16.






―――東京駅


朝早くからここへ来た理由は、右手薬指に付けたこの指輪にあった。
目の前に停るは蒸気をはき出すレトロで大きな車体。蒸気機関車だ。
先日依頼を受けた顧客からお礼にと受け取ったこの指輪は、このオリエント急行さながらの蒸気機関車、ベルツリー急行――『ミステリートレイン』のパスリングらしい。急用が入ったらしく泣く泣く乗車を諦めた顧客からお礼にと言われ渡され、一度断ったのだが、自分の分まで楽しんできてくれと半ば強引に託されたのだ。(そして感想を聞かせてほしいとも)

私が乗車するのは6号車らしい。ホームに書かれた数字を確認しながら歩いていると、何やら賑やかな声が聞こえ、ふと顔をあげると、見知った顔があった。

「あれ?コナンくん…!?」
「名前さん…!?」
「え、名前さん?」
「あらほんと、名前さんじゃない!」
「んん!?麗しの名前さんじゃないですか!いやーご無沙汰ですなぁ!」
「あれ、元刑事のねーちゃんじゃねぇか?」
「元刑事じゃなくて元警察のお姉さんですよ、元太くん。」
「久しぶりだね!お姉さん!」
「蘭ちゃん、園子ちゃん、小五郎さん、それに皆も!どうしてここに?」
「私達は、園子に席を取ってもらって。名前さんも、ミステリートレインに乗車するんですか?」
「ええ、そうなの。」
「まさか名前さんも来てるとは!奇遇ですな!」
「私は、お客さんからパスリングを頂いて。本当に奇遇ですね。」

ほんとに、なんという偶然。
先日警視庁前でコナンくんと一緒にいたお友達もいた。あと、知らない少女と、ふくよかなおじいさん、それからなんとなく見覚えのある…男の子?いや、ボーイッシュな女の子…ああそうだ、例の銀行強盗犯の事件の時、バイクの前輪で犯人をぶっ飛ばしていた子だ。そういえば蘭ちゃんのお友達ぽかった。

「名前さんは何号車なんですか?」
「6号車だよ。」
「ならぼく達と一緒だね!ぼく達は6号車のD室なんだ。」
「そうなの?私はC室。隣だね。」
「私達は8号車なんです!よかったら遊びに来てくださいよ!」
「わかった、後で行くね。」

蘭ちゃん達と別れ、子供たちと、おじいさん――阿笠博士というらしい(博士ってすごいな)――と一緒に、6号車へ乗り込んだ。

それぞれの部屋へと別れ、自分の部屋へと入ると、想像以上の綺麗さだった。一等車だとこれ以上らしい。どれだけすごいんだろう。蘭ちゃん達のところへ行く約束もしたし、後で見学に行こう。

そして、ミステリートレインは、東京駅から発車した。

まさかあんな事件が起こるだなんて、この時の私は知る由もなく。







通り過ぎる街並みを眺めながら、一息ついた。
外からパタパタと複数の音が聞こえるが、子供たちが走り回っているんだろうか。元気そうで何より。

そういえば、このミステリートレインでは、目玉イベントの推理クイズがあるらしい。
なんとも…彼なら興味を持ちそうだな、と、頭を過ぎった薄い金髪を振り払うように立ち上がり、部屋の外へ出た。


「――とにかく確認してくれよ!!7号車が消えちまったんだ!!撃たれた客と一緒にな!!」

声を荒らげるコナンくんの声。今、とんでもないことを口にしなかっただろうか。7号車が消えた?撃たれた客?もしかして、もう推理クイズが始まっているんだろうか?
6号車の担当らしい車掌さんに話を聞いていたコナンくん達はパタパタと走っていく。
彼らの後ろを着いて行くようにそちらへ向かうことにした。どうせ8号車まで行くつもりだったんだし。

7号車(消えていないんだとしたらだが)へ着くと、コナンくん達はB室を空けようとしているところだった。
ドアを開けたコナンくんは、不思議そうな反応をしている。
すると、声を荒らげたような園子ちゃんらしき声が漏れ聞こえ、ドアが勢いよく閉められた。

