21.







―――キス、されるかと思った。


あの瞬間、確かにそう思った。それくらいの距離にいた。
抱き締められた温もりも、力強さも、私を見詰める熱い視線も、すぐに触れてしまいそうな唇も。
全てがあの頃を思い出させる。

けれど、彼は、私から離れていった。


「――また暫く、会えなくなる。」


そう、告げて。

ほんと、勝手だ。彼は。やっと、久しぶりに会えたのに。
自分の気持ちにも、気付いたのに。

けれど、言いたいことは、言った。

次また、彼と会うのは、いつになるのか。



部屋を出ていく彼の背中を見送り、ドアが閉まる。
再び開くことのない扉に、鍵をかけた。

部屋へ戻ると、相変わらずの写真に映る彼ら。
いつ見ても、そこには楽しそうな顔をしている自分がいる。
今の私とは、大違いだ。

家族のように大切な幼なじみ達、親友達と過ごした時間、そして、私が彼に恋をしたあの頃。

宝物のような、思い出―――














7年前、春―――警視庁警察学校

そこで、私達は出逢った。



入学して数日。中々慣れない早起きで頭が働かない中、身支度を整え、毎朝のグラウンドでの点呼。鬼塚教場――それが私達が過ごした場所。

一列目、私の横に並ぶ目立つ集団。伊達班。その内の二人は私の幼なじみの松田陣平と萩原研二。
共に警察学校へ入ったが、まさか同じ教場に入るとは思っていなかったし、同じ班になるとも到底思っていなかった。(鬼塚教場に女子がほとんどいない上にバラけさせられたのだ。勿論寮の部屋は女子皆一緒だが。)

そして、いつもより目立つその理由は、隣にいるじんぺーと、更に隣にいる、降谷零くん。二人の顔が傷だらけだからだ。

「じんぺー、何その顔どしたの?」
「うるせー」

すぐに鬼塚教官がやってきてしまい、話は打ち切られた。
班長の号令により点呼され、気をつけと言っている中、教官の目の前で欠伸をかますけんちゃんに恐れ入る。見てるこっちが怖い。

「ん?どうした?松田と降谷…その顔…」
「聞きたいっスか?」
「ああ…ぜひお聞かせ願いたいねぇ…」
「実は…昨夜、自分の部屋にゴキブリが出ましてその2人にも手伝ってもらったんですが、退治するのに夢中になり過ぎて机に頭をぶつけるわ立て掛けてたベッドが倒れてくるわで、散々な目にあいまして…」

理由をほとんど知らないはずの伊達くんが、にっこりと鬼塚教官に説明をした。勿論、嘘だ。
よくそんな嘘が出てくるもんだ、と感心してしまう。

「とはいえ大切な学校の備品に傷を付けてしまった罰として、我々鬼塚教場は一周多く回ってきます!行くぞ!」
「「オウ!」」

正直とばっちりだ。だが伊達くんの機転のおかげで難を逃れたところはあるだろう。
二列縦隊マラソンはじめ!の掛け声に、私達は教官から逃げるように皆でマラソンを始めた。鬼塚教官はまだ話し掛けていたようだが、聞こえてないふりをして。

「よォ、陣平ちゃん。何だよその面…色男が台無しじゃねぇか…」
「うるせーよ萩…」
「おまけに差し歯まで抜かれてやんの。超ウケるゥー♪」
「え、うわホントだ!」
「見てんじゃねーよ、名前」

綺麗に上の差し歯がなくなっている。間抜け面でちょっと可愛いね、なんて言ったら頭を小突かれたし、けんちゃんにめっちゃ笑われた。

「しかし降谷って奴もやるねぇ…プロボクサーの親父さんに仕込まれた陣平ちゃんとここまでやり合うとは…」

それはそうだ。じんぺーがこういう喧嘩をしているのを何度か見た事があるが、殆どやられた試しがない。だからこんなに傷だらけなことすら珍しいのだ。

「んで?どっちが勝ったんだ?」
「そりゃー当然…」

「僕だ!」「俺だ!」

後ろを走っていた降谷くんが前に来て、じんぺーと同時に自分だと主張する。…びっくりした。

「はあ?テメェ、殴られ過ぎて頭いっちまったんじゃねーか?」
「それは君だろ?」
「おいお前ら、何があったか知らねーが…次は、俺も混ぜろよ!」
「いや伊達くんそれはどーなの…?」
「じゃあその間、名前は俺とデートでもしとく?」
「え、やだよ、けんちゃんと2人だとまた女子に目付けられるじゃん」

