苦あれば楽ありのはずだった




※低レベルな下ネタあります




 夏休み始まってからすぐのこと。部活動を終えて、いつものように帰宅してからスーパーに立ち寄ったときのこと。
 私は自転車のカゴに買い物袋を乗せて、いつもの道をゆったり走っていた。

 セミが元気だなあ。
 あ、おしっこかけられそうになった、危な。

 夏特有の風物詩を味わい、冷や汗をかく。
 セミは好きだが、おしっこをかけられるのは普通に嫌だ。無事に避けられて安心する。

 父が仕事で忙しいので、最近の買い出し係は必然的に私が担当していた。そのためか外に出る機会が多く、日焼けして肌の色も濃くなっていた。日焼け止めをたっぷり塗っても、この季節の日差しは完璧に防ぎきれはしない。
 しばらく自転車を走らせ、自宅から近い公園をとおり過ぎようとすると、なにやら小学生の男女が3対3で喧嘩しているのが目に入った。
 思わず立ち止まり、私は様子をうかがった。

「ここはわたしたちが先に遊んでたんだよ!?」
「早い者勝ちだね! のろまなのが悪いんだよ!」

 どうやら遊び場の奪い合いをしているようだ。狭い公園のためか、互いに譲り合って遊ぶ考えはないらしい。
 剣呑な雰囲気で、止めに入ったほうが良さそうだと思い、自転車を降りようとすると、

「あっち行けよ!」

 男の子の集団のひとりが、手に持っていたボールを女の子のひとりにぶつけようと、投げる姿勢を取った。

「あ、危ない!!」

 私は自転車を投げ出し、駆け足で女の子の元へ滑り込む。案の定、男の子はボールをぶつけようとしており、間一髪で男女の間に割り込めば、ボールは私の手中に収まった。

 ま、間に合って良かった……!

 私が駆け出す準備ができていなかったら、ボールはそのまま女の子に当たっていただろう。

「大丈夫!?」

 最近同じことがあった覚えがあり、やたらボールに縁があるなと思いながら振り向いて女の子の安否を確認すれば、女の子は驚いたのか固まっていた。

「うっ……あ、わあああん!!!」
「え!?」

 ボールに驚いた女の子は泣き出してしまい、私も焦って男の子を叱るどころじゃなくなってしまった。

「こっ、こわかったよぉ……!!」
「あーよしよし! 怖かったね! お姉ちゃんがボール止めたから、もう大丈夫だよ!」

 泣いている女の子の頭を撫でてあげながら慰めると、次第に女の子は落ち着きを取り戻した。私も安心してふぅと一息つき、まだしゃくりあげている女の子を抱きしめて慰め続け、ボールを投げた男の子に向き合った。

「こら! 危ないでしょ! 人にボールを投げちゃダメ!」
「だれだよオマエ! 急に割り込んでくんじゃねえよ!」

 男の子はキッとにらみつけてきて、反省の色が見られない。

「オマエも泣いてんじゃねえよ! 女子はすぐ泣くからイヤなんだよ!」
「ボールぶつけられそうになったら怖いのは当たり前でしょ! ごめんなさいして!」
「やだねー!」

 いかにもクソ生意気なガキ大将っぷりに、だんだん腹が立ってくる。
 ガキ大将を筆頭に、男の子陣営は女の子たちを責め続け、その横暴さに女の子陣営も食ってかかり、互いに罵り合う状況となって収拾がつかなくなってきた。

「あんまり生意気なこと言ってると、こうするぞ!」
「うわあー!! やめろォ!!」

 子供を相手に暴力でわからせるなんて以ての外。私はガキ大将の動きを両足で固めて、ワキを思いっきりこちょこちょとくすぐった。

「ごめんなさい言うまでやめないよ!」
「言うから! 言うからやめて!」
「やめるのはごめんなさいって言ってから!」
「ご、ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」
「よし!」

 離してあげると、ガキ大将は「ハァッ……ハァッ……」と息を切らして、悔しそうに私をまたにらみつけてきた。

「なにその目? またくすぐられたい?」
「ヒッ……!」

 ガキ大将はすっかり怯えきって、小さく縮こまる。やはりこの男の子がリーダーなのか、ガキ大将を抑えたら他の男の子たちもひるんで文句を言わなくなった。

 群れのリーダーを仕留めれば、全体がおとなしくなるのは人間も動物も同じ!

