来年の抱負




「ってなことがあったんだよね」
「アッハハハ! そんなことになってたんだ!」

 夕方頃、部活を終えた沙織と彩花と連絡を取り合い、私はファミレスでふたりに先日の飛雄との話題を持ちかけていた。
 私の話に、ふたりがそれぞれ語り合う。

「私らも悪ノリしすぎたかな?」
「影山君に会うたびに話しかけてるもんね」
「でもなんか影山君ってかわいがりたくなるよね」
「そうそう! いかにもかわいい後輩って感じ!」

 飛雄の話で盛り上がるふたりに、私もウンウンとうなずく。

「まあ、それにしたって千早たちは仲良いと思うけどね」
「え? そう? 幼なじみなんだし普通じゃない?」
「私も近所に幼なじみいるけどさ、千早たちみたいに朝一緒に登校したりご飯食べたりはしないよ」
「彩花、幼なじみいたんだ……」
「たまに会ったら話すくらいの距離感だよ」

 彩花はジュースを一口飲み、続けて話した。

「仲良い親戚くらいの距離感だね。千早と影山君は、たまに姉弟に見える」
「うーん……そうなのかなあ……」
「影山君、千早のこと頼りにしてるの見ててわかるもん。千早もそれに応えてるし」
「それは……放っといたらマズイって思うこと多すぎるんだよ飛雄は」

 バレーに一直線なのは飛雄の良いところだが、一直線がすぎるあまり、周りがついて行けない部分がある。

「あんまり世話焼きすぎても迷惑かなって思ってたけど、意外とそうでもないっぽいから、ついね」
「家族ぐるみでそこまで仲良いのも珍しいよね」
「昔からの長い付き合いだから」

 影山家とは持ちつ持たれつの関係性が出来上がっている。家が近所なのも、その関係性に深く関わっており、昔からなにかあれば互いに助け合っていた。

「そういえば話は変わるんだけど、私ら二年の間で変人枠に入ってるらしいよ」

 沙織が、唐突に気になる話題を口にした。

「え? なにそれ? 関わっちゃいけないヤツ扱いなの?」
「そうじゃなくて、やんちゃ枠?な感じ」
「あんまり良い意味じゃなくない?」

 彩花が、ウエッと顔をしかめる。

「私ら一年のときからよく悪ノリしてる自覚あるし、そのせいかもね」
「でもクラスの子とか、他のクラスも部活のみんなも普通に話しかけてくれるじゃん? もしかしたら本気で嫌がってる子もいるかもしれない感じ?」
「さすがに嫌そうなら察してやめるよー」

 カラカラとふたりは笑い合っているが、私は先日の美桜ちゃんの話を思い出して、他人事には感じられなかった。

「あのさ……前に美桜ちゃんと遊びに行ったんだけど、そのとき美桜ちゃんが言ってたんだよね」
「なんて?」
「最近、美桜ちゃんが変人枠で扱われてるって」
「あぁー……」
「え? なに? なんか知ってる感じ?」

 沙織の含みのある返しに、いよいよ不安が芽生え始める。

「それさあ、たぶんだけど、千早が原因かも」
「う……ウソ!?」

 予感は的中した。不安は危機感に変わり、嫌に心臓が鳴る。先日、美桜ちゃんに軽い冗談のつもりで言った、私と関わったせいという言葉は、あながち間違いではなかった。

「た、たしかに転校してからアレコレやらかしてはいるけど……それのせい!?」
「それもあるかもだけど……」

 沙織と彩花は顔を合わせて言葉に詰まっている。
 意味深なふたりの行動に、私の心音は嫌な高鳴りがした。

「けど、なに!?」
「本人を前にこんなこと言いづらいんだけど……」
「いいよ! 言って!」
「……千早ってさあ、変人ホイホイとか言われてんの知ってる?」
「……ハァ?」

 なんだそれ。あまりに唐突で予想外な言葉に、それしか感想が出なかった。

「悪口か!?」
「悪口……か?」
「気分は良くないでしょ」
「知ってることだけでいいから教えてくれない!?」

 沙織に詳しく聞いてみると、私は一部から陰で変人ホイホイと呼ばれ、変人を寄せ付けることで有名らしい。

「また変なアダ名つけられてる……!」
「羊羹オンナに、お母さんに、暴れん坊大将に、昼ドラ夫人に続いて変人ホイホイか。千早がどんどん有名になるね」
「待って、暴れん坊大将と昼ドラ夫人は初めて聞いた」

