14.




高木刑事の拉致から2日目。
美和子からの連絡で、私とコナンくんの話から北海道出身のハーフ女性が自殺した事件、被害者遺族の勘違いによる逆恨みから今回の事件が起こったということがわかったが、犯人である遺族は毒物服用により自殺。
結局高木刑事の居場所はまだ分からないけれど、犯人が死ぬ直前には、彼女の恋人は高木渉ではなく、伊達航だったということを伝えられたという。

なんとも悲しい連鎖だった。
彼女にも、遺族にも、きちんと伝えることが出来ていれば起こらなかったかもしれない。
今更、遅い。

高木刑事は大丈夫だろうか。何かあれば連絡が来るだろうけれど。気が気じゃない。
美和子も無茶しなければいいけど。

伊達くん、どうか2人を見守ってて――





普段通りに仕事を済ませ、一息つく。
気を紛らわすかのように作業に没頭していれば、日が傾き始めていた。もうこんな時間か。
ご飯と明日の準備の買い出しに行かなければ、と重い腰を上げた。


花は明日行く前でいいし、マッチは家にあったはずだから、蝋燭と、後はお供え物くらいかな…ついでだしデパートで買い物をしたら帰ろう。
いつもより少し遠めのデパートまで足を運ぶ。
デパートの近くまで来れば、ブティック等のショップが並び、ウィンドウが夕焼けを反射し、街を朱く染めている。
たまにはこの景色を見るのもいいな、とゆっくり見ながら歩いていると、目に止まったのはジュエリーショップ。
そうだ。伊達くんとばったりあったのは、確かここだった。
足が止まり、立ち尽くす。
ジュエリーが似合わない彼の、見た事のない照れ顔を思い出して、一人くすりと笑う。けれど、急に悲しさが押し寄せてきた。
あの指輪は、渡せなかったんだろうか。

……ダメだな。センチメンタルかな。涙脆くなっている気がする。私が泣いたって仕方ないのに。溢れそうになる涙を引っ込めようと目元に力が入る。

ドンッ

突然の衝撃に、反射的に謝ろうと振り向こうとした刹那、私の手から離れていくバッグ。
え、と一瞬思考が止まったが、すぐにひったくられたと気付き、走り去る男を視界に捕らえた。

「――待ちなさいっ!」

走りにくいパンプスを履いてきたことをちょっと恨みながら駆け出す。あぁもう、なんでこんな時にひったくりなんて…!
元警察と言えど、何年もブランクあるしそもそも私現場担当じゃないんだって!と関係ないところにまで怒りが込み上げてくる。
と、その時。ひったくり犯が突然、何者かによって道端へと倒された。
ほとんど追いかけっこせずに済んだのは良かったが、一体何事なんだと、犯人を抑え込んでいる男性に目を止める。
夕焼けでは分かりにくい色素の薄そうな癖っ毛。眼鏡を掛けたスタイルのよさそうなお兄さん。
彼が犯人を抑えたまま、私の方へと視線を向け、目が合う。

「急いで警察を呼んで頂けますか?」
「あ…はい!」

慌てて携帯を取り出し警察を呼ぶ。どうやらすぐ来てくれそうだ。
未だ犯人を拘束してくれているお兄さんへとその旨を告げた。お兄さんのお陰で助かった。

「あの、ありがとうございます。」
「いえ、偶然犯行現場を見掛けたものですから。」
「そうなんですか。本当に助かりました。」

警察は本当にすぐに来てくれ、犯人は連行されていく。
私とお兄さんはその場で事情聴取をされ、程なくして解放された。

「しかし、驚きました。その靴で走って追いかけようとしていたので。」
「あ、はは……反射的に。それよりお兄さん凄いですね、早業で犯人を倒すものだから驚きました。格闘技とからやってらっしゃるんですか?」
「いえ…多少、かじる程度ですよ。」
「そうなんですか?」

