12.
「御無沙汰してます。」
久しぶりに訪れた警視庁は、懐かしくもあり、やっぱり少しだけ、胸が苦しくなる所だった。
先日の事件の事で、少し補足で聞きたいことが、と呼ばれた警視庁。2、3問われた質問に答え、すんなりと聴取を終えた私は、懐かしいこの警視庁を回る許可を貰い、以前所属していた部署であるサイバー犯罪対策課に赴いた。
かつての上司や同僚は、辞めてしまった私にも前と変わらず優しく明るく声を掛けてくれ、つい涙腺が緩む。
私はこの場所が好きだった。
此処にいても何も出来ない自分という事実を突き付けられ、辞めると言い出した私を引き止めたり諭したり、話を沢山聞いてくれた皆が好きだったんだ。
思い出話に花を咲かせ、長々と話してしまいそうだったのでまたご飯行きましょうと口約束を交わした。いつでも戻って来ていいぞ、という課長の言葉は、涙が出そうになるほど嬉しい。いつか、そんな日が来るのだろうか。
私がまた、制服を着て、この場所に通い、正義の為に戦う日が。
度々会ってはいるけど、友人にも顔出しておくかと、刑事課を覗いてみたが、美和子はちょうど席を外しているようだ。仕方ない、ともう一人の友人を探しに交通課へと向かう途中、スタイルのよいミニスカポリス、宮本由美の姿を見掛けた。
「由美!」
「え?あ、名前じゃない!どうした?なんかやらかした?」
「そんな訳ないでしょ。」
「由美さん、そちらは…?」
「ん?あぁ、あんたは知らないか。苗字名前、3年くらい前まで警視庁のサイ対に所属してたのよ。」
「そうなんですか。」
「で、名前、この子はうちの新人、三池苗子。」
「三池ちゃんか、よろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」
「それで?結局何してたの?」
「ちょっとこの前の事件の補足聴取をね。すぐ終わったから、さっきサイ対寄ってきたとこ。」
「あーこの前のコナン君誘拐のやつ?てか、サイ対寄ったのによく引き上げられたわね…」
「うーん、結構長話はしてたんだけどね。」
「でしょうね。あ、そうだ。今日ご飯行く?美和子も誘うし。三池も行くでしょ?」
「そうね…」
今日は特に予定もなかったはず、と思考を巡らせていると、視界の端に写った、色素の薄い金髪。角を曲がってすぐに見えなくなってしまった。
「ん…?どうしたの?」
「行けると思うけど、また後で連絡する。」
「あ、ちょっと!」
あの後ろ姿は、間違えるはずがない。
でも、どうして、こんなところに―――
由美の声を背に、懐かしいこの警視庁で走り出した。
追い掛けて角を曲がるが姿はない。あっという間に見失ってしまった。一体何処へ…?
貴方は此処で、何をしていたの?
すぐ側の階段を下り、踊り場の窓から外を見れば、小さく見える姿。もうあんな所に…足が速すぎるだろう。
昔はよく、足の速い彼らの後ろを追い掛けていた。
階段を駆け下り、外へ出る。彼の姿は見えないが、その代わりに、門の付近に集まる子供たちの中で一人、見知った少年の姿を見つけた。
「コナンくん!」
「あれ、名前さんまで?名前さんもこの前の事件のことで?」
「うん、そうなんだけど…私も、ってことは、安室さん見掛けた?」
「え、うん。見掛けたけど…安室さんに用事?」
「うんちょっと…この前の事件の時にハンカチ借りちゃってたから、丁度見掛けたから返そうと思って追い掛けて来たんだけど、足が速くて…」
ふう、と一息つくが、やはり姿は見えない。
コナンくんが見掛けたということは、もう帰ってしまったのか、それとも、警察庁の方でも行ったんだろうか。
「そうなんだ。安室さん、あっちの方に歩いていったよ。追い掛けるよりポアロで渡した方が早いかもね?