「どういう事でしょう?」
「あの車掌さんが勘違いしてるのかなぁ?」
「かもな…何か眠そうだし…」
「どうしたの?」
「あ!名前お姉さん!」

子供達に声をかけると、実はね、と詳細を話してくれた。コナンくんは何かを考え込んでいるようだけど。
どうやらもう推理クイズが始まっていたらしく、彼らはそのクイズの探偵役に選ばれ、今この目の前の7号車B室で起こった殺人現場を目撃。走り去る犯人を追っていたが見失ってしまい、再びここへ戻ってきたら何故か8号車のB室にいるはずの園子ちゃん達がいて、7号車が死体を乗せたまま消失してしまった、ということらしい。

私が子供たちから説明を聞いている間に、コナンくんは何かわかったらしい。再びB室のドアを開けた。

「ちょっとあんたねぇ…」
「この部屋ってさー…本当の本当は7号車のB室…だよね?」
「だ〜〜か〜〜ら〜〜…」
「園子姉ちゃん達ももらったんでしょ?これに似たカード!んで、それに書いてある指示通りにしたんじゃない?この部屋にいた被害者役の人と一時的に部屋を入れ替わって…訪ねて来る探偵達をだまして迷わせろって…違う?」

コナンくんの推理に、園子ちゃんは悔しそうな表情を浮かべ黙りこくってしまった。どうやら当たりらしい。

「すっごーい!さすがコナン君…」
「正解だよ!」
「誰かにノックされて扉を開けたら封筒が落ちてて、中のカードにこう書いてあったのよ…『おめでとう!あなたは共犯者に選ばれました』って。後はコナン君が言った通り…」
「7号車のB室で被害者役のお客さんが待ってるから、入れ替わって推理クイズを盛り上げてくれってねェ!!」

園子ちゃんの見事な逆ギレに笑ってしまった。こんな見事な逆ギレは中々お目にかかれない。多分。

「んで、その被害者役の客と蘭君達が丁度入れ替わる所に、ボクが通りかかって…指示されたカードを見せてもらって、事情を把握したってわけさ!」
「だから今頃は、あの被害者役の人、わたし達の8号車でくつろいでるんじゃないかなぁ?」
「なるほど…」
「名前さんも探偵役に選ばれたんですか?」
「ううん、私も、世良ちゃん?と同じ感じ。たまたま部屋から出たらこの子達が推理クイズをしてたみたいで、この部屋の前で合流したんだよ。元々皆のところに行こうと思ってたしね。」
「そうなんですね。」
「ずっと思ってたんだけど、もしかして、前の銀行強盗犯の時にコナン君と一緒に車に乗ってた人か?」
「そうそう、名前さんもあの事件に巻き込まれて…」

何か納得したように頷いた世良ちゃんと目が合い、微笑んでみると、世良ちゃんもニッと笑ってくれた。八重歯が可愛い。やっぱり女子だな。

「じゃあ、小五郎おじさんはそのまま8号車にいるの?」
「ウチらと一緒にこの部屋に来たけど、被害者役の人に言われて食堂車に行っちゃったわよ!」
「食堂車に?」
「最後にこの推理クイズの答えを解説する探偵役をやって欲しいから、食堂車で待機しててくれってさ」
「へー…」

お酒でも飲みながら待ってる小五郎さんが目に浮かぶようだ。せっかくだし、こういう場でお酒飲むのも楽しそうだな…なんて、一連の詳細を聞いて考えを巡らせていると、世良ちゃんは、子供たちの一人――哀ちゃんに声をかけていた。
哀ちゃんは少しだけ怯えたような表情を浮かべている。……大丈夫かな。
すると、険しい表情をした世良ちゃんが「誰だ!?」と声を荒げ、ドアの方へ向かい閉まりかけていたドアを開いた。しかしそこには誰もいない。