それにしても凄かったな、と先程の光景を思い出していると、ふとお兄さんが私の顔を覗き込んできた。

「?どうかしました…?」
「いえ、泣いていたのかな、と思いまして。」
「え?」
「先程、貴方があのジュエリーショップの前で立ち尽くしてる姿を見掛けて、その姿がなんだか悲しそうに見えたので。どうかしたんだろうかと気になって見ていたんです。」
「え、そ、そうなんですか…!?」
「えぇ、お陰ですぐに窃盗犯を捕まえることが出来たんですけどね。」

お兄さんはそう言って微笑んだ。見られてたとかとても恥ずかしい。確かに泣きそうだったけど、ひったくり事件のせいであっさりと涙は引っ込んでいた。というより、忘れてた。
しかし爽やかイケメンだな、お兄さん。

「大丈夫です、ちょっと感傷に浸ってしまってただけで。
…それでぼーっと突っ立ってひったくられてどうするんだって話なんですけど。」

そう言って笑っていると、お兄さんの左手が私の頭に触れた。
大きな手。どこか懐かしさを覚える、そんな手だった。
ふと鼻腔を掠めた煙草の香りも、懐かしい感じがした。

「あ、あの…」
「?…あぁ、すみません。」
「い、いえ…大丈夫、です。」

撫でられたの、嫌だったと思われただろうか。
決して嫌だったわけではない。驚いたのは驚いたけれど。
それよりも、懐かしさが勝って。

「あ」

そういえば、と携帯を開けば、19時前。しまった。
早く買い物をしなければ、と本来の目的を思い出す。

「あの、本当にありがとうございました。助かりました。
よかったら、これ…」
「名刺、ですか?」
「はい。あ、いらなかったら処分して頂いても構いません。ただ、お礼をさせて頂けたらと思いまして。」
「ホォ…プログラマーですか。」
「そうなんです。なんでも屋みたいな仕事をしてまして…何かあれば。あ、もちろんお礼なので、無料でさせていただきます!」
「…わかりました。有難く頂戴しますね。」
「はい!あ…お兄さんのお名前、お伺いしても?」

にこりと爽やかに笑ったお兄さん――沖矢昴さんというらしい。
どこか懐かしさを感じる、不思議なお兄さん。また、会えるだろうか。

手を振って別れ、店へと足を進めた。
ほんの少しだけ、晴れやかな気持ちで。






必要な物の買い出しを済ませ、家へと着いた頃。美和子からのメールに気が付いた。ほんの少し前に届いたそれには、これから北海道へ行くという内容が書かれていた。
高木刑事がいるのは北海道であると絞ったのだろう。
"気を付けて、行ってらっしゃい"と返信し、携帯を置いた。
明日、か。きっと、大丈夫。あの二人ならば。ね、伊達くん。

お風呂に入り、ご飯を済ませ、明日の準備をして早めに布団へ入った。いつもよりも少しだけ早めの時間にアラームをセットし、目を閉じる。
お兄さんの大きな手と、煙草の香り。どうして懐かしく感じたんだろう。どこかで会ったことがあるのか、それとも。
幼馴染の姿が頭を過ぎる。あぁ、重ねてしまったのだろうか。
でも、少し違うような……。
ふと襲い来る眠気に身を任せ、眠りに落ちていく。どこか暖かさを感じながら。








「よいしょ、と。」

街中から少し外れた、自然に囲まれた一角。
既にお墓参りを済ませたであろうご両親とすれ違い、ご挨拶を交わして別れ、一人伊達くんの墓前へと立ち、手を合わせた。

「久しぶり、伊達くん。」

ご両親がお供えされた綺麗な花に、持ってきた花を添えて供える。
昨日買ってきたお供えのお菓子と、伊達くんが好きだったビールを置き、燭台に蝋燭を立て、線香に火を灯し、香炉へ立てる。
もう一度手を合わせた後、自分のビール缶を取りプルを開けた。