 集団心理を利用した私の作戦勝ちだ。あまり年上をナメるなよガキども、と大人げないことを考えた。

「おねえちゃん……カッコいい!」

 高い声が上がって振り向けば、女の子たちはキラキラした目で私を見つめていた。泣いていた女の子も、いつのまにか泣き止んでいて安心した。

「ケガはしてない?」
「してない!」
「ならよかった」

 もう一度頭を撫でてあげると、女の子はニッコリ笑った。かわいいなあ、なんてほほえましく思い、気持ちがほんわか和む。

「場所の取り合いでケンカしてたの?」
「わたしたちが先にここで遊んでたんだもん!」
「ずっとブランコ乗ってるだけだったじゃんか! おれらサッカーやりてえのに!」
「ボールこっちにまで飛んでくるじゃん! ほかでやってよ!」
「ブランコ乗ってしゃべってるだけだろ! オマエらがどっか行けよ!」

 まずい。また収拾がつかなくなってきた。
 子供同士が言い争いになると、大概どちらかが折れないかぎり続く。しかも不満が残る形で終わるのがほとんどだ。
 折衷案を見つけるのは、年上である私の役目だ。首を突っ込んだのだから、その責任は取らなければ。

「君ら何年生? どこの小学校?」
「三年! 秋山小!」
「秋山小!? 私も同じ学校出身だよ!」
「マジ!? ねえちゃんも!?」
「学校ではなにして遊んでるの?」
「ドッジ! 休み時間にみんなでやるよ!」

 私はしゃがんで子供たちと目線を同じにして、みんなに話しかける。ひとまず話を逸らす作戦だ。
 作戦はわりと利いているようで、険悪な雰囲気は少し柔らかくなる。子供は自分の話を聞いてもらえるのがうれしいもので、みんな自分が自分がとしゃべり続けた。

「ドッジ懐かしー! 私もよくやってた! ケイドロもやってる?」
「やってる! でもだいたいドッジ!」
「燃えるよねぇ! 男子対女子でよくやってた!」
「わたしらもそれやってる!」
「みんな同じクラスなの?」
「うん! そうだよ!」
「じゃあ、学校でも一緒に遊べるんだから、今も一緒に遊んだらどうかな?」

 話の流れで切り出すと、子供たちは互いに見合って、うーんと悩み始めた。
 急すぎたかな、そもそも遊びたい内容が違うんだから、もっと他の提案にすれば良かったかも、とまた揉めやしないか不安になる。

「おれらサッカーしたいからやだ!」
「わたしたちはブランコがいい!」

 やっぱりかー!

 揉めはしなかったが、一緒に遊ぼうという提案は、折衷案としては的外れだった。
 改めてどう収拾をつけるか悩む。虫捕り、ドッジ、かけっこ――色々浮かぶが、どれも違う気がする。バレーは……たぶんやらないだろう。

「おねえちゃんはこれからなにするの?」

 適当な折衷案はないかと悩んでいると、女の子のひとりから問いかけられた。

「私は帰って宿題するよ」
「げぇー!? 宿題!?」
「早めに終わらそうと思ってるの」
「宿題なんてめんどくせーじゃん!」

 宿題をやると言えば、ガキ大将が顔をうげーと歪ませた。

「宿題を早めに終わらせると良いことがあるんだよ」
「いいこと?」
「早めに終わらせれば、夏休みをなんの不安もなく思いっきり遊べるでしょ?」
「た、たしかに……」
「後回しにすると、ギリギリになって一気にやらないといけないから、せっかくの夏休みなのに最後は宿題に追われて終わるなんて嫌じゃん?」

