15.
凍える程の寒さはなくなり、少し冷たい風とほんのり暖かい日差しが、春の近付きを告げている。
色々な事が起こった伊達くんの命日から一月が経過した。
あれから、降谷くんの姿を見掛ける事は一度もなかった。
まるで、再会したことが嘘のようで、少し前の状態に戻ったようで。
けれど、嘘でも夢でもなかったんだと、私の物ではない、彼の香りから柔軟剤の香りへと変わってしまったハンカチが物語っていた。確かに、彼がいたんだということを。
先日お見舞いへ行ったが、あの事件から入院していた高木刑事もすっかり回復して退院したらしい。
後輩で友人である美和子の恋人である彼は、以前彼女がちらっと言っていたように、ほんの少し、私の幼馴染の松田陣平に似ていた。雰囲気というか、なんというか。でも、高木刑事の方が物腰柔らかい感じだし、良い人が滲み出ている好青年だった。ラブラブな二人を見せられお腹いっぱいになり、結婚式には呼んでね、って言ったら滅茶苦茶あたふたされて面白かった。可愛い後輩達め。
彼らもお墓参りに行くと言っていたし、もしかしたら出会すかもしれない。けれど、今回の私の目的はお墓参りに行くことではない。
来るか来ないかも分からない奴を見つける事が目的だ。
街中から少し外れた一角。先日訪れた時よりも、自然の緑が色濃くなったように感じる。
彼が此処へ来るかどうかなんて、全く確証がない。無謀とも言える。
けれど、きっと来ると信じていた。いや、そうであって欲しいと思っていた。知って欲しかった。私達の、親友のことを。
伝えられなかったことを。それが例え、一年越しだとしても。
あの時、私は彼に電話を掛けた。泣きながら、繋がることのなかった電話を。
後から思えば、メールとかそういう手段もあったはずだ。けれど、私は彼に、伊達くんのことを伝えられていなかった。
だから、ちゃんと話がしたかった。私達の、大切な親友のことを。
ぶわりと風が吹き、髪を揺らし、視界が遮られる。顔にかかった髪を耳にかければ視界が開けた。そして目に飛び込んできた姿に、息を呑む。覚えのある墓前で立ち尽くす一人の男性。深々と被られたニット帽にサングラス。顔は見えないけれどあれは――
「ふ…」
小さくこぼれ落ちた声は風に攫われる。そして遠くから別の声が聞こえてきた。その声を聞いてか、彼は姿を消すように立ち去ってしまう。彼を追い、私も姿を隠すように墓地へと足を進める。やってきたのはよく知っている二人、美和子と高木刑事だ。
私が二人から隠れる必要はない、けれど。私はそのまま、また見失ってしまいそうな降谷くんを追い掛けた。
再び姿を捕らえた彼は携帯を手に、伊達くんのお墓に背を向けている。横目で私の姿を一瞬捕らえた彼は、何も言わずにそこから立ち去ろうとした。
「……降谷くん」
向こうの2人には聞こえない程の声で彼の名を呼ぶ。彼は何も言わず、此方へ振り向かないまま足を止めた。
「…知らなかった?」
「……」
「知らなかった、よね。…伊達くんのこと。」
「……」
「ごめん。あの時、電話はしたんだけど、繋がらなくて……けど、伝える方法はいくらでも、あった、よね。」
ごめん、と呟いた声が、風に攫われる。俯いた視線に影が掛かり、顔を上げようとしたがそれは叶わなかった。
伸びてきた手が後頭部に触れ、彼の顔が耳元へと近付く。
硬直した私の耳に届いた一言は、低く、少しだけ掠れていた。
立ち去っていく背中を呆然と見ていたが、我に返り、追い掛けて手を掴んだ。驚いたように振り返り私を見下ろす彼の目を、サングラス越しにしっかりと見詰める。
「返したから。」
掴んだ手に握らせたのは、ずっと返せずにいたハンカチ。キョトンとした顔をした降谷くんは、口角を僅かに上げて眉を下げ、微かに笑った。
私の頭に手を乗せ、今度こそ、彼は背を向けて此処から立ち去っていく。
これで、よかったんだろうか。
降谷くんの言葉が、表情が、何度も頭を過ぎる。
私は、彼の力になれるのだろうか。
危険を顧みず、大きなものを背負い一人闘っていく彼の。
あの頃の私に出来ることは、彼の傍を離れることだった。
じゃあ今は?また離れてしまうことしか出来ないのだろうか?
