君さえ


人生万事何とやら(アルベド)



 ――思えば、確かに彼には何かと目をかけてもらっているな、だとか、なんだか他の人よりも一段と優しくしてもらっているな、だとか、そんな自覚は薄らとあった。
 しかしそれは、私が数少ない彼直属の部下のうちのひとりであり、かつ、その中でも最年少と呼ばれるほどの若造であり、かつ、私が西風騎士団で最も出来の悪い錬金術師だからという前提が積み重なってこそのそれだと思っていた。あの幼い火花騎士と戯れている時の彼の姿を思い出すに、彼という人は人一倍優しく誠実で、面倒見のいい人だから。その質も相まって私のことを見捨てておけないだけだろう、と。
 そう思っていた。それ以外にありはしないと信じていたのだ。私は。少なくとも今日この日まで。

「……キミ、やっぱりボクに何か隠しているだろう」

 問い詰めるようなその声に、私は思わず左足を後方へと撤退させた。しかしその歩みは背後に佇む大きな大きな本棚にいとも容易く遮られ、勢い余った後頭部が分厚い書物の背表紙に頭突きをするだけに終わってしまう。一方背中はと言えば、もう随分と前に本棚へ張り付いたきり、その隙間をゼロにしたままだ。
 それでもなお、往生際の悪い私の逃亡精神は背中を必死に本棚に擦り付け、目の前に迫るレモンシフォンとパライバトルマリンの鮮やかさから精一杯の距離を取ろうとした。とはいえそれもたったの数ミリ程度の抵抗にしかならず、向こうから距離を詰められてしまえばもうどうしようもない。

「あのあのあの、あの、ちか、っ近いです!」
「キミが逃げようとするからだよ。解放されたいのなら、早く教えてくれないか。キミに何があったのか」

 動揺やら怯えやら羞恥心やらに苛まれ、一体どこに感情の焦点を合わせればいいのかも分からない私に対して、彼はいっそ恐ろしいぐらいに静かな声色でそう問いかけてくる。表情だって酷く凪いでいて、一見すればいつもの彼と変わった点はないようにすら見えるほど。

 けれど、私には確かに分かった。彼が、これまでにないほど『怒っている』ということが。

 私よりほんの少しだけ上にある彼の視線が、痛みを覚えるほど真っ直ぐに私を見つめている。その距離わずか十数センチ。
 背中を本棚に、目の前を彼に塞がれた私の左右はと言えば、しっかりと彼の腕によって閉ざされてしまっていて。逃げる宛などひとかけらも見つからない現状に、私の思考回路はただひたすら空回りを続ける。そろそろ最後の糸も焼き切れてしまいそうだ。