 そう言うと、にぎやかだった子供たちはしんとなって考え込んだ。

「……わたし、宿題やる!」
「えっ?」

 先ほど泣いていた女の子が、一番に声を上げた。
 遊びたいんじゃなかったの?と疑問に思ったが、その顔はやる気に満ちていた。

「じ、じゃあ、おれもやる!」
「ええっ?」

 ガキ大将までもが声を上げて、宿題をやると言い始めた。
 すると、他の子たちも、わたしもおれもと言って賛同した。

「サッカーはいいの?」
「サッカーたくさんやるために宿題する!」

 子どもの気の移り変わりは早すぎて、私の頭が追いつかない。

「おねえちゃんも一緒にならない?」
「私も?」
「ベンキョーおしえて!」
「私が!?」

 決して勉強が得意とは言えない私に向かって勉強を教えてとは、ずいぶんな無理難題だ。しかし、私が勉強が苦手なことなど、子供たちの知るところではない。

「じ、じゃあ、一緒にやる?」
「やったぁ!」
「おれにも教えてくれよ!」
「ま、マジか」

 子供たちはすっかり私に勉強を教わる気になっており、引けに引けなくなってしまった。

 ま、まあ……小学生レベルの勉強ならなんとか……いい具合に場も収まりそうだし……。

 そう自分に言い聞かせて、丸く収まったと考えれば悪くないと切り替えた。

「なら、子供図書館に行ってみんなでやろっか!」

 そう提案すれば、子供たちは「おー!」と声を上げて一致団結した。一度気持ちを固めた子供のやる気はすさまじい。私の意図するところとは違う形で話がまとまったが、まあ、結果オーライだ。

「もう午後だし、そうと決まったらすぐ行こっか。この公園で遊んでたってことは、みんな近所なの?」
「うん! 家近いよ!」
「じゃあ、みんな宿題持ってきて、ここの公園に集合! 全員集まったら出発しよう!」

 子供たちは「はーい!」と元気よく返事をして、一目散に駆け出した。

「ちゃんとお父さんかお母さんに言ってから来るんだよー!」

 子供たちに声をかけ、私も一旦帰って準備しなければと立ち上がり――、

「おねえちゃん、これいいの?」

 女の子の声に振り返ると、勢いあまって倒した相棒の自転車と、カゴから崩れ落ちた買い物袋の中身が、見るも無惨な状態でそこにあった。

「卵がァーーー!!!」

 他の食材は無事だったが、繊細な卵がパックの中で割れてぐちゃぐちゃのどろどろになっていた。
 せっかく特売で買った大事な卵を割ってしまい、私の心は穏やかではいられなくなった。







「おれ宿題めっちゃ進んだ!」
「わたしも! おねえちゃんありがとう!」
「ど、どういたしまして……!」

 夕方も近くなってきた頃、私たちは夏休みの宿題をしっかりやり込んで、明るいうちに帰ろうと図書館をあとにした。
 やる気に火がついた子供たちは、満足に宿題をやりきり晴れやかな顔をしている。私はというと、まだ卵のダメージを引きずっていた。

「ねえちゃん落ち込むなよ! 卵はまた買えばいいじゃん!」
「特売だったんだよ……安かったんだよ……」
「残念無念!」
「どこで覚えたのそんな言葉」

 慰めているのか貶しているのかよくわからないガキ大将に、私はあきれる。

「夏休みの日記書くの忘れないようにね。サボると後が大変になるから」
「おねえちゃんサボってたの?」
「バレたか……」

 やたら勘のいい女の子は、私が昔は宿題をサボるタイプの子供だったと察した。

「母ちゃんビックリするだろうなー。おれ今まで宿題こんな早くやったことなかったもん!」
「帰ったらお母さんに自慢しな。きっと褒めてもらえるよ」
「うん!」

 ガキ大将は、会ったばかりのときはクソ生意気なかわいい子供と思っていたが、今は生意気さが取れて、ただかわいい子供に見えた。

「おねえちゃん、うちの近くに住んでるんだよね?」
「そうだよ。公園から見えるマンションあるでしょ? あそこに住んでるの」
「マンション!? すごーい!」

 マンション住まいなこと自体はべつにすごくはないが、子供にとって未知なものはすごいものに見えるのだろう。子供らしい純粋な感想が、なんともかわいらしかった。
 一番家が遠い子から順に送ろうと思い、いつもとは違う道を並んで歩く。しばらく子供たちと雑談を交わしながら歩いていると、見覚えのある坂道に出た。

