17.
密室殺人―――
これが殺人なんだということは、現役当時内勤だった私にでもわかった。
「さ、殺人!?これってガチで殺人事件なの!?」
「ああ…誰かがこの人のこめかみを拳銃で撃ち抜いたんだ…」
「で、でもこの部屋チェーンロックがかかってたから、無理矢理鎖を引きちぎって入ったよね?だから自殺なんじゃない?」
蘭ちゃんの言う通り、自殺のように見える。が、そう見えるように明らかに偽装されている。なぜなら、
「そのロックを掛けた方法はまだ謎だけど…こめかみの銃創の周りにこげ跡がない…離れた位置で撃たれた証拠さ!拳銃で自分の頭を撃つ場合、銃口は頭に密着させるはずだから…」
……そう。そこがまず一つ。それから、
「でもさー撃つ直前に怖くなって思わず離しちゃったとかは?」
「それはないと思うよ…拳銃の先にサイレンサーが付いてるし…ホラ、こんな長いのに頭から離して撃つ方が無理あるんじゃない?それに普通自殺する人はサイレンサーなんて使わないと思うし…」
………この子達本当に何者なんだろう。
私が思ったことを次から次へと発言していく二人に唖然とした。
元警察官の私が見てわかるのは当然として…瞬時に気付くJKと小学生怖くない??
どんだけ現場慣れしてるんだ彼らは………
向かいのソファの銃痕は偽装、被害者に発射残渣を残す為であろうそれさえもお見通しらしい。
だよね?とこちらに笑顔を向けてくるコナンくんが恐ろしく感じる。
「でもまあ、犯人はまだ列車内だ…逃がしはしないさ!」
とても頼もしいセリフを告げた世良ちゃん。うん、頼もしいけど、無茶はしないで、お姉さん心配。
「余計な事はすんな!!オレが戻って来るまで部屋に鍵掛けて、誰が訪ねて来ても絶対開けるんじゃねーぞ!!」
「!?」
子供たちと何か話していたコナンくんが突然声を荒げる。なんだ、どうした、コナンくん顔が険しいよ。
一先ず蘭ちゃん達は子供たちを連れて部屋に戻ることになった。私は…ここに残った方がいいんだろうか。現場検証とか…するか……?うーん、と考えていると袖をクンっと引っ張られる感覚がして、そちらを向くとコナンくんが袖を掴んでいる。
「どうしたの?」
「名前さん、あのさ……」
内緒話でもするような仕草に、私はしゃがみこんでコナンくんに耳を傾けた。
「お願いがあるんだけど………灰原のそばにいてくれない?」
「灰原って…哀ちゃん?いいけど……」
「うん…よろしくね。」
コナンくんの意図が分からないが、様子がおかしい彼女のことは少し気になっていたので構わないのだが。この子は一体何を考えているんだろう。
気がつくと、騒ぎを聞きつけた8号車の客達が続々集まってきていた。世良ちゃんが車掌さんに、警察を呼ぶように伝えていたから一先ずは大丈夫だろう。すぐに館内放送が流れた。
コナンくんに言われるがまま、私は蘭ちゃん達と一緒に部屋へ戻ることになり、道中蘭ちゃんの服をぎゅっと不安そうに掴んでいる哀ちゃんを確認する。
向かっている先から来る、全身黒づくめの男性。黒い帽子の下から、火傷の跡が少しだけ見えたその男性は、哀ちゃんを見ているようだ。哀ちゃんは強ばったように固まってしまっている。
「哀ちゃん、大丈夫?」
「っ……え、ええ……大丈夫、何でもないわ…」
哀ちゃんの隣にしゃがみこみ、静かに声を掛けると、驚いたような顔をこちらに向けたが、すぐに俯いて顔を背けられてしまった。
「…あのね、初めましての私じゃ不安かもしれないけど、そばにいるからね。」
「え……」
「コナンくんの頼みだからさ、信じて。大丈夫だよ。」
小さく、でもしっかりと落ち着いた声で話しかける。戸惑うような表情をさせてしまった。…少しは不安が消えたらいいんだけれど。
「あれ?あなたも乗ってたんですね!安室さん!」
…………………………………ん????
「ええ!ネットで上手く競り落とせたんで…さっき食堂車で毛利先生ともお会いしましたよ!」
………………なんで……………??????
