新生活の始まり




「なに……やってんだ?」

 三年越しに再会した幼馴染――影山飛雄がそこにいた。

「……飛雄?」

 過去の記憶と比べ大きく成長したとはいえ、昔の面影を強く残した幼馴染は、今しがたダメにした羊羹を前に肩を落としている私を見て、若干引いた目をしていた。

「え……エェ!? 飛雄!? 久しぶり!」
「ひさ……しぶり。なにやってんだよ」
「あ、えと、羊羹落としちゃった! 拾ってる!」
「そ、そうか……」

 急な展開に頭が追いつかないのはお互い様のようだ。私も飛雄も、次の言葉が紡げずにギクシャクする。
 三年ぶりに果たす再会が、まさか父親との喧嘩の真っ最中になるとは思わなかった。しかも原因は羊羹。理由がしょうもない。気まず過ぎる。
 しかし、私らの会話がぎこちないのは一瞬だけだった。

「身長めっちゃ伸びたね! 飛雄の成長っぷりヤバいわ!」
「ふっ、トーゼン」
「まだ私のほうが大きいけど」
「ぐっ……! すぐに追い抜かす!」

 幼馴染のすさまじい変貌ぶりに興味を惹かれ、隣に並んで背比べをしてみる。いまだ飛雄に身長を追い越されてはいないが、目線はほぼ私と同じ位置にあった。
 もう気まずさは無い、というより再会をうれしく思う気持ちが気まずさを上回っている。

「飛雄君じゃないか! 久しぶりだね、俺のこと覚えてる?」
「覚えてます。お久しぶりです」
「覚えててくれたんだ! うれしいよ!」
「バレーの雑誌、いつも貸してくれたの覚えてます」
「そうだね! いつもバレーの雑誌読んでたね!」

 父も飛雄との再会に興奮気味で、今にも思い出話を始めそうな勢いだ。

「ロードワーク中だから、そろそろ戻る」
「あっ、そっか! 会えてうれしかったよ! また夜に挨拶しに家に寄るから、そのとき色々話そ!」
「おう」
「飛雄君、またね」
「うっす」

 拾った羊羹を持つ手とは逆の手をブンブン振って「またあとでねー!」と声をかける。久々の再会だというのに、飛雄は終始スンとした態度で、やは危惧したとおり思春期なのかもしれないと思った。
 飛雄がロードワークの列に戻った途端、他の部員たちが驚きながら「だれ!?」や「影山が女子と知り合い!?」と声をかけていた。見た感じ、飛雄は話しかけてきた部員にもスンとした態度を取っており、その様子からして、あまり人付き合いに重きを置いているようには見えなかった。
 昔からバレーに関わること以外に興味を示さなかった飛雄だが、今でもあまり変わりないのだろうか。しかし、あれから三年も経っているのだ。見た目以外にも多少なりとも変わった部分はあるはず。昔に比べて、どんなところが変わったのだろうかと幼なじみに興味が湧く。

「ほら! 羊羹拾って、あともう少しがんばろ!」
「ハァー……」

 飛雄の登場ですっかり気が逸れたが、私たちは坂道を登っていた最中だったのだ。気合いを入れ直して、父に喝を入れた。
 私は父の手首を掴んでふたたび引っ張ったが、自分の手が羊羹を触って汚れているのを忘れていたので、ベタベタ汚れが父の手首に付着してしまった。
 父が「あ"ぁ"ー!」と声を上げたことで、ロードワーク中のバレー部員たちの視線が、再度こちらに向けられた。

 飛雄との再会後、やっとの思いで私たちは帰宅した。羊羹でベタベタになった手を洗面所で洗い落としてから携帯画面を開き、改めて時間を確認する。画面に映った時間を見て、私は悪い意味でドキッとした。

 めっちゃギリギリじゃない!?

 約束の時間がかなり迫っていた。移動時間も含めて考えると一休みを挟む余裕など無い。
 すぐさま父に現在の時間を伝えて急かすと、父も慌てて準備を始めた。父が汗だくになった服を着替え終わるまで、私は東京土産を急いで新品の袋に入れ替え、バッグの中身も忘れ物がないかチェックし、いつでも家を出れるよう支度した。

「お父さん! 約束の時間に遅れちゃうよ!」
「服どこにしまったんだっけ!?」
「そこの段ボールだよ! 服なんでもいいから早く!」

 とにかくバタバタだった。早く家を出たい私は、適当に段ボールから取ったズボンとシャツを着るよう父に促し、お土産のお菓子の袋を持って玄関先で靴を履いて父を待った。

「お、お待たせ千早!」
「急ぐよ! 走って……はダメだから早歩き!」

 玄関を開けて、すぐさま通路を足早に歩く。マンション内を走ってだれかにぶつかりたくはない。エントランスを抜けて歩道に出るまで、周囲に注意を払いながら、できるかぎりの急ぎ足で通路を駆けた。

「ま……待ってくれ千早!」

 後ろをたびたび振り返り、父が付いて来ているか確認しながら足を進める。自分のペースで歩けなくてやきもきするが、よたよた歩いている父を置いて先に行くわけにはいかない。ヒィヒィ息を切らしながら付いて来る父を見て、今後は運動不足の解消が課題だな、と父の健康を案じた。

 早く――早く会いたい!