 ……はてさて。では、そろそろこの現状に至った経緯を説明しよう。

 視界の隅、彼の頭上にずっと存在を主張し続ける赤い色があんまりにも鮮やかで、眩しくて、よりいっそう頭がくらくらとした。

  ***

 全ての発端は数時間前、今日の昼下がりのこと。
 今日の私に言い渡された任務は、『ダダウパの谷に大きなヒルチャールの集落が形成されたとの報告が入ったため、その様子を調査してくるように』というもの。下っ端の下っ端にはお似合いの任務に、仕事があるだけマシだという精神を持つ私は一も二もなくいいお返事で答えた。
 そうして訪れたダダウパの谷。ペアを組んだ私よりひとつ上の先輩隊員と共に、木陰から件のヒルチャールの巣を観察、記録、そして速やかに帰還……する手筈となっていた、のだけれど。
 資料にペンを走らせる先輩隊員の隣で私がヒルチャールの数を数え終えた直後、突如として私たちの目の前にアビスの魔術師が姿を現したのだ。それも、水元素を操る者と氷元素を操る者がペアを組んで、というあまりにも最悪な状況で。
 数だけを見れば2対2だが、相手は元素でシールドを張ることが出来、さらにはそれぞれの元素力で凍結反応を起こすことまで出来てしまう。一方こちらはといえば、神の目を持つのが私だけであり、かつ、それで操る元素も『水』であるという何とも不利な戦況。
 先輩隊員も腕は立つが、神の目なしでアビスの魔術師を相手取るのはかなりの困難を極めるだろう。となれば、私たちがとる選択はただ1つ。撤退だ。
 効かずともひとまず元素力を使うことのできる私がヒルチャールからの攻撃をいなしつつ、大急ぎでモンド城めがけて走る。アビスの魔術師たちも馬鹿ではないので、そう長距離を追いかけてくることはないはず。経験則からくるそんな確信もあった。
 そんな思いが気の緩みを生んだのだろうか。今となってはその時の詳細もよく覚えていないが、木の根に足を取られてたたらを踏んだ私は、その隙を突いたアビスの攻撃を受けてしまったのだ。
 鋭く尖った氷の塊が私の脇腹を掠め、鮮血を散らす。直後鋭い痛みが私を襲ったが、そこで足を止めるわけにはいかない。先輩隊員の声に大丈夫だと叫んで、私たちは必死に走り続けた。
 その後は予想通り、風立ちの地近くに辿り着く頃にはアビスによる追撃も途切れ、私たちは何とかモンド城まで逃げ遂せることができた。しかしまあ、腹部に深くはなくともそれなりの怪我を負い、そこから血を流しながら走り続けていた私の身体には限界が訪れていたらしく。城門を潜った直後に意識を失い倒れた私は、先輩隊員によって騎士団へと運び込まれ、治療を受け、そして今からほんの小1時間前までぐうすかと寝こけていたのだ。我ながら、何とも貧弱がすぎてほとほと嫌気がさしてくる。
 ちなみに、意識を失った前後のことは、私が目覚めたという知らせを聞いて医務室へ慌てて駆け込んできた先輩隊員から聞いた。かなり心配させてしまったらしく、無事な姿を見せると滝のごとく涙を流されてしまったのだが……その話はまあいいだろう。
 冒頭の状況に私が陥るまでには、ここからまだ少しばかり『色々』とあったのだ。その『色々』について端的に言えば、そう、――目覚めた直後から、何故か私は、人の頭上に『ハートマーク』が見えるようになってしまっていたのだ。

 ……これだけでは何を言っているのか分からないだろうから、さらに解説を加えよう。

 私がそれに気づいたのは目覚めた直後。私の容態を見てくれていた祈祷牧師のバーバラさんの姿を見た瞬間のことだった。
 私の目覚めを喜び、容態を伺ってくれる彼女に何とか答えながらも、私の視線は彼女の頭上にばかり向かう。それもそのはず、何故ならもう既にそこには存在していたからだ。大きさにして私の握りこぶし程度の、淡く愛らしいオレンジ色をしたハートマークが。

 え……ナニコレ……?

 その瞬間の私の心の声がそれである。それを声に出さなかっただけよかったと思って欲しい。いや、もしかすると、視覚の異常としてその時に彼女へ申し立てていた方が本当は良かったのかもしれない。かもしれない、が、私も寝起きかつ予想外の事態に堪らなく混乱していたのだ。
 身体自体にはもう既に痛みも倦怠感もなかったため、バーバラさんは私にしばらくの安静を言い渡して医務室を後にしていった。そして、その数分後に先輩隊員が飛び込んできて——その頭上にも先ほどバーバラさんの頭上に浮かんでいたものと同じ、……いや、それよりひと回りほど大きなオレンジ色のハートマークが浮かんでいたのを見た瞬間、どうやら自分の頭がおかしくなってしまったようだということを私は理解した。恐らく、きっかけはあのアビスから受けた攻撃だろう。その攻撃自体にこの効果があったのか、それともその後の失血等によってこうなったのかは分からないが。
 ひとまず、このハートマークが一体何であるかを知らねばならない。そう判断した私は、心配げな様子の先輩隊員を宥めてベッドから立ち上がり、その足で医務室の外へと足を踏み出した。