 しれっと新たに不名誉なアダ名が混ざっており、絶望感が深くなる。

「もう嫌だ! これ以上変な名前つけられたくない!」
「絶対、男バレの仕業だよね」
「うん陽師もなかったっけ?」
「なにそれ?」
「うんこ封印がどうたらこうたらって。あ……食事中にごめん」
「陰陽師ってことか! 封印したの私じゃないし! あだ名増やしすぎ! もはや私で遊んでるよね!?」

 好き好んで男バレのメンバーと出くわしているわけではないのに、見られたくないときにかぎって男バレと遭遇する。
 楽しいはずの夏休みが、頭の中でガラガラと崩れ落ちて、早々に破綻する予感がした。

「いっそ家の中で大人しくしておくべきか……」
「やだ! 千早と遊びたいよ!」
「私もだけど! 私もだけどさあ!」

 彩花に懇願されるが、私とて友達と遊びたい。こんな形で夏休みを謳歌できなくなるのは不本意だ。

「私……この先、大丈夫かな……」
「私らがいるよ!」
「困ったときは言って!」
「ありがとうふたりとも……! って、なに笑ってんの」

 優しい言葉をかけてくれたかと思いきや、目の前のふたりは笑いをこらえて肩が震えていた。

「だ、だって! 肩書き多すぎ!」
「キャラブレブレすぎ!」
「アンタら! 怒るよ!」

 その後は、ひとしきり私の不名誉なあだ名問題で盛り上がり、今後はより一層落ち着きのある行動を取ると強く決意した。
 なお、手の甲に書いていた"落ち着け"はもちろんふたりにツッコまれ、また笑われた。







「飛雄は私のこと変な呼び方しないでね」
「なんだよ急に」

 次の日、部活に行くため飛雄と朝の登校を一緒にしている際、私はあだ名問題について釘を刺していた。

「男バレの人たちが私に変なあだ名ばかりつけてるの」
「羊羹オンナか?」
「それ以外にも」
「どんな?」
「お母さんとか、暴れん坊大将とか、昼ドラ夫人にうん陽師だって」
「うん……?」
「犬のうんこ封印と陰陽師にちなんで、うん陽師」
「おん……? えっと、なんだったか……前に教えてもらったアレ……あ、ゆかい?だな」

 飛雄は覚えたての言葉を、ここが使い時だとでも言うようにキリッとした顔で言ってきた。

「愉快の意味わかって言ってんの?」
「よくわかんねえ」
「……使いどころはある意味間違ってないけど、今のタイミングでそれ言われたら私怒るよ」

 飛雄に愉快の正しい意味を教え、自分に置き換えて考えてごらんと丁寧に説明すると、なるほどそれは怒るなと理解してくれた。

「私が変人ホイホイって言われてるってことは、飛雄も変人扱いされてるってこと」
「俺は変人じゃねえ」
「う、うん……そうだね」

 飛雄は変人扱いされていることを知ると、しかめっ面で不快感を露にした。変人じゃないと本人は言っているが、私はハッキリ否定できなくて申し訳ない気持ちになる。

「ま、気にしてもしゃーないか。起きたことは無かったことにできないんだし、みんなに避けられてるわけでもないし」
「そうだな。変人扱いされんのは嫌だけど、バレーできなくなるワケじゃねえならいいか」
「あっはは! 飛雄らしい!」

 オモチャにされているようなあだ名の数々に腹立たしく思っていたが、いつもの飛雄らしいバレー馬鹿っぷりに当てられ溜飲が下がる。

「そういや、その手はどうしたんだ?」
「手? ああ、これか。最近、裁縫習ってるの」
「さいほう?」
「服の破れたところ縫ったり、取れたボタン取り付けたりできるようになりたいの」

 おばあちゃんの家に行かない日も、私は時間を作っては裁縫の練習をしている。もともと裁縫が苦手なのもあり、そのせいで私の指は針で刺した怪我だらけだ。
 指に絆創膏をたくさん巻いた左手をパーにして見せると、飛雄はウッと顔をしかめた。

「ケガだらけじゃねえか。手は大事だぞ」
「飛雄からしたら信じらんないだろうね。でも私はセッターじゃないし、裁縫が上手くなるためには必要な怪我だよ」
「練習、か」
「そ、練習」

