激辛珈哩飯の日(bnst/織田作誕2020/悲恋)
※悲恋/捏造ご都合主義/ネームレス
人参、玉ねぎ、じゃがいも。そして今日は何となくそんな気分だから鶏肉。我が家で1番大きな鍋を取り出して、2連式コンロのうちの手前側に設置した。
プラスチック製の簡素なまな板の上に、最初はお前だと人参を転がし包丁を向ける。ヘタをとって、ピーラーで皮を剥いて、ひと口大の大きさに。切り終えたらそれを全部鍋に入れて、次はじゃがいもの番だ。
表面についた泥汚れを水で洗って、同じくピーラーで皮を剥く。芽は包丁の角で取り除き、こちらもひと口大に切りそろえる。意識して人参よりもいくらか大きめに切ったのは、荷崩れしてもじゃがいもの形が残ってくれたら嬉しいなという私の勝手な思いから。
じゃがいもも鍋の中に投入したら、次は、私にとって最大の天敵である玉ねぎと相対することに。いつも通りに冷蔵庫でしっかりと冷やしておいたのだけれど、はてさて今回は一体どうなることか。
頭とおしりを包丁で切って、手で皮をはぐように剥いていく。そこまでは大丈夫だった。
けれど、皮を剥き終わった玉ねぎに包丁を入れた瞬間、目頭がじわりじわりと熱くなり始めて。視界が濡れて歪む感覚に、私は思わずぎゅうと目を瞑った。これだから玉ねぎは嫌なのだ。どれだけ対策しても、どれだけ泣くまいと思っても、それら全てを無視して私を泣かせにくるのだから。
ぼろぼろとこぼれる涙を袖で拭って、私はもう一度包丁を握り直した。
玉ねぎの芯を除いて、ひと口大に。ぽたり、手の甲に小さな水たまりができたけれど、それも無視して、私はただただ必死に手を動かし続けていく。
そうしていないと、今にも泣き崩れてしまいそうだったから。
最後は鶏肉。皮が切りづらいので、これはキッチンバサミで少し大きめに切っていくことにする。
ぱちん、ぱちん。私1人だけしかいないキッチンに、ハサミの音が悲しく響く。
そうしている間にどうしてか部屋が突然冷え込んだような感覚に襲われて、暖をとるように爪先を重ね合わせた。微かに震えた唇を噛み締め、再び目元を袖で粗雑に拭って、切った鶏肉を鍋の中へ。
全ての具材が詰まった鍋へ油を回し入れ、玉ねぎがしんなりとするまで炒めていく。じゅうじゅうと奏でられる音も、野菜とお肉に火が通っていく香りも、全てがどうしようもなく私の食欲をそそった。
不意に、視線を玄関へ繋がる扉へと向けた。静かに佇むそれが、向こう側から開かれることはない。その向こう側から誰かが姿を見せることも、ない。
視線を鍋へ戻した。そろそろいいだろうか。水を加えて、具材に火が通るまで煮込む。煮込む。煮込む。
人参に箸が通るようになったら、一度火を止めて市販の珈哩粉を加える。売られていた中で一番辛さの強いものを選んだからか、刺激的なその香りが目にしみて、また涙がひと粒こぼれ落ちていった。
もう一度火をつけて、しばらく煮込む。全体的にとろみが出てきたら極めつけのガラムマサラを加えて、さらによく混ぜてやる。そうして火を止めたら、美味しい辛口珈哩の完成だ。
お皿にご飯をよそって、そこに珈哩ルーをかけて、食卓へ。
「いただきます」
手を合わせてそう言葉を紡ぎ、添えたスプーンを手に取った。
ひと口、食べる。辛い。とても、すごく、辛い。ふた口。ああ、辛い。辛すぎて、また涙が溢れてきてしまった。けれど手は止めず、私はスプーンで珈哩飯を口へ運び続けた。
辛い。辛い。
からい、からい。つらい。
「……こんなのが好きなんて、やっぱり変だよ。作之助」
ねえ、こんなに辛い珈哩、私は好きじゃないのに。また鍋いっぱいに作ってしまった。貴方が好きだって言ったから、貴方が嬉しそうに食べていたから。貴方と食べれば、それでも美味しいと思えたから。だから、私は。
もう、貴方はいないのに。
もう、貴方は歳を取らないのに。
「……貴方はずっと若いままで、私だけこうしてだんだん年老いていくなんて、すっごく不平等じゃない?」
ねえ、作之助。
どうして私に「生きろ」なんて言ったのよ。
どうして、最期の最期に私の頭を撫でていったのよ。
どうして、私に貴方の後を追わせてくれなかったのよ。
「絶対、絶対絶対、許さないんだから」
俺のことなんて忘れて未来を生きろ、ですって?
忘れられるわけないじゃない。
忘れるわけないじゃない。
だって、私は貴方のことが。
「来年も、再来年も、その次も。10月26日は激辛珈哩飯の日って決まってるのよ。……それぐらいしてやらないと、私の気が済まない」
馬鹿。作之助の馬鹿。
「──お誕生日、おめでとう。作之助」
生まれてきてくれてありがとう。
私と出会ってくれて、ありがとう。
「作之助、大好きだよ」
今でもただ、ただ、貴方のことが。
貴方に置き去りにされたこの命が終わるいつかの日まで。
ずっと、ずっと、愛してる。
──ああ、早く食べてしまわないと。
しょっぱい珈哩なんて、きっと酷く不味いに決まっているのだから。
2020/10/26
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