それか、ボクが渡しておこうか?」
「…ううん、ちゃんとお礼も言いたいし、会えたときに自分で渡すから大丈夫よ。ありがとうね。」
「そっか。わかった。」
「おいコナン、次は誰だよ?」
「今度は美人さんだね!」
「もしかして、また探偵さんですか?」
どこか大人びた雰囲気の表情で頷いたコナンくんの横で、私のことをじっと見ていたらしい少年少女達がコナンくんに突然質問攻めを始めた。
「名前さんは探偵じゃなくて元警察の…」
「刑事さんなんですか!?」
「かっこいー!佐藤刑事みたい!」
「すげえじゃん姉ちゃん!」
「いや、刑事ではないんだけどね…あと今はただの一般市民で…」
子供達の勢いってすごいな、と圧巻される。元気いっぱいなのはいいことだけども。
「それより高木刑事来てないのか?出迎えてくれる約束だったよな?」
「それが忘れてるみたいなんです…電話も繋がらないし…」
「高木刑事って、この前の事件の時にいた人?」
「うん、名前さん高木刑事見掛けた?」
「ううん、事件の聴取も、違う刑事さんだったし…」
「そっか…んじゃ千葉刑事にでも電話してみっか…」
「あ、だったらよー!」
「佐藤刑事に電話して!」
「生モノみたいですし…」
「?」
生モノ…?少年が抱えている箱に疑問を浮かべていると、コナンくんは美和子へと電話を掛けた。
暫くして入口までやってきた美和子に手を振れば、驚いたような表情を浮かべながら彼女は駆け寄ってきた。
「名前!こんな所までどうしたの!?」
「この前の事件のことでちょっと呼ばれてね。もう帰るところなんだけど。」
「そうなの…」
「あ、さっき由美に会って、ご飯誘われてるんだけどね。美和子も誘うって言ってたからまた後でかな?」
「え、そうなの?分かったわ。」
「うん。じゃあお勤め頑張ってね、女刑事さん!」
「もうなによそれ。じゃあまた後でね。」
「うん、コナンくん達も、またね。」
「またね、名前さん。」
バイバイと手を振る少年少女に手を振り返し、警視庁を後にした。
安室さんが何処へ行ってしまったのか定かではないから、追い掛けっこはお終いか。そのままポアロへと行ってくれていればよいけれど、警察庁へ寄っていたら私は入ることは出来ないし、そこまでするのも…
彼のハンカチを入れたバッグへと視線を落とし、ふぅと溜め息をついた。
仕方がない、少しの可能性をかけて、ポアロへ行ってみよう。
―――喫茶ポアロ。
ここへ来たのは、あの日以来だ。彼と、予想外の再会をしたあの日。
あの時は本当に驚いた。今でも信じ難い。
けれど、違う名前を名乗っていたとしても、降谷くんは変わりなかった。彼は、彼だったんだ。
"安室さん"じゃない彼は少し性格が悪いし、激しすぎるドライビングテクニックも相変わらず。どこか私に甘い所も、何も変わっていない。
だからこそ、私の感情を振り回す彼に戸惑いを隠せない。
会わない方がいいのだろうか。自分から離れておいて虫が良すぎるんじゃないだろうか。けれど、もうあの頃のような関係になることはないんだ。
このハンカチを返したら、もう終わりにしよう。
あの頃の決断はきっと、間違いではなかったはずだ。
だから、ハンカチを渡して、またサヨナラをしよう。
貴方の邪魔に、ならないように。
ドアハンドルを握りぐっと力を込めて押せば、カランカランと耳障りの良い鐘の音が鳴る。
此方を振り向き、いらっしゃいませという明るい声と可愛らしい笑顔を向けてくれたのは、看板娘の梓さん。
「名前さん!また来てくださったんですね!」
「梓さん、こんにちは。また来てしまいました。」
彼女の笑顔に釣られて私もつい笑顔になる。
ハンカチの件を除いても、またポアロに来たいとは思っていた。お店の雰囲気もよく、お料理もおいしい。一度来ただけで、何度でも来たくなるお店だと思ったのだ。彼がいるのはネックだけれども。
「名前さん?」
「あれ、蘭ちゃん。お友達と来てたんだ!」
「そうなんです。」
名前を呼ばれて振り返れば、蘭ちゃんと可愛らしいお友達がいた。
蘭ちゃんが私とお友達を順番に紹介してくれ、彼女は鈴木園子ちゃんと言うらしい。
まさかの、あの有名な鈴木財閥のお嬢様だとか。驚いた。
「名前さん、近くまで来てたんですか?」
「ちょっと警視庁寄ってからね。野暮用で。」
