君さえ


もう一度はもう訪れないんだ(bnst/織田作/死ネタ)


※ツイッターでの #12のワードパレット タグで書かせていただいた文
※死ネタ/悲恋/現代文

ワード:哀愁07-夢と現/境界/もう一度


 夢と現の境界とは、一体どこにあるのだろうか。

 私が初めて彼に出会ったのは、薄暗い路地裏でのこと。借金の返済のためにと親に売られ、闇の世界を彷徨い続けたその果てで、生きる気力すら失ってただ空を仰いでいた私を彼が拾ってくれたのが始まり。
 彼は薄汚れた私を温かい風呂に入れて、そして美味しいご飯を食べさせてくれた。命を救ってくれた。だからせめてもの恩返しを、とポートマフィアでの彼の仕事を手伝った。最初は困った顔をしていた彼だったけれど、私が手を貸せば「ありがとう」と小さく笑ってくれた。彼は、私に生きる意味まで与えてくれた。

 都合のいいものが夢で、都合の悪いものが現なのか、はたまたその逆なのか。

 自分にまだこんな感情があっただなんて。驚いたけれど不快ではなかった。むしろそれは酷く温かくて、嬉しくて。きっとこれが恋と呼ばれるもので、愛と名付けられたものなのだと、私は理解した。
 彼の傍にいると心が落ち着いて、けれどもその代わりに心臓が少し早くなって。本当は一生隠しておくつもりだったのに、ある日ついに私は言ってしまった。「好きです」と、彼に伝えてしまった。彼を困らせたくなんてなかったのに。自分を恥じて、私は口を噤み地面を睨んだ。
 ──そんな私を、彼はそっと抱きしめてくれた。広い肩幅と、鍛えられた腕。体温。鼓動。呼吸。その全てが今までにないほど近くにあって。そして、大きな手のひらが私の頭を優しく撫でた。それが、彼の答えだった。私はもう枯れていたはずの涙を流しながら、彼の背中に縋り付いた。

 もしも前者だというのなら、私は現など見たくはなかった。

 恋を知って、愛を抱いて、そして私には夢が出来た。きっと誰もが「そんなことか」と笑うだろうけれど、私にとっては何よりも大切な夢だ。洋食店のおじさんがいて、子供たちがいて、彼の友人たちがいて、そして彼がいて。海の近くの小さな家で、小説を書く彼と、元気に駆け回る子供たちと、暮らして。私はおじさんに彼の好きなカレーの作り方を教わって。彼らと一緒に美味しいカレーを食べて。笑って。そして平和に。ただ、ただ平和に、

 ──こんな現など、要らなかった。

 生きていたかった、だけなんだ。

 耳を劈いたあの爆発の音が、今も耳から離れない。
 首に衝撃を受けて意識を失う直前に見た彼の表情が、聞いた言葉が、忘れられない。
 荒れた部屋の中に1人、私は佇んでいた。もう空は暗く、ばらまかれた星屑たちがちかちかと瞬いている。息を吸い込んだ。肺が冷えて、痛みすら訴える。ああ、痛い。喉が焼けるように痛い。息が苦しい。痛い。苦しい。

 ──ああ、私は生きているのか。

 それを理解した瞬間、私は慟哭した。誰もいない、冷え切った建物の中で、まるで獣のように叫んだ。今はもういないあの人たちのことを思って、泣いた。きっとこの涙が枯れることはないだろう。
 もし、都合のいいものが夢で、都合の悪いものが現だというのなら、一生覚めることのない夢を見させてくれ。

「ねえ、織田作、」
「私の幸せは、あなたなんだよ」

 もう一度、あの幸せな日々を、私に。


2019/5/31

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