 上達するための練習。バレーに置き換えて考えたかのか、そう言えば飛雄は腑に落ちた表情をした。

「俺の制服のボタンも取れたらやってくれるか?」
「やるやる。まだまだ未熟だから練習させて」
「おう、そんときは頼む」

 裁縫をどれだけがんばっているか話し込んでいると、飛雄が突然立ち止まり、いつもとは違う方向を指差した。

「俺、今日は練習試合あるからこっち」
「え? そうなの? どこの学校と?」
「西中」
「近所じゃん。がんばってね」
「おう」

 いつも朝の登校をする際、次の日の待ち合わせ時間の確認は取っているが、今日は練習試合があるとは聞いていなかった。が、飛雄だしな、とやけに納得した。
 そのまま飛雄と別れ、私はひとりで学校に向かう。ほぼ毎日飛雄と共にしていた道を、ひとりで歩くのは新鮮だった。

 学校に着き、真っ直ぐ部室に向かっていつもの生き物のお世話を始める。お世話を一通り終えたら席に座り、黒板の前に立つ顧問の先生と部長に視線を向けた。

「来週の活動についてですが、以前から話していたように土曜日にフィールドワークに出ます」

 今日の部活は普段と違い、ミーティングのため部員全員が集まっていた。フィールドワークの詳細を簡単に説明する顧問の先生の隣で、部長はやる気に満ち溢れた表情をしている。

「朝8時半に集合するように。では、今日はこれで終わります。気をつけて帰ってくださいね」

 しばらく説明を聞いたのち、部員たちと来週の活動について雑談を交わしながら、私は荷物をまとめ、帰る支度をする。普段の活動も楽しいが、それとはべつの毛色の違う活動ができることに、私も部長と同じ気持ちを抱いていた。

「去年は夏合宿もやったんだけど、今年は予算が足りなくてあまり活発な活動ができないんだって」
「夏合宿!? いいなあ!」
「来年は桂さんも行けるといいね」
「うん! そのためにも部員集め、がんばろうね!」

 ぞろぞろと帰る部員たちに私も一緒について行き、昇降口で靴を履き替える。
 いつもの帰る時間であれば、あまりバレー部と遭遇しないので安心だが、今日はミーティングがあったので帰る時間がズレている。

 さすがに今日も出くわすとかはないよね……。

 あだ名の話を知ってから、私はバレー部との遭遇におっかなびっくりしていた。
 問題を起こさないで大人しくしていれば良い話だが、私がたまたまやらかしたときにかぎってバレー部もその場にいることが多かった。
 自業自得な面もある自覚は持っている。それでも、変なあだ名をつけられるような目立ち方がしたいとは思わない。

 もう手遅れだと言われれば、そのとおりなんだけど。

 覚悟を持って外に出ると、恐れていた集団の姿は見当たらない。
 ふぅ、と安堵の息を吐き、胸を撫で下ろした。

「じゃあね、桂さん」
「バイバイ!」

 すっかり問題児として扱われている私と仲良くしてくれる生物部の部員たちの存在は貴重だ。これからも仲睦まじい関係でいたいと願って、にこやかに手を振った。

 家に帰ったらスーパーに行って、夕飯の仕込みをして……あ、今日は夕方から雨降る予報だったから先に洗濯物取り込まないと。

 夏休みといえど、仕事の忙しい父に代わってやるべき家事は毎日こなしている。引っ越したばかりの頃は生活が落ち着くまで父も積極的に家事をしていたが、本格的に仕事に身を入れるようになってからは私のほうが多めに負担している。
 たまに息抜きとしてご飯作りを任せることはあるが、ただでさえ不規則な生活を送る父には少しでも時間を作って休んでもらいたいと、七割程度の業務量を任せてもらっている。

 今日はたしか豚肉が安かったな。
 生姜焼き、豚バラ大根、トンカツもいいかも。

 豚肉といえばこれだろう、とレシピをあれこれ考える。食べたいものはたくさん浮かぶが、家に残っている食材のことも含めてメニューを考えなければならない。とりあえずは家に帰って、冷蔵庫にある食材と相談してからまた決めるか、と思考に区切りをつけた。

 そして帰宅後、予定どおりスーパーに寄って目的の豚肉をゲット。冷蔵庫と相談した結果、今晩のメニューは生姜焼きに決定した。

 安売り最高だなあ。
 帰ったら豚肉仕込むぞー!