 ハートマークは例外なく全ての人の頭上に存在しており、その色や大きさは様々。推測するに、恐らく色はその人が私に向けた感情の種類を、そして大きさは、そのままその感情の大きさを表しているらしい。というのも、私と普段から仲良くしてくれている人の頭上には、平均して私の拳大程度のオレンジ色のハートが、言葉を交わしたこともない誰かの頭上には、とても小さな白いハートが浮かんでいたからだ。
 他にも緑やら紫やら黄色やらとバリエーションは豊かだったが、その辺りの意味する感情はいまいち読み解けなかった。出来ればあまりネガティブなものでなければいいなと思う。今後の私の人間関係における心の安寧のために。

 はてさて。ここまでの内容を纏めれば、今のところこの異常が特別何かに支障を来すことはなさそうだと推察できる。とはいえ、流石にこれがずっと、となると私も次第に気が滅入ってしまうだろう。人の心の中なんて読めない方がいいに決まっているのだから。

 ひとまず、今日はもう研究室に引きこもって、明日もまだこれが続くようならもう一度バーバラさんに見てもらうことにしよう。

 そう結論付けた私は、なんだかどっと疲れが襲ってきた身体を引き摺って、私の上司であるアルベド隊長にと宛がわれた錬金術研究室へと向かった。部下である私にも、その場所を自由に使って研究をする権利が与えられているのだ。恐れ多いことだが、とてもありがたい。大変不純ではあるが、こういう時の逃げ場所にもなってくれるのだから。
 そうして研究室に籠もった私は、アルベド隊長から渡された錬金術の教科書に目を通して現実逃避をしていた。人に会わなければ、この異常に向き合う必要もないからだ。

 ――……そんな私のいる研究室へ何やら慌てた様子のアルベド隊長が勢いよく飛び込んできたのが、今から数分前のこと。私が教科書を読み始めてから十数分後のことだった。

「あれ、アルベド隊長? どうしたんですか、そんなに慌て——…」

 て? と私が言い切るよりも早く、珍しくも息が上がっているらしい彼が、目にも止まらぬすさまじい素早さで私の目の前へと歩み寄ってきた。どうもただ事ではなさそうなその様子に、私は思わずぱちぱちと瞳を瞬かせてしまう。
 ソファに腰かけた私と、そんな私を見下ろす彼。落とされたのは数秒の沈黙。

「……キミが、怪我をしたと、聞いて」
「え、ああ! あー、あはは。はい。今日の任務中に少しヘマしちゃいまして……」
「意識を失った、とも」
「脇腹をやられて結構出血していたので……とはいっても、怪我自体はたいしたことなくてもう塞がっていますし、貧血も問題なしの健康体です!」

 なるほど、どうやら彼は部下が怪我をしたと聞いて慌てて様子を見に来てくれたらしい。確か彼は今日、素材集めのために風流廃墟へ向かっていたはずだというのに。わざわざそんな遠い距離を……と思うと、彼の優しさに触れると同時、心臓のあたりがなんだか酷くくすぐったい感覚に襲われる。
 いやはや本当に、私はいい上司に恵まれたのだな。
 そんなことをしみじみと噛みしめて、私はそんな彼を安心させるようにへらりと笑ってみせる。貧弱ながらもしぶといことが私の唯一の取り柄なのだ。
 すると、そんな私の呑気さに彼も安堵してくれたのだろう。ひとつ瞬きを落としたパライバトルマリンから焦燥の色がじわじわと抜けていき、小さな吐息がひとつこぼされる。

「…………そう、か……」

 相変わらず彼にしては珍しい様子が垣間見えることに、私の中でちょっとした好奇心が芽生えた。とはいえ、まさか上司を好き勝手に観察するわけにはいかない。その思いを必死に抑えるべく、私は視線を自らの膝へと落として耐えようとした。
 と、その時。


「――……良かった」


 その響きが微かに震えているように聞こえたのは、私のただの気のせいだろうか。聞き間違いだろうか。その判断を下す間もなく、膝に置いていた私の両手が誰かの手によって攫われて行く。誰か、なんてこの場所にいるのは私以外にたった1人だけ。

