13.
サングラスをかけ出したのは、いつからだったかな。
煙草を吸い出したのは、いつからだったかな。
私達が出逢ったのはもう随分昔の話で、腐れ縁のようなそれは、いつからか、家族のようなものになっていた。
―――松田陣平
元警視庁警備部機動隊の爆発物処理班所属、後に刑事部捜査一課強行犯三係に所属し、若くして殉職した彼は、私の幼馴染だ。
親同士仲がよく、幼い頃から一緒に遊ぶことが多かった。
彼はいつしか萩原研二と仲良くなり、私自身も自然と仲良くなっていた。
家も近いから学校も必然的に同じ。
まさか、警察学校まで一緒に入ることになるとは思わなかったけれど。
私と降谷くんが付き合うことになった話をした時、じんぺーと降谷くんが物凄く喧嘩したのを今でもよく覚えている。
殴り合いになってお互いボロボロになって。他の三人もいいぞいいぞ、なんて囃し立てるし、あの時は私一人だけがものすごくテンパっていた。
その喧嘩の後にじんぺーの傷の手当をしながら二人で話をした時、傷だらけになった手を私の頭に乗せて、「幸せになれよ」って言ったんだ。ぶっきらぼうな顔をして。私が泣きそうな顔をすれば、頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜて呆れたように笑って。
じんぺーも、きっと私を大切に思ってくれていたんだろう。
それが只々嬉しくて、泣いてしまった。
私が降谷くんと別れることを決断した時も、本当にいいのかと沢山心配してくれた。
きっと、私の一番の理解者で、誰よりも傍にいた時間が長かったのは、じんぺーだろう。
彼が亡くなる直前に届いたメールは、今でも携帯に残っている―――
「………まぁ色々あってね。同じ警察だったんだけど、ある事件で殉職したのよ。」
「そうだったんですか…すみません。」
「いいのよ、気にしないで。もう3年以上も経つしね。」
「あの…もしかして、その人のことが忘れられなくて、彼氏、今はいないってことですか?」
「え?あ、違う違う。アイツとはそういう関係じゃなかったのよ。幼馴染ってだけで。むしろ、アイツは一時期美和子といい感じだったし。」
「え!佐藤刑事と!?」
「そうそう。今の彼と出会う前かな。付き合うまではいかなかったんだけど。って、あんまり話しすぎると美和子に怒られそうね。」
色々あるのね…って考え込む園子ちゃんは、女子高生というより女って感じの表情でつい笑ってしまう。
ブーブーと突然振動した携帯の画面を見れば、『宮本由美』の文字。二人に断りを入れて、通話ボタンを押しながら外へ出た。
「もしもし、由美?」
『あ、名前?ごめん、今日ちょっと無理そうなのよ。』
「え、そうなの?」
『ちょっと大変なことになっててさ…ほんとごめんね!』
「ううん、私はいいんだけど…大丈夫なの?」
『それがさぁ…ここだけの話、美和子の彼氏の高木君が誰かに拉致られて…』
「え!?それで、犯人は…?」
どうやら犯人らしき人物が、子供達に改造されたタブレットを預け、そこに映されていたのはその高木刑事がどこかで捕まっているところらしい。
「タブレットか…改造されてるんなら簡単には解析もさせてくれなさそうね。」
『そうみたいね…サイ対も頑張ってるみたいだけど、色々時間掛かるらしいのよ。』
