行動の動機がわからない。何故トイレへと連れ込み拘束したのか。しばらく立てこもるつもりだったんだろうが、何が目的で立てこもろうとしていたのか…。

「すごく焦っていたようでした…早くそのコインロッカーを見つけないとやばいとか言ってましたし…」
「しかしねぇ、樫塚さん…あなた本当にあの男に見覚えがないのかね?」
「は、はい…全く…」
「あの男の目的があなたのお兄さんの遺品の鍵だったのなら、お兄さんの知り合いの可能性が高いんだが…」
「兄の友人には、あまり会ったことがないので…」
「ちなみに、お兄さんはなんで亡くなったんですか?」

安室さんが彼女に声をかけるが、彼女は全く聞こえていないようで、反応がない。あれ?この人…

「お兄さんの死因は?」
「え?」
「亡くなったお兄さんの死因は?」
「あ、はい…4日前に事故で…これが兄ですけど。」
「へぇ…待ち受けにしてるんですね。」
「珍しいですね…」
「仲がよかったものですから…」

最初よりも少し大きめの声で呼びかけた安室さんに気が付き、樫塚さんは自分の携帯を出し、写真を見せてくれた。
亡くなったばかりのお兄さんを待ち受けに…人それぞれかもしれないが…私には、無理だ。しばらく立ち直れなくて、写真すら見ることができなかった過去が頭を過ぎる。もちろん、今では普通に良き思い出として写真を見ることも話すことも出来るが。…彼女は強い人なのかしら。
そんなことを考えていると、微かに視線を感じそちらを向けば、安室さんと目が合った。察しのいい彼のことだから、何を考えていたのかバレている気がする。大丈夫という気持ちを込めて僅かに頷くと、彼も僅かに頷いて、再び事件の話へと耳を傾けだした。

「携帯といえば…自殺した男のこの携帯、妙なんだよ…」
「妙とは?」
「樫塚さんを装って、会う場所を変えたいという毛利君に宛てたメールは送信履歴にあるんだが、それ以外のメールが全くないんだ。」
「え?」
「全く…ですか?」
「あぁ。」

樫塚さんの話を聞いていると、男はそのメール以降彼女の携帯を使っていたというが、電話帳すら何も入っていないとは、確かに妙だ。
毛利さんの言う通り、型落ちした携帯を安く買ったのかもしれないが、それにしても。

「それにだ。携帯と一緒に男のポケットに入ってあった小銭や財布も引っかかる。」
「小銭や財布?」
「樫塚さんから奪った、例のコインロッカーの鍵や、スタンガンや煙草やライターと一緒に上着のポケットに入っていたんだが…小銭は全部で5千円近くあったんだよ。」
「ご、5千円!?」
「そんなにあったら、ジャラジャラして重いんじゃ…」
「あぁ。しかも財布の中身は1万円札が2枚と5千円札が5枚…千円札はなんと47枚…妙だと思わんかね?」
「た、確かに…」
「あの、すみません…」

奇妙すぎる持ち物に頭を抱えていると、隣で大人しく話を聞いていた安室さんが、目暮警部へと声をかけた。

「もしよろしければ、そのポケットに入っていた物というのを見せていただけませんか?」
「おじさんも見たいよね?」

安室さんの横で話を聞いていたコナンくんに煽られた毛利さんが言われるがまま同意し、見せてもらえることになった。
しばらくして鑑識の人が持ってきてくれた、鍵以外の持ち物が事務所のテーブルへと広げられた。
こんなにたくさん、よくポケットに入っていたなという量だ。

「そういえば樫塚さん、」
「はい?」
「トイレの遺体の足元に落ちていた2枚のタオルのうち、片方のタオルの先が濡れていたようですが…何故だかわかるかね?」
「さぁ…私には…怖くてずっと俯いてましたから…」
「それと、タオルの下にあったあなたのブーツの靴ヒモの先に結び目があって、ブーツに引っ掛かっていたんだが…」
「あぁ、あれは子供の頃からの癖です。布製のスニーカーとかを丸洗いするときにヒモがそうなってると吊るしやすいって兄が…さすがにブーツは洗いませんけど、癖だけが残ってて…もう、もうその兄もいませんけど…」

そう言ってまた、樫塚さんは泣き出してしまった。
お兄さんを亡くされたばかりで、更に見知らぬ男に拘束され目の前で自殺されたのだから、今夜はこのくらいにした方がという毛利さんの提案により、また明日話を聞くということとなった。

「あの、家に帰るなら、僕の車でお送りしましょうか?すぐそこの駐車場に停めてありますし、もしかしたら、あの男の仲間があなたの家の側で待ち伏せしているかもしれませんしね。」
「わざわざすみません…」
「いえいえそんな、例には及びませんよ。」

送ると名乗り出た安室さんの表情は、笑顔を貼り付けたような表情だが、わかる人にはわかる、何かを企んでいる顔だ。演技派だなぁと内心嫌味ったらしく思って見ていると、あ、と言って安室さんの視線が私の方へと向いた。

「え」
「よかったら名前さんもお送りしますよ。」
「え、私も…ですか…?」
「もちろん。女性を夜遅く一人で帰すわけにはいきませんしね。」

よかったらという割りには、わかってるな、とでも言うようなプレッシャーを感じる。断れない雰囲気を出してくる安室さんに、渋々ながらもお礼を告げれば、にっこりと笑った。う、胡散臭い…


「…ところでだ…何故彼がここにいるんだね?」
「いやー、実は安室君、私の一番弟子になったんですよ!」
「で、弟子!?」
「いやーっははは」
「ったく…また君の周りに一人探偵が増えたわけか…」
「え?『また』って…?」
「あぁ、君の他にもいるんだよ。最近毛利君と一緒にちょろちょろ現場に顔を出す、若い女の探偵がな。」
「へぇー、若い女性の探偵ですか…それは是非、
会ってみたいですね。」


驚いた。
さっきまでの胡散臭い笑顔はどこへいったのか。
その探偵に、何があるというんだろう。
ほんの一瞬だったが、今まであまり見たことのないような彼の鋭い表情に、私は少し息を飲んだ。









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