残された私に出来ることは、一体、何なんだろうか。
モヤモヤとした感情を引きずったまま踵を返し、友人の墓地の前で手を合わせる後輩達の元へ向かった。先にこちらに気付いたのは高木刑事。あ、と言う声に美和子も此方を振り向いた。
「や、お二人さん。」
「あら、名前じゃない!」
「苗字さん…!?」
「どうしたの?先月来たって言ってなかったっけ?」
「そうなんだけど、まぁいいじゃない。ね、伊達くん。」
先月ぶりの伊達くんのお墓の前にしゃがみこみ、手を合わせた。
「あ、もしかしてそれ、苗字さんですか?」
「え?」
高木刑事の指差す方向を見れば、墓前に供えられている小さな物。これは…
「…爪楊枝…?」
「あら、名前でもないのね。」
「―――っ!」
姿が消えてしまった彼を探すかのように振り向いた。とっくに此処にはいないのに。得も言えぬ感情が溢れ、咄嗟に胸を抑える。
ああ、やっぱり彼は、彼なんだ。
「どうかした?」
「ううん…なんでもない。」
モヤモヤとしていた感情が、少しずつ消えていく気がした。
私はずっと、彼があの頃と随分変わってしまったかのように思っていた。昔と変わらないところが垣間見えていても、やはり環境があの頃とは全く違う。だから、私の知っている"降谷零"はいなくなってしまったように、心のどこかで思っていたんだろう。
けれど、何も変わっていないのかもしれない。
友人思いなところも、何にでも立ち向かっていく強さも、優しさも。私自身が、決め付けてしまっていただけなのかもしれない。
連絡を取れなくなってしまった彼は、もういなくなってしまったんだと"思い込もう"としていたのかも。
『…悪かった。』
彼は確かに、そう言った。伝えられなかった私が、悪いはずなのに。何故伝えなかったと言われても仕方ないというのに、彼はきっと分かってしまったんだろう。
それで、彼は私を気遣った。彼自身も、傷付いているというのに。
少し話した後、先に行くわね、と告げて美和子と高木刑事は墓地を後にした。二人と別れ、私はまた一人、伊達くんのお墓の前に佇んでいる。
「…伊達くん、降谷くん来たんだね。…ねぇ、どんな話してたの?」
降谷くんが供えていった、爪楊枝。伊達くんがよく咥えていた姿を思い出す。
オジサンくさいよと冗談でからかって怒られたのはいつのことだったか。お父さんの影響もあったらしいそれは、伊達くんらしさのひとつになっていたんだ。そんな伊達くんも好きだった。
そうやって皆と笑いあって、一緒にいる時間が、皆が、大好きだった。
ここ数ヶ月程で、皆との沢山のことを思い出した。楽しかったことも、辛かったことも。本当に色んな事があった。学校時代も、警察官となってからも。
「あのね、伊達くん。私ね…」
もう言葉にすることは叶わないと思っていた。いや、言葉にしてはいけないんだと、言い聞かせていた。
けれど、彼と再会してから、溢れて止まらないこの感情を、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「私、降谷くんのこと――」
ふわりと吹き込む風が、私の言葉を乗せていく。そのまま天に、届くだろうか。優しく頬に触れる風は、春の匂いがした。
また一人の友を失った。
それが、もう一年も前のことだと知った時は、あまりの衝撃に愕然とした。
先日の事件の事で呼び出された警視庁。そこには昔馴染みの姿はなく、奴が殉職したという話を聞いた。
経緯を調べ、気持ちの整理をするのに随分時間が掛かってしまったが、命日の一月後、漸く訪れた墓参り。
まさか、彼女と此処で会うとは思わなかったが。
本人には気付かれていたかもしれないが、ここ一ヶ月程、僕は名前を避けていた。
ポアロへ探しに来ていたという話を聞いたし、コナンくんや蘭さんからも、彼女が僕を探していたことを聞いた。
けれど、会いたくなかった。いや、今は会わない方がいいと思ったんだ。
アイツの――伊達の死に、向き合うことが出来るまでは。
僕はあの頃、組織への潜入や、ヒロ――スコッチのこと等があり、色々と余裕がなかった。彼女からの電話を取る余裕すらもなく"仕事"に明け暮れていた。