それだけそのタブレットが改造されているのなら、ご丁寧に面倒くさいくらい海外のサーバーをいくつも経由していそうだ。
『あ、とにかく、今日はごめんねってことで!名前ももし何か気になったら、美和子の手助けしてあげて!』
「うん…わかったわ。」
通話を切り店内へ戻り、2人のいるテーブルへとついた。
また華の女子校生トークを聞き、時々梓さんも入ってきて、4人の女子会を一通り楽しんだ。いい子達ばかりだなぁ、とつい綻んでしまう。
「すみません名前さん、私達の分まで…」
日も暮れ始め、そろそろ解散しようということになり、全員分の支払いを済ませれば、ほんの少し申し訳なさそうな表情をした蘭ちゃんに、ううん、と首を横に振る。
「いいのよ。楽しい時間を過ごさせてもらったお礼。よかったらまた誘って?」
「もちろんです!」
ご馳走様でした、と笑う2人に手を振り、家路へとつく。
楽しい気分の余韻もあるが、事件のことが気掛かりだった。
美和子は大丈夫だろうか。彼女も随分と無茶をするところがある。頭はいいし大丈夫だとは思うけれども。
それに。
警視庁で見掛けた彼、降谷くんのことも。
彼は殆ど警視庁へ行くことはない。安室透として、だが、旧友がいるであろう警視庁へ行き、初めて亡くなっていたことを知ったとしたら?伊達くんが亡くなっていることを知らなかった可能性は高い。もし知っていたのなら、きっと、なんらかの連絡を私に寄越しているだろう。
貴方は今、何処で、何を思って――
マンションへ着き、オートロックを解除してエントランスをくぐり、エレベーターへと乗り込む。自室前へと辿り着き、鍵を開けた。
先日、彼がやってきた我が家。
注意しろ、と言っていたけど、危ない組織に巻き込まれるのはご勘弁…と、独り言ちる。
特に変わりのない様子に溜息を一つ吐き、パンプスを脱いで部屋へと上がる。
ジャケットをハンガーへとかけ、ラフな格好へと着替えた。やれやれ。やっと気が休まる。
ラックの上の写真立てを見つめ、小さくただいま、と零せば少し顔が緩む。写真の中の幼さの残る私も、随分と嬉しそうな顔をしている。
皆が、大好きだった。とても、大切だった。それは今でも変わらない。
今の私を見たら、皆はなんと言うだろうか。
じんぺーには怒られそうだ。何よりも、私が警察を辞めた理由に一番怒りそうだ。
研ちゃんが亡くなってから、もう7年も経つんだ。
じんぺーが亡くなってからは、もう3年経ったね。
ひろくんが、亡くなってからも―――
皆、皆が、懐かしくて。会いたくて。いっそ会いにいってしまおうかと何度も思ったことがある。降谷くんすらもこの世からいなくなってしまっているんじゃないかと思うこともあった。けれど。
彼がまだ生きていると、わかったから。
私までいなくなってしまったら、彼は本当にひとりぼっちになってしまうから。だから、例え会えなくなっても、私だけは、世界中が彼の敵になったとしても、死ぬまで彼の味方でいようと思った。
彼は逞しいけれど、とても脆い人だから。強いのに、弱い。
だからこそ私が傍にいてはダメだと思った。だから、離れた。彼のことを思えば、あの時はそうするしかなかった。
彼自身が反対しても、私の感情に反したとしても。
私のこの判断は、間違ってなかったかな?