「乾杯。」

こつりと伊達くんのビールに合わせ、ぐびっと一口。
皆で飲み会をしていた頃が、懐かしい。

「伊達くん、あのね――」

ビール片手に、話したかったことをぽつりぽつりと話し出す。
伊達くんが、いつもの調子で笑いながら聞いてくれているような気がして。

「――そういえばね、降谷くんに会ったんだ。偶然。ちゃんと生きてたよ、彼。」

ふ、と笑みが溢れ、ビールにまた口を付ける。
あのカフェで、二人で心配していたのが懐かしい。
会ってからも尚、相変わらず心配を掛けてくる彼の姿を浮かべ、困ったように笑う。

「ねぇ、そっちでじんぺー達に会えたかな?けんちゃんと、ひろくんにも。」

親友達との思い出話をして、また笑う。楽しかった、あの頃。
沢山の思い出が詰まった、あの頃。

「――こっちは、二人になっちゃったけど、もうちょっと、頑張って生きるね。」

皆に会えないのは、寂しいけれど。

「まだ、降谷くんそっちに行かないように見守ってて。彼、危なっかしいからさ。」

自らの危険を顧みずに、正義の為に突っ込んでいく彼だから。
先日の、車に愛車を突っ込ませていた姿が頭を過ぎる。

携帯の着信が鳴り、開けばメールが届いている。
差出人は、宮本由美。
"高木くん、無事救出!美和子とのラブラブ映像を見せつけられた男共が大変"と絵文字付きで送られてきた文面を見て、笑ってしまう。その姿が安易に想像出来てしまって。

「伊達くん伊達くん、ワタル・ブラザーズの弟くん無事救出されたって!見守っててくれて、ありがとう。」

暫くは来れないだろうけど、また二人で伊達くんに会いに来るだろう。可愛い後輩達の姿を見たら、伊達くんも喜びそうだ。

「…伊達くん、ごめんね。私、ちゃんと伝えられてなかったからさ。伝えられてたら、こんな悲しい事件、起きなかった…よね。」

残された遺族の深い悲しみが、事件を起こしてしまう。よくある事件だとは思うけれど、それは、本当にやるせなくて、悲しい。

「はは、しんみりしちゃった。ごめんごめん、今日は泣かないって決めたからね。泣かない、大丈夫。」

心配を、掛けたくないから。

「…彼女さんにも、会えたかな。」

きっと、会えただろうな。プリクラで見せてもらった、可愛らしい彼女さんに。幸せそうな二人。今度は、離れ離れにならないようにね。

「…そろそろ、行こうかな。このままだとずっと居座っちゃいそうだし。」

出たゴミを片付け、蝋燭やマッチ、線香、供えていたお菓子とビールを回収する。

「…あのさ、降谷くん、此処へ来てない…よね。」

返ってくるはずのない答えと知りながら、ぽつりと問い掛ける。
彼は、まだ知らないのかもしれない。いや、この前――警視庁で姿を見掛けた時に、もしかしたら何か気付いただろうか。
彼のことだから、今、伊達くんの事を調べているかもしれない。

「……伊達くん、私、来月も来るね。」

もしかしたら、彼も――来るかもしれないから。

「様子、見に来るね。降谷くんに返さなきゃいけないものあるんだけど、会えなくて、さ。避けられてるのかな。…なんて。」

自分から離れておきながら、何を言ってるんだか。

「…伊達くんも、降谷くんに会いたいだろうし、もし私が先に見つけたら、伝えておくね。だから――またね、伊達くん。」


後ろ髪を引かれながら、その場から立ち去った。
いつか、二人で来れるだろうか。降谷くんと、二人で。
また、皆との思い出話を、出来るだろうか。

どっと押し寄せる寂しさに気付かないふりをした。
溢れそうになる涙をなかったことにしようと、力を込めた。

今日は泣かないと、決めたから。


泣き虫だと皆に言われていた。
でも、もう、心配掛けたくないから。

泣かない。泣かないよ。


出来るだけ、笑ってるようにするから。

だからね、空から、見守っててね。









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