 タレにしっかり漬け込んだ肉の味を思い浮かべ、つい口元がほころんでしまう。本当は一晩寝かせたいところだが、今日は一時間程度で良いだろう。

「ほかほかご飯に〜タレいっぱいの生姜焼き〜」

 生姜焼きが楽しみすぎて、テキトーな歌を口ずさんでしまう。今は周りにだれも人がいないから、歌っても気にならないのだ。

「タレをワンバンさせたふっくらご飯〜生姜焼きとの相性バツグンご飯〜」

 歌いながら自転車を走らせ、小道を抜けて広い道に出ると――、

「タレしみしみキャベ……あっ」

 いくつもの見知った顔と出くわして、またこのパターンかと動揺が走る。

「おお、桂だったのか」
「い、岩泉先輩……こんにちは……」

 岩泉先輩を筆頭に、及川先輩などの北川第一のジャージを身に纏ったバレー部員の三年生たちと邂逅した。

「こ、こんなところでどうしたんですか?」
「近くの学校で練習試合があったんだよ」
「あ、そっか、ここ西中の近く……練習試合のことは飛雄から聞いてます」
「そうか。俺らはその帰りだ」

 平静をなんとか保つが、またまたバレー部と遭遇してしまった己の不運さと、ヘンテコな歌を聴かれたかもしれない不安が胸に広がる。
 ここは早めに退散して、なにもなかったことにするとしよう。

「ウマそうな歌、歌ってたな」

 退散失敗だ。岩泉先輩に先回りされてしまった。

「やっぱ聴かれてたんですね……」
「今晩は生姜焼きなのか?」
「そっから聴こえてたんですね」

 結構デカめの声で歌っちゃったもんな。

「し、塩飴なめます?」
「強引なごまかし方だな」

 先ほどスーパーで購入した塩飴を先輩方に配る。やけに静かな及川先輩が気になるところだが、わざわざそこを突く気は起きない。

「桂が毎日夕飯作ってんの?」

 渡された塩飴をモゴモゴと舐めながら、先輩のひとりが問いかけてくる。

「毎日ではないですけど、ほぼ毎日と言っても間違いじゃないですね」
「えらいなー。けど、なんで桂がそんなに作るんだ? 親は仕事とか忙しいの?」

 至極普通の疑問を投げかけられる。当たり前に思うことではある。が、私はなんと答えるのが正解かわからない。

「そ、そうなんです。親が仕事で忙しいので、自分でできることはやってます」

 嘘は言ってない。

「そうなのか。でも、スーパーの買い出しとかまでやるもんなのか? しょっちゅうスーパーの買い物袋持ってるの見かけるぞ?」

 自分なりにかわしたつもりだが、さらに深く掘り下げられ、とうとう言葉に詰まる。
 これだけバレー部と遭遇しているのだ。私の普段の活動区域と、バレー部の主な活動区域が被っているのだろう。私の買い物姿を頻繁に見られていてもおかしくはない。
 私の言葉を待っている先輩方の視線が痛くて、言葉が出てこなかった。

「そ、その……」
「そろそろ帰らない? 夕方から雨降るらしいしさ」

 一切言葉を発さなかった及川先輩が、突然口をはさんだ。

「そうなのか。それなら帰らなきゃだな」
「そうそう。千早ちゃんはこれから生姜焼き作らなきゃなんだしさ」

 及川先輩の発した一言で、先輩方の空気は帰宅ムードの一色に変わる。正直、とても助かった。

「じゃあなー桂」
「はい、お疲れ様でした」

 先輩方はそれぞれの自宅の方向に別れ、帰路に着いた。

「んじゃ、俺らも帰るわ」
「またね、千早ちゃん」
「お、お疲れ様でした」

 岩泉先輩と及川先輩は共に歩き出した。自宅の方向が同じなのだろうか。

 及川先輩……たぶん私に助け舟を出してくれたよね。

 以前、母が病気だったことだけは話した。及川先輩はそれを知っている。亡くなったとは伝えていないが、察しのいい人だから事情を慮ってくれたのかもしれない。
 一言お礼を伝えたいが、岩泉先輩もいる手前、なかなか言い出せなかった。なんのこと?とか聞かれたら、いよいよごまかせなくなる。

 私も帰るか。

 お礼は後日伝えればいい。自転車に乗り、ペダルに足をかけた。
 自宅のある方向に向かって少し走らせると――目の前に岩泉先輩と及川先輩の背中を捉える。

 ……そうだった。このあたりなら途中まで及川先輩と自宅の方向が同じなんだった。

 タイムセールの主婦大戦争の日を思い出す。あの日のことを失念していた。
 追いつくこともできず、かといって狭い道なので追い越すこともできない。気づかれないうちに別の道から帰ろうかと考え、方向転換しようとすると、

「桂ちゃん、一緒に帰る? こっちからのほうが近いでしょ?」

 及川先輩に気づかれてしまった。若干大きめの声をかけられ、肩がビクッとはねる。
 なぜわざわざ誘うのか一瞬疑問に思うが、先輩方を追い越しづらい私の心情でも察してくれたのだろうか。及川先輩の本音は知らないが、声をかけられた以上、無視する選択はできなかった。