 影山家に近づくたび懐かしい思い出が蘇ると共に、みんなに会いたい気持ちが高まっていく。気持ち的にはとっくに影山家へ到着しているほど気が急いていた。
 足を進めては、たまに後ろを振り返って父の姿を確認する、それを何回か繰り返しているうちに見覚えのある家が視界に入ってきて『影山』の表札までたどり着く。三年ぶりに訪れた馴染み深い家を前に、胸の奥から感慨深いなにかが込み上げてきた。
 後から追いついた父は苦しそうに息が乱れており、胸に手を当てて呼吸を整えていた。落ち着きを取り戻した父は、私からお土産の袋を受け取って影山家のインターホンを鳴らす。
 少し待つと、玄関の向こうからパタパタと足音が聞こえてきて、ガチャリと扉が開く。

「将吾君、いらっしゃい」
「一与さん、お久しぶりです」
「ホントに久しぶりだねえ。あ、千早ちゃんかい? 大きくなったねえ!」

 出迎えてくれたのは、飛雄のおじいちゃんである一与さんだ。あまりに懐かしいその声と姿に、込み上げていた感慨深いなにかが胸を熱くさせた。

「一与さん! お久しぶりです!」
「また会えてうれしいよ。さ、あがって」

 出迎えてくれた一与さんに促され、お邪魔しますと家に上がる。
 久々に入る影山家の玄関は、インテリアに変化はあるものの、昔とあまり装いや雰囲気は変わっていなかった。

「これ、お土産です。どうぞ食べてください」
「ありがとう、悪いね。おお! これ有名なやつだ!」

 父からお土産を渡すと、一与さんは名の知れたお菓子を手にして喜んでくれた。ニコニコやわらかく微笑み、気安い様子も昔と変わらない一与さんに、ほっこりした気持ちになる。

「お邪魔します」

 一与さんに案内されてリビングに入ると、やはり懐かしい装いの部屋の中に、美羽ちゃんと飛雄が待っていた。

「千早ちゃん! 久しぶり!」
「美羽ちゃん! 久しぶりー!」

 「きゃー!」と声を上げながら互いに両手で握り合い、私と美羽ちゃんは久々の再会に歓喜した。

「美羽ちゃん髪伸びたね! すごく綺麗!」
「ありがとう、自慢なの。千早ちゃんは背すごく大きくなったね」

 飛雄のお姉ちゃんである美羽ちゃんは、今日のために一時的に帰省していると父伝えで聞いた。以前に増してお姉さんらしさに磨きがかかって、すっかり大人の女性になった美羽ちゃんに思わず見惚れそうになる。
 三年という月日の長さが身に染みる。飛雄もずいぶん大きくなったし、やはり三年は短いようで長いと感じた。

「飛雄も、さっきぶり」
「おう」
「おうって……それだけ?」
「さっき会っただろ」
「たまたまちょっと会っただけでしょ!」

 飛雄は日中会ったときと変わらないスンとした態度でいた。私は久しぶりの再会がうれしくてたまらないというのに、飛雄と私とで温度差があり過ぎて少し不安が芽生えてくる。

「飛雄、せっかく千早ちゃん来たのにその態度はなに?」
「は? なにが?」

 美羽ちゃんがたしなめるが、飛雄はキョトンとして言われた意味がわからないといった表情だ。
 そうだった、コイツはこういうヤツだった。
 一瞬、”実は仲が良いと思っていたのは自分だけだった”のパターンが頭に浮かんだが、そもそも昔からぶっきらぼうが通常運転だったのを思い出した。三年離れたことで、基本的な飛雄の性格を忘れかけていた。

「はあ……まったくもう。将吾さん、どうぞ座ってください。千早ちゃんも、こっち座って」

 美羽ちゃんはあきれた様子でため息をつく。
 私と父は美羽ちゃんに促されるまま移動して、ダイニングテーブルの椅子に隣同士で座った。

「ふたりとも夕飯まだだよね? カレー作ったから、よかったら食べていきなよ」

 一与さんに夕食を食べていくよう勧められる。
 せっかくなので私たちは「ありがとうございます。いただきます」と言って、一緒に食べることにした。一与さんのカレーを食べるのは小学生以来だから楽しみだ。

「一与くん、あたしお茶出すね」
「うん、お願い」

 一与さんと美羽ちゃんがおもてなしの準備を始めると、私が座る位置から一番近いテーブルの端に飛雄が座ってきた。

「千早ちゃん背ぐんと大きくなっててビックリしたよー。何センチ?」
「166センチ、もうすぐ7いきそう」

 なんとなく飛雄に向けた視線を、キッキンから話しかけてきた美羽ちゃんへと戻す。身長を教えると、隣で飛雄が「ぐっ……俺だって……」と悔しそうな顔でひとりごちた。
 気になるので、飛雄に何センチになったのか訊いてみる。