「アビスの魔術師の攻撃には、後々人体に影響を及ぼす魔術が籠められていることがあるそうだ。怪我以外に何か身体に異常はないかい?」

 ソファに座った私に視線を合わせるべく、彼がその場に膝をついた。私の両手は、彼の両手に包み込まれたまま。
 彼の言葉を聞きながら、私は視線を揺らす。ああ、そう言えば私、確か人の頭上に——…
 この瞬間まで意識の外に追いやられて半ば忘れかけていたことを、私はふと思い出した。彼がここに飛び込んできてからは、それに対する驚きもあってさらにその存在感は薄く、まだ私は彼の頭上にある『それ』の姿を確認していない。
 どうしよう、『それ』があんまりにも小さなものだったら。『それ』が何かネガティブな感情を示す色をしていたら。そんな不安に駆られながらも、視線の上昇は止まらない。知りたくはないけれど、やっぱり知りたい。多分、そんな思いが原動力となっていた。

「……キミ? どうしたんだい?」

 息を呑む。
 襲いかかってきたのは世界が止まったかのような錯覚。頭をハンマーで殴りつけられるぐらいの衝撃。それは、今日アビスに攻撃を受けたあの瞬間に感じたそれよりもいっそう強い力で私を混乱の渦へと突き落とした。
 何故なら私の目の前に輝く色彩が、その大きさが、その鮮やかさが、あんまりにも。……あんまりにも、私の予想をはるかに超えていて。

「――まさか、何か異常が?」
「……っ、いえ、何もありません!!」

 その問いかけを鼓膜に受けた直後、私は弾かれたように回答を飛ばした。今思えば、その反応はあからさまに「何かあります」と言っているようなもので、過去の自分の失態に苦虫がもう何十匹も奥歯に噛みつぶされて行ったところだ。

 いや、だって、そんな。

 彼の表情が怪訝を露わにしていく様を眺めながら、私は必死に思考回路を回し続ける。けれど、血の気が引いたり頬が熱くなったりと忙しない身体状況によって、それもあっという間にショートしてしまった。

 ……赤い色を、していたのだ。
 それは、私が『こう』なってから初めて見た色彩。加えてその大きさはと言えば、彼の頭よりもやや大きいぐらいのもの。いや、いやいやいや、一体何だこれは。聞いてないのだけれど。

 赤と言えば、一体何の色だろう。
 オレンジは恐らく、友愛や親愛といった感情を表していた。ならば、それよりも強く鮮やかな赤は?
 怒り、だろうか。ふとそんな考えに至ったけれど、まさかこんなにも強く大きな怒りの感情を彼が私に向けているとは考えにくい。彼をそんなにも怒らせるようなことをした覚えは……多分、恐らくない、はずだから。

 となれば、他には?

 実は、怒りよりも早く私の頭の中に提案された回答案がひとつある。けれどそれはあまりにも信じがたい内容であって、私の中の猜疑心が、がんがんと警鐘を鳴らしてそれを否定しようとしているのだ。

「……何もないという反応ではないね」
「イエ、ホント、ホントウニ、ナニモナイノデ!」
「キミは、そろそろ自分が嘘を吐くことに向いていない人間であることを自覚した方がいい」

 す、と目を細めた彼に背筋を戦慄させながらも、まさかこんなことを彼へ馬鹿正直に伝えられる訳もない私は必死に彼から逃げようとする。だがしかし、もちろん彼がそれを見逃してくれるはずもなく。
 ソファから勢いよく立ち上がり研究室の出入口へと向かおうとした私の前に、彼が立ち塞がる。そんな彼を押しのけることなど出来るわけのない私は、場に窮するあまり逆方向の部屋の奥へと逃げた。そしてそれを追いかけてくる彼。出入口のひとつしかない部屋の奥へと逃げ込めば、その先に待ち構えている結果など『袋の鼠』一択であって。

