帰還
「……あれ、」
ここは、どこだろう。
目を開けると、目の前には白い天井。嗅ぎなれない、真新しいシーツの香り。
覚醒したばかりの頭では状況を一瞬では把握できず、横になったままぼーっとしていると、ガラリ、とドアの開く音。
「あ、目が覚めたの!?」
声がした方に顔を向けると、部屋の入り口には見知らぬ女の人が立っていた。服装を見るに……女子高生かな。
こちらに駆け寄ってくると、大丈夫!?どこか痛いところは!?と色々質問攻めされ、戸惑っているとそれに気づいたのか女の人は苦笑いを浮かべてごめんねいきなり、と謝った。
「私は岳羽ゆかり。月光間学園高等部二年で、あなたのお兄さんお姉さんと同じ寮に住んでるの」
よろしくね。と手を差し伸べられたので私も手を伸ばす。握られた手に支えられ私はゆっくりと体を起こした。
「えっと……私は、有里汐、といいます」
「汐ちゃんだね、よろしく!」
ふと、あの夜のことを思い出した。不気味な雰囲気の街、立ち並ぶ棺桶、怪物、そしてあの不思議な力。
「私……あの時、」
「あーっと……色々と分からないことがあると思うけど……それはまた今度、説明するね。まだ、あなたも回復しきってないみたいだし」
岳羽さん、はあの不思議な夜のことや、怪物や力の事について何か知ってるみたいだけれど、今は教えてもらえないらしい。
この人も私と同じような力を持つ人…だったりして。
…あれ、そういえば
「あの、お兄ちゃんとお姉ちゃんは…」
「ああその二人なら、」
何故か苦笑いを浮かべた岳羽さんが言い終わらない内に、ガッターン!!と凄い音を立ててドアが開けられる。
そこには凄い剣幕をした私の兄、湊と 姉、渚がいて、凄い勢いでこちらに駆け寄ってきた。
「汐……!!」
「汐ー!!!」
「わっ」
飛び込んできた二人を支えられずベッドに勢い良く倒れる。
いきなり何するの!と文句を言おうとしたけど、言えなかった。
私に抱きついている2人の体が、僅かに震えていたから。
「汐、良かった…お前に何かあったら…僕は…!」
「汐…! うぅ…!良かった…本当に無事で良かったよ…ぐすっ」
お兄ちゃんはどこか苦しそうに顔を歪め、お姉ちゃんはとうとう泣き出してしまった。
そんな2人を強く抱きしめ返すと、ぴたり震えが止まった。
「……お兄ちゃん、お姉ちゃん、心配かけてごめんね」
もう大丈夫だから、と二人の背中をさする。
10年前、父と母は大きな事故で亡くなって、家族は私達三人だけになった。
お葬式には数少ない親戚の人達が来て、それぞれ私達に「災難だったね」「可哀想に」「でも子供達だけでも無事で良かった」なんて声をかけてくれてた気がするけれど、正直、まだ5歳の小さな子供だった私には目の前の現実を受け止めきれなくて、お葬式中のことはあまり覚えていない。
私達3人は、泣かずに無表情でお葬式に出ていたらしく、「親が亡くなったのに泣かないなんて、なんて薄情な子たちだろう」と影でひそひそ言われたことは何故か記憶にしっかり残っている。
「うっ……おかあ、さん…おとう、さん…!」
お葬式の後。親戚の大人達がこれから子供3人をどうするかで話し合ってた頃。私達3人は誰もいなくなった会場で、小さく固まっていた。
最初にお姉ちゃんが泣きだして、それにつられて今まで我慢していたお兄ちゃんも泣きだした。
二人の涙を見て、その時やっと私は、父も母も死んでしまったのだと、いなくなってしまったのだと理解して、二人と一緒にわんわん泣いた。
人が死ぬのは、いなくなってもう触れたり喋ったりできなくなってしまうのは、とても辛い事だと私達3人は身を以て知っている。
だから不安だったんだよね。私までいなくなっちゃったらどうしようって。
ごめんね。そしてありがとう。
涙目な二人と抱き合っていると、二人の後ろで岳羽さんが携帯を片手に気まずそうに声をかけてきた。
「あのー…感動の再会中の所悪いんだけど… 今桐条先輩から電話があって、理事長と一緒に二人に話があるから早急に帰ってこい、だってさ」
「ええー! せっかく汐と会えたのに!? 私今日汐の病室に泊まりたいー!」
「……僕も。話はまた今度、じゃ駄目なの?」
「駄目に決まってるでしょ! “早急に”って言われたんだから! ていうか、病院に泊まるとか無理だから! ほら、さっさと行くよ!」
やだやだと駄々をこねて私にしがみついて離れない二人を岳羽さんはなんとか引きはがして、「じゃあ、私達行くから。またね!」と私に手を振って部屋を出ていった。
「あ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
肩を落とし、仕方なく岳羽さんに次いで部屋を出て行こうとするお兄ちゃんとお姉ちゃんを少し呼び止める。
振り返った二人に、私は出来うる限りのとびっきりの笑顔で、
「ただいま!」
と言った。
二人は一瞬目を開いて固まった後、何故か顔を赤くしてぷるぷる震え、次の瞬間、
「「おかえり!! 汐!!」」
と二人も笑顔で、再び私に抱きついてきた。
再会出来たのが嬉しくて、自然と頬が緩む。微笑み合う。
私達兄妹は、こうして巌戸台に10年振りに三人揃って戻ってきた。
私たちにとって、忘れられない1年間を過ごすことになる、この全てのはじまりの街に。
その後。
いつまで経っても来ない二人に痺れを切らして戻ってきた岳羽さんに、再び引っぺがされるのは言うまでもない。
(まったくもう!)