「誰?このイケメン…」
「前に話した、お父さんの弟子になりたいって探偵さん!」
園子ちゃんのはしゃぎっぷりに、少し困惑した笑顔を浮かべたその人は、安室透―――警察庁警備局捜査企画課所属 降谷零―――私の同期であり、元、恋人。
「――名前さんも一緒だったんですね。」
「ええ……まぁ。」
「そういえば名前さん、この前安室さんに用事がってポアロ訪ねてませんでした?」
「ああ…事件の時に借りてたハンカチね、あの後偶然会う機会があって、もう返したから大丈夫だよ。」
そうなんですね、と蘭ちゃん。あのポアロの噂のイケメン店員か!と気付きはしゃぐ園子ちゃん。この前女子会(に混ざった)したもんなぁ………
――伊達くんの、お墓参り。そこで私はまだ、未練たらしく彼を想っていることに気付いた。だからこのタイミングで会うのはちょっと予想外で……というか、今潜入捜査中っぽくて出来れば関わりたくなかった、というのが正しい。
「それより車内で事故があったようですけど…何か聞いてます?」
「そ、それが殺人事件があったみたいで今、世良さんとコナン君が現場に残ってるんですけど…」
「ホー…それなら毛利先生に任せた方がよさそうかな?」
皆さん気をつけて部屋に戻ってくださいね、と告げて、安室さんは去っていく。
さっき哀ちゃんを見ていた男性は、彼の連れだったのだろうか。
何かの組織に潜入しているということは、前私の部屋の玄関で話していたし、その関連なのかもしれないが。
―――だとしたら。
哀ちゃんのこの怯え具合は何?コナンくんが私に哀ちゃんをお願いしてきたのは何故?何か、私の知らないところで大変なことでも起きようとしてたりするの?
『――零、ごめんね、』
『私は、あなたの邪魔になりたくない』
頭に過ぎったのは、私が零に――降谷くんに告げた言葉。
それは、私が彼に別れを切りだした大きな理由だった。
その気持ちは、今でも変わっていない。
でも―――
6号車の皆の部屋へ着き、全員入った後コナンくんの言っていた通り鍵を閉めた。私も自分の部屋ではなく、皆の部屋に。勿論、哀ちゃんのそばにいる為だ。
しかし、考えても考えてもわからない。何故哀ちゃんが不安そうにしているのか。何故コナンくんが私に、哀ちゃんのそばにいてほしいとお願いしてきたのか。安室さんがここにいることは、何か関係があるのだろうか。そうなると、あの全身黒い服装の火傷の男性は誰なんだ。もし、降谷くんが潜入している組織とやらに関係しているのだとすれば、それは公安関連の組織――つまり、国家を脅かす組織――ということになる。
………だとすると、哀ちゃんは何者?そしてコナンくんも何者なの?
全然意味が分からないが、どういう訳か哀ちゃんが何者かに狙われていて、コナンくんがそれをどうにかしようとしているということならば、私はそれに従うだろう。そうするべきだと、思うから。それが例え、降谷くんの邪魔になってしまうとしても、私は、
自分の正義を捨てることは出来ない。
「――ええっ!?毛利探偵事務所に送ったじゃと!?先週のキャンプの時の映像をか!?」
阿笠博士の声に驚き思わずそちらを向いた。全然話を聞いていなかったが、博士に答えたのは子供たちの内の一人、光彦くんだ。
「ええ…助けてもらったあの女の人にちゃんとお礼がしたかったので…名探偵ならどこの誰かを調べられるかと思って…」
「そのムービーなら私もお父さんと見たよ!顔と声だけじゃ無理だけど、ネットに流せば知ってる人がいるかもって言ってたけど…」
「あのオヤジ…もう流してたりして…」
「先週…何かあったの?」
私の質問に、子供たち三人が一生懸命説明してくれる。
先週、博士を含め、少年探偵団の皆でキャンプへ行った時、子供たちが殺人現場を目撃してしまったこと、犯人に追われ逃げている途中、犯人と被害者が泊まっていたロッジに逃げ込んだこと、そして犯人によってそのロッジに火をつけられ、どこからか現れた知らない女の人に助けてもらったこと―――
そのお姉さんが誰かを調べてもらう為に、光彦くんは動画を録っていて、それを毛利探偵事務所に送りつけたんだとか。
……勝手に動画を録ってしまうの、今時の子っぽいな……
「あの女の人ってミステリートレインのパスリングしてたから、ここで会えるかもって話してたんだよね?」
「まだ見てねぇけどな!」
「なるほどね……確かにネットに流せば誰か知り合いが出てくる可能性はあるけど、無闇にネットに流すのはやめた方がいいよ。一度流した情報は、例え消そうと思っても取り返しがつかないし、その女の人がそれを良しとしなかったら問題になる。あと、光彦くんの気持ちも分かるけど、許可なく人を勝手に撮影することも含めて、肖像権の侵害になってしまうから…」
突然たくさん喋り出した私に、子供たちはキョトンとした顔をしている。しまった、つい。
「しょうぞうけん…?」
「ってなんだ?食いもんか?」