「警視庁って…もしかしてこの前の事件の事でですか?この前世良さんも呼ばれたって聞いて…」
「せらさん…あ、バイクの子かな?そうそう、この前の事件のことでね。ちょっとだけ補足で聞かれただけなんだけど。蘭ちゃんの方は、お家大丈夫だった?」
「家はまぁ…ちょっと怖いですけど、綺麗に清掃していただいたんで、なんとか。」
「そりゃそうだよね…」
「よかったら、名前さんご一緒しませんか?」
「え、いいの?」
「もちろん!折角だし女子会しましょー!」
「女子会?」
園子ちゃんに女子会と言われ、女子高生の女子会にアラサーが入り込んでいいのかと疑問を抱きながら、蘭ちゃんの隣の席へ座れば梓さんが注文を聞きに来てくれ、カフェオレを頼んだ。
「あ、でもさっき用事があるって言ってましたよね?大丈夫なんですか?」
「あー、うん。まぁね、此処に用事があったんだけど。」
「ポアロに?」
「そう。この前の事件の時に、安室さんがハンカチ貸してくれてね、それを返そうと思って。」
「なんだ、安室さんに用事だったんですね!」
「そうなの。」
「安室さんって、もしかして最近ここで働いてるって噂のイケメン?」
「そうそう。」
「そういえばまだ会ったことないわね…」
「安室さん、今日お休みなんですよ。」
カフェオレを持ってきてくれた梓さんは少し申し訳なさそうな顔をしながらそう言って、目の前にゆらゆらと湯気を立てているカップを置いてくれた。
「お休み、か。それじゃあ仕方ないわね。」
やっぱり来ていない、か。警視庁に来ていたってことは、彼もまた事件のことで呼び出されたのかもしれない。
…もしかして。そんな予感が頭を過ぎってきた。
彼が知らないところで、旧友がいなくなっていたということを知ったのではないかと。
話を聞いていた梓さんはハンカチを預かって置こうかという申し出をしてくれたけれど、コナンくんに言ったのと同じようなことを告げ、やんわりと断った。
けじめを付けるために、自分で返さないといけないのだと言い聞かせて。
「ねぇねぇ、もしかして、名前さんってその安室さん狙いなんですか?」
「………へ?」
「ちょっと園子!」
「だって、イケメンだったらそりゃ狙いたくもなるじゃない?しかもハンカチ貸してくれるなんて大チャンスじゃない!直接返したいってそういうことなのかなー?なんて。」
何やら興奮気味に前のめりで語る園子ちゃんの勢いがすごい。女子高生ってこんなものなのか。最初は少し遠慮していたらしい蘭ちゃんもやはり気になるらしく、しっかりとこちらを向き聞き耳を立てている。
「確かに…イケメンだとは思うけど、あれだけイケメンなら彼女の一人くらいいるんじゃないかな…?」
「あー確かに。有り得るわね。」
「名前さんは、恋人や好きな人いないんですか?」
「そうね…今は、いないかな?そう言う二人はどうなの?彼氏いる?」
「園子には、最強の彼氏がいるんですよ。」
「最強?」
「そうなんですよー空手をやってて、400戦無敗なんです。最近は、海外に行きっぱなしなんですけど。」
「400戦無敗…なんか凄そうね。」
友人達も強かったが、400戦というのはどうにも想像がつかない数字で、すごい人もいるんだなと感心してしまう。
というかやっぱり彼氏とかいるのか。さすが女子高生。青春してるんだろうな。
「そう言う蘭だって、幼馴染で高校生探偵の旦那がいるじゃない。」
「だから旦那じゃないって。」
「高校生探偵…?」
「あ、知りませんか?工藤新一っていうんですけど…」
「工藤…?あ、一時期よく新聞とかに載ってた?そう言えば美和子が話してるのを聞いた事があるわね。」
「佐藤刑事が?」
「ええ。警視庁で噂の工藤くんがなんとかって。」
「名前さんって佐藤刑事の知り合いなんですか?」
「あ、そう言えばこの前仲がいいって言ってましたよね。」
「そうよ。昔は警視庁にいたからね。でもそっか、蘭ちゃん、その工藤くんと幼馴染だったのね。」
「はい。腐れ縁みたいなものですけど…」
「ふふ、幼馴染ってそんなものよね。」
「名前さんにも、幼馴染いるんですか?」
「うーん、そうね。いた、という方が正しいかな?」
「「…?」」