「な、何?」
「今、扉越しに誰かが覗いてた…――って思ったけど…気のせいか…」
「気のせい…なら、いいけど……」

怖。なんだ。普通に怖い。

「まぁ、とにかく死体消失の謎は解けたって事を車掌さんにでも伝えてみれば?」
「でもその事、解説役の小五郎おじさんに言わなくていいのかなぁ?」
「放っとこ!どーせ食堂車で飲んだくれてるだろーし…」
「あ、やっぱりそう思う?」

娘の蘭ちゃんが言うのだからそうなのだろう。私の予想も中々だな。
全員で部屋を出て、車両に一人ずついるらしい車掌さんへ話しに行く。コナンくんが死体消失の謎が解けたよ、と伝えると、車掌さんは何がなんだか分からないような反応を示した。

「ハハ…今回の推理クイズはまだ出題されてないよ…」
「でもボク、こんなカードもらったよ!」
「わたし達もね!」

二人が渡したカードを受け取り車掌さんはそれを見るが、どうやら今回の推理クイズだと聞かされていたものと内容が違うらしい。カードはいつもの指示カードのようなのに…不思議。

「こーなったら8号車に行って、被害者役の客に聞いてみるしかなさそうだな!」
「そだね…あの人、詳しい話聞いてそうだったし…」

世良ちゃんと蘭ちゃんの言うように、その方が良さそうだ。全然意味がわからない。その前にトイレ!と子供達が走っていき、私達はそれを待つことになった。
そんな中で一人、哀ちゃんは周りを警戒するように視線を動かしている。体調が悪そうに見えるのは、列車に乗る前に風邪を引いているんだということを蘭ちゃんが教えてくれていた。けれど。何か不安なことがあるのだろうか。どうにも、気になる子だな。



――列車はトンネルへと入り車内は薄暗くなった。車内の電気はついているが、そこまで明るいものではない。これはこれで雰囲気がある。
暫くして全員が揃ったのを確認し、私達は8号車へと向かった。

8号車のB室。車掌さんが誰かの部屋の前で怒られているようだが、園子ちゃんは気にせず、ここよ!と言ってB室のドアをノックした。

「ちょっとおじさん!もうトリックバレちゃったわよ!出て来て説明してよ!」

ノックをしても声をかけても無反応だ。部屋にいたんじゃなかったんだろうか?

「ちょっとォ〜…まさかウチらの部屋で寝てるんじゃ…」

園子ちゃんが開こうとしたドアは、一定の所で音を立てて止まった。チェーンロックがかけられている。ということは、中にいるということだ。

「おじさーん!!寝てないでチェーンロック外してよ!!」
「どうしたの?」
「あの被害者役のおじさんがソファでうたた寝してるのよ!こめかみから血を流して…まるで死んでるみたいにね!」
「え?」
「まあ、どーせまた推理クイズのネタだろうけど…」
「ちょっとどいて!!」

コナンくんと世良ちゃんが園子ちゃんを押し退けてドアの向こうを覗き込む。二人が驚いた反応をして、嫌な予感が過ぎる。まさか……ほんとに?

「硝煙の…」
「臭い…」

……………………………まじ?
この子達の鼻どうなってるんだ。

コナンくんが扉を破ろう!と声をかけ、コナンくんと世良ちゃんはドアを破った。見事にチェーンロックが千切れ、その欠片は床へと落ちる。
即座にバッとドア越しに中を覗いた二人は、犯人を警戒してのことだろう。それから二人は室内へ入っていった。
目の前に現れた遺体、本物さながらの推理クイズ、そう思った子供たちは感嘆の声を上げたが、これは…
世良ちゃんが瞳孔を確認している。この子…こういう現場に随分慣れているみたいだ。

「いや…本当に死んでるよ…」
「え?」

世良ちゃんの言葉。そうなのだとしたら。
走り続けている列車、かけられていたチェーンロック、室内にはいない犯人…これは、つまり。



―――密室殺人ということだ。







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