「飛雄は何センチになった?」
「165……」
「うわー、そんなに伸びたんだ。あっという間に追い抜かされそう」

 数字で聞くと、より正確に成長ぶりが知れる。三年間という月日は大きな変化をもたらすことが如実にわかる。

「美羽ちゃんはヘアメイクの学校行ってるんだよね? 楽しい?」
「すごく楽しいよ。好きなことだからやりがいもある。千早ちゃんは? 東京でのバレーは楽しかった?」

 美羽ちゃんが人数分のお茶を持ってきて、テーブルに置く。歩き回ってきた私たちに気を遣ってくれたのか、氷の入った冷たいお茶だった。

「楽しかったよ、すごく。バレー友達もできた」
「こっちでもバレー部入るんだよね?」
「あ……えっと、バレー部は、入らないの」
「えっ?」

 私の発言に驚いたのは美羽ちゃんだけではない。隣に座る飛雄も目を丸くしていた。

「バレー部入らないの? あんなに好きだったのに?」
「その……マネージャーやりたいなって思って」
「マネージャー!? なんでまた!」
「うーんとねえ……マネージャーの仕事のほうが好きだなあって思って。プレイヤーでいるのも楽しかったけど、サポート側でいるほうが自分に向いているっていうか、やりがいを感じたの」

 ――将来は強い学校に行って、レギュラーになって、全国大会にも出て、たくさん試合するんだ!

 幼い頃、熱く語っていた台詞を思い出す。
 引っ越す前は毎日のように飛雄とバレーばかりしていて、将来は強い選手になるのだと豪語していたのだから、いきなりマネージャーになる発言にふたりが驚くのは無理もない。

「……一応聞くけど、嫌々やめたとかじゃない?」
「そういうのじゃないよ。”これがいい、これがやりたい”って決めたの」
「そっか。じゃあ、高校生になったらマネージャーやるんだね」
「そうだよ。中学はマネージャーやれないから」

 美羽ちゃんは驚きはしたが、私が後ろ向きな理由でマネージャーを選んだわけではないことだけ確認して、否定しなかった。

「せっかくなら髪も伸ばしたら? ずっとショートのままだったでしょ」
「あ! それいい! 髪のお手入れのやり方教えてくれる?」
「もちろん! 髪のことは私になんでも聞いて!」

 自分の得意分野の話となれば、美羽ちゃんが楽しそうに笑う。

「ありがとう、美羽ちゃん」

 二重の意味で、感謝の言葉を伝える。

「私は千早ちゃんのやりたいこと応援するからね」

 美羽ちゃんは自分の髪を撫でながら温かい言葉を口にした。一与さんにそっくりな、やわらかい微笑みを浮かべて。
 美羽ちゃんも元々バレーをしていたが、高校生のとき髪を切りたくないという理由である日突然バレーをやめた。それを知ったときは驚いたが、美羽ちゃんは髪を大事にしたいと言っていた。自分の大事なものを譲りたくないのだと。
 その経験があるからこそ、私の決意もすぐに納得してくれたのだろう。それがとてもうれしかった。

「はいどうぞ」

 一与さんのカレーライスがテーブルに置かれる。立ち上る香ばしさが鼻腔いっぱいに広がり、空っぽの胃袋が刺激された。

「千早ちゃん、温卵乗せる?」
「乗せます!」

 全員分の食事が用意されたところで、私たちは揃って手を合わせた。

「」

 出されたお茶を一口飲むと、一日中歩き回って疲労の溜まった体に冷たさが染みわたる。
 コップを口から離して、ふと、さっきから黙っている飛雄が気になり目を向けた。

 ――あ。

 無表情で視線をこちらに向けず、ただただ口をつぐんでいる。ぶっきらぼうとは違う、なにを考えているかわからないときの表情だ。

「飛雄」
「なんだ」
「その……」

 呼びかけたはいいが、なにを言えばいいのだろうか。
 上手い表現が見つからないが、どこか寂しげに見えなくもない無表情を貫く飛雄を見て、少しだけ罪悪感に近い感情が湧いた。

「……お母さんのDVDコレクション増えてるから、前みたいに貸してあげるよ」
「マジか!」
「借りたかったらいつでも言ってね」
「おう!」

 母のコレクションとは、言わずもがな学生からプロまで、様々なバレー試合の録画を焼いたDVDだ。飛雄は昔からよくDVDを観るためにうちに来ていたし、借りてもいた。
 なにか言わなきゃと思い、とっさに出た言葉だったが、飛雄の表情に色がついてひとまずホッとしてしまった。
 罪悪感に近い感情は、まだ胸中で小さく燻っている。

「それと、私も北川第一に通うことになったから明後日からよろしくね」
「おう」
「学校でも話しかけていい?」
「いいけど?」
「よかった」
「……なにがだ?」
「飛雄が思春期真っ盛りで、女子は俺に話しかけんじゃねえ!とか言われたらどうしようかと」
「俺をなんだと思ってるんだよ」

 危惧していた思春期問題は大したことはなく、普通に会話してくれるようだ。久々に会っても、軽口を言い合える程度には仲良くできそうなのがわかっただけうれしい。

「向こうでの話、もっと聞かせてよ」
「うん」

 美羽ちゃんのリクエストに応え、私はここ三年間の話を始めた。父と一与さんも会話に混ざり、みんなで歓談した。東京のこと、バレーのこと、そして流れで母のことも少々。
 母とも交流のあった影山家の三人は表情を暗くした。飛雄だけは他のふたりよりわかりにくいが、少なからず思うところはある様子だった。
 しばらく歓談を交わした後、私と父は長居せず、すぐにお暇することにした。