 あ、ここってバレー部がロードワークに使ってる坂道だ。

 引っ越してきたばかりの頃の羊羹事件を思い出す。あのやらかしのせいで、私はバレー部から羊羹女と呼ばれるようになったんだよな、と複雑な気持ちになる。

「あるー貧血、森のなカンチョー、クマさんにんにく、出会ったんこぶ」

 しばらく坂道を登っていると、ガキ大将と、その取り巻きが有名な童謡の替え歌を歌い始めた。
 懐かしいなー、私もよく歌ってたなーなんて思っていると、

「花咲くもーりーのーみーちんたまでっかちーん!」

 あまりにも唐突に下ネタが出てきて、思わず「ぶっ!」と吹き出した。

「アッハハハ!! なんだそれ!!」

 さすが小学生と言うべきか、低レベルな下ネタがツボに入って笑ってしまう。

「やめてよ男子! 恥ずかしい!」

 女の子たちは下品だと男の子たちに怒っている。
 自分よりも精神年齢が大人な年下の女の子たちを見て、私もこういう反応すべきだったかと恥じらいを覚えた。
 楽しくなってきたのか、男の子たちは続け様に持ち前のくだらない下ネタ披露大会を初めてしまい、恥じらいとかそんなこと言ってる場合ではないくらい私の腹筋は崩壊寸前まで達していた。

「もうやめて! ホントやめて! 腹痛い!」
「ふっ、ふふ……あははは!」

 女の子たちも先ほどまで恥じらっていたが、やはりまだまだ小学生である。次第にくだらない下ネタの連発に笑いがこぼれていた。

「あ! ねえちゃん! あそこに犬のウンコある!」

 ガキ大将は犬の糞を見つけると、目を輝かせて突っ走った。「やめなさい! 汚いから近寄るな!」なんて私の注意は一切耳に入らない様子だ。

「ねえちゃんにいいこと教えてやるよ!」

 そう言ったガキ大将は、そのへんから適当な小石をかき集め始める。嫌な予感がすると、その予感は的中し、ガキ大将は犬の糞に小石をまんべんなく押し付けやがった。

「封印!!!」

 ガキ大将のやったことは、小石を使って犬の糞を隠しただけだ。このおバカー!と叱るつもりが、あまりのくだらなさに崩壊しかけてた私の腹筋は完全に壊れてしまった。

「アッハハハハ!! もう無理!! おもしろすぎる!!」

 地面に膝から崩れ落ち、腰が立たなくなるほど大笑いした。叱らなければならないのに、笑いすぎて言葉が出てこない。
 私の反応にすっかり気を良くしたガキ大将は、謎にドヤ顔をしており、なんだか腹も立ってきた。しかし、こんなしょうもない下ネタで笑ってしまうなど不覚だが、今の私にはどうすることもできなかった。
 だからこそ、気づけなかった――。

「アハハハ! ハッ……」

 ふと顔を上げると、見覚えのある顔ぶれが、私らの隣を駆け抜けていた。
 "北川第一"と背中に書かれたジャージを身にまとった――男子バレー部だ。
 私と面識のある部員たちは、一様に「またお前か」と言いたげな視線をチラチラと送っている。中には、岩泉先輩や及川先輩、金田一君に国見君、そして――飛雄もいた。

 犬のウンコでゲラゲラ笑ってるとこ見られた……!

 それに気づくと瞬時に笑いが引っ込み、あまりの恥ずかしさに今すぐ穴を探して入りたくなった。
 それぞれと視線がかち合うが、ふっと笑われたり、ドン引きした顔で見てくる面々に、私はどうしたらいいかわからなくて固まった。

「ねえちゃん見ただろ! これがおれの必殺技だ! 犬のウンコ封印!」
「もうやめろーーー!!!」

 私の悲痛な叫びは届かず、ガキ大将は必殺技を見せてやったぞと喜色満面の笑みを浮かべていた。

「ウンコ封印って……」
「封印だって……ぶっ、くくく……」

 走りながらクスクス笑う部員たちの声が耳に入る。
 もういっそ消えてしまいたい――いまだ犬のウンコで盛り上がる小学生たちの前で、私は耳まで赤くなった顔を手で覆い隠し、ひとり嘆いた。