「食べ物じゃなくてね、肖像権っていうのは、自分の顔や姿を勝手に撮影されたり公表をされないように守る権利なんだよ。」
「?」
「例えば、写真撮っていい?って聞かれて、いいよ、って答えて撮られるのは勿論いいよね。でも逆に、写真撮られるの嫌だなって思ってるのに、勝手に写真を撮られてて、他の人とかに見せびらかされたらどう思う?」
「それは、嫌ですね…」
「なんでそんなことするの?って思っちゃう…」
「怒るぜそんなもん!」
「そうだよね。そう思っちゃう人もいるんだってことは、覚えておいた方がいい。今回のことはもう仕方ないけどこれからそういうことが起こった時は、少し相手のことを考えてあげてね。もしかしたら嫌かもしれない、って、写真や動画を撮る前に、ちょっと考えてみて。ネットに流す前もそう。皆なら出来るはずだから。」
私の長い長い話を真剣に聞いてくれるこの子達は、いい子なんだろうなと思う。好奇心旺盛で危なっかしいところがあるようだけれど、正義感が強い。相手のことを、きっと、考えることができる子達だと思うから。
「――と、長々と喋っちゃったけど、元警察のお姉さんからのお話でした!」
「ありがとう、この子達に分かりやすく教えてくれて。」
「いえ、全然。勝手に語り出しちゃってすみません。」
「そんなことないですよ!私も改めて考えさせられました。ね?」
「ええ!めっちゃ分かりやすかったです!」
阿笠博士からお礼を言われ、蘭ちゃん園子ちゃんも優しい。説教みたいになってしまってどうしようかと思ったけど、子供たちから特大の、ありがとうございました!をもらったので、少しほっとした。
そして―――哀ちゃんの様子が、益々おかしい。
子供たちを助けてくれたお姉さんのムービーの話になってから尚更だ。
ピリリ、と小さな音がして、どうやら哀ちゃんの携帯らしい。哀ちゃんが携帯を確認すると、驚愕の表情を浮かべた。
「灰原さんメールですか?」
「誰から?」
「コナンからじゃねーか?」
「いや、ただの広告メールよ…」
そう答えた哀ちゃんの声は、少し震えている。
哀ちゃんは、ソファから立ち上がり、部屋から出ようとドアを開けた。
「あ、哀君、どこに行くんじゃ?」
「トイレよ…風邪薬も飲むからちょっと長いかも…」
「じゃあ私哀ちゃんに付き添うよ!」
蘭ちゃんの声も虚しく、ドアがバタンと音を立てて閉まった。
私もすぐに追いかけるようドアを開け、皆に待っててと声を掛けて部屋を出た。
哀ちゃんの後ろ姿がほんの少しだけ見えたのは、左。7号車へ向かう方だ。
ドアが再び開き、蘭ちゃんが出てきた。やっぱり、気にしているようだ。
「名前さん!あれ、哀ちゃんは…」
「…見失っちゃって。手分けして探してくれる?」
「もちろんです!」
「私こっちに行くから、蘭ちゃんは向こうをお願いね。」
「はい!」
一緒に追ってもよかった。けれどコナンくんが蘭ちゃんではなく、私に哀ちゃんをお願いしたということ。それはもしかしたら、蘭ちゃんを巻き込みたくないからなのかもしれないと思ったから。
哀ちゃんが向かった方向へ歩き出し、もうすぐ角というところで、ギィ…と、扉が開く音がした。
「さすがに姉妹だな…行動が手に取るようにわかる…」
誰かの声。どこか聞き覚えのある、男性の声だ。
「さぁ…来てもらおうか…こちらのエリアに…」
その声が聞こえた途端、走り出す足音がする。まさか――
急いで角を曲がると、閉まりかかったドア。そこに哀ちゃんはいない。その代わり、誰かがいる。
私はそのドアを勢いよく引き、その“誰か”の姿を目にした。
それは――先日ひったくり犯を捕まえてくれたお兄さんだった。
<< title >>
密室殺人―――
これが殺人なんだということは、現役当時内勤だった私にでもわかった。
「さ、殺人!?これってガチで殺人事件なの!?」
「ああ…誰かがこの人のこめかみを拳銃で撃ち抜いたんだ…」
「で、でもこの部屋チェーンロックがかかってたから、無理矢理鎖を引きちぎって入ったよね?だから自殺なんじゃない?」
蘭ちゃんの言う通り、自殺のように見える。が、そう見えるように明らかに偽装されている。なぜなら、
「そのロックを掛けた方法はまだ謎だけど…こめかみの銃創の周りにこげ跡がない…離れた位置で撃たれた証拠さ!拳銃で自分の頭を撃つ場合、銃口は頭に密着させるはずだから…」
……そう。そこがまず一つ。それから、
「でもさー撃つ直前に怖くなって思わず離しちゃったとかは?」
「それはないと思うよ…拳銃の先にサイレンサーが付いてるし…ホラ、こんな長いのに頭から離して撃つ方が無理あるんじゃない?それに普通自殺する人はサイレンサーなんて使わないと思うし…」
………この子達本当に何者なんだろう。
私が思ったことを次から次へと発言していく二人に唖然とした。
元警察官の私が見てわかるのは当然として…瞬時に気付くJKと小学生怖くない??