「ありがとうございました。お会いできてうれしかったです」
「こちらこそ、またいつでも来てね。千早ちゃんもね」
「はい、またお邪魔します」

 一与さんに挨拶をして、私は飛雄と美羽ちゃんに声をかける。

「また会おうね」
「うん、いつでも連絡ちょうだい」
「飛雄も、また学校でね」
「おう」

 飛雄は、やはりぶっきらぼうに返事した。

「お邪魔しました!」

 こうして、私と父は影山家を後にした。

 帰り道、もう寄る場所はなく、行きと違ってゆっくり歩いて帰路に着いた。東京と比較してみると、宮城のほうが外は暗い。

「みんな元気そうでよかったね」
「そうだな」

 久々に懇意にしていた人たちの顔を見れたのもそうだが、仲のいい人たちが変わらず元気でいてくれると、それだけでもうれしかった。
 父とおしゃべりしながら暗い夜道を歩き、私たちが帰宅したのは20時をもうすぐ回りそうな時間だった。

「お父さん先にお風呂入ってきなよ。適当に夕飯作っておくから」
「わかった。先に入ってくる」

 走りっぱなしで、私よりも疲労が蓄積しているであろう父を先にお風呂に入らせて、私は冷凍庫の中から東京からの行きの途中にスーパーで買ってきた冷凍うどんと冷凍小ネギを取り出した。
 鍋でお湯を沸かし、冷凍うどんを二玉投入する。味付けに、お気に入りの白だしの調味料とめんつゆ、ごま油を少々、豆板醤をスプーンの先程度の量を加え、白ごまと冷凍小ネギをかけたら完成だ。
 うどんが出来上がる頃にお風呂から出てきた父に夕飯をあげて、交代で私もお風呂に入る。ゆっくり浴槽に浸かると、今日一日で蓄積した疲れが熱いお湯の中に溶け込んでいくようだった。
 いつもより時間をかけてお風呂から上がると、父が見計らったタイミングで夕飯を出してくれた。

「片付けはお父さんがやるから、千早はそれ食べちゃいな」
「わかった。ありがとね」

 ズルズルうどんをすすると、ペコペコだった胃袋がじんわり満たされていく。
 ごちそうさまとすぐさま食べ終えて、父に食器を渡し、溜まった荷物の中からふたり分の布団を引っ張り出してリビングの床に敷く。荷解きも少しだけやってしまおうかと思い段ボールに手を伸ばしたが、すでに気力は無いに等しい状態だったので、やっぱりやめようと伸ばした手を引っ込めた。
 髪を乾かし、歯磨きをしてリビングに戻ると、父がすでに布団で横になっていた。相当疲れたのだろう。私でさえ疲れているのだから、父はなおさら疲労感が凄まじいはずだ。
 いつもより早い時間だが、私たちは明日に向けて寝ることにした。

「明日は一度学校に行くんだよね?」
「挨拶だけな」

 転校の手続きは終わっている。明後日の登校日まで行く必要はないが、娘がお世話になるから改めて挨拶したいと、父が学校に事前確認を取り、明日の夕方頃に行くことになった。

「私も行くって言ったけど、家で荷解きしてたほうがいいかな」
「荷解きはお父さんと一緒にやればいいさ。新しい学校に一日でも早く馴染みたいって言ってただろ。お父さんと行こう」
「うん、わかった。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」

 蓄積した疲れを癒すかのように、目を閉じると体はすぐさま眠りに落ちた。

 そして気が付けば朝日は昇っていて、私たちは引っ越し二日目を迎えた。東京のマンションとは違う風景の部屋に慣れず、変な感覚になる。昨日の疲れもあってか、少し寝覚めの悪い朝だった。

「お父さん、起きて」
「う……うぅ……ん……」
「お父さん。朝だよ」
「…………あさ?」

 朝に弱い父は、とりわけ寝覚めが悪かった。昨日の疲れが取りきれていないようで、顔を洗っても頭が覚醒していない様子だ。着替えの最中もずっと目がポヤポヤしていた。

「学校行くまでまだまだ時間あるし、朝ごはん食べたら荷解きしようよ」
「うん……」
「いい加減起きてよ」

 まだボーッとしている父のケツを軽くパシンと一発引っ叩いて活を入れる。ビックリした父は、多少なりとも頭が覚醒したのか、動きがシャキッとし始めた。
 ふたりで母にお線香をあげて、遺影に向かって手を合わせる。届いた荷物にはロクに手を付けていないが、母の遺影と花だけはきっちり家の中に飾っていた。

「おはよう、お母さん」

 朝の挨拶を終えた後は、父がいつもどおりコーヒーを淹れ始める。
 私もグリルで食パンを焼いて、目玉焼きを作り、春雨スープの素を袋から二人分取り出してお湯を注いで食卓に出した。

「「いただきます」」

 目玉焼きが乗った焼きたての食パンにかじりつく。とろりと出てくる半熟の黄身が、口の中に味わい深く広がった。
 朝食を食べ終えて、食器の片付けもしてから荷解きを始めた。空になっている本棚に一冊ずつ本をしまっていると、久々に見かける本がたくさんあって、つい読みたくなってしまうのを我慢した。