ふわふわの黒髪、気取ったサングラス。優秀だけど、よく無茶をするヤツ。親友の仇を取ろうとして、結局沢山の人を助ける為に命を落としてしまった。
小さい頃はすごく可愛かったのに、いつの間にか大人の男になっていて。大人になるまで、ずっと傍にいた。家族のようで、大事な人。
私は、彼を助けられなかったのに。
友人の仇も取れず、何も出来なかったのに。
最後の最後まで、人の事ばかり気にかける、そんな奴だった。
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「御無沙汰してます。」
久しぶりに訪れた警視庁は、懐かしくもあり、やっぱり少しだけ、胸が苦しくなる所だった。
先日の事件の事で、少し補足で聞きたいことが、と呼ばれた警視庁。2、3問われた質問に答え、すんなりと聴取を終えた私は、懐かしいこの警視庁を回る許可を貰い、以前所属していた部署であるサイバー犯罪対策課に赴いた。
かつての上司や同僚は、辞めてしまった私にも前と変わらず優しく明るく声を掛けてくれ、つい涙腺が緩む。
私はこの場所が好きだった。
此処にいても何も出来ない自分という事実を突き付けられ、辞めると言い出した私を引き止めたり諭したり、話を沢山聞いてくれた皆が好きだったんだ。
思い出話に花を咲かせ、長々と話してしまいそうだったのでまたご飯行きましょうと口約束を交わした。いつでも戻って来ていいぞ、という課長の言葉は、涙が出そうになるほど嬉しい。いつか、そんな日が来るのだろうか。
私がまた、制服を着て、この場所に通い、正義の為に戦う日が。
度々会ってはいるけど、友人にも顔出しておくかと、刑事課を覗いてみたが、美和子はちょうど席を外しているようだ。仕方ない、ともう一人の友人を探しに交通課へと向かう途中、スタイルのよいミニスカポリス、宮本由美の姿を見掛けた。
「由美!」
「え?あ、名前じゃない!どうした?なんかやらかした?」
「そんな訳ないでしょ。」
「由美さん、そちらは…?」
「ん?あぁ、あんたは知らないか。苗字名前、3年くらい前まで警視庁のサイ対に所属してたのよ。」
「そうなんですか。」
「で、名前、この子はうちの新人、三池苗子。」
「三池ちゃんか、よろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」
「それで?結局何してたの?」
「ちょっとこの前の事件の補足聴取をね。すぐ終わったから、さっきサイ対寄ってきたとこ。」
「あーこの前のコナン君誘拐のやつ?てか、サイ対寄ったのによく引き上げられたわね…」
「うーん、結構長話はしてたんだけどね。」
「でしょうね。あ、そうだ。今日ご飯行く?美和子も誘うし。三池も行くでしょ?」
「そうね…」
今日は特に予定もなかったはず、と思考を巡らせていると、視界の端に写った、色素の薄い金髪。角を曲がってすぐに見えなくなってしまった。
「ん…?どうしたの?」
「行けると思うけど、また後で連絡する。」
「あ、ちょっと!」
あの後ろ姿は、間違えるはずがない。
でも、どうして、こんなところに―――
由美の声を背に、懐かしいこの警視庁で走り出した。
追い掛けて角を曲がるが姿はない。あっという間に見失ってしまった。一体何処へ…?
貴方は此処で、何をしていたの?
すぐ側の階段を下り、踊り場の窓から外を見れば、小さく見える姿。もうあんな所に…足が速すぎるだろう。
昔はよく、足の速い彼らの後ろを追い掛けていた。
階段を駆け下り、外へ出る。彼の姿は見えないが、その代わりに、門の付近に集まる子供たちの中で一人、見知った少年の姿を見つけた。
「コナンくん!」
「あれ、名前さんまで?名前さんもこの前の事件のことで?」
「うん、そうなんだけど…私も、ってことは、安室さん見掛けた?」
「え、うん。見掛けたけど…安室さんに用事?」
「うんちょっと…この前の事件の時にハンカチ借りちゃってたから、丁度見掛けたから返そうと思って追い掛けて来たんだけど、足が速くて…」
ふう、と一息つくが、やはり姿は見えない。
コナンくんが見掛けたということは、もう帰ってしまったのか、それとも、警察庁の方でも行ったんだろうか。
「そうなんだ。安室さん、あっちの方に歩いていったよ。追い掛けるよりポアロで渡した方が早いかもね?