負けず嫌いなじんぺーと降谷くん、ノリがいい伊達くんに、軽いノリで私の肩を組んで誘ってくるけんちゃん、その様子を後ろで微笑みながら眺めてる諸伏くん。

そんな私達が、鬼塚教場――伊達班だ。







走り込みでヘトヘトになっても、講義は待ってはくれない。

定期的に襲いくる睡魔になんとか打ち勝ち、座学の講義を乗り越えようやく昼食だ。

食堂でメニューを選び席を探していると、先に座っていたじんぺーとけんちゃんを見つけた。
当たり前のようにそこへ向かって歩いていくと、女子数人がけんちゃんの周りにやってきてキャッキャしていて、あ、離れよう、と思い足を止めたが、じんぺーとばっちり目が合ってしまったので、大人しくじんぺーの隣に座ることにする。けんちゃんは今日も女子に囲まれて楽しそうで何より。
じんぺーはカレーをもぐもぐと食べているけど、口切れてるし痛くないのかな?と疑問に思い聞いてみようとしたその時、じんぺーの向かいの席に誰かがトレーを置いた。

「どんな心境の変化なんだ?」

目の前の席に座ったのは、じんぺーと同じく傷だらけの降谷くんだ。

「僕の記憶が正しければ、君は警察官が嫌いだったはず…」

ああ。そういうことか。昨夜あったであろう喧嘩の原因をなんとなく察して、ホカホカのご飯に手を付ける。

「もしかしてツンデレとか?」
「ふっ」
「ちげーよ!!」

思わず笑ってしまった私を目敏くじんぺーは小突いてきたが、そりゃ笑うでしょう。ツンデレって。
吹き出してしまった私を見て降谷くんは一瞬キョトンとしたが、釣られて笑ってしまったようだ。
しかしツンデレとは。さっきの授業でのじんぺーの発言で、そう思ったんだろうか。
それは、じんぺーの不容易な発言で、警察官を何だと思ってる、と大声で鬼塚教官に問われた時のこと。

『そりゃーもちろん…
誇りと使命感を持って国家と国民に奉仕し、
人権を尊重して公正かつ親切に職務を執行し、
規律を厳正に保持して相互の連帯を強め、
人格を磨き能力を高めて自己の充実に努め、
清廉にして堅実な生活態度を保持する。
それが警察官…でしたよね?』

警察が嫌いだということを知った降谷くんにとったら、あのしっかりとした発言をじんぺーがしたことを疑問に思っても無理はない。

「今でも腹の中じゃ思ってるぜ。警察なんて、クソ食らえってな!!」

じんぺーの警察嫌いは、中々に根深い。けれど、それで警察官になってやろうと思ったところがとても彼らしい。
あの頃のじんぺーとおじさんを知ってる私にとったら、それはすごい決断だったと思う。


後々知ることだが、私達伊達班は皆何かしらを抱えていた。
それでも、皆それぞれに乗り越え、成長していく。

そんな私達の、警察学校時代―――




初めての拳銃訓練、そこで事件は起こった。


「お前らが手にしているはSAKURA!日本警察正式採用5連発リボルバーだ!!射撃検定は5発発砲を4セット実施!上位2セットの合計を得点とする!70点未満は落第だ!」

じんぺーがメカ好きなので昔から色々と話には聞いていたが、初めて触る拳銃の重みを感じる。
私の結果は、まぁまずまず。中の上くらいだろう。普通だ。

隣でけんちゃんの声が聞こえ、何かなと様子を伺うと、どうやら降谷くんが5発ほぼド真ん中に的中させたらしい。すごい。しかし、上には上がいるらしく、最初の試射で20発全弾ド真ん中に的中させた天才がいたんだと鬼塚教官は話してくれた。しかしその人は、今では刑事を辞めてしまい探偵をしているらしい。…世の中わかんないもんだな。

「クソ…」

話を聞いていた私達の横で撃っていたじんぺーは、どうやら上手くいかないらしい。全然当たらなくてやきもきしている。…私でも当たったのに?そんなことある?

「全然当たらねぇ…」
「どうした?松田…ケンカっ早いガキには拳銃は難しいか?」
「この拳銃、誰かが落としたんじゃないっスか?リボルバーは落下の衝撃に弱ぇから…もしかしたらシリンダーストップが破損してんじゃね?」
「いい加減な事を抜かすな!!さっさと撃て!」

鬼塚教官に怒鳴られながらも、相変わらずのじんぺー。正直何のことを言っているかさっぱりだ。そしてついに座り込んだと思ったら、あっという間にそれは始まった。

「あ、こらじんぺー!」

バラバラと部品が地面に散らばっていく。遅かった…なんとまぁ手の早いこと。

「あーーやっぱシリンダーストップいっちゃってたわ!バレルとシリンダーの軸線もズレてたしこれじゃー当たらねぇぜ…」
「松田ァ!?」

ほら言わんこっちゃない。鬼塚教官が鬼の顔をしている。

「すぐに元に戻せ!!」
「あ゛?」
「あちゃ〜〜またやっちゃったか…」
「また?」
「陣平ちゃんは分解魔!ガキの頃から何でもかんでも分解しなきゃ気が済まねぇんだよ!その分メカには詳しいんだけどな!爆弾とか特に…」
「へ、へぇー…」
「けんちゃんそれどころじゃないよ…もーじんぺー何やってんの?」
「うるせーな、この拳銃が悪ぃんだろーが!」

そして拳銃訓練は中止。全員装備を返却し、じんぺーは立たされていた。


そして、事件が起こる。







<< title >>