だから、彼女の"SOS"に気付くことが出来ずにいた。その後ろめたさもあったのかもしれない。
なのに彼女は、僕に"ごめん"と告げたんだ。他に伝える方法はあったのに、と。俯き伏せられた瞼が僅かに震えていた。
どうして、僕は―――
今更、彼女を抱き締める資格すらないと自分を咎め、引き寄せてしまいそうになったこの手は彼女の後頭部へと触れたが、彼女に謝罪をすることしか出来なかった。
友を失った悲しみは、僕だけのものではない。
名前も、伊達の、彼らの友なんだ。大切な仲間だったんだ。
その当時、縋る相手すらもおらず、唯一残った僕自身の消息も分からず、連絡も取れないのだから。
その悲しみや寂しさは、今の僕とは比にならないだろう。
僕は彼女を、何一つ守ってやれていない。
やるせない気持ちを堪え、彼女の前から立ち去ろうとした。
合わせる顔がない。少し、時間が欲しい。
そんな我儘を彼女に押し付けようとした僕を、彼女の小さな手が引き止めた。
驚き振り返れば、彼女の強い眼差しが僕を捕らえていて、動けなくなった。
『返したから』
そう言った彼女の手から僕の手の上に乗せられた物に視線を落とせば、それは見覚えのあるハンカチ。
これは、先日の事件の時に名前へ渡した僕のものだ。
皺もなく綺麗にアイロンがけされたそれは仄かに、彼女と同じ柔軟剤の香りがしている。
あの時、泣いてしまいそうな彼女へ渡した。小さな肩に背負う物を、少しでも支えてやりたい。涙を拭うのは、自分でありたいと、あの時、名前への想いを改めて思い知らされた。
本当に、君という人は―――
彼女の頭に手を乗せ撫でると、柔らかな髪の感触に心が揺れる。
僕は昔も、今も、君には敵わないらしい。
そしてまた、僕は背を向けて歩き出した。
もう二度と彼女を――名前を一人きりにはしないと心に決めて。
まだ僕には、そっちに行けない理由がある。
だから、どうか、見守っていてくれ。
親愛なる、友よ。
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凍える程の寒さはなくなり、少し冷たい風とほんのり暖かい日差しが、春の近付きを告げている。
色々な事が起こった伊達くんの命日から一月が経過した。
あれから、降谷くんの姿を見掛ける事は一度もなかった。
まるで、再会したことが嘘のようで、少し前の状態に戻ったようで。
けれど、嘘でも夢でもなかったんだと、私の物ではない、彼の香りから柔軟剤の香りへと変わってしまったハンカチが物語っていた。確かに、彼がいたんだということを。
先日お見舞いへ行ったが、あの事件から入院していた高木刑事もすっかり回復して退院したらしい。
後輩で友人である美和子の恋人である彼は、以前彼女がちらっと言っていたように、ほんの少し、私の幼馴染の松田陣平に似ていた。雰囲気というか、なんというか。でも、高木刑事の方が物腰柔らかい感じだし、良い人が滲み出ている好青年だった。ラブラブな二人を見せられお腹いっぱいになり、結婚式には呼んでね、って言ったら滅茶苦茶あたふたされて面白かった。可愛い後輩達め。
彼らもお墓参りに行くと言っていたし、もしかしたら出会すかもしれない。けれど、今回の私の目的はお墓参りに行くことではない。
来るか来ないかも分からない奴を見つける事が目的だ。
街中から少し外れた一角。先日訪れた時よりも、自然の緑が色濃くなったように感じる。
彼が此処へ来るかどうかなんて、全く確証がない。無謀とも言える。
けれど、きっと来ると信じていた。いや、そうであって欲しいと思っていた。知って欲しかった。私達の、親友のことを。
伝えられなかったことを。それが例え、一年越しだとしても。
あの時、私は彼に電話を掛けた。泣きながら、繋がることのなかった電話を。
後から思えば、メールとかそういう手段もあったはずだ。けれど、私は彼に、伊達くんのことを伝えられていなかった。
だから、ちゃんと話がしたかった。私達の、大切な親友のことを。
ぶわりと風が吹き、髪を揺らし、視界が遮られる。顔にかかった髪を耳にかければ視界が開けた。そして目に飛び込んできた姿に、息を呑む。覚えのある墓前で立ち尽くす一人の男性。深々と被られたニット帽にサングラス。顔は見えないけれどあれは――
