無事、メリーに乗り込めた私達は、出港の準備をして船を出した。これから向かうのは、アラバスタ内陸部。一段落つき私達は自然と甲板に集まり、話題に上がるのは海軍、そして先程出会って助けてくれた彼の話だ。

「ルフィ、結局さっきのは一体誰なんだよ。」
「ああ、エースのことか。エースはおれの兄ちゃんだ。」
「兄ちゃん!?」
「さっきの奴は…お前の兄貴なのか!?」
「ルフィの、お兄ちゃん…?」

だとしたらやっぱり、私も彼に会ったことがあるのだろうか?私の知らない、私が幼かった頃の記憶。まだルフィのことも思い出せていないけど、でも、やっぱり思い出したい。

「まァ、別に兄貴がいることに驚きゃしねェがよ。何で、この“偉大なる航路(グランドライン)”にいるんだ。」
「海賊なんだ。“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を狙ってる。エースはおれより3つ上だから、3年早く島を出たんだ。」
「しかし、兄弟揃って“悪魔の実”を食っちまってるとは…」
「うん、おれもびびった。ははは」
「ん?」

まるで知らなかったように笑うルフィ。エースのことを話してくれるルフィはとても楽しそうで、釣られて笑顔になっている自分がいる。ルフィが笑ってると何故か、こっちまで笑ってしまう。

「昔はなんも食ってなかったからな。それでもおれは勝負して一回も勝ったことなかった。とにかく強ェんだエースは!!」
「あ…あんたが1度も…!?生身の人間に!?」
「やっぱ怪物の兄貴は大怪物か。」
「いやいや、大怪物って…」
「そ〜〜さ、負け負けだったおれなんか。だっはっはっはっはっは!でも今やったらおれが勝つね。」
「それも根拠のねェ話だろ。」
「お前が」
「わっ」

大口を開けて大笑いするルフィの後ろから声がして、影が現れる。船の柵に座っていたルフィは、その影により前のめりになって柵から落ち、ルフィがいた場所にはさっき会ったルフィのお兄ちゃんだという、エースとやらがいた。

「誰に勝てるって?」
「エ〜〜〜〜〜〜ス〜〜〜〜っ!!!」
「よう。あーこいつァどうもみなさん、ウチの弟がお世話に。」
「「「や、まったく。」」」

ぺこりと頭を下げて挨拶をするエースさんに、私達皆も釣られて頭を下げる。とても礼儀正しい人だ。

「エース、なんでこの国にいるんだ?」
「ん?何だ、お前ドラムで伝言聞いたわけじゃねェのか。」
「ドラムで?」
「あー、いいさ別に。大した問題じゃねェから。」
「そっか。あ!!それよりエース!!」

ルフィは思い出したように声を上げ、私の肩を掴んでエースさんの前に押しやった。エースさんはきょとん、と首を傾げたが、私の姿をじっと見たまま固まり、目を大きく見開いた。

「お前、まさか……」
「そーだよ!!名前だ!!生きてたんだよ!!!」
「……名前……!!?」
「は、はい………、っ!?」

エースさんは飛び掛るようなすごい勢いで私を抱き締め、その勢いに耐えきれず私は床へそのまま倒れ、エースさんに押し倒された形になってしまった。何が起こったかよくわからなくてオロオロしてしまう私に、サンジくんがおい!!!と怒りながら引き剥がそうとしている。
体が離れ、私を見下ろしたままのエースさんの目は少し潤んでいて、またドクンと心臓が騒ぐ。

「お前……どこにいたんだ、今まで……」
「あ、の……」
「エース、名前は記憶がねェんだ。」
「何…?」

私も起き上がり、エースさんと向かい合って座る。どこか驚き、悲しそうな表情に胸が痛む。

「ご、ごめんなさい…幼い頃のこと、何も覚えてなくて…」
「おれのこと、覚えてねェのか…?」
「……はい……」
「名前はおれのことも覚えてねェ。でも、生きてたんだ…!!」
「…ああ、そうだな。生きてて、よかった。」