どんだけ現場慣れしてるんだ彼らは………
向かいのソファの銃痕は偽装、被害者に発射残渣を残す為であろうそれさえもお見通しらしい。
だよね?とこちらに笑顔を向けてくるコナンくんが恐ろしく感じる。
「でもまあ、犯人はまだ列車内だ…逃がしはしないさ!」
とても頼もしいセリフを告げた世良ちゃん。うん、頼もしいけど、無茶はしないで、お姉さん心配。
「余計な事はすんな!!オレが戻って来るまで部屋に鍵掛けて、誰が訪ねて来ても絶対開けるんじゃねーぞ!!」
「!?」
子供たちと何か話していたコナンくんが突然声を荒げる。なんだ、どうした、コナンくん顔が険しいよ。
一先ず蘭ちゃん達は子供たちを連れて部屋に戻ることになった。私は…ここに残った方がいいんだろうか。現場検証とか…するか……?うーん、と考えていると袖をクンっと引っ張られる感覚がして、そちらを向くとコナンくんが袖を掴んでいる。
「どうしたの?」
「名前さん、あのさ……」
内緒話でもするような仕草に、私はしゃがみこんでコナンくんに耳を傾けた。
「お願いがあるんだけど………灰原のそばにいてくれない?」
「灰原って…哀ちゃん?いいけど……」
「うん…よろしくね。」
コナンくんの意図が分からないが、様子がおかしい彼女のことは少し気になっていたので構わないのだが。この子は一体何を考えているんだろう。
気がつくと、騒ぎを聞きつけた8号車の客達が続々集まってきていた。世良ちゃんが車掌さんに、警察を呼ぶように伝えていたから一先ずは大丈夫だろう。すぐに館内放送が流れた。
コナンくんに言われるがまま、私は蘭ちゃん達と一緒に部屋へ戻ることになり、道中蘭ちゃんの服をぎゅっと不安そうに掴んでいる哀ちゃんを確認する。
向かっている先から来る、全身黒づくめの男性。黒い帽子の下から、火傷の跡が少しだけ見えたその男性は、哀ちゃんを見ているようだ。哀ちゃんは強ばったように固まってしまっている。
「哀ちゃん、大丈夫?」
「っ……え、ええ……大丈夫、何でもないわ…」
哀ちゃんの隣にしゃがみこみ、静かに声を掛けると、驚いたような顔をこちらに向けたが、すぐに俯いて顔を背けられてしまった。
「…あのね、初めましての私じゃ不安かもしれないけど、そばにいるからね。」
「え……」
「コナンくんの頼みだからさ、信じて。大丈夫だよ。」
小さく、でもしっかりと落ち着いた声で話しかける。戸惑うような表情をさせてしまった。…少しは不安が消えたらいいんだけれど。
「あれ?あなたも乗ってたんですね!安室さん!」
…………………………………ん????
「ええ!ネットで上手く競り落とせたんで…さっき食堂車で毛利先生ともお会いしましたよ!」
………………なんで……………??????
