「合い言葉です!
そばにいる方とペアを組んで、二人だけの合い言葉を決めてください!」
茶木警視の大きな声がマイク越しに響く。
確かに、合い言葉があれば、次々へ変装することは出来ないだろう。
さすが警察、色んなこと考えるなぁ、なんて考えていたら、隣にいた幼馴染みが嬉々として声をかけてきた。
「ねえねえ名前、私達の合い言葉どうするー?」
「んー、そうねぇ…じゃあせっかく船上だし、私が"海"って言ったら…」
「"いいオトコ"ね!」
「…いいオトコってアンタねぇ…」
一般的には海ときたら山とか川とかでしょうよ。
確かに園子らしくて、園子にしかわからない合い言葉だとは思うけど。
そんな幼馴染みに少し呆れていると、フッと明かりが消えた。真っ暗になった会場内。
会場内に響き渡る、怪しげな高笑い。
中森警部の大きな声が聞こえたと同時に、音と共に煙が上がる。
光に照らされたシルエットは、白―――
「か、怪盗キッド!?」
騒がしくなる会場内。
舞い飛ぶ白鳩、見覚えのある、白を纏った怪盗紳士。
しかし、違和感を感じずにはいられない。
あれは―――
「フフフ…合い言葉なんて無駄ですよ…」
「なに!?」
「すでに『漆黒の星』は私の手の中だ…」
「バ、バカな!?」
怪しく笑い、漆黒の星を手にする彼に、驚きや恐怖、はたまた感動や羨望の眼差しを会場中が向ける中、朋子おば様の声が静かに響く。
「おやおや、困った泥棒さんだ事…ああいう『怪盗キッド(イタズラボウズ)』には、お仕置きをしてあげなくちゃ…」
「え?」
「おば様…?」
パァンッと鳴り響く、無機質な破裂音。
連続で鳴り響くその音と共に、目の前の白が赤く染まる。
なんて、心臓が止まりそうになる光景。
目の前の彼が、"本当の彼"じゃないんだとしても、今すぐ駆け出してしまいそうな衝動。
彼だったら?もし、本当は、本当に、彼だったとしたら…?
まるでスローモーションのように落ちていく白。
これは現実だとでも突きつけられているように、大きな音が響く。
「キッ…っ!」
駆け出そうとした私の腕を何かが掴み、クンっと体が引かれる。
「名前ちゃん、危ないわ!」
「ら、蘭ちゃん…でも…!」
私を行かせまいと掴む蘭ちゃんの手によって、私が彼の元に行くことは叶わない。
泣きそうになる私を知ってか知らずか、会場の明かりが灯る。
テーブルの上には、真っ赤に染まった、白が―――
「あ、あんた、何て事を!?」
「心配無用ですわ、警部さん…だって彼はまだ…生きてますもの」
「え?」
「……えっ、」
むくりとテーブルの上で起き上がる、赤に染まった白。
朋子おば様の声も頭に入ってこない程、呆然としていると、彼はゆっくりとハットを外す。
「―――天才奇術師、真田一三君ですわ!!」
ガクッと、一気に力が抜けしゃがみ込んだ私の肩を、蘭ちゃんがそっと支えてくれる。
「だ、大丈夫…?名前ちゃん…」
「…大丈夫よ…まさか真田さんだと思ってなくて…本当のキッドじゃないような気はなんとなくしたけど…」
「え?」
「あ、いや…なんでも!ちょっとびっくりしちゃっただけ…はは」
こんなことを言っても、蘭ちゃんにはさっぱりだろう。
私が、この暗闇から見ただけで本当のキッドかどうかなんとなくわかるなんて。適当に誤魔化してしまったが…変に思われたかしら。
それにしても…まさか自分の知人がキッドのフリをするなんて思いもしなかったが。
彼も―――"本物の"怪盗さんも、これを見ていたのだろうか。
マジックをステージで披露すると言う真田さんに皆が嬉しそうに集まっていく。
私はというと、先程の衝撃のせいで頭がぼーっとしていてその様子を眺めていたのだが、ミーハーな幼馴染みに連れられ、気がつけばステージの目の前まで来ていた。
はっと我に返り、目が合った真田さんに会釈をすれば、爽やかにウインクされた。な、なんでだ。
というより、確かに1、2回会ったことはあるが、あまり話したこともないのに私のことを覚えているんだろうか。すごいな。そりゃ私からすると、真田さんは結構有名な方だからもちろん一方的に知っているのだが。
「えーではまず最初に、簡単なカードマジックから…」
「ちょい待ち!オレは昔から疑い深いたちなんでね…
そのカードオレに切らせてくれないか?」
「ええ…構いませんよ。よかったら他の方もどうです?」
真田さんの声掛けに、名乗り出た拓也さんから順に次々とカードを切っていく。
雄三さんがカードを切っていると、誤ってカードを床へばらまいてしまった。謝りながらカードを拾い出す雄三さんと共に、園子と蘭ちゃんと私も散らばっているカードを拾う。
「はい!」