そう言って、私の手を掴み起こしてくれる。その手の感覚はどこか懐かしさを感じて、私は咄嗟にその手を両手で掴んだ。

「どうした…?」
「あ、の………昔も、こうやって手を引いてくれました、か…?」
「……!!……ああ。」
「名前、お前…記憶が戻ったのか!?」
「…ううん、ただ、そんな気がして…でも、この前夢で見た気がするの…誰かにこうやって、手を引かれて、頭を撫でられて、私も誰かの手を引いて。そんな、夢を。」
「……そうか。」

エースさんの目は、ひどく優しい。胸が苦しくなってしまう程に優しいその眼差しに、私はどう答えたら良いのだろう。
エースさんは、私の手を握ったままルフィの方を向いた。

「……とにかくまァ、会えてよかった。おれァちょっとヤボ用でこの辺の海まで来てたんでな。お前に一目会っとこうと思ってよ。……名前に会えるとは思ってなかったが。」
「ヤボ用…?」

そのヤボ用が一体何かはわからないけれど、エースさんは真剣な顔をして、ルフィを見据えた。

「ルフィお前…ウチの“白ひげ海賊団”に来ねェか?もちろん仲間も一緒に。」
「いやだ」
「プハハハ…あーだろうな。言ってみただけだ。」
「“白ひげ”……“白ひげ”って、やっぱその背中の刺青本物なのか?」
「ああ、おれの誇りだ…」

あの時、私達を海軍から逃がしてくれた時に見た背中に彫られていたあのマーク。あれが、その“白ひげ海賊団”という海賊のマークなんだろう。彼はそこの海賊で、そこが、彼の居場所。“誇り”だと言われるその海賊は、一体どんな人達なんだろう。

「“白ひげ”はおれの知る中で最高の海賊さ。おれは、あの男を“海賊王”にならせてやりてェ。…ルフィ、お前じゃなくてな…!!」
「いいさ。だったら戦えばいいんだ!!」

ルフィははっきりといやだと言った。そして、“海賊王”になる為に兄がいる海賊とも戦うんだと、はっきりとした意思を持っている。それが、彼の夢であり、それがルフィという人なんだ。

「オイ、話なら中でしたらどうだ?茶でも出すぜ。そんでいい加減名前ちゃんから手離せ。」
「あーいやいいんだ。お気づかいなく。おれの用事はたいしたことねェから。」

私の手を離そうとしたエースさんは、またぎゅっと私の手を握り、自分の顔の近くへと寄せる。え、と声が漏れ、エースさんは少し笑ったあと、また真剣な顔をした。

「ルフィ達が来ねェっつっても、お前だけは連れて行きてェところだが…」
「名前もダメだ」
「……ったく、おれが先に見つけりゃ良かったぜ。まァでも、今は連れて行けねェか…」
「あ、あの…?」

エースさんは私を引き寄せ、耳元に口を寄せる。耳元で告げられた言葉に、驚き思わず後ずさってしまった。憤慨しながらこちらに来そうになったサンジくんは、ナミに止められている。

「…え、えっ!?」
「っ、ハハ!約束な。」

そう言って笑い、私から手を離したエースさんはまた、船の柵の方へと戻ってしまう。動揺する私をナミがニヤニヤとした顔で見ていたのはきっと見間違いじゃないだろう。

「海軍の奴ら、しかし全然追って来ねェな。」
「ああ、ちゃんとマいて来たからな。この“メラメラ”の能力で。」

“メラメラの実”―――あの時、エースさんは体に火を纏っていて、ルフィを助ける時も火を放っていた。それが、エースさんの能力。それがなくても昔から強かったとルフィが言っていたし、その明らかに強そうな能力を持った彼は、一体どれほど強いのだろう。

エースさんは、ホラ、と言ってルフィに何かを投げ渡す。

「お前に、これを渡したかった。」
「ん?」
「そいつを持ってろ!ずっとだ。…名前もな。」

そう言って、私にもルフィと同じものを渡してくれた。これは…紙…?