「誰?このイケメン…」
「前に話した、お父さんの弟子になりたいって探偵さん!」
園子ちゃんのはしゃぎっぷりに、少し困惑した笑顔を浮かべたその人は、安室透―――警察庁警備局捜査企画課所属 降谷零―――私の同期であり、元、恋人。
「――名前さんも一緒だったんですね。」
「ええ……まぁ。」
「そういえば名前さん、この前安室さんに用事がってポアロ訪ねてませんでした?」
「ああ…事件の時に借りてたハンカチね、あの後偶然会う機会があって、もう返したから大丈夫だよ。」
そうなんですね、と蘭ちゃん。あのポアロの噂のイケメン店員か!と気付きはしゃぐ園子ちゃん。この前女子会(に混ざった)したもんなぁ………
――伊達くんの、お墓参り。そこで私はまだ、未練たらしく彼を想っていることに気付いた。だからこのタイミングで会うのはちょっと予想外で……というか、今潜入捜査中っぽくて出来れば関わりたくなかった、というのが正しい。
「それより車内で事故があったようですけど…何か聞いてます?」
「そ、それが殺人事件があったみたいで今、世良さんとコナン君が現場に残ってるんですけど…」
「ホー…それなら毛利先生に任せた方がよさそうかな?」
皆さん気をつけて部屋に戻ってくださいね、と告げて、安室さんは去っていく。
さっき哀ちゃんを見ていた男性は、彼の連れだったのだろうか。
何かの組織に潜入しているということは、前私の部屋の玄関で話していたし、その関連なのかもしれないが。
―――だとしたら。
哀ちゃんのこの怯え具合は何?コナンくんが私に哀ちゃんをお願いしてきたのは何故?何か、私の知らないところで大変なことでも起きようとしてたりするの?
『――零、ごめんね、』
『私は、あなたの邪魔になりたくない』
頭に過ぎったのは、私が零に――降谷くんに告げた言葉。
それは、私が彼に別れを切りだした大きな理由だった。
その気持ちは、今でも変わっていない。
でも―――
6号車の皆の部屋へ着き、全員入った後コナンくんの言っていた通り鍵を閉めた。私も自分の部屋ではなく、皆の部屋に。勿論、哀ちゃんのそばにいる為だ。
しかし、考えても考えてもわからない。何故哀ちゃんが不安そうにしているのか。何故コナンくんが私に、哀ちゃんのそばにいてほしいとお願いしてきたのか。安室さんがここにいることは、何か関係があるのだろうか。そうなると、あの全身黒い服装の火傷の男性は誰なんだ。もし、降谷くんが潜入している組織とやらに関係しているのだとすれば、それは公安関連の組織――つまり、国家を脅かす組織――ということになる。
………だとすると、哀ちゃんは何者?そしてコナンくんも何者なの?
全然意味が分からないが、どういう訳か哀ちゃんが何者かに狙われていて、コナンくんがそれをどうにかしようとしているということならば、私はそれに従うだろう。そうするべきだと、思うから。それが例え、降谷くんの邪魔になってしまうとしても、私は、
自分の正義を捨てることは出来ない。
「――ええっ!?毛利探偵事務所に送ったじゃと!?先週のキャンプの時の映像をか!?」
阿笠博士の声に驚き思わずそちらを向いた。全然話を聞いていなかったが、博士に答えたのは子供たちの内の一人、光彦くんだ。
「ええ…助けてもらったあの女の人にちゃんとお礼がしたかったので…名探偵ならどこの誰かを調べられるかと思って…」
「そのムービーなら私もお父さんと見たよ!顔と声だけじゃ無理だけど、ネットに流せば知ってる人がいるかもって言ってたけど…」
「あのオヤジ…もう流してたりして…」
「先週…何かあったの?」
私の質問に、子供たち三人が一生懸命説明してくれる。
先週、博士を含め、少年探偵団の皆でキャンプへ行った時、子供たちが殺人現場を目撃してしまったこと、犯人に追われ逃げている途中、犯人と被害者が泊まっていたロッジに逃げ込んだこと、そして犯人によってそのロッジに火をつけられ、どこからか現れた知らない女の人に助けてもらったこと―――
そのお姉さんが誰かを調べてもらう為に、光彦くんは動画を録っていて、それを毛利探偵事務所に送りつけたんだとか。
……勝手に動画を録ってしまうの、今時の子っぽいな……
「あの女の人ってミステリートレインのパスリングしてたから、ここで会えるかもって話してたんだよね?」