それか、ボクが渡しておこうか?」
「…ううん、ちゃんとお礼も言いたいし、会えたときに自分で渡すから大丈夫よ。ありがとうね。」
「そっか。わかった。」
「おいコナン、次は誰だよ?」
「今度は美人さんだね!」
「もしかして、また探偵さんですか?」
どこか大人びた雰囲気の表情で頷いたコナンくんの横で、私のことをじっと見ていたらしい少年少女達がコナンくんに突然質問攻めを始めた。
「名前さんは探偵じゃなくて元警察の…」
「刑事さんなんですか!?」
「かっこいー!佐藤刑事みたい!」
「すげえじゃん姉ちゃん!」
「いや、刑事ではないんだけどね…あと今はただの一般市民で…」
子供達の勢いってすごいな、と圧巻される。元気いっぱいなのはいいことだけども。
「それより高木刑事来てないのか?出迎えてくれる約束だったよな?」
「それが忘れてるみたいなんです…電話も繋がらないし…」
「高木刑事って、この前の事件の時にいた人?」
「うん、名前さん高木刑事見掛けた?」
「ううん、事件の聴取も、違う刑事さんだったし…」
「そっか…んじゃ千葉刑事にでも電話してみっか…」
「あ、だったらよー!」
「佐藤刑事に電話して!」
「生モノみたいですし…」
「?」
生モノ…?少年が抱えている箱に疑問を浮かべていると、コナンくんは美和子へと電話を掛けた。
暫くして入口までやってきた美和子に手を振れば、驚いたような表情を浮かべながら彼女は駆け寄ってきた。
「名前!こんな所までどうしたの!?」
「この前の事件のことでちょっと呼ばれてね。もう帰るところなんだけど。」
「そうなの…」
「あ、さっき由美に会って、ご飯誘われてるんだけどね。美和子も誘うって言ってたからまた後でかな?」
「え、そうなの?分かったわ。」
「うん。じゃあお勤め頑張ってね、女刑事さん!」
「もうなによそれ。じゃあまた後でね。」
「うん、コナンくん達も、またね。」
「またね、名前さん。」
バイバイと手を振る少年少女に手を振り返し、警視庁を後にした。
安室さんが何処へ行ってしまったのか定かではないから、追い掛けっこはお終いか。そのままポアロへと行ってくれていればよいけれど、警察庁へ寄っていたら私は入ることは出来ないし、そこまでするのも…
彼のハンカチを入れたバッグへと視線を落とし、ふぅと溜め息をついた。
仕方がない、少しの可能性をかけて、ポアロへ行ってみよう。
―――喫茶ポアロ。
ここへ来たのは、あの日以来だ。彼と、予想外の再会をしたあの日。
あの時は本当に驚いた。今でも信じ難い。
けれど、違う名前を名乗っていたとしても、降谷くんは変わりなかった。彼は、彼だったんだ。
"安室さん"じゃない彼は少し性格が悪いし、激しすぎるドライビングテクニックも相変わらず。どこか私に甘い所も、何も変わっていない。
だからこそ、私の感情を振り回す彼に戸惑いを隠せない。
会わない方がいいのだろうか。自分から離れておいて虫が良すぎるんじゃないだろうか。けれど、もうあの頃のような関係になることはないんだ。
このハンカチを返したら、もう終わりにしよう。
あの頃の決断はきっと、間違いではなかったはずだ。
だから、ハンカチを渡して、またサヨナラをしよう。
貴方の邪魔に、ならないように。
ドアハンドルを握りぐっと力を込めて押せば、カランカランと耳障りの良い鐘の音が鳴る。
此方を振り向き、いらっしゃいませという明るい声と可愛らしい笑顔を向けてくれたのは、看板娘の梓さん。
「名前さん!また来てくださったんですね!」
「梓さん、こんにちは。また来てしまいました。」
彼女の笑顔に釣られて私もつい笑顔になる。
ハンカチの件を除いても、またポアロに来たいとは思っていた。お店の雰囲気もよく、お料理もおいしい。一度来ただけで、何度でも来たくなるお店だと思ったのだ。彼がいるのはネックだけれども。
「名前さん?」
「あれ、蘭ちゃん。お友達と来てたんだ!」
「そうなんです。」
名前を呼ばれて振り返れば、蘭ちゃんと可愛らしいお友達がいた。
蘭ちゃんが私とお友達を順番に紹介してくれ、彼女は鈴木園子ちゃんと言うらしい。
まさかの、あの有名な鈴木財閥のお嬢様だとか。驚いた。
「名前さん、近くまで来てたんですか?」
「ちょっと警視庁寄ってからね。野暮用で。」
「警視庁って…もしかしてこの前の事件の事でですか?この前世良さんも呼ばれたって聞いて…」