「し、失礼します……」

 岩泉先輩は「おお、いたのか。気づかなかった」と言っているので、やはり及川先輩の勘が良いことがうなずける。
 私は、先輩方の少し後ろを、自転車を引いて歩いた。

「家こっちなのか?」
「途中までは、たぶんそうですね。あっちにある中層マンションわかりますか? そこに住んでます」
「ああ、あそこか。たしかに途中まで道同じだな」

 岩泉先輩に指差しで自宅の場所を教える。

「今日、練習試合だったんですよね? どうでした?」
「勝ったぞ」
「おお! さすがですね!」

 なにも話さないのも気まずいので、バレーの話題を出してみる。バレーの話ならお互いにしゃべりやすいと踏んだが、その選択は間違っていなかった。

「おふたりはどこの高校に行くんですか?」
「俺らは青城だ」
「強豪じゃないですか! やっぱりバレー強いとこ行くんですね!」
「桂はどこ行くとか考えてるのか?」
「私はまだですね……バレー部のマネージャーやりたいんで、バレー部がある学校がいいんですけど」

 バレー部のある高校はたくさんある。その中でも、どこの学校が良いかは決めかねている。来年は三年になるので、できれば二年のうちに決めたいとは思っている。

「強豪ってわりとマネージャーいないじゃないですか。マネージャーが必要な学校が良いんですけど、ここだ!っていう学校は見つけられていないんです」
「桂はマネージャー志望なんだな」
「はい、そうなんです」
「もともとはバレーやってたんだろ? なんでマネージャーがいいんだ?」
「だれかのサポート側に回るのがやりたいんです。バレーが好きってのもあって、マネージャーなら私に最適だと思いました」

 なんで?に対する回答は事前に用意していた。何度か聞かれた質問だから、経験を経てちょうどいい回答ができるようになった。

「でも、学校を好きに選べる学力がないので、そこが一番の悩みどころですね……」
「千早ちゃんって勉強苦手なの?」

 及川先輩が、意外とでも言いたげに聞いてきた。

「文系は問題ないんですけどね。と言っても、国語だけ90点取れるくらいで、他は平均点を超えたり超えなかったりって感じです」
「千早ちゃんって勉強もしっかりやるタイプだと思ってた」
「勉強はしますが、平均点目指すくらいでそんなに真面目じゃないです。昔から勉強は苦手なんです」

 父の影響で本を読むことすらしない人生だったなら、国語ですら危うかっただろう。あながち飛雄を馬鹿にできない学力に違いない。

「受験はがんばれたとしても、学校に入ってからもずっと学校のレベルに合わせた勉強を続けるってなると、想像しただけでしんどそうです」
「ホントにしんどいんだね。顔に全部出てる」

 やけに大人しいと思っていた及川先輩だが、次第に口数が増えていき、いつもの感じに戻ってきたようだ。

「なあ、気になってたんだが、なんで花も買ってるんだ?」

 ふいに、岩泉先輩が疑問を突きつけてきた。

「ああ……これは、その……」
「女の子なんだし、花くらい買うよね。岩ちゃんわかってないなー」
「なんだと及川テメェ」

 またも及川先輩が助け舟を出してくれる。及川先輩の調子のいい物言いに岩泉先輩が少しキレ気味だが、私はこのまま話が逸れてくれれば良いと思った。

「花ってそんな頻繁に買うもんでもねぇだろ。なんか特別なことでもあんのか気になっただけだ」

 話はうまく逸れないようだ。岩泉先輩の疑問は普通のことで、なにも悪いことではない。私が空気を悪くしないか気にしてるだけだ。

「家に飾ることもあるでしょー?」

 これ以上、及川先輩に気を使わせるのは申し訳ない。

「あの、他の人はどうかわからないですけど、うちは普段からよく花を買うんですよ」
「飾るためか?」
「そうですね。家に飾っています」

 母の遺影のそばに飾るため、定期的に花を買っているので、嘘は言っていない。

「私は特別花が好きとかではないんですけど、両親のために買っています」
「親が花好きなのか」
「ま、まあ、そうですね」

 実際、私より父のほうが花は好きだし、母のためにも買っているから、これも嘘ではない。

「ユリが好きなのか?」
「あ、これはカサブランカです。同じユリ科の花ですけど、実はちょっと違うんですよ」
「違う花なのか。ユリにしか見えねえ」
「ちゃんと違いはあるんですよ。花の開き方とか――っと、お!」