「まだ見てねぇけどな!」
「なるほどね……確かにネットに流せば誰か知り合いが出てくる可能性はあるけど、無闇にネットに流すのはやめた方がいいよ。一度流した情報は、例え消そうと思っても取り返しがつかないし、その女の人がそれを良しとしなかったら問題になる。あと、光彦くんの気持ちも分かるけど、許可なく人を勝手に撮影することも含めて、肖像権の侵害になってしまうから…」
突然たくさん喋り出した私に、子供たちはキョトンとした顔をしている。しまった、つい。
「しょうぞうけん…?」
「ってなんだ?食いもんか?」
「食べ物じゃなくてね、肖像権っていうのは、自分の顔や姿を勝手に撮影されたり公表をされないように守る権利なんだよ。」
「?」
「例えば、写真撮っていい?って聞かれて、いいよ、って答えて撮られるのは勿論いいよね。でも逆に、写真撮られるの嫌だなって思ってるのに、勝手に写真を撮られてて、他の人とかに見せびらかされたらどう思う?」
「それは、嫌ですね…」
「なんでそんなことするの?って思っちゃう…」
「怒るぜそんなもん!」
「そうだよね。そう思っちゃう人もいるんだってことは、覚えておいた方がいい。今回のことはもう仕方ないけどこれからそういうことが起こった時は、少し相手のことを考えてあげてね。もしかしたら嫌かもしれない、って、写真や動画を撮る前に、ちょっと考えてみて。ネットに流す前もそう。皆なら出来るはずだから。」
私の長い長い話を真剣に聞いてくれるこの子達は、いい子なんだろうなと思う。好奇心旺盛で危なっかしいところがあるようだけれど、正義感が強い。相手のことを、きっと、考えることができる子達だと思うから。
「――と、長々と喋っちゃったけど、元警察のお姉さんからのお話でした!」
「ありがとう、この子達に分かりやすく教えてくれて。」
「いえ、全然。勝手に語り出しちゃってすみません。」
「そんなことないですよ!私も改めて考えさせられました。ね?」
「ええ!めっちゃ分かりやすかったです!」
阿笠博士からお礼を言われ、蘭ちゃん園子ちゃんも優しい。説教みたいになってしまってどうしようかと思ったけど、子供たちから特大の、ありがとうございました!をもらったので、少しほっとした。
そして―――哀ちゃんの様子が、益々おかしい。
子供たちを助けてくれたお姉さんのムービーの話になってから尚更だ。
ピリリ、と小さな音がして、どうやら哀ちゃんの携帯らしい。哀ちゃんが携帯を確認すると、驚愕の表情を浮かべた。
「灰原さんメールですか?」
「誰から?」
「コナンからじゃねーか?」
「いや、ただの広告メールよ…」
そう答えた哀ちゃんの声は、少し震えている。
哀ちゃんは、ソファから立ち上がり、部屋から出ようとドアを開けた。
「あ、哀君、どこに行くんじゃ?」
「トイレよ…風邪薬も飲むからちょっと長いかも…」
「じゃあ私哀ちゃんに付き添うよ!」
蘭ちゃんの声も虚しく、ドアがバタンと音を立てて閉まった。
私もすぐに追いかけるようドアを開け、皆に待っててと声を掛けて部屋を出た。
哀ちゃんの後ろ姿がほんの少しだけ見えたのは、左。7号車へ向かう方だ。
ドアが再び開き、蘭ちゃんが出てきた。やっぱり、気にしているようだ。
「名前さん!あれ、哀ちゃんは…」
「…見失っちゃって。手分けして探してくれる?」
「もちろんです!」
「私こっちに行くから、蘭ちゃんは向こうをお願いね。」
「はい!」
一緒に追ってもよかった。けれどコナンくんが蘭ちゃんではなく、私に哀ちゃんをお願いしたということ。それはもしかしたら、蘭ちゃんを巻き込みたくないからなのかもしれないと思ったから。
哀ちゃんが向かった方向へ歩き出し、もうすぐ角というところで、ギィ…と、扉が開く音がした。
「さすがに姉妹だな…行動が手に取るようにわかる…」
誰かの声。どこか聞き覚えのある、男性の声だ。
「さぁ…来てもらおうか…こちらのエリアに…」
その声が聞こえた途端、走り出す足音がする。まさか――
急いで角を曲がると、閉まりかかったドア。そこに哀ちゃんはいない。その代わり、誰かがいる。
私はそのドアを勢いよく引き、その“誰か”の姿を目にした。
それは――先日ひったくり犯を捕まえてくれたお兄さんだった。
<< title >>