「なんだ、紙きれじゃんか。」
「そうさ。その紙きれがおれとお前を引き合わせる。」
「へ――…」
「いらねェか?」
「いや…いる!!」
「……あの、ありがとう。」
「おう。」

この紙が、エースさんと引き合わせてくれる。この紙に一体どんな効果があるのかわからないけれど、ルフィだけじゃなく私にも託してくれたことが、何だかむず痒くて、嬉しい気持ちになった。

「できの悪い弟を持つと……兄貴は心配なんだ。おめェらもコイツにゃ手ェ焼くだろうが、よろしく頼むよ……」
「!」

エースさんは帽子を手で押さえ、少し頭を下げた。そして、船から降りていく。船の下には、とても小さな船のような物があり、恐らくそれでここまでやってきたんだろう。エースさんはその小船に乗り込んだ。

「ええっ!!?もう行くのか!!?」
「ああ」
「もうちょっとゆっくりしてけばいいじゃねェか!!久しぶりに会ったんだし。」
「言っただろ、お前に会いに来たのはコトのついでなんだ。」

船に繋いでいた縄を片付けながら、エースさんは此処へ来た経緯を話しだした。

「おれは今、“重罪人”を追ってる…最近“黒ひげ”と名乗ってるらしいが、もともとは“白ひげ海賊団”の二番隊隊員。おれの部下だ。海賊船で最悪の罪…奴は“仲間殺し”をして船から逃げた。隊長のおれが始末をつけなきゃならねェってわけだ。」
「………」
「そんなことでもねェ限り、おれはこの海を逆走したりしねェよ。」

“仲間殺し”……それが最悪だと言うことは、この世界に来たばかりの私にでもわかる。どんな世界だとしても、仲間を殺めるということが一体どれだけ最悪なことなのか、わからないはずもない。

「次に会う時は、海賊の高みだ。」

海賊の高み、私には全く想像のつかない場所で会おうというエースさんに、ルフィはどこか嬉しそうな顔をした。
じゃあな、と告げて小船が離れていく。

「ウソよ…ウソ……!!あんな常識ある人がルフィのお兄さんな訳ないわ!!」
「ちょっとみんな…」
「おれはてっきりルフィにワをかけた身勝手野郎かと。」
「兄弟って素晴らしいんだな。」
「弟想いのイイ奴だ…!!」
「わからねェもんだな…海って不思議だ。」
「すごい言われようね…ルフィ。」

普段からどんな風に思われてるんだルフィ、と思わず笑ってしまいそうになったが、確かにエースさんはとても良い人だ。それは間違いないだろう。

「またな―――っ!!!」

エースさんの小船が遠ざかっていく。すると、前方にはどこから現れたのか、B・Wの船が何隻も向かい、行く手を阻む。
その瞬間。エースさんは勢いよく飛び上がり、何隻もの船を飛び越えた。そして。物凄い勢いの炎を放ち、船達は全て、海に消え去った。
なんて、強い。強い人なんだろう。



「お前ら、兄貴からいったい何受け取ったんだよ。」
「さーわかんねェ。紙きれだ。」
「うん、紙きれ…だね。」
「本当に紙きれだな。メモでもあるわけじゃないし。」
「何なんだろうな。」
「ああ、わかんねェけど、エースが持ってろって言うんだから持ってるんだおれは!!だからしっかり縫いつけてくれよ!!」
「リボンの裏にね…わかった。」

ナミが、ルフィの帽子のリボンの裏に紙を縫いつけている。さて、私はどこにしまっておこうか。今はどこかにしまっておいて、買い物が出来るようになった時に、ロケットのペンダントの様な物を買おうか。それまで無くさないようにしなくては。

「ありがとうナミ!ここなら安心だ。絶対なくさねェもんな。」
「なくさねェ意味あんのか?」
「エースさんが持ってろって言ったから、だね。」
「名前、お前もかよ。」
「私は、とりあえず部屋のどこかに大事にしまっとく。後で身につけれるものを探す予定。」

ウソップはあまり理解してなかったみたいだけど、一体何かがわからない紙だとしても、それを彼が持ってろというのだから、言われた通り、身につけておきたい。私にとっては、記憶にない存在だとしても、きっと記憶がなくなる前の私なら、ルフィと同じようにそうしていただろうから。
手の上に乗せた紙きれを見ていると、視線を感じて顔を上げれば、ナミがニヤニヤとした顔でこちらを見ていた。

「な、何…?」
「別に〜〜〜?ところでさっき、耳元で何言われたわけ?」

私の隣に来て肩を組んで来たナミは、ニヤついた顔を隠すことなく聞いてくる。聞きたいことはやっぱりそれか。何って、別に何も…と答えたが、あの時耳元で告げられた言葉が、吐息の熱がぶり返すように思い出され、なんとかして追い払おうとした。けれど。