 ちゃんと前を見ていなくて、電柱が迫っていることに気づかなかった。ぶつかりそうになって避けると、自転車の重みでうまく体制が取れなくて、ガチャン!と自転車を倒してしまった。

「し、食材が!」
「おいおい大丈夫かよ!」
「い、岩ちゃん! 玉ねぎが転がっていく!」

 自転車が倒れたことで、カゴに入れていた買い物袋の中身も地面にぶちまけてしまった。
 急なことに慌てながらも、先輩方が散らばった食材を拾い集めてくれる。私も自転車を起こしてから「すいません! すいません!」と謝り、必死になって食材をかき集めた。

「及川、そっちになんかボトルが転がって……ん?」

 岩泉先輩がなにかを見つけ、不思議そうにそれを手に取る。

「あ……それは!」
「――線香?」

 岩泉先輩は、地面に落ちた衝撃で袋の中でバッキリ折れた線香を見つめる。しばらく見つめたのち「あっ……」と声を漏らし、私に手渡した。

「ほらよ」
「す、すいません……ありがとうございます」

 とたんに微妙な空気が流れる。明確に言葉にして伝えていないが、先ほどの会話の流れから花と線香は家族に供えるためのものだと察したのだろう。及川先輩なんかは「あちゃー」と言いたげな表情を浮かべている。

「ほら、これで全部かな?」
「拾わせてしまってすいません。ありがとうございます」

 及川先輩から残りの食材を受け取る。あれだけ助け舟を出してもらったにもかかわらず、私の不注意で無駄にしてしまった挙げ句、買い物袋の中身も拾わせてしまった申し訳なさできまりが悪い。

「よ、よかった、お肉は無事だ」
「ダメにならなくてよかったね」

 危うく夕飯のメインディッシュが台無しになるところだった。

「ん? その手に書いてある"落ち着け"ってなに?」
「こ、これは、最近やらかしてばかりだったんで、戒めみたいなものです」

 私の手の甲に書かれた"落ち着け"に気づいた及川先輩は、理由を聞くと「あぁ……」と引いた態度を取った。岩泉先輩も、この対策には理解が及ばないといった様子だ。たった今やらかしたばかりなので無理もないだろう。
 やはり安直すぎただろうか。だんだん恥ずかしくなってきた。

「あんまり意味がないって今気づいたので、もうちょっと他の対策を考えます」

 先輩方は態度には出してても口にしなかったのに、私は変な空気に耐えられなくて自分から話題に出してしまった。

「ま、まあこのくらい気にすんな。電柱にぶつかるよかいいだろ」

 岩泉先輩に気を遣わせてしまった。今は責められるよりも、優しい言葉をかけられるほうが胸が痛かった。

「花、大丈夫そう?」
「いえ、買い直さないとダメっぽいです」

 及川先輩が花の心配してくれるが、自転車の下敷きになったカサブランカは少し潰れてしまっていた。

「はぁ……せっかく買ったのに……」
「また買えばいいじゃねえか」
「明日買いに行きます……」

 花にかわいそうなことをしてしまった。母のために買った花なのもあり、罪悪感が凄まじかった。

「花も安くないのにな……」
「このくらいなら飾れないことはないんじゃない?」
「いえ、綺麗な状態で飾ってあげたいので、これはリビングにでも飾ります」

 と言ってから、言葉を間違ったと後悔する。これでは"そういう目的"の花なのだと隠すことなく言っているようなものだ。言い繕うこともできないほど、だいぶパニックになっているのかもしれない。

「お、おふたりとも、拾ってくれてありがとうございました。本当に助かりました」
「桂はそそっかしいとこあるから気をつけろよ。マジでそのうち怪我するぞ」
「はい……」

 岩泉先輩の正論が刺さって、シュンとうなだれる。怪我と聞くと、過去に身に覚えのある出来事があるので、冷や汗も出てきそうだった。

「身に覚えがあるって顔だね」
「うっ……!」
「マジか、怪我したことあんのか?」
「実は……はい」

 及川先輩の洞察力の鋭さには舌を巻く。及川先輩が指摘したことで、岩泉先輩までもが話を広げてきた。

「なんの怪我したんだ」
「前の学校で、部活やってるときにひざの靱帯をやってしまいました」
「膝!? 結構ヤバいとこじゃねえか!」
「切れたとかじゃなくて捻っただけなんで、今はなんともないですよ」
「だけで済ます軽い話じゃねえだろ」
「は、はいそうです……」

