君さえ


五条生誕祭2019(juju/五条)


※捏造ご都合主義/ネームレス生徒夢主


「12月7日といえば?」

 そう問いかけられて、人はまず何を想起するだろう。クリスマスツリーの日。アポロ17号が打ち上げられた日。与謝野晶子の誕生日。エトセトラ、エトセトラ。その日を指し示すものも、人も、出来事も、人によって様々だ。
 私にとって、12月7日という日を定義付けるのはたったひとつの出来事。たった1人の存在だけ。今日はそんな12月7日についての話をしよう。

 1日ももう終わりに差し掛かる23時過ぎ。私は呪術高専学生職員寮の共用スペースで、ひとりぼんやりと壁にかけられた時計の針を見つめていた。
 ソファの上で膝を抱えた私の隣には、茶色の紙袋がひとつ。その紙袋には、シンプルではあるが確かな装飾が施されている。
 今日、12月7日は私の担任教師である五条悟の誕生日だ。そして、私が今脇に携えているこれは、私の個人的な彼への誕生日プレゼント。
 彼が今日、朝から夜遅くまで仕事に出るということは彼自身が以前から何度も何度も私たち生徒にぼやいていたから知っていた。誕生日に丸1日仕事なんて酷いと思わない? といつもの軽薄なテンションで生徒にだる絡みしていた彼の姿は、まだ記憶に新しい。確かに誕生日に仕事尽くしというのは哀れみに値するが、そう言っても彼はいち社会人。グダグダ言ってねえで働け、と真希ちゃんは彼を蹴っ飛ばしていた。
 一応、後日私たち生徒で彼の誕生日会を開こうと画策はしているのだが、私はそれとは別に、出来れば当日、彼に言葉とプレゼントを贈りたかった。その理由は様々あるが、表向きは「いつも人一倍お世話になっているから」ということにしておいてもらいたい。
 さて、そんなこんなで彼を待ち続け時刻は深夜。正直彼が今日ここに帰ってくるかも不透明であるし、迷惑かもしれないだとか、怒られるかもしれないだとか、そういうじめじめした感情も勿論ある。でも彼を待ちたいという思いには逆らえないし、感情も身体も、もう理性の声を聞いてはくれない。若さゆえの衝動性だと許してもらいたい。彼ならそれも許してくれるだろうと言う甘い期待もあった。
 はてさて、そうは言っても、明日も授業は変わらず存在する。学業を疎かにしては担任教師である彼に迷惑がかかってしまい、それはあまりにも本末が転倒しすぎている。日付が変わったら、大人しく部屋に戻ろうと、そう自らに決めた時だった。

「あ───、つっかれた!」

 ばたん、と共用スペースと廊下をつなぐ扉が手荒く開け放たれ、それとほぼ同時に聞き慣れた声が私の鼓膜を震わせる。突然のことに、悲鳴こそ上がらなかったが身体は過剰なくらいに飛び跳ねた。

「……って、まだ起きてたの?」

 ソファに座ったまま視線をそちらへ向ければ、彼もこちらに視線を向けていて。それぞれ違う驚きを宿した瞳がぱちりと交わった。

「あー、えっと、お、お疲れ様です……?」
「うん、ただいま。明日も授業でしょ? こんな時間まで起きてていいの?」

 その唇にどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼はその長い足でこちらまで歩み寄ってくる。
 待っている間はあんなにも彼が帰ってくるのを待ち遠しく思っていたのに、いざ彼を前にすると言葉が上手く出てこなくなる。あー、だとか、うー、だとか、そんな意味をなさない音だけが私の唇からこぼれ落ちて行った。

「あ、もしかして僕が帰ってくるの待っててくれたとか?」
「……」
「その反応は図星かな〜?」

 彼に鋭く事実を言い当てられてしまい口を噤んだ私に、彼は何やらにやにやと笑みを深めている。目隠しで目元こそ見えないが、きっと今彼の瞳は腹が立つくらいに弧を描いていることだろう。
 じわじわと頬が熱くなるのを感じる。彼とこれ以上向き合っていると余計なことまで口走ってしまいそうで、私はばっと勢いよく立ち上がった。