「自分の部屋があるって、なんか不思議」
「やっと千早が自分の部屋を持ってくれて、お父さんうれしい」
「別に今までどおり無くてもいいのに」
「……千早は、たまに年頃の女の子なのか疑問に思うときがあるよ」
「似たようなことクロにも言われたことある」

 昨日別れたばかりの、東京の幼なじみの名前を出して、もう懐かしさを感じる。
 宮城に着いたとき以降、忙しくて連絡できていなかったから、あとでメールしてみよう。

「私のベッド買うって言ってたけど、布団のままでも十分だよ? それよりもっとお金使わなきゃいけないのあるんじゃない?」
「千早、前々から言おうと思いつつ言えなかったけど、我が子にお金の心配されるって結構キツいんだぞ」
「え……それはごめん……」

 たまに会話を挟みながら黙々と作業を進めて、午後になる頃には積み上がっていた段ボールの半分くらいまで荷解きを終わらせた。
 持ってきた荷物は、父の仕事道具や、母が趣味で集めていたバレー関連の収集品、私の持ち物以外のほとんどが本ばかりだ。一冊も捨てずにすべて持ってきたので、新しい自宅も本に囲まれた光景となった。

「地震対策に突っ張り棒とかも新しく買わなきゃね」
「とりあえず自分たちの部屋には本棚を置かないように部屋を分けたけど、他にも対策考えておくか」

 母の遺影が置いてある部屋にも本棚を置いていない。大事な母が本の下敷きになっては困る。
 引っ越し先のマンションは、以前のマンションよりも部屋数が多く、用途に分けて使い分けることができて荷物の整理もしやすかった。
 荷解きの作業を続け、そうこうしているうちに学校に向かう時間となる。東京のお土産を新品の紙袋に入れ替えて、私と父は家を出た。

「自転車も買わないとだね」
「東京の交通に慣れると、色々忘れがちになるな」
「日中買いに行けばよかったー」
「うっかりしてたなあ」

 東京に居た頃は、歩くこともトレーニングと考えて自転車を使わなかった。大体の用事は徒歩で済ませられたのもある。
 新しい生活が始まると見落としが多く、あれも足りないこれも足りないと、日々準備不足に頭を悩ませた。

「挨拶が終わったら自転車買いに行こうか」
「うん、そうしよっか」

 雑談を交わすうちに学校に到着し、職員室に向かう。来客用の入り口から入って窓口で要件を伝えると、首から下げる来客用のカードを渡され、職員室の中へ入室した。

「桂です。お忙しい中、お時間をいただいてありがとうございます。明日から娘がお世話になります。これ、東京のお土産です。皆さんでどうぞ食べてください」
「教頭の小林です。ご丁寧にありがとうございます。担任の先生が今日お会いできなくて残念がっておりました」
「とんでもないです。一度お会いしましたし、とても素敵な先生でしたので、渡辺先生に娘をご指導していただけるのはうれしいです」

 今日の挨拶について事前に確認した際、授業中は避けて約束の時間を放課後に決めたらしく、そのせいか職員室の中は人がまばらにいた。

「桂千早です。明日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。桂さん」

 新しい学校、新しい教室、新しい先生やクラスメイト。明日から始まる新しい環境のすべてに、今から緊張が走る。
 簡単に挨拶を交わしたのち、職員室を出て来客用のカードを返却する。

「今日はありがとうございました。改めて、明日からどうぞよろしくお願いします。では失礼します」

 玄関先までお見送りに来てくれた教頭先生に向かって父が挨拶をする。父の挨拶に倣って、私も「ありがとうございました」とお礼を伝えて玄関を出た。

「明日から楽しみだな」
「友達できるかな」
「お父さんの娘なんだから大丈夫だよ」
「それとこれとは別でしょ」

 これから自転車を買いに行って、帰ったら荷解き、明日の学校の準備にも手を付けなければならない。やることはまだまだ残っている。新しい学校生活に胸を躍らせているばかりではいられない。

「学校までの道のりはわかるか? 迷わない?」
「大丈夫、覚えてるよ」
「制服間違えて前の学校のやつ着るなよ?」
「大丈夫だよ、ちゃんと準備するから」
「初日の挨拶は大事だからな? 内容は考えてるか?」
「大丈夫だって、当たり障りのない挨拶考えたから」
「学校で男の子に喧嘩売られても買うなよ?」
「大丈夫だってば!!」

 私よりも父のほうが不安に思っているようだ。心配してくれているところ申し訳ないが、少しわずわらしい。

 構内を歩いていると、これから部活らしき生徒たちが校舎からたくさん外に出てきた。制服を着ていない私がいることに興味があるのか、チラチラと見られて気まずい。

 飛雄も、これから部活かな。

 バレー部ならば基本的に体育館にいるのだろう。少しだけ会えるのを期待したが、外に出てこないのならば会えないだろうし、部活の邪魔をするわけにもいかないので、その期待はすぐに消し去って学校を後にした。