 岩泉先輩の言葉は、切れ味が鋭くて心に突き刺さる。

「なんか、お前のそそっかしさが不安になってきた……」
「ご心配おかけしないように気をつけます!」

 心配してくれているのも伝わるので、二重の意味で心に突き刺さる。

「千早ちゃんって、周りのことはよく見てるのに、自分のことは鈍感になりがちだよね」

 肩をガックリ落とし、二度と電柱にぶつかりそうになってたまるかと周りに気を配っていると、及川先輩が気になることを言った。

「そうですか? 他人のことには敏感ではあるんですけど、自分に鈍感だとは思ってませんでした」
「たまに学校で見かけるけどさ、だいたい人助けしてるじゃん。だれかの荷物持ってあげてたり、一年の子の相談に乗ってたり、最近は飛雄の勉強も見てたって聞いたよ」
「まあ、そうですね、そういうのはよくやってますけど」

 意外だ。やらかしていることは人に知られているが、私が好きでだれかの手伝いをしているところまで知られているとは思っていなかった。それに、飛雄の名前をあえて出していなかったのに、及川先輩の口から出てきたことも。

「そういや、金田一が持ってたラクガキだらけの教科書、あれ桂のなんだってな」
「あ! そうだ教科書! 返してもらってない!」
「あのラクガキ……ふっ、くく……」

 岩泉先輩が思い出し笑いをしている。そんなに私の教科書がおもしろかったのだろうか。

「あの教科書で影山のテストの点数が上がったらしいな。あの……すげえラクガキで……」

 私のラクガキが相当ツボらしい。岩泉先輩は肩を震わせて、笑いをこらえている。ちょっと恥ずかしい。

「あの飛雄に勉強を教えるくらいだから、千早ちゃんは勉強できる子なんだと思ってたんだよね」
「なるほど、それで私のこと勉強しっかりやるタイプだと思ったんですね」
「さっきの話聞いたら、勉強苦手なのに飛雄の面倒見てたんだって思ってさ。家のことだけならまだしも、マネージャーになりたい理由もサポートがしたいって話だし。自分のことよりも、だれかのためにがんばるのが好きなの?」

 及川先輩は何気なく聞いてきた。

「だれかのためにがんばるのが好きっていうのもありますけど、そんな献身的な意味じゃないですよ」
「ほかになんかあるの?」
「はい。その……私のお母さんって、義理人情に厚い人なんですよ。そこがすごくかっこよくて、憧れで、私もそうありたいと思っているんです」

 義理人情に厚い人"だった"とは、念のため言わなかった。
 今さらかもしれないが。

「それに、普段からだれかを助けていると、今度はだれかが私を助けてくれるかもじゃないですか。情けは人のためならずってやつです。だれかのためにもなって、自分のためにもなる。持ちつ持たれつです」
「へぇー、なるほどねぇ。そういうのいいね」

 及川先輩は納得してくれたようだ。

「昔は親の真似っこがしたくて人助けをやってたんですけど、そのうち人付き合いを円滑にするためにやるようになって、今では好きで習慣になりました」
「ん? 情けは人のためならずって、親切はその人のためにならないって意味じゃなかったか?」
「ちょっと違うんですよ。本当の意味は、人に親切にするといずれ自分にも良いことが巡ってくるって意味です」
「そうだったのか。さすが国語90点を取るだけあるな」

 岩泉先輩に真っ直ぐ褒められ、少し照れくさくなる。

「でもさあ、飛雄にはもう少し厳しくしてもいいんじゃない? たぶんアイツ、また勉強に困ったら千早ちゃんに頼る気満々だよ」
「え、マジですか。勉強はあんまり頼られても困るんだけどなあ……」
「たまたま一年の会話が聞こえたんだよね。飛雄って、とりあえず困ったら桂ちゃんを頼ればなんとかなるって思ってるっぽい」

 信頼を寄せられていると喜べばいいのか、便利なお助けロボット扱いをされている可能性を憂うべきか、はたまたその両方か。それらが瞬時に頭の中でぐるりと一周するが、飛雄が私を頼りにしてくれているのは変わらないので、ポジティブに信頼を寄せられているのだと捉えた。

「金田一が千早ちゃんの教科書を借りたのもそのときだよ。あの飛雄の成績を上げたミラクル教科書だとかなんとかって」
「私の教科書が便利道具のような扱いを受けてることにビックリなんですけど」