「ふ…」
小さくこぼれ落ちた声は風に攫われる。そして遠くから別の声が聞こえてきた。その声を聞いてか、彼は姿を消すように立ち去ってしまう。彼を追い、私も姿を隠すように墓地へと足を進める。やってきたのはよく知っている二人、美和子と高木刑事だ。
私が二人から隠れる必要はない、けれど。私はそのまま、また見失ってしまいそうな降谷くんを追い掛けた。
再び姿を捕らえた彼は携帯を手に、伊達くんのお墓に背を向けている。横目で私の姿を一瞬捕らえた彼は、何も言わずにそこから立ち去ろうとした。
「……降谷くん」
向こうの2人には聞こえない程の声で彼の名を呼ぶ。彼は何も言わず、此方へ振り向かないまま足を止めた。
「…知らなかった?」
「……」
「知らなかった、よね。…伊達くんのこと。」
「……」
「ごめん。あの時、電話はしたんだけど、繋がらなくて……けど、伝える方法はいくらでも、あった、よね。」
ごめん、と呟いた声が、風に攫われる。俯いた視線に影が掛かり、顔を上げようとしたがそれは叶わなかった。
伸びてきた手が後頭部に触れ、彼の顔が耳元へと近付く。
硬直した私の耳に届いた一言は、低く、少しだけ掠れていた。
立ち去っていく背中を呆然と見ていたが、我に返り、追い掛けて手を掴んだ。驚いたように振り返り私を見下ろす彼の目を、サングラス越しにしっかりと見詰める。
「返したから。」
掴んだ手に握らせたのは、ずっと返せずにいたハンカチ。キョトンとした顔をした降谷くんは、口角を僅かに上げて眉を下げ、微かに笑った。
私の頭に手を乗せ、今度こそ、彼は背を向けて此処から立ち去っていく。
これで、よかったんだろうか。
降谷くんの言葉が、表情が、何度も頭を過ぎる。
私は、彼の力になれるのだろうか。
危険を顧みず、大きなものを背負い一人闘っていく彼の。
あの頃の私に出来ることは、彼の傍を離れることだった。
じゃあ今は?また離れてしまうことしか出来ないのだろうか?
残された私に出来ることは、一体、何なんだろうか。
モヤモヤとした感情を引きずったまま踵を返し、友人の墓地の前で手を合わせる後輩達の元へ向かった。先にこちらに気付いたのは高木刑事。あ、と言う声に美和子も此方を振り向いた。
「や、お二人さん。」
「あら、名前じゃない!」
「苗字さん…!?」
「どうしたの?先月来たって言ってなかったっけ?」
「そうなんだけど、まぁいいじゃない。ね、伊達くん。」
先月ぶりの伊達くんのお墓の前にしゃがみこみ、手を合わせた。
「あ、もしかしてそれ、苗字さんですか?」
「え?」
高木刑事の指差す方向を見れば、墓前に供えられている小さな物。これは…
「…爪楊枝…?」
「あら、名前でもないのね。」
「―――っ!」
姿が消えてしまった彼を探すかのように振り向いた。とっくに此処にはいないのに。得も言えぬ感情が溢れ、咄嗟に胸を抑える。
ああ、やっぱり彼は、彼なんだ。
「どうかした?」
「ううん…なんでもない。」
モヤモヤとしていた感情が、少しずつ消えていく気がした。
私はずっと、彼があの頃と随分変わってしまったかのように思っていた。昔と変わらないところが垣間見えていても、やはり環境があの頃とは全く違う。だから、私の知っている"降谷零"はいなくなってしまったように、心のどこかで思っていたんだろう。
けれど、何も変わっていないのかもしれない。
友人思いなところも、何にでも立ち向かっていく強さも、優しさも。私自身が、決め付けてしまっていただけなのかもしれない。
連絡を取れなくなってしまった彼は、もういなくなってしまったんだと"思い込もう"としていたのかも。
『…悪かった。』
彼は確かに、そう言った。伝えられなかった私が、悪いはずなのに。何故伝えなかったと言われても仕方ないというのに、彼はきっと分かってしまったんだろう。
それで、彼は私を気遣った。彼自身も、傷付いているというのに。
少し話した後、先に行くわね、と告げて美和子と高木刑事は墓地を後にした。二人と別れ、私はまた一人、伊達くんのお墓の前に佇んでいる。