再会した今でも、答えはわからない。
けれど、彼がこの世に生きていてくれるなら、私はそれで構わない。
貴方はこの世に残された、私の、唯一だから。
ひとつ息を吐き、写真立ての彼らにそっと触れる。
もうすぐ、伊達くんの命日か――
携帯が着信を告げる。
ディスプレイに表示されたのは、"佐藤美和子"の文字。
今まさに大変な時であろう彼女からの連絡に息を飲み、通話を押す。
「もしもし、美和子?」
『あ、名前?ごめん、今日…』
「うん、知ってるよ。由美から聞いた。」
『そう…』
「それで、どうした?大丈夫?」
『うん…ちょっと行き詰まっててね、それで、さっきコナンくんが…』
「え、コナンくん?」
『そう、あの子、事件のこととか色々よく気が付く子なんだけど、"伊達さんのことを詳しく聞いた方がいいんじゃないか"って言っててね。』
「伊達くんのこと…?何か、事件に関係がありそうなの?」
『それが、コナンくんは伊達さんが高木くんと同じ名前の"ワタル"っていうのが気になるみたいで。』
「え…?」
―――最近入ってきた奴でよ、すげぇいい奴なんだ。
それが、オレと同じ"ワタル"って名前でな?―――
「…"ワタル・ブラザーズ"…」
『あら、名前も知ってるのね。』
「うん、その頃、伊達くんが嬉しそうに教えてくれてたから。そっか…高木刑事のことだったのね。
ねぇ、事件のこと、もっと詳しく聞かせてくれる?」
『ええ、』
タブレットの話は、由美から少し聞いていた通り。
空港や自宅から高木刑事の手掛かりは掴めず難航していたが、先日ある事件資料を見て涙ぐんでいた高木刑事を見掛けたという証言から、今はその3件の事件について調べているということだった。その3件はどれも1年前頃の首吊り自殺した女性の案件で、事件性の低い物ばかりらしい。身内の逆恨みも考えられる、ということか。
「…自殺、か。それで、なんで伊達くんの話になったの?」
『そのうちの1件、ホステスの彦上京華さんが貢いでた彼氏が結婚詐欺師だって分かって首を吊ったんだけど、その男を捕まえたのが伊達さんなのよ。そのすぐ後に、あの交通事故に遭って…』
――交通事故だった。
当時の美和子の言葉が頭を過ぎった。確か、落とした手帳を拾おうとしてはねられたんだ。
――向こうの両親に挨拶を――
――2月の7日にな――
――おい、あんま見んなって――
「―――っ!」
『名前?』
照れくさいような顔をして笑う伊達くん。
幸せいっぱいな雰囲気の伊達くん。
私は、大事なことを忘れていた。
彼の命が奪われたその日のことを。
遺された、彼の誰よりも大切な人のことを、忘れていたんだ。
「…ねぇ、伊達くんの手帳って、今どこにあるか知ってる?」
『え?手帳なら、高木くんが伊達さんから受け取って持ってるけど…』
あぁ、そうか。そうなのか。彼も、私と同じかもしれない。
彼自身も、伊達くんの命が奪われたショックで、大切なことを忘れてしまっていたのだとしたら。
伊達くんの手帳に貼られてた幸せそうなプリクラ。
伊達くんの隣りで幸せそうな顔をする女性が写っていた。
食い入るように見て茶化す私に照れ臭そうな顔をして、それでも幸せそうな顔をしていた伊達くん。
高木刑事も、それを見たのだとしたら。
…待って。嫌な予感が頭を巡る。もし、高木刑事が彼女に見覚えがあったとしたならば。それが、自分の関わった事件の被害者だったとしたら?
「ねぇ、美和子。」
『ん?』
「その3件の事件でさ、…ハーフの女性って、いた?」
『え?えぇ、いるけど…よくわかったわね。』
息を飲んだ。溢れそうになる何かを抑えるように、口元を手で覆う。ぞわりと鳥肌が立った。
あぁ、私は、自分のことばかりで、彼女のことを、忘れてしまっていたんだ。