 自宅に帰る前に自転車屋さんに寄って、買い物にも使えそうな無難なシルバーのママチャリを購入する。持ち運びしやすいよう折り畳み式のものだ。自分の相棒として、あとで名前を付けてあげよう。
 父も自分用に黒の折りたたみ自転車を購入し、製品名にちなんで『勘太(かんた)』と命名していた。父と思考回路が同じであることを改めて知り、ほとほと自分にあきれた。
 ふたりで自転車に乗って道を駆けると、嘘みたいに移動が快適だった。なんでもっと早く自転車を買わなかったのだろうと後悔するほどに。
 そのままスーパーに買い出しに行き、夕飯と朝食の買い出しをして、カゴに荷物を乗せられる感動を味わいながら私たちは帰宅した。

「今夜は景気付けにすき焼きだ!」
「イェーイ!!」

 パチパチと手を叩き、諸手を挙げて喜びをあらわにする。

「お母さんの分も運んでくれ」
「わかった」

 母の遺影の前に、生卵に絡めた熱々のお肉とご飯を持っていく。母もすき焼きが好きだったから、きっと喜んでくれているだろう。
 夕飯を食べていると、突然インターホンが鳴った。

「だれだろ。私出るね」

 客人を出迎える手順は以前住んでいたマンションと大して変わらない。体に染み付いた動作でインターホンをを操作すると、馴染みある顔が画面に映っていた。

「一与さん!」

 昨日再会したばかりの一与さんが、飛雄と美羽ちゃんを連れてそこにいた。

『急にお邪魔してごめんね。引っ越し祝い持ってきたんだ』
「わあ! わざわざありがとうございます! 今開けますんで、どうぞ入ってきてください!」
『ど、どう行けばいいのかな……?』
「今鍵開けますんで、エントランスで待っててください! 迎えに行きますね!」

 オートロックマンションに慣れていないのか、一与さんはオタオタしているし、飛雄は見慣れない光景にキョロキョロ首を動かしているし、美羽ちゃんはそんなふたりを落ち着かせている。
 影山家の面々は三者三様で、見てるだけでおもしろかった。

「お父さん」
「聞こえたよ。迎えに行ってあげな」
「うん、ちょっと行ってくる」

 急いで玄関を出てエントランスに向かい、影山家の面々を見つける。

「昨日ぶりです!」
「急にごめんねえ。お迎えありがとう」
「とんでもない! 来てくれてうれしいです! 飛雄と美羽ちゃんも来てくれてありがとう! 部屋こっちなんで、付いてきてください!」

 三人を部屋まで案内して、家に上げた。
 外から玄関に入ると、家の中の匂いがとてもわかりやすい。玄関先に置いた芳香剤は、すき焼きの香ばしい匂いに負けてほとんど香らなかった。

「みんないらっしゃい。来てくれてうれしいです」
「将吾君、夕飯の時間にごめんね。この前は準備が間に合わなくて引っ越し祝い渡せなかったから持ってきたんだ。よかったらこれ食べて」
「わざわざありがとうございます。いただきます」

 父もうれしそうに影山家の面々を迎え入れた。

「どうぞ上がってください。あ、夕飯食べていきます? すき焼きですよ?」
「すき焼き!?」
「こら飛雄」

 すき焼きに反応したのは飛雄だ。目をキラキラ輝かせて、おまけに腹の音もぐうと大きく鳴らした。

「夕飯まだでしたら、せっかくなのでぜひ食べていってください。食べ始めたばかりなので、まだまだお肉ありますよ」
「いやいや、悪いよ」
「昨日はあまりお話もできかったので、みんなで食べながらもっと話ができたらうれしいです」
「じゃあ……お言葉に甘えて、いただこうかな」

 一与さんがそう言うと、飛雄は一層目を輝かせた。美羽ちゃんは飛雄ほど表に出してはないが、お肉食べたいと目が語っているのはわかった。

「秋恵さんにお線香あげてもいいかな?」
「もちろんです、ありがとうございます。妻も喜びます」

 三人が家に上がり、母の遺影の前に正座する。一与さんがお線香を焚き、おりんを一回鳴らして静かに手を合わせると、飛雄と美羽ちゃんも倣って手を合わせた。

 みんなに会えて、お母さんも喜んでいるだろうな。

 三人が立ち上がったら、一与さんをダイニングテーブルの背もたれ付きの椅子に座らせて、飛雄と美羽ちゃんは二人がけの長椅子に座らせた。

「おお! お肉持ってきてくれたんですか!?」
「喜ぶかなと思ってね」
「しかもロース肉! すき焼きにもピッタリじゃないですか! これも今食べましょう!」

 いただいた引っ越し祝いをキッチンで開封した父が大喜びしている。お肉を持ってきてくれるとは、太っ腹な一与さんには感激だ。ロース肉と聞こえて、私も歓喜した。

「一与さんはお茶にしますか? ビールもありますよ?」
「お茶いただくよ」
「飛雄と美羽ちゃんは? ジュースがいい? オレンジとリンゴとコーラあるよ」
「私リンゴ!」
「俺はオレンジで」
「はーい」

 私はみんなに飲み物を出して、生卵を溶いて入れた器と割り箸も渡す。炊き立てのご飯もよそってあげると、あきらかに飛雄と美羽ちゃんのテンションが上がった。
 父を背もたれ付きの椅子に座らせて、私は「ちょっとごめんね」と言ってふたりの間に座る。美羽ちゃんの隣である端っこに座ろうかと思ったが、具材を焼くのは主に私が担当していたので、アレコレやるなら鉄板に近い真ん中が良いと思い至った。

