君さえ


欠けた記憶と愛しき温度(ttg/魔トカゲ)


※捏造ご都合主義/ネームレス


 酷く、優しい夢を見ていたような気がする。

  ***

 目覚めた視界が映したその世界には、どこか既視感があった。懐かしくて、愛おしくて、叶うのなら今すぐにでも帰りたい場所の景色。瞬きの間に少しずつ薄れ消えていった記憶の残骸と、現実に残った、薄暗く冷たい空気に満たされた場所。こぽこぽと水中で気泡が踊る音だけが、静かなその世界に響いていた。
 どうやらソファに座ったまま眠ってしまっていたらしい。固まった体を身じろがせれば、肩口から何かが落ちていく感覚。それに視線を落とせば、膝に一枚のブランケットが落ちていた。
 それを手に持ち上げ、眺めて、数秒。
 ようやく私は自分が眠る前に何をしていたのかを思い出した。
 はっ、と我に返ったかのように部屋の中へ視線を巡らせる。棚に並ぶホルマリン漬けに、乱雑なように見えて、実は規則的に置かれている分厚い本や文献たち。実験台の上の器具はいつでも使えるようにと磨きあげられている。
 実験室と名付けられるだろうその部屋のなか、息づく生命は私と、───彼だけ。

「……ああ、起きたのか」

 きい、と彼の腰掛けていた椅子が音を立てた。肩越しにこちらを振り返った彼は、どうやら何かの文献を読んでいたらしい。

「……すみません。すっかり寝こけてしまってました……ブランケットまで……」
「構わない。それはもともと君が私にかけてくれたものだ」

 静かな声。落ち着いた優しさ。人とは到底思えぬ姿から発せられるそれらが、どうしてかこんなにも私の心を締め付ける。

「ありがとうございます。……だめですね、ここにいるとなんだか落ち着いてしまって。ご迷惑をおかけしてすみません」
「……君も研究者だったか」
「ええ。とは言ってもただの助手でしたが。……ここは私の勤めていた実験室によく似ていて」

 思い出すのはあの場所で過ごした日々のこと。好奇心の赴くままに学び、考え、確かめることのできる場所。……けれど、私にはその日々の中にひとつ、欠けた記憶があった。
 私がこの場所にきた理由も、それ。
 けれど、それを彼に言う理由もない。たとえ彼に、あの場所での優しさと温もりを感じさせられたとしても。

「……気に入ったなら、いつでもここに来ればいい」
「……え、でも」
「研究の邪魔さえされなければ、私は気にしない」

 本を机の上に置いた彼が、立ち上がりこちらへと歩み寄ってくる。そして私の目の前に立ち、鋭い爪と硬い鱗を携えたその手を私へと伸ばした。

「……私も研究者だ。気持ちはわかる」

 その瞳に宿った感情は、一体何だろう。私に分かったのは、ただただ、彼が優しいということだけ。
 欠けた私の記憶が、脳裏に疼いたことだけ。

 ***

 すぐそばに誰かの体温を感じた。こんな感覚を味わうのは、一体何時ぶりのことだろうか。
 ゆっくりと瞼を開けば、自分の肩口に凭れ掛かるその人の姿が視界に映った。
 サバイバーとして最近この荘園にやってきた彼女の姿と、自分の肩にかけられたブランケット。元研究者である彼女が時たまこの場所へ顔を出すことも合わせて考えれば、この状況に至った経緯にもすぐに思い至る。
 冷たい爬虫類のそれとなった自分の肌を、柔らかな彼女の髪先がくすぐる。布越しに伝わる体温はとても優しい。
 きっと本来ならすぐに起き上がって、彼女にブランケットだけをかけて離れることが正解なのだろう。ハンターとサバイバーという二人の関係に則して振る舞うのなら。
 ───けれど、
 彼女にすり寄った身体は、ただ寝ぼけた頭が温もりを求めただけ。そういうことにしておこう。ここにいるのは、二人だけ。これを知るのは、この世界に彼ひとりだけ。
 穏やかな彼女の寝息が聞こえる。
 体温が、鼓動が、確かにそこにある。

 馬鹿な子だと思った。
 けれど、それ以上に愛おしいと思った。

「……私を探して、こんな所にまで来るなんてな」
 
 君は私の記憶を、忘れてしまったというのに。


2019/12/9
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