私の名前を何度か呼ぶ美和子に、大丈夫、なんでもないと口にしたけれど、その声は震えていたかもしれない。
「…美和子。そのハーフの女性の身内のこと、調べてもらえる?」
『えぇ、わかったけど…彼女が何か関係ありそうなのね?』
「私の予感が当たれば、だけど。もし当たっていたとしたら、私は…悪いことをしたことになる。」
『悪いこと…?名前が?』
「…ごめん、ちょっと私も色々考えてみるわ。何かあったらまた連絡して?」
『え、えぇ…わかったわ。ありがとう、名前。』
通話を切って、力が抜けたように蹲った。
ありがとう、だなんて。私は何もしていない。いや、何も出来なかったんだ。あの時も。
涙が止まらない。ごめん、ごめんね、と小さく呟けれども、それが誰かに届くわけもなく。
私は、親友も、遺された親友の最愛の人すらも、助けてあげることが出来なかった。
伝えることが、出来なかったんだ。
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サングラスをかけ出したのは、いつからだったかな。
煙草を吸い出したのは、いつからだったかな。
私達が出逢ったのはもう随分昔の話で、腐れ縁のようなそれは、いつからか、家族のようなものになっていた。
―――松田陣平
元警視庁警備部機動隊の爆発物処理班所属、後に刑事部捜査一課強行犯三係に所属し、若くして殉職した彼は、私の幼馴染だ。
親同士仲がよく、幼い頃から一緒に遊ぶことが多かった。
彼はいつしか萩原研二と仲良くなり、私自身も自然と仲良くなっていた。
家も近いから学校も必然的に同じ。
まさか、警察学校まで一緒に入ることになるとは思わなかったけれど。
私と降谷くんが付き合うことになった話をした時、じんぺーと降谷くんが物凄く喧嘩したのを今でもよく覚えている。
殴り合いになってお互いボロボロになって。他の三人もいいぞいいぞ、なんて囃し立てるし、あの時は私一人だけがものすごくテンパっていた。
その喧嘩の後にじんぺーの傷の手当をしながら二人で話をした時、傷だらけになった手を私の頭に乗せて、「幸せになれよ」って言ったんだ。ぶっきらぼうな顔をして。私が泣きそうな顔をすれば、頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜて呆れたように笑って。
じんぺーも、きっと私を大切に思ってくれていたんだろう。
それが只々嬉しくて、泣いてしまった。
私が降谷くんと別れることを決断した時も、本当にいいのかと沢山心配してくれた。
きっと、私の一番の理解者で、誰よりも傍にいた時間が長かったのは、じんぺーだろう。
彼が亡くなる直前に届いたメールは、今でも携帯に残っている―――
「………まぁ色々あってね。同じ警察だったんだけど、ある事件で殉職したのよ。」
「そうだったんですか…すみません。」
「いいのよ、気にしないで。もう3年以上も経つしね。」
「あの…もしかして、その人のことが忘れられなくて、彼氏、今はいないってことですか?」
「え?あ、違う違う。アイツとはそういう関係じゃなかったのよ。幼馴染ってだけで。むしろ、アイツは一時期美和子といい感じだったし。」
「え!佐藤刑事と!?」
「そうそう。今の彼と出会う前かな。付き合うまではいかなかったんだけど。って、あんまり話しすぎると美和子に怒られそうね。」
色々あるのね…って考え込む園子ちゃんは、女子高生というより女って感じの表情でつい笑ってしまう。
ブーブーと突然振動した携帯の画面を見れば、『宮本由美』の文字。二人に断りを入れて、通話ボタンを押しながら外へ出た。
「もしもし、由美?」
『あ、名前?ごめん、今日ちょっと無理そうなのよ。』
「え、そうなの?」
『ちょっと大変なことになっててさ…ほんとごめんね!』