 私の教科書はそんな大層なものではない。大きな期待をされても困るが、期待はずれと思われたら、それはそれでショックだ。

「及川の言うことも一理あるかもな。影山の様子見てると、自分でできることも桂に頼りそうだ。そんで桂はそれを普通に受け入れるだろ。来年はお前も受験生なんだから、少しは自分に集中することもしたほうがいい」

 真っ当な意見だ。そして、岩泉先輩にまで私の性格を見抜かれている。今しがた私の人助けの話をしたし、私と飛雄の関係性はバレー部にそれなりに知れ渡っているから、こう思われてもしかたない。
 先輩として、三年生として、受験生としてのふたりの意見は貴重だ。いじわるで言っていないことも表情を見ればわかる。私が勉強苦手なこともさっき言ったので、なおさらそう思うのだろう。

「わ、わかりました。今すぐには無理かもしれませんけど、ちゃんと自分に余裕を持った上で飛雄を助けます」
「助けるのは変わらないんだね」
「そこはどうか大目に見てもらいたいです……」

 飛雄は一匹狼なタイプなので、ひとりでもなんとかやっていけそうと思われがちだが、ああいうタイプこそ困ったときの頼れる先が必要だと私は思う。
 完璧な人間なんていない。心頼みはひとりでも多いほうが良いに決まっている。
 もしもの話だが、飛雄が一与さんや美羽ちゃんにすら頼れないような、家族には打ち明けづらい悩みを抱えてしまったらどうするか。そのときは、家族意外の信頼できる相手が必要になるかもしれない。
 いざというとき、だれにも頼ることができないのは、あまりにもつらい。そのためには、私がいつでも助けてやるという姿勢を普段から見せて、飛雄も素直に助けてもらう心構えを持ってもらわないと成立しないはずだ。飛雄の頼る先の選択肢に、そもそも入っていなければ意味がない。
 私だけを頼れ、なんて極端な話ではない。選択肢は多く持っていれば時に役立つこともある。私が選択肢のひとつになれれば、それでいい。あくまでも"備えあれば憂いなし"という話だ。

「どんなときでも、困りごとをドンと受け止められる度量を持てるようにがんばります」
「ちょっと思ったのと違うんだよな……」
「まあ、今はこれでいいんじゃないか? なんかあれば、そんときにまた考えればいいだろ」

 ふたりは少し呆れた様子だが、私はアドバイスを突っぱねるつもりはない。人助けは自分に余裕がある前提で行うべきだと理解している。来年の受験を考えれば、他人のことばかり気にしていられないのも納得した。
 だから、勉強が苦手だからと避けるのではなく、今からでもしっかり準備を怠らず、受験に向けて備えようと思っている。ギリギリの状態ではない、いざというときに備え、余裕を持った自分でいるためにも。

「ありがとうございます。おふたりのアドバイスはきちんと受け取りました。これから身の振り方を考え直します」
「いや、こっちこそ説教臭くなって悪かった」
「いえいえ、色々お話してくれてありがたかったです」

 岩泉先輩には以前からお世話になりっぱなしだ。及川先輩も、初めはあまり良い関係性ではなかったが、今では次第に頼りになる先輩になりつつある。
 打ち解けた、と言えるかは正直わからないが、普通に会話できるようになっただけ先輩後輩としての関係は順調に進展しているはずだ。

「……千早ちゃんは真っ直ぐだね」

 及川先輩は含みのある顔で言った。私のなにがそう思わせたのか、やはり及川先輩の悩みは解消されていないのか、気にはなるが、聞ける雰囲気ではなかった。

「あ、私こっちなので、このへんで」
「そうか。気をつけて帰れよ」
「またね、桂ちゃん」
「はい。おふたりとも、ありがとうございました」

 私は頭を下げてふたりの背中を見送った。ひとつ年が違うだけなのに、不思議とその背中が自分よりも大きく見える。

 やっぱ三年生ってすごいな。
 年下を気遣える先輩とかカッケェ。

 来年のことを考えると、受験など頭の痛くなる話もあるが、私もふたりのように後輩を導ける三年になりたいと思った。

 そのためにも、勉強がんばらないとな。

 夏休みの宿題を早めに終わらせただけで満足してはいけない。今だけの夏休みを謳歌するのも大事だが、来年に備えると心を決めた以上、うやむやにせず本気でやるべきだ。帰宅して夕飯の下準備を終えたら、苦手な理数系の勉強に取りかかろうと私は決めた。
 こういうのは"明日から"じゃない。"今日から"の気持ちでやるのがいい。鉄は熱いうちに打て、だ。

 おっしゃ、やるぞー!

 私はひとり拳を握り締め、やる気の炎を燃やした。