視界に広がるのは、白。
それは、私の初恋と同じ色。
影も形も、同じ。
でも、貴方は―――
「…っ…どうしました?」
「………く、ろば…くん……」
予想よりも広い背中に、しがみつくように抱きついた。
お腹へと回した手が、微かに震える。
自分でも何故こんなことしたのかはわからない。
けれど、彼のことが知りたいと思った。
そして、またあんな目にあってほしくないと思ったから。
きっと彼はまた、あの場所へ行くのだろうと思ったから。
私は彼の名前を呼んだ。絞り出したような、震えた声で。
白を纏った彼ではなくて、どうしても重ねてしまう彼、きっと、本来の彼の名前を。
「…………私は、ただの怪盗です。
貴女の知り合いとは、関係ありませんよ。」
「………うそ」
「名前嬢、」
「…………わからないの。」
「………………。」
「なんでかは、わからない、でも。
貴方が、黒羽快斗だって思うの。確信、してるの。」
「………何故?」
「…守って、くれたとき。その時までは、わからなかった。貴方が誰なのか。でもあの時、黒羽くんだって感じた。直感、だけど。近くにいたら、わかるよ。…大切な、人だから。」
黒羽くんも、キッドも、私にとっては大切な存在で。
それがどういう意味の大切なのかはまだわからないけれど、私にとっては、かけがえのない存在だから。
「言えないなら…いいの。無理に聞いたりはしない。
でも、お願い。………怖い、の。だから……」
消えないで―――
お腹へと回した腕が解かれる。
またそっと離れていく温もり。
でもそれは、一瞬で。
私は、温もりの中へ閉じ込められた。
いつの間にか溢れていた涙を拭うかのように、
彼の唇が、目尻に触れた。
「…………っ………!」
「………もう、少しだけ…」
低く掠れた声が、耳元に触れる。
また涙が溢れ、彼の肩を濡らした。
私は、強く抱きしめられた。
白を纏った、彼に。
―――彼は、行ってしまった。
私をここに残して。
"やり残したこと"をしに行ったのだ。
私は彼に言われた通りに道を歩き、大通りまで出た。
さっきまでの星空の広がる場所とは違い、ネオンが輝く街。
私は震える手を抑え、ポケットへと手を伸ばした。
取り出した携帯。着信履歴が何件も入っている。
全部、青子だ。また心配をかけてしまった。
私は震える指で履歴から青子へとかけた。
数コールですぐに出た青子は、心配した声で私の名前を呼ぶ。
その声に安心したのか、止まっていたはずの涙が、ぼろぼろと溢れ、年がいもなく声を上げて泣いた。
……瞼が重い。ぼてっと腫れてしまっているであろう瞼をそっと持ち上げると、眩しい光が差し込む。いつの間にか朝がやってきた。
重い体をベッドから起こし、ぼーっとした頭を働かせようとするが、泣きすぎてしまったせいか、頭がズキリと痛む。あんなに泣いたのは久しぶりかもしれない。
あの後、迎えに来てくれた青子に連れられ、青子のお父さんに『星の涙』を渡しに行った。
お父さんは驚いた顔をしたけど、キッドのことを何も聞かずにいてくれた。
例え聞かれたとしても、私は何も答えられなかったと思う。
キッドはどうなったんだろう。
今日は学校が休みだから、黒羽くんに会うこともない。
それに、本当に彼がキッドだったのかすらも、わからなくなってきていた。夢を見ていたんじゃないか、と。
……考えていてもきっと仕方ないだろう。
言えないならいいと言ったのは自分だし、彼が無事でいてくれるなら、それでいい。
ひとつ溜め息をそっと吐いて、ベッドから降りた。
コツコツと小さな音が聞こえる。何の音?どこから?
耳をすまし、音のする方へと振り向くと、窓。
隙間から日が差し込んでいるカーテンを開けると、窓を小さな嘴でコツコツとノックをする真っ白な鳩がいた。
その嘴に咥えられている白いバラを見て、私は慌てて窓を開けた。私を見て小首を傾げ可愛らしく鳴いたその鳩は、彼を思わせるほどの綺麗な白だ。
私にバラを差し出すように嘴を近づけてくれる。
そっと受け取ったそれは多分、以前彼に貰ったバラと同じものだろう。
「…きっ…ど……」
私の呟きに答えるように小さく鳴いたその鳩は、白みがかった青空へと羽ばたいていってしまった。
手元のバラは、机に飾ってあるバラとやはりよく似ている。それに、彼を思わせる真っ白な鳩。
彼が無事だと知らせてくれている気がして、少しだけ笑みが溢れた。
「…ほんとに、キザなんだから。」
白いバラが、朝陽を浴びてキラキラと輝いていた。
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