君さえ


きみはぼくだけのものだから(juju/五条)


※捏造ご都合主義/ネームレス


 嫌いなものがある。

 世間体やら伝統やらそんなどうでもいいことばかり気にする老人。保身ばかりを求める老人。主語のでかい老人。要約すれば、つまりはこの呪術界の上にのさばっているくそみたいな老害たち。
 正直そんな奴らの呼び出しになんて応じたくはないが、無視すれば無視したでまた面倒になるのも事実。仕方ないから顔だけ出してさっさと帰ろう。ついでに適当に煽って。そんなことを考えながら、五条悟はとある建物の中を歩いていた。

 目的地に続く廊下を進めば、やがて見えてきたのは変な装飾が施された趣味の悪い扉。五条はふと、その扉の前に誰かが立っていることに気づく。
 後ろ姿だけでもすぐにわかった。なぜなら彼女は五条の高専時代の同級生で、現在の同僚でもあるその人だったから。
 声をかけようと、五条は右手をゆるりと空に掲げた。けれど、発する声は音にはならない。視線の先で、彼女はおもむろにこちらを振り返ったから。───彼女の頬を、透明な雫が流れ落ちていたから。
 世界が時を止めたような錯覚。
 ぴたりと止まった五条の目の前で、彼の姿を認めた彼女ははっと目を見開いた。そして慌てて目元を拭い、何事もなかったかのように五条へ笑顔を作ってみせる。へらりと力のない間抜けなその笑みに、腹の底がかっと熱くなった。
 考えなくても、彼女が泣いている理由なんてすぐにわかる。きっと例のくそ老害共に余計なことを言われたのだろう。
 五条のような強さも、後ろ盾も、口の達者さもない彼女は、立場だけはご立派なあんな奴らにも反論できず、言われるがまま、されるがまま。それが酷く五条の神経を逆撫でた。

「……五条も呼び出し? 大変だね。私は今ちょうど終わったから、───」

 だから、五条は彼女の言葉も聞かずその腕をとったのだ。目を見開いた彼女に何を言うこともなく、五条はそのまま彼女の手を引き歩き出す。向かう先は扉の向こうではない。

「え、五条、呼び出しは……!?」

 建物を出て、歩いて、電車に乗る。呼び出しなんてどうでもよかった。それよりも、今自分の目の前にいる彼女の方が、五条悟にとっては重要だったから。
 最初はうるさく抗議していた彼女も、やがてはその口を塞いでしまった。五条が彼女を振り回すのは今に始まったことではないし、彼女が五条に振り回されるのも今に始まったことではない。
 電車に揺られながら外を眺める彼女の横顔を、五条は目隠し越しに眺めた。

 電車がたどり着いたのは、夕焼けの広がる浜辺。水平線の向こうに沈んでいく夕日が、視界を優しく橙に包み込んだ。

「海だ」

 五条の隣に並び立った彼女は、五条と同じ光景を眺めながら、確かめるようにぽつりと唇を震わせた。丸く見開かれた瞳に、ゆらゆらと太陽が揺れている。
 その瞳が映す世界は、きっと五条が見るそれよりもずっと美しいのだろう。
 海を見て喜んで、嬉しそうに笑う彼女。ころころと変わるその表情に、波立っていた五条の感情も気がつけば穏やかに落ち着いていた。
 五条が苛立っていたのは、彼女が弱かったからじゃない。老害たちが彼女を泣かせたから、でもない。

 彼女を泣かせたのが、自分以外の誰かだったから。

 ───彼女の感情を、表情を、心を、動かしていいのは、自分だけだ。

 それを恋と呼んでいいのか、愛と呼んでいいのかは五条には分からない。こんなにも歪んだ感情を、彼女という“きれいなもの”に向けていいのかも。
 でも、五条にとって彼女という存在が、もう手放すこともできないものだという事実だけは確かだった。

 沈みきった太陽と、それが残した光の残骸。次第に群青に染まりゆく空を、二人並んでただ静かに眺める。
 隣に佇む彼女の小さな手のひらに触れることが、何故か五条には出来なかった。

「……ありがとね、五条」

 ぽつりと世界に転がり落ちたその言葉は、隣の小さな影から放たれたもの。彼女にとってこれは、五条がただ彼女を元気づけようとしただけのものに思えたのだろう。確かに、それも嘘ではない。けれど、それだけが全てでもない。

「どういたしまして」

 しかし、それを五条が彼女に教えてやる道理も、理由も、意味もない。こんなもの、彼女は知らなくていい。

 彼女の視界に映る世界は、ただ綺麗であればいい。


2019/12/9
ツイッターにてフォロワー様に捧げた文

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