「ううん、私はいいんだけど…大丈夫なの?」
『それがさぁ…ここだけの話、美和子の彼氏の高木君が誰かに拉致られて…』
「え!?それで、犯人は…?」
どうやら犯人らしき人物が、子供達に改造されたタブレットを預け、そこに映されていたのはその高木刑事がどこかで捕まっているところらしい。
「タブレットか…改造されてるんなら簡単には解析もさせてくれなさそうね。」
『そうみたいね…サイ対も頑張ってるみたいだけど、色々時間掛かるらしいのよ。』
それだけそのタブレットが改造されているのなら、ご丁寧に面倒くさいくらい海外のサーバーをいくつも経由していそうだ。
『あ、とにかく、今日はごめんねってことで!名前ももし何か気になったら、美和子の手助けしてあげて!』
「うん…わかったわ。」
通話を切り店内へ戻り、2人のいるテーブルへとついた。
また華の女子校生トークを聞き、時々梓さんも入ってきて、4人の女子会を一通り楽しんだ。いい子達ばかりだなぁ、とつい綻んでしまう。
「すみません名前さん、私達の分まで…」
日も暮れ始め、そろそろ解散しようということになり、全員分の支払いを済ませれば、ほんの少し申し訳なさそうな表情をした蘭ちゃんに、ううん、と首を横に振る。
「いいのよ。楽しい時間を過ごさせてもらったお礼。よかったらまた誘って?」
「もちろんです!」
ご馳走様でした、と笑う2人に手を振り、家路へとつく。
楽しい気分の余韻もあるが、事件のことが気掛かりだった。
美和子は大丈夫だろうか。彼女も随分と無茶をするところがある。頭はいいし大丈夫だとは思うけれども。
それに。
警視庁で見掛けた彼、降谷くんのことも。
彼は殆ど警視庁へ行くことはない。安室透として、だが、旧友がいるであろう警視庁へ行き、初めて亡くなっていたことを知ったとしたら?伊達くんが亡くなっていることを知らなかった可能性は高い。もし知っていたのなら、きっと、なんらかの連絡を私に寄越しているだろう。
貴方は今、何処で、何を思って――
マンションへ着き、オートロックを解除してエントランスをくぐり、エレベーターへと乗り込む。自室前へと辿り着き、鍵を開けた。
先日、彼がやってきた我が家。
注意しろ、と言っていたけど、危ない組織に巻き込まれるのはご勘弁…と、独り言ちる。
特に変わりのない様子に溜息を一つ吐き、パンプスを脱いで部屋へと上がる。
ジャケットをハンガーへとかけ、ラフな格好へと着替えた。やれやれ。やっと気が休まる。
ラックの上の写真立てを見つめ、小さくただいま、と零せば少し顔が緩む。写真の中の幼さの残る私も、随分と嬉しそうな顔をしている。
皆が、大好きだった。とても、大切だった。それは今でも変わらない。
今の私を見たら、皆はなんと言うだろうか。
じんぺーには怒られそうだ。何よりも、私が警察を辞めた理由に一番怒りそうだ。
研ちゃんが亡くなってから、もう7年も経つんだ。
じんぺーが亡くなってからは、もう3年経ったね。
ひろくんが、亡くなってからも―――
皆、皆が、懐かしくて。会いたくて。いっそ会いにいってしまおうかと何度も思ったことがある。降谷くんすらもこの世からいなくなってしまっているんじゃないかと思うこともあった。けれど。
彼がまだ生きていると、わかったから。
私までいなくなってしまったら、彼は本当にひとりぼっちになってしまうから。だから、例え会えなくなっても、私だけは、世界中が彼の敵になったとしても、死ぬまで彼の味方でいようと思った。
彼は逞しいけれど、とても脆い人だから。強いのに、弱い。
だからこそ私が傍にいてはダメだと思った。だから、離れた。彼のことを思えば、あの時はそうするしかなかった。
彼自身が反対しても、私の感情に反したとしても。
私のこの判断は、間違ってなかったかな?