「お誕生日、おめでとうございます! おやすみなさい!」

 早口にそう言って、立ち上がった勢いのまま紙袋を彼に押し付ける。そして彼の返事を待つこともなくその場を立ち去ろうとした。……の、だが。

「はーい、ストップ。言い逃げは良くないと思うなあ」

 背丈もリーチも素早さも運動神経も、全てにおいて彼に劣っている私がそう易々と彼から逃げ切れるわけもなく。後ろから腰周りに腕が回され、そのままひょいとまるでぬいぐるみかなにかのように体を持ち上げられた。ぐ、と腹部に圧がかかって私の口から情けない悲鳴があがるが、彼はそんなもの知らないとでも言うように私の体を好き勝手に持ち運ぶ。

「ちょ、せんせ、! 離して……!!」

 私の腰から下腹部あたりに腕をぐるりと巻きつけた彼は、私を道ずれにしたまま先程まで私が座っていたソファに腰掛けた。つまり私もソファに座ることになるわけで。さらに詳しく言えば、それは彼の膝の上で。腰や背中に感じる彼の体温に、ぶわりと自分の温度が上がるのを感じた。

「さーて、中身は何かなー?」

 ばたばたと腕の中で抗議に暴れる私など気にもとめず、目隠しを首まで下ろした彼は、鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌にガサガサと紙袋の中を漁っている。その中からまず取り出されたのは、群青色のラッピング袋。その封をする銀色のシールはいとも容易く彼の指先に剥ぎ取られ、そして私が用意した『プレゼント』が彼の目の前に現れた。
 
「……マフラー」

 彼の手に収まったそれは、黒地に銀の糸で刺繍が施されたマフラー。手触りもよく、デザインも彼にぴったりだと衝動的に用意したものだ。
 それをただ静かに眺めている彼に、私は抵抗をやめて唇を開いた。視線はどうしてか彼を捉えていられなくて、明後日の方へ。

「……先生いつも全身黒ずくめだから他の色の方が良かったかもだけど、……やっぱり先生には黒が一番似合うから」

 もう随分寒くなったし、これからもっと寒くなる。だから彼が少しでも寒さをしのげるようにと、そんなことも願ってみた。
 ああなんだこれ。恥ずかしい恥ずかしい。もう私の目標は全て達成した。時刻ももうすぐ零時。さっさと退散してさっさと寝てしまおう。

「先生、私、」

 もう寝ます、の声は彼の言葉に儚くもかき消されてしまった。

「ねえ、マフラーをプレゼントする意味って知ってる?」
 
 は、と咄嗟に唇からこぼれた疑問の声は、乾いた空気に掠れてしまう。見上げた先で、彼の瞳がにっこりと笑っていた。整った造形によって構成されたその笑みは完璧なまでに美しく、そして残酷な程に妖しかった。

「……し、知りませんけど。意味なんて有るんですか……?」

 何だか嫌な予感ばかりが募って、それでも聞かない訳にはいかないだろうと私は恐る恐る彼に問いかける。そうすれば彼の瞳はさらにその不吉な笑みを深めた。

「じゃあ、先生が教えてあげよう」

 耳元すぐ近くで紡がれる囁くような彼の声が、私の鼓膜を突き抜けて脳まで揺らす。ぞわりと背筋が震えたのは、一体何故か。

「まあ意味といっても幾つかあるんだけど、……定番どころからいこうか」

 彼の腕は、まだ私を拘束して離さない。

「『あなたに首ったけ』」

 耳を塞ぎたいのに、身体が言うことを聞かない。

「『あなたを束縛したい』」

 視界の先で、空色が揺らりと溶けた。

「最後は───」

 紡がれた言葉の意味を理解した瞬間、私の思考回路は儚くも大破した。

「〜〜〜〜! っそれ! セクハラ! ですから!」

 ばっと勢いよく彼の腕から逃れようと暴れれば、意外にもすんなり私の身体は開放される。それに意表を突かれることすら、余裕が無い今の私にはできなかった。きっと、顔は茹でダコやトマトと見間違うほどに赤く染まっているのだろう。
 その証拠に、元凶である彼は笑みを崩さず私を見つめている。何なら今にも腹を抱えて笑い転がり始めそうなほどだ。

「あー! もう! おやすみなさい!」

 怒りやら恥ずかしいやらで感情が落ち着かない私は、こうなれば撤退しかないと、半ば叫びながら彼にそう言い捨てた。踵を返して、足早に共用スペースを後にする。
 背中に飛んできた「おやすみ」の声はまだ笑いに震えていて、でも、それでも酷く優しくて。また心臓が変に泣きわめいた。

 時刻は深夜零時を回った頃。
 彼のせいで、今夜もろくに眠れそうにない。



2019/12/7
HAPPYBIRTHDAY五条悟
生まれてきてくれてありがとう

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