18.





先日ひったくり犯を捕まえてくれたお兄さん―――


「え、と………沖矢さん、ですよね…?」

私の問い掛けに、ふ、と微笑んだ。

「一緒に来ていただけますか?“彼ら”の為にも。」
「彼ら………?」

それ以外何も言わず、静かに7号車を進み、彼はB室の扉を開けた。
入るように促され、少し警戒しながら足を踏み入れると、あら!と可愛らしい声が聞こえた。
誰…と声の主を見ると、哀ちゃんの隣に、女優帽を被った明らかに美人な女性がそこにいた。

「だ、誰…?」
「どうも〜工藤有希子です♡」
「く、工藤……?」

何がなんだかわからず困惑している私に、後は任せてね、と告げ、工藤さんは部屋から出ていった。
気が付けば、沖矢さんもいない。私と哀ちゃんの2人きりだった。

「………とりあえず、座って待っとく?」
「どうして、あなたまで…あなた、一体何なの?」
「それがね…私にも全然よくわかってないんだけど…コナンくんに、哀ちゃんのそばにいてほしいってお願いされただけなんだよねぇ…」
「……ったく、何考えてるのかしら…」
「わかんないけど、大丈夫だろうからさ、ここで一緒に大人しくしとこ。」
「………そうね。」

先に座った私に倣い、哀ちゃんもソファへ座り、携帯を出してメールを打ち始めたようだ。向こうの誰かに送ったのかな。

「哀ちゃんはさ、さっきの…工藤さん?知り合い?」
「…知り合いってことはないけど。強いていうなら、隣人かしら。」
「隣人…?」
「工藤有希子――元女優、藤峰有希子は推理作家の工藤優作の妻。高校生探偵工藤新一の母で、江戸川君の……遠い親戚か何かだったかしら?」
「……え……あ、工藤ってそういう!?しかも藤峰有希子!?そりゃ美人だわ……てかコナンくんって工藤新一くんの遠い親戚なの?初耳……」

世間狭いな………と驚いている私を横目に、哀ちゃんはじ、と私を見ていた。

「な、何…?」
「………あなた、本当に何も知らないのね。」
「うーん、哀ちゃんが今言ってることが何の話かもよくわかってないくらい、本当に何も知らないんだよね。現状なんとなく把握してるのは、哀ちゃんが何者かに狙われていて、それをコナンくん達が守ろうとしてるってことくらいかな?」
「………そう。」

哀ちゃんはそれからまた黙ってしまった。まだどこか不安そうな彼女に、何をしてあげたらいいのか分からないけれど、ただ隣に座っている。

『緊急連絡です!只今 当列車の8号車で火災が発生致しました!7号車と6号車のお客様は念の為、前の車両に避難して頂きますようお願いします!』

え、火災?ほんとに何が起きてるの?
哀ちゃんも今の状況が分からずに戸惑っているようだ。
工藤さんが部屋を出ていく時の感じだと、私達はここで待っていたほうがいいような感じだったが、本当に火災なのだとしたら危険ではないか…?

「哀ちゃ……」

私が先に外の様子を見に行こうと立ち上がろうとしたその時、突然ドアが開き、中に入ってきたのはコナンくんだった。

「あ、コナンくん!」
「〜〜あなたねぇ!!一体なんのつもりで…」
「名前さん、理由はあとで説明するから、先に皆の所へ行ってくれる?」
「え?うん…いやでも、火災って…」
「大丈夫、僕達もすぐに避難するからさ。」

本当に…?コナンくんの有無を言わさぬ雰囲気に、私はすっかり制止されてしまった。小学生に言われるがままの大人って。

「絶対に、ちゃんと避難してよ!」

それだけを告げて、一足先に私は部屋から出た。
本当にコナンくんが何を考えてるのかがわからない。ものすごく、ものすごく振り回されている。どこかの誰かさんにそっくりじゃないか。ろくな大人にならないぞ。

………降谷くんは、大丈夫かな……。

極力、考えないようにしていた。いつもと、雰囲気が違ったから。降谷零でも、安室透でもなく、別の雰囲気を纏った彼は、きっと何か潜入捜査中だろうと思ったから。
彼は今、一体誰なんだろう。私の知らない彼は、どこか恐ろしく感じる。全てを知った、つもりでいた。でも、全てを知ることなんて出来やしない。そう、突き付けられている気がして。

煙が立ち込める列車内。極力息を吸わないように、ハンカチで鼻や口を抑え、歩みを進める。6号車の方へ、行かなければ。


―――煙の向こう、人影。

近付いてくるその人は、黒い帽子を目深に被っている。さっきすれ違った、全身黒に身を包んだ人とどこか似ている。けれど。纏った雰囲気が違う。
火元に近付いてしまうはずのこちらの方へ向かってくるその人は、ゆっくりと顔を上げた。

目が、合う。



「…………え、」

頭に過ぎる、記憶。フラッシュバック。
遠い、記憶だ。

私は―――彼を、知っている。

「…ま、待って……!」

すれ違った彼へ振り返り、思わず声を掛けていた。

「―――シュウくん…?」

私の言葉に、ゆっくりと振り返った彼は、私に近付き、耳打ちをした。


「 ―――…… 」











7号車から6号車へと歩いてきた。けれど正直周りは煙だらけでどこを歩いているのか混乱してきている。真っ直ぐだから合っているとは思うが、自分がどっちを向いているのかわからなくなりそうだった。
この煙は、どうやら火事のせいで発生したものではないようだ。燃えているにしては空気が熱くなっていない、そして何かが燃えているような臭いではないということに先程気付いた。だとしたら、誰かが火事が起きたと思わせたということ。何の為に?
何が起こっているのかと頭で整理しているが、色んなことが、起きすぎてはいないか。全然頭が着いてこない。
それに。なんでこんなところに、いるんだろう。
その前にすれ違ったのも、シュウくんだったんだろうか?