「じゃんじゃん焼くねー!」

 菜箸でお肉と野菜などを鉄板に入れて、ジュウジュウ音を立てて焼いていく。ある程度焼けたら、すき焼きのタレを追加して、しっかり具材に味を染み込ませる。タレの焼けた香ばしい匂いが充満して、鼻をくすぐってきた。
 飛雄と美羽ちゃんもワクワク顔でお肉を見つめていて、今か今かと出来上がりを待っていた。

「できた! 一与さんからどうぞ!」
「ありがとう」
「他はいりますか?」
「じゃあ、豆腐と春菊をもらおうかな」

 一与さんが持った器に、大きなロース肉を二枚と、ご希望の野菜を入れてあげる。

「飛雄と美羽ちゃんも!」

 待ってましたと言わんばかりに、ふたりはずいっと器を差し出す。一与さんと同じく、大きなロース肉を二枚ずつ入れてあげると「おお……!」と感激の声を漏らして、生卵に絡めたお肉にふたりともかぶりついた。

「おいしい?」
「うん! おいしい!」
「ウメェ!」

 飛雄はお肉と一緒に炊き立てご飯を口にかきこんで、普段のぶっきらぼうな顔をほころばせてホクホクしている。美羽ちゃんはご飯にお肉をワンバンさせて、タレの染みついたご飯をおいしそうに頬張っていた。

「お父さんにも、はい」
「俺にも春菊ちょうだい。あと豆腐も」

 父にも大きなロース肉を二枚と、春菊と豆腐をあげる。

「もっと焼くから、たくさん食べてね!」

 四人ともおいしそうに食べるから、私もうれしくなって具材をどんどん投入して焼いていく。
 飛雄の食べるペースが早いので、手を休めず焼いていかないと間に合わなさそうだ。お腹を空かせた年頃男子をナメてはいけない。

「ほら! 次焼けたよ!」

 またもやずいっと差し出した飛雄の器に、今度はお肉を四枚入れてあげる。一度に入れすぎかと思ったが、飛雄はそんなこと気にしないで、生卵にお肉をからめて口の中にご飯と一緒にかきこんだ。

「お父さん、飛雄にご飯おかわりしてあげて。大盛りでね」
「はいよ」

 すぐ空になった茶碗にたっぷり盛られた追加のご飯に、飛雄は目をキラキラさせる。口数は少ないが、目で感情を語っていて、こういうときはわかりやすいんだよなと思った。

「一与さんと美羽ちゃんも」

 ふたりに追加のお肉と野菜などを器にたっぷり入れてあげたあとは、父の器にも同じように入れる。四人いるの食べるペースが早く、具材の消費も早い。

「飛雄、野菜も食べて。ほら、ネギとニンジン」
「ん」

 お肉とご飯ばかりモリモリよそっていたから、野菜も入れてあげる。好き嫌いを心配したが、特にその問題は無さそうだ。

「千早も食べなさい。お父さんが焼くから」
「あ、そうだね」

 あまりにもおいしそうに食べるから、うれしくてみんなに食べさせてあげることばかり考えてた。
 焼く係を父にバトンタッチして、私も自分の器によそったお肉とご飯を食べる。炊き立ての熱々ご飯は、少し冷めていた。
 三口くらい食べてから、みんなの飲み物が空になりそうなことに気づく。席を立って、冷蔵庫からそれぞれの飲み物を取り出してコップに注いであげた。

「飲み物テーブルに置いとくから、追加ほしかったら注いでいいよ」

 父と具材を焼く係を交代しながらみんなで食べ進めていくと、トレーの上に乗っていた大量のお肉は、あっという間に空になった。

「うどんもあるけど、まだ食べる?」
「あたしはお腹いっぱい」
「俺はまだ食べられる」

 父と一与さんにも聞くと、ふたりもお腹いっぱいだと言う。

「飛雄がまだ食べたかったらうどんも茹でるよ。私も食べられるし」
「食う!!!」

 力いっぱいの返事にちょっと笑ってから、私は冷凍うどんを茹で始めた。ポットで沸かしていたお湯を鍋に入れたので、冷凍うどんはすぐに茹で上がった。
 ザルでお湯を切ったうどんを鉄板の中のタレに絡め、新しい器によそって出すと、飛雄は豪快にズルズルうどんをすすった。

「飛雄君よく食べるなあ。さすが現役の中学生男子」
「千早ちゃんもよく食べられるね」
「もともと食べるほうだから。部活やめたから太らないように気をつけてるけど、今日は特別」

 美羽ちゃんが私の食べっぷりに感心している。
 私も自分の器にうどんをよそってズルズルとすする。タレに具材のだしが染みてて、とてもおいしい。

「おかわり!」
「はいはい」

 菜箸でうどんをよそって飛雄に渡す。また豪快にすすっては、おいしそうな顔をする飛雄を見て、私も作った甲斐があるとうれしくなった。

「自分で取りなさいよ」
「むぐ」
「いいよいいよ。こんなにおいしそうに食べてもらえると、私もうれしいから」

 美羽ちゃんは少しあきれ気味だが、私はおもてなしするのが楽しいので気にならなかった。
 みんなで食べるご飯の時間が楽しくて、口元をゆるめながらまたおかわりを求めた飛雄にうどんをよそった。