「…伊達くん、降谷くん来たんだね。…ねぇ、どんな話してたの?」
降谷くんが供えていった、爪楊枝。伊達くんがよく咥えていた姿を思い出す。
オジサンくさいよと冗談でからかって怒られたのはいつのことだったか。お父さんの影響もあったらしいそれは、伊達くんらしさのひとつになっていたんだ。そんな伊達くんも好きだった。
そうやって皆と笑いあって、一緒にいる時間が、皆が、大好きだった。
ここ数ヶ月程で、皆との沢山のことを思い出した。楽しかったことも、辛かったことも。本当に色んな事があった。学校時代も、警察官となってからも。
「あのね、伊達くん。私ね…」
もう言葉にすることは叶わないと思っていた。いや、言葉にしてはいけないんだと、言い聞かせていた。
けれど、彼と再会してから、溢れて止まらないこの感情を、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「私、降谷くんのこと――」
ふわりと吹き込む風が、私の言葉を乗せていく。そのまま天に、届くだろうか。優しく頬に触れる風は、春の匂いがした。
また一人の友を失った。
それが、もう一年も前のことだと知った時は、あまりの衝撃に愕然とした。
先日の事件の事で呼び出された警視庁。そこには昔馴染みの姿はなく、奴が殉職したという話を聞いた。
経緯を調べ、気持ちの整理をするのに随分時間が掛かってしまったが、命日の一月後、漸く訪れた墓参り。
まさか、彼女と此処で会うとは思わなかったが。
本人には気付かれていたかもしれないが、ここ一ヶ月程、僕は名前を避けていた。
ポアロへ探しに来ていたという話を聞いたし、コナンくんや蘭さんからも、彼女が僕を探していたことを聞いた。
けれど、会いたくなかった。いや、今は会わない方がいいと思ったんだ。
アイツの――伊達の死に、向き合うことが出来るまでは。
僕はあの頃、組織への潜入や、ヒロ――スコッチのこと等があり、色々と余裕がなかった。彼女からの電話を取る余裕すらもなく"仕事"に明け暮れていた。
だから、彼女の"SOS"に気付くことが出来ずにいた。その後ろめたさもあったのかもしれない。
なのに彼女は、僕に"ごめん"と告げたんだ。他に伝える方法はあったのに、と。俯き伏せられた瞼が僅かに震えていた。
どうして、僕は―――
今更、彼女を抱き締める資格すらないと自分を咎め、引き寄せてしまいそうになったこの手は彼女の後頭部へと触れたが、彼女に謝罪をすることしか出来なかった。
友を失った悲しみは、僕だけのものではない。
名前も、伊達の、彼らの友なんだ。大切な仲間だったんだ。
その当時、縋る相手すらもおらず、唯一残った僕自身の消息も分からず、連絡も取れないのだから。
その悲しみや寂しさは、今の僕とは比にならないだろう。
僕は彼女を、何一つ守ってやれていない。
やるせない気持ちを堪え、彼女の前から立ち去ろうとした。
合わせる顔がない。少し、時間が欲しい。
そんな我儘を彼女に押し付けようとした僕を、彼女の小さな手が引き止めた。
驚き振り返れば、彼女の強い眼差しが僕を捕らえていて、動けなくなった。
『返したから』
そう言った彼女の手から僕の手の上に乗せられた物に視線を落とせば、それは見覚えのあるハンカチ。
これは、先日の事件の時に名前へ渡した僕のものだ。
皺もなく綺麗にアイロンがけされたそれは仄かに、彼女と同じ柔軟剤の香りがしている。
あの時、泣いてしまいそうな彼女へ渡した。小さな肩に背負う物を、少しでも支えてやりたい。涙を拭うのは、自分でありたいと、あの時、名前への想いを改めて思い知らされた。
本当に、君という人は―――
彼女の頭に手を乗せ撫でると、柔らかな髪の感触に心が揺れる。
僕は昔も、今も、君には敵わないらしい。
そしてまた、僕は背を向けて歩き出した。
もう二度と彼女を――名前を一人きりにはしないと心に決めて。
まだ僕には、そっちに行けない理由がある。
だから、どうか、見守っていてくれ。
親愛なる、友よ。
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