『必ずお前を迎えに来る。だからその時まで――逃げずに大人しく待ってろよ。』

あんな、耳元で言わなくてもいいのに…低く響く声にドギマギしてしまう。それが狙いなんだろうか…いや何のために。

「何も、って顔じゃないわよ?」
「何でもないって…ただ、迎えに来るから待ってろって言われただけ!」
「あら」
「なにィイイ!!?あンの野郎、良い奴に見せかけて名前ちゃんを攫おうだなんて、とんでもねェ奴だ!!!」
「あの、サンジくん、落ち着いて…」
「そうよ、決めるのは名前だもんね?」
「ちょっと、ナミ……」

完全に面白がってる顔だ、これは。短い付き合いだが段々と分かってきた。ナミは随分、“いい”性格をしている。

「いくらエースでもだめだ!名前はおれの仲間だからな!」
「仲間と男女の関係は別問題よ。」
「いやいやいやナミ何言ってんの…!?」
「ん?どーいう意味だ?」
「意地悪なナミさんも好きだが…そんなことは考えたくねェ…!!」
「ちょっと飛躍しすぎだってば…!はい、もうこの話お終い!!」

居心地の悪さにその場からそそくさと退散して、海を眺めているチョッパーの隣に並んだ。
ほんと、ナミってば…人のそういう話は確かに面白いけれど、いざ自分のとなると話は別だ。しかも、幼馴染?とは言え、私は記憶がないのだし。勝手にあれこれ想像?妄想?するのは、彼に失礼だろう。
それに比べて、海をじっと眺めているチョッパーは癒しだ。可愛い。

「ルフィさんこれを着て!」

ビビが砂漠越えの為の準備をしていたようで、ルフィの分の上着を渡している。

「え!?何でだよ、暑いじゃねェか。」
「暑いから着るの。砂漠では日中50℃を越えるんだから。肌を出してると火傷しちゃうわ。」
「何で、おめェら涼しそうじゃん」
「私達だって、上からちゃんと着るわよ。」
「……助かった……」
「え―――っ!!!着ちゃうのォオオ!!!?」

サンジくんの叫び声に引き換え、私は心底ほっとした。多少慣れてきたとはいえ、この露出を隠せるのはありがたい…

「ああっ!!あれっ?島の端っこに出ちゃったぞ??」
「……!違うわ、ここは島の端じゃなくてサンドラ河の河岸。向こうにうっすら対岸が見えるでしょ?」
「あ、ホントだ。」

ビビはアラバスタの地図を広げた。

「見て、これがざっと描いたこの辺の地形よ。目的地はここ!!『ユバ』という町。サンドラ河を抜けてこの町を目指すわ!!」
「そして『ユバ』には反乱軍のリーダーがいるってわけか。」
「そいつをブッ飛ばしたらいいんだな!!?」
「やめて!!!?」

ルフィってば…ビビすごい顔になっちゃってるじゃない。

「反乱軍は説得するの、もう二度と血を流してほしくないから…!」
「“70万人”の反乱軍をだぜ?止まるか?」
「………止まるか…ですって…?…ここから“ユバ”への旅路で全てわかるわ…B・Wという組織が…この国に一体何をしたのか…!!アラバスタの国民が一体、どんな目にあっているのか…!!止めるわよ………!!!こんな無意味な暴動…!!!…もう、この国をB・Wの好きにはさせないっ!!!」
「ビビ………」
「…………………」
「ビビちゃん!!砂漠越えのための弁当は任せろ!!」
「うわっ楽しみっ」
「………悪かった……」
「うん、止めよう、ビビ。」
「よし!わかったビビ!!行こう!!ウパ!!!」

盛大に名前を間違えるルフィに、ユバね、とナミの訂正が入る。ウパって、可愛い。少しだけ笑顔になれた。ルフィは、やっぱり不思議だ。

ビビの気持ちを、痛い程感じた。絶対に止めなくちゃいけない。この無意味な戦争を。私にも、何か出来るだろうか。ううん、ウソップも言ってたじゃない。私が出来ることをしよう。




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