考え事に集中しすぎて、思わず足が止まる。
ほんとに、ミステリーすぎる。周りで起こっていること全てが。

とりあえず皆も心配しているだろうし、早く合流しないとな、とまた足を進めようとした―――その時。


ドンッという物凄く大きな音と共に、通常の列車の揺れとは違う揺れが起きる。
バランスを崩し、へたり込んでしまったが、あれは、7号車…?それよりも向こうから聞こえた音、だろうか。爆発?それくらいの大きな音だ。本当に、何が起こってる…?

「……シュウくん、大丈夫かな…?」

私に耳打ちをして去っていった彼は、そっちの方向へ向かっていった。何かに、巻き込まれていなければいいけど。



―――シュウくんとは、随分前に出会った。たった一度だけ。それも、出会ったのはアメリカ。私が高校生の時だ。
一度だけだったけど、ほんの数日だけ一緒に過ごした恩人であり、友達――と思っているのは私だけかもしれないが。
彼はその頃大学生だったし、連絡先を知っているわけではないから今何をしているのかも知らない。どうして日本にいるのか、ここにいるのかさえわからない。
……そういえば、彼は当時FBIに入るつもりだと話していた。
もし仮に、彼がそれを叶えてFBIに入っているのだとしたら、今この列車の中には、FBIと公安警察が乗車していることになる。

………どんだけすごいこと起きてるの……???

偶然?それともその2つの組織が動くほどのことがここで起きてて、そしてたった今爆発も起きて…?

…いや、いやいや、考えすぎ、考えすぎだろう。
そんな非日常的なこと簡単に起こってたまるか。

ぐっと背中に触れた何か。えっと振り返ると私は戻ってきたらしいシュウくんに肩を抱かれていた。何事。

「え、シュウくん…?」
「こっちだ。」
「あ、ちょ……」

へたり込んでいた私はシュウくんに抱き上げられ、抱えられたまま、シュウくんは少し歩いてどこかの部屋の扉を開けて入った。確かにさっき別れる時、『また後でな』とだけ耳打ちされて何事かと思ったが、その“後で”がこんなにもすぐだとは思っていなかった。
部屋の中までは煙がほとんど入っておらず、顔をよく見ることが出来た。

「あの……ありがと…………いやどういうこと?」
「ああ、すまない。」

シュウくんはそう言いながら、私をソファへ降ろし、その隣に座った。
さっき抱き上げられた時は驚きすぎて気付かなかったが、今降ろされる時にふと、仄かに煙草の香りがした。…あれ、これ…

「…………どうした?」
「あ、いや……シュウくんってさ、もしかして沖矢さんと知り合い…?」
「…何故そう思うんだ?」
「この前初めて沖矢さんに会ったんだけど、その時にほんのり煙草の香りがしてさ、その時懐かしいなって感じがしたんだけど、今シュウくんからも同じ匂いがした気がして、それで懐かしい気持ちになったのかなって気付いたんだけど……あ、でも、それ誰?って聞かないってことはほんとに知り合い…?」

隣に座るシュウくんに問い掛けるようにそちらを向くと、私の方を見ていたシュウくんはふ、と笑った。

「まるで警察犬だな。」
「……それは、褒めてる?」
「ああ……まぁ、お前になら話してもいいが。」
「?どういうこと…?」

すると、シュウくんはいつもの落ち着いたトーンで、さらっと物凄いことを口にした。

「あれは、俺だ。」
「…………………ん?」
「少し事情があってな、俺は今死んだことになっている。そして、それを隠す為に、沖矢昴として生活している、ということだ。」
「………………………………は……?」

ぽかん、と開いた口が塞がらない状態の私を見て、くつくつと笑う。

「だから、お前がジュエリーショップの前で泣きそうな顔をしていた時は驚いた。」
「あ………そっか、え、あの沖矢さんがシュウくんだったってこと…?」
「ああ。」
「嘘でしょ………」

信じられない。全然別人じゃん。顔も声も違うし。そんなこと有り得る?ルパンかよ。

「………にわかに信じ難いけど、でも、じゃああの時私はまた、シュウくんに助けられたってわけだ。その節はありがとう。」
「ああ。」


私の頭を撫でてくれたシュウくんの手は、あの頃とほとんど変わっていない。大きくて、優しい。
だから、この前沖矢さんに頭を撫でられた時、嫌じゃないと感じたのかもしれない。

どれだけ経っても、私にとっての恩人なんだなと思い知らされた。



……………それにしても、死んだことになってるってまじで何が起きたんだよ怖。











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