「せらさん…あ、バイクの子かな?そうそう、この前の事件のことでね。ちょっとだけ補足で聞かれただけなんだけど。蘭ちゃんの方は、お家大丈夫だった?」
「家はまぁ…ちょっと怖いですけど、綺麗に清掃していただいたんで、なんとか。」
「そりゃそうだよね…」
「よかったら、名前さんご一緒しませんか?」
「え、いいの?」
「もちろん!折角だし女子会しましょー!」
「女子会?」
園子ちゃんに女子会と言われ、女子高生の女子会にアラサーが入り込んでいいのかと疑問を抱きながら、蘭ちゃんの隣の席へ座れば梓さんが注文を聞きに来てくれ、カフェオレを頼んだ。
「あ、でもさっき用事があるって言ってましたよね?大丈夫なんですか?」
「あー、うん。まぁね、此処に用事があったんだけど。」
「ポアロに?」
「そう。この前の事件の時に、安室さんがハンカチ貸してくれてね、それを返そうと思って。」
「なんだ、安室さんに用事だったんですね!」
「そうなの。」
「安室さんって、もしかして最近ここで働いてるって噂のイケメン?」
「そうそう。」
「そういえばまだ会ったことないわね…」
「安室さん、今日お休みなんですよ。」
カフェオレを持ってきてくれた梓さんは少し申し訳なさそうな顔をしながらそう言って、目の前にゆらゆらと湯気を立てているカップを置いてくれた。
「お休み、か。それじゃあ仕方ないわね。」
やっぱり来ていない、か。警視庁に来ていたってことは、彼もまた事件のことで呼び出されたのかもしれない。
…もしかして。そんな予感が頭を過ぎってきた。
彼が知らないところで、旧友がいなくなっていたということを知ったのではないかと。
話を聞いていた梓さんはハンカチを預かって置こうかという申し出をしてくれたけれど、コナンくんに言ったのと同じようなことを告げ、やんわりと断った。
けじめを付けるために、自分で返さないといけないのだと言い聞かせて。
「ねぇねぇ、もしかして、名前さんってその安室さん狙いなんですか?」
「………へ?」
「ちょっと園子!」
「だって、イケメンだったらそりゃ狙いたくもなるじゃない?しかもハンカチ貸してくれるなんて大チャンスじゃない!直接返したいってそういうことなのかなー?なんて。」
何やら興奮気味に前のめりで語る園子ちゃんの勢いがすごい。女子高生ってこんなものなのか。最初は少し遠慮していたらしい蘭ちゃんもやはり気になるらしく、しっかりとこちらを向き聞き耳を立てている。
「確かに…イケメンだとは思うけど、あれだけイケメンなら彼女の一人くらいいるんじゃないかな…?」
「あー確かに。有り得るわね。」
「名前さんは、恋人や好きな人いないんですか?」
「そうね…今は、いないかな?そう言う二人はどうなの?彼氏いる?」
「園子には、最強の彼氏がいるんですよ。」
「最強?」
「そうなんですよー空手をやってて、400戦無敗なんです。最近は、海外に行きっぱなしなんですけど。」
「400戦無敗…なんか凄そうね。」
友人達も強かったが、400戦というのはどうにも想像がつかない数字で、すごい人もいるんだなと感心してしまう。
というかやっぱり彼氏とかいるのか。さすが女子高生。青春してるんだろうな。
「そう言う蘭だって、幼馴染で高校生探偵の旦那がいるじゃない。」
「だから旦那じゃないって。」
「高校生探偵…?」
「あ、知りませんか?工藤新一っていうんですけど…」
「工藤…?あ、一時期よく新聞とかに載ってた?そう言えば美和子が話してるのを聞いた事があるわね。」
「佐藤刑事が?」
「ええ。警視庁で噂の工藤くんがなんとかって。」
「名前さんって佐藤刑事の知り合いなんですか?」
「あ、そう言えばこの前仲がいいって言ってましたよね。」
「そうよ。昔は警視庁にいたからね。でもそっか、蘭ちゃん、その工藤くんと幼馴染だったのね。」
「はい。腐れ縁みたいなものですけど…」
「ふふ、幼馴染ってそんなものよね。」
「名前さんにも、幼馴染いるんですか?」
「うーん、そうね。いた、という方が正しいかな?」
「「…?」」
ふわふわの黒髪、気取ったサングラス。優秀だけど、よく無茶をするヤツ。親友の仇を取ろうとして、結局沢山の人を助ける為に命を落としてしまった。
小さい頃はすごく可愛かったのに、いつの間にか大人の男になっていて。大人になるまで、ずっと傍にいた。家族のようで、大事な人。
私は、彼を助けられなかったのに。
友人の仇も取れず、何も出来なかったのに。
最後の最後まで、人の事ばかり気にかける、そんな奴だった。
<< title >>