 ――つまり、ここでようやく冒頭に戻るというわけだ。

 本棚と彼に四方を囲まれた私は、絶体絶命のこの状況に目を白黒、頬を赤青とさせて大忙しの大混乱。その点についてはもう何も言わずとも良いだろう。だって、今まで自分のことを部下として大切にしてくれているだけだと思っていた相手の頭上に、こんなハートマークが見えてしまったのだ。混乱するのも困惑するのも必定、と言ってもきっと過言ではないはず。

「……」
「黙っているばかりでは何も分からないよ。……もう一度聞こうか、『一体キミに何が起きているんだい』?」

 無表情はいつも通りだけれど、それでも普段は確かに纏っているはずの穏やかさを全てかなぐり捨てた彼が、静かに静かに私を詰問する。今思えば私が彼に隠しごとを隠し通せた覚えなど一度もないのだけれど、今は隠し通さねばならないという謎の使命感が私の背中を押していた。
 口を噤んで俯く私に、彼が小さなため息を吐く。実験中の不手際を注意された時以上にそれが恐ろしくて、恐ろしくて、肩が微かに震えた。理由は何であれ、彼に呆れられたり見放されたり嫌われたりすることは、私にとって堪らなく『怖い』ことなのだ。
 でも、けれど、こんなのおかしい。だから。

「――……ねえ」

 彼に向けた私の頭頂部から右側頭部にかけてを、何かがするりと撫ぜていくような感覚。それが寄せられた彼の頬であると私が理解出来てしまったのは、直後に囁かれたその声が、私の耳元すぐ近くに紡がれたものであったから。
 ぞわぞわと身体がわななく感覚に息が詰まる。かっと頬に集まる熱がその温度を急上昇させ、ともすれば今にも溶け落ちてしまいそうだった。


「答えて」


 私は、彼のその声にたいそう弱かった。
 子どものように駄々を捏ねたくなる自分をなんとかいなし、もう逃げ道はないようだと胸中に諦めを落とす。けれど、白旗を掲げるその前に。これだけは聞いておかなければいけない。
 ようやく腹を決めた私は、震える唇を開いて彼に問いかけた。彼の吐息によって髪先が揺れる度に心臓が発する、何とも奇妙な悲鳴を鼓膜の傍に聞きながら。

「どうしてそんなに、気にするんですか」

 だって私、貴方のただの部下ですよ?
 それを相手取るにはどうも過保護が過ぎる彼への、様々な思いを込めたその問いかけ。答えは、数秒も置かずに私へと与えられた。

「『好きな人』のことを心配する、というのは至って正常な反応だろう? キミはボクの好きな人で、部下で、とても大切な存在だ。だから、キミの身に何かあれば不安になるし心配する。何もおかしくはないはずだ」

 だから。ねえ、教えて。

「……キミに何かあったらと思うと、心臓のあたりが落ち着かなくなるんだ」

 絞り出すようなその声に、私はもう、全て全てを理解して諦めて放り投げた。なんだそれ。なんだ、それ。からから、からから。何かが転がり砕けて割れる音。けれどそれは、決して悪い意味のそれではない。
 崩壊しきった思考回路と放心した胸に残されたのは、酷く単純かつ明快な『答え』だけ。それにつけるべき名前も容易く見つけてしまった私は、言葉に出来ない感情に駆られるまま、すぐ近くにあった彼の肩口へと額を摺り寄せた。その瞬間微かに彼の身体が震えたことが、ほんの少しばかり私の心を宥めてくれる。とはいえ、全てを飲み込むにはまだしばらく時間がかかりそうだ。

 ……いやはや、まさか敵からの攻撃がこんな結果を導くだなんて。一体誰が予想していただろう。少なくとも私はひとかけらだって予想していなかった。

 痛みの残滓すらない脇腹に、少しは痛みが残っていてくれたならと不謹慎なことを考える。そうすればきっと、いくらかましな思考回路が出来たはずだというのに。
 彼に言わなければならないことも全て全てが頭の中から弾け飛び、今の私に考えられることといえばたったのひとつ。


「……私も、貴方が好きです。アルベド隊長」


 ただ、ただ、それだけだった。


2021/1/23

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