 みんなお腹いっぱいになるまですき焼きを堪能し、父と一与さんは歓談を続ける。
 私も飛雄と美羽ちゃんと三人で会話を楽しんだ。

「そういえば東京観光してないって言ってたよね。なんで?」
「忙しかったからねえ。ずっと学校と家を往復してばっかりだったな」
「東京に住んでて出かける先が近所の商店街だけなんてもったいない」
「興味がなかったわけじゃないけど、ほとんど学校と家のことだけ考えてたから」

 昨日、東京観光をろくにしていない話をしたときも、美羽ちゃんは残念そうな顔をしていた。

「インターハイと春高は観に行ったか?」
「行ってない。行きたかったけど」
「じゃあオレンジコートも見てないのか」
「見てない! 見たかった!」

 飛雄からは、やはりと言うべきかバレーの質問が飛んでくる。せっかく東京に住んでいたのに、バレーボールプレイヤーの夢の舞台を観に行ってないと知ると、飛雄は信じられないと言いたげな顔をした。

「それだけ色々大変だったってことだね」
「自分で忙しくしていたのもあるけど。なにかやっていないとソワソワしちゃって、忙しくすれば余計なことを考えないで済んだから」

 口に出したあとに、しまったと失言を後悔する。美羽ちゃんの表情が、事情を察したのか悲しそうな色を浮かべていた。

「でも楽しかったよ。近所に住んでる子と仲良くなれて一緒に河川敷でバレーやったりしたんだ」
「河川敷でバレーとか、めっちゃ青春じゃん!」

 急いでフォローすると、美羽ちゃんの表情から少し悲しみの色が薄くなって安心した。

「その人たちバレー上手かったか?」
「あれは伸びるねえ! ひとりはやれることはなんでもやるってタイプで、特にブロックが上手いんだけど、オールラウンダーにやりこなすよ。もうひとりは頭が良くてね、目立たないけど戦術の組み立てがすごい。そう来るか!ってことやってくるし、目立たないぶん意外性があってビックリさせられる」
「おお……!」

 飛雄はとにかくバレーの話が聞きたいようだ。真剣になってクロと研磨の話を聞いていた。

「ちなみに、頭がいいほうはセッターだよ」
「セッター!?!!」

 飛雄が席を立って詰め寄ってくる。今日イチの反応が返ってきて、勢いに驚き思わず体がのけぞった。

「負けねえ!!!」

 会ったこともない相手に、謎の対抗心を燃やしている。
 この幼なじみは、私が思っているよりもバレー馬鹿に育ったのかもしれない。美羽ちゃんもため息をついて、片手で頭をおさえていた。

「美羽ちゃん、飛雄。そろそろお暇しようか」

 一与さんの声で、みんな一斉に立ち上がる。
 私と父も部屋を出て、影山一家をエントランスまで見送った。

「ごちそうさまでした。楽しかったよ」
「こちらこそ、みんなでご飯が食べれて楽しかったです」

 一与さんと父が挨拶を交わす。ふたりも話が弾んだようで、父は物足りなさそうな様子だ。

「飛雄と美羽ちゃんも、今日はありがとね。楽しかったよ」
「こちらこそありがとう。ごちそうさまでした」
「すき焼きウマかった」
「なら良かったよ。それと、これ」

 事前に用意していた紙袋を飛雄に渡す。

「これなんだ?」
「DVDだよ。東京に行ってから焼いたやつ」
「――ッ!」

 飛雄がすごく良い反応で紙袋の中身をのぞいた。

「明日学校で渡すつもりだったけど、今日来たからついでに渡そうかなって思って」
「サンキュ!」

 うれしそうに紙袋を抱える飛雄の様子を見て、やっぱり用意して正解だったと、自分の英断に心の中でサムズアップした。

「そうだ。このあたりって飛雄の通学路に近いから、明日から一緒に飛雄と学校行ったらどう?」

 一与さんが思いついたように提案する。

「あ、でも飛雄が朝練あるから朝早いし、千早ちゃんが大変か」
「私は大丈夫です! いつも早起きしてるので!」
「そう? 千早ちゃんがいいなら……飛雄はどう?」
「ん」

 飛雄が短い言葉と共に首を縦に降った。

「やった! いつも何時に家出てるの? 集合場所はどこにする?」

 ハイテンションな私と、ローテーションな飛雄。まるで正反対で、本当に一緒に登校しても大丈夫なのか、飛雄は嫌がっていないのか心配になるが、とんとん拍子で集合時間と集合場所が決まり、明日から私と飛雄で一緒に登校することになった。

「じゃあまた明日ね!」
「おう」

 影山家が、お邪魔しましたと言って去っていく。名残惜しい気持ちを残して、私と父は家に戻り、夕飯の片付けをした。

 その夜、私は東京の友達それぞれにメールを送り、明日から始まる学校生活に胸を踊らせて、布団にもぐった。
 宮城での生活も、楽しいものになればいいなと願って。