「ありがとうお嬢さん達。お礼にカードを一枚差し上げましょう!」
「えーいいんですか?」
差し出されたカードを蘭ちゃんが引こうと手を伸ばしたとき、待ったの声がかかる。
「その前に、私の透視眼で君達の心を見透かして、選ぶカードを予言しよう…」
んーと悩みだした真田さん。蘭ちゃんと園子は、ドキドキしちゃうね!なんて可愛らしいことを言っている。
真田さんの手から飛び出した白鳩。
私は、彼を彷彿とさせるその真っ白な鳩を見ていた。
せっかくの真田さんのマジックショーの最中だというのに、彼のことばかり考えてしまうなんて。さっきの真田さんが演じたキッドの姿が目に焼き付いて離れないから余計だろうか。
彼に会いたくて仕方ない。
「フム…ハト…ハート…じゃあハートのAということで」
真田さんのジョークで笑いが起き、今度こそ蘭ちゃんがカードを引く。園子の、右のヤツ!という言葉通り、蘭ちゃんは右のカードを引いた。
なんのカードなんだろうと、園子と私もそのカードを覗き込むと、ドキリとした。
『クレオパトラに 魅了された
シーザーのごとく
私はもう 貴方のそばに…
怪盗キッド』
「「か、怪盗キッド!?」」
「え?」
「キ、キッドだ…」
「キッドが現れた!!」
ざわざわとする会場内。
茶木警視が合い言葉の確認を呼びかける。
園子は嬉しそうに、自慢げに話していて、蘭ちゃんは少し困った顔をしている。
「怪盗キッドのメッセージが!?」
「そうよ!さっき蘭が引いたカードの裏に貼ってあったのよ!」
「し、しかし…彼いったい、いつどうやってこんな物を…」
「キッドは神出鬼没…すべては謎というわけか…」
「ああ…わかっているのは、奴がすでにこの中に紛れ込んでいるっていう事だけだ!」
こんな大人数の中、どこに潜んでいるというのだろう。
騒然とする皆を冷静に!と宥めている茶木警視自体、あまり冷静ではないように見える。
私自身、さっきのカードを見てからというもの、どくんどくんと心臓が騒ぐ。
「警部!!あと10分足らずで本船は東京港に入港します!!」
「よぉし、この部屋の出入口を固めろ!
誰一人外に出してはならんぞ!!」
あと、10分。
キッドはどうやって『漆黒の星』を盗むんだろう。
彼のショータイムは、もう間近に迫っているのかもしれない。
「ちょ、ちょっと蘭…胸の真珠どこいったの?」
「え、」
「え?ウソ…あ…」
蘭ちゃんの足元近くから転がっていく黒真珠。
誰かその真珠拾ってください!という声に、近くにいた男性が拾おうとしゃがみ、手を伸ばす。
その時。
その黒真珠から突然煙が上がり、パァンと音を立て弾けた。
「なんだ今の音!?」
「し、真珠だ…真珠が爆発した!!」
キッドが真珠に細工を…?
次々と床に転がっていく真珠が音を立て爆発していく。
こんな真珠着けていられないと皆が投げ捨て爆弾だと騒ぎ、ドアの方へと向かっていく。
落ち着いて!!という茶木警視の声も虚しく、皆が会場から出ていこうとする。
逃げ惑う人混みの中、朋子おば様は誰かにぶつかられ、転けてしまった。
おば様の方へ駆けつければ蘭ちゃんがおば様を支えていて、怪我もないようで安心した。
が、更に事件が起きた。
「あれ…?」
「お、おば様…」
「ママのも無くなってるわよ、黒真珠…」
「え?」
朋子おば様の悲鳴が、会場内に響く。
「キッドよ!!キッドに『漆黒の星』を盗まれましたわ!!」
「なにぃ?」
やはり。なんとなく、本物の『漆黒の星』は朋子おば様が着けているんだろうと思っていた。
見る目がある訳ではないが、ただなんとなく。朋子おば様の性格上、そんな気がしていた。その予感が的中していたのだ。
つまり、キッドが『漆黒の星』を手に入れたということ。
中森警部に助けを求める刑事さんの声と共に、耐えきれなくなったドアが勢いよく開かれ、たくさんの人達が雪崩のように飛び出して行く。
「逃がすな!今、外に出た奴がキッドだ!!」
「は、はい!!」
追いかけていく刑事さん達。
こちらに駆け寄ってきたコナンくんが蘭ちゃんの手を掴み、会場から外に向かって走っていってしまった。
あの子にはわかったんだろう、怪盗キッドの正体が。
キッドは、どこに?
さっきから少し疑問に思っていたことを繋ぎ合わせてみると、一つの答えにたどり着いた気がした。
あくまで、私の勘なのだが。
この勘が当たっているとすれば…
「園子…おば様をお願い。」
「え、ちょっと、名前まで!?」
人混みをすり抜け、私も会場を飛び出した。
小さな探偵と、恐らく本物の"白"であろう彼を追って。
next.
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