再会した今でも、答えはわからない。
けれど、彼がこの世に生きていてくれるなら、私はそれで構わない。
貴方はこの世に残された、私の、唯一だから。
ひとつ息を吐き、写真立ての彼らにそっと触れる。
もうすぐ、伊達くんの命日か――
携帯が着信を告げる。
ディスプレイに表示されたのは、"佐藤美和子"の文字。
今まさに大変な時であろう彼女からの連絡に息を飲み、通話を押す。
「もしもし、美和子?」
『あ、名前?ごめん、今日…』
「うん、知ってるよ。由美から聞いた。」
『そう…』
「それで、どうした?大丈夫?」
『うん…ちょっと行き詰まっててね、それで、さっきコナンくんが…』
「え、コナンくん?」
『そう、あの子、事件のこととか色々よく気が付く子なんだけど、"伊達さんのことを詳しく聞いた方がいいんじゃないか"って言っててね。』
「伊達くんのこと…?何か、事件に関係がありそうなの?」
『それが、コナンくんは伊達さんが高木くんと同じ名前の"ワタル"っていうのが気になるみたいで。』
「え…?」
―――最近入ってきた奴でよ、すげぇいい奴なんだ。
それが、オレと同じ"ワタル"って名前でな?―――
「…"ワタル・ブラザーズ"…」
『あら、名前も知ってるのね。』
「うん、その頃、伊達くんが嬉しそうに教えてくれてたから。そっか…高木刑事のことだったのね。
ねぇ、事件のこと、もっと詳しく聞かせてくれる?」
『ええ、』
タブレットの話は、由美から少し聞いていた通り。
空港や自宅から高木刑事の手掛かりは掴めず難航していたが、先日ある事件資料を見て涙ぐんでいた高木刑事を見掛けたという証言から、今はその3件の事件について調べているということだった。その3件はどれも1年前頃の首吊り自殺した女性の案件で、事件性の低い物ばかりらしい。身内の逆恨みも考えられる、ということか。
「…自殺、か。それで、なんで伊達くんの話になったの?」
『そのうちの1件、ホステスの彦上京華さんが貢いでた彼氏が結婚詐欺師だって分かって首を吊ったんだけど、その男を捕まえたのが伊達さんなのよ。そのすぐ後に、あの交通事故に遭って…』
――交通事故だった。
当時の美和子の言葉が頭を過ぎった。確か、落とした手帳を拾おうとしてはねられたんだ。
――向こうの両親に挨拶を――
――2月の7日にな――
――おい、あんま見んなって――
「―――っ!」
『名前?』
照れくさいような顔をして笑う伊達くん。
幸せいっぱいな雰囲気の伊達くん。
私は、大事なことを忘れていた。
彼の命が奪われたその日のことを。
遺された、彼の誰よりも大切な人のことを、忘れていたんだ。
「…ねぇ、伊達くんの手帳って、今どこにあるか知ってる?」
『え?手帳なら、高木くんが伊達さんから受け取って持ってるけど…』
あぁ、そうか。そうなのか。彼も、私と同じかもしれない。
彼自身も、伊達くんの命が奪われたショックで、大切なことを忘れてしまっていたのだとしたら。
伊達くんの手帳に貼られてた幸せそうなプリクラ。
伊達くんの隣りで幸せそうな顔をする女性が写っていた。
食い入るように見て茶化す私に照れ臭そうな顔をして、それでも幸せそうな顔をしていた伊達くん。
高木刑事も、それを見たのだとしたら。
…待って。嫌な予感が頭を巡る。もし、高木刑事が彼女に見覚えがあったとしたならば。それが、自分の関わった事件の被害者だったとしたら?
「ねぇ、美和子。」
『ん?』
「その3件の事件でさ、…ハーフの女性って、いた?」
『え?えぇ、いるけど…よくわかったわね。』
息を飲んだ。溢れそうになる何かを抑えるように、口元を手で覆う。ぞわりと鳥肌が立った。
あぁ、私は、自分のことばかりで、彼女のことを、忘れてしまっていたんだ。
私の名前を何度か呼ぶ美和子に、大丈夫、なんでもないと口にしたけれど、その声は震えていたかもしれない。
「…美和子。そのハーフの女性の身内のこと、調べてもらえる?」
『えぇ、わかったけど…彼女が何か関係ありそうなのね?』
「私の予感が当たれば、だけど。もし当たっていたとしたら、私は…悪いことをしたことになる。」
『悪いこと…?名前が?』
「…ごめん、ちょっと私も色々考えてみるわ。何かあったらまた連絡して?」
『え、えぇ…わかったわ。ありがとう、名前。』
通話を切って、力が抜けたように蹲った。
ありがとう、だなんて。私は何もしていない。いや、何も出来なかったんだ。あの時も。
涙が止まらない。ごめん、ごめんね、と小さく呟けれども、それが誰かに届くわけもなく。
私は、親友も、遺された親友の最愛の人すらも、助けてあげることが出来なかった。
伝えることが、出来なかったんだ。
<< title >>