つまりはそういうことだ。(dmmn/ヴァイエン)
※オリジナル指揮官(20歳/♀/150p)
※Day30前後のお話/捏造色々/名前変換なし
それはおやつ時の近づく、とある昼下がりのことだった。
目立った魔王からの攻撃もなく、空も穏やかに晴れ渡り、酷くのどかで平和な日。私はひとり図書館を訪れていた。もちろん、最近の興味の対象である魔王について知るためにだ。
いつも一緒に魔王調べに精を出してくれていたサタンは、何やら用事があるらしく今日は不在だ。司書さんに怒られることが無くなったのはいいのだが、あの賑やかさが少し恋しくなった。
静かな図書館の空気をひとつ吸い込んで、私は隠れ潜むように足を進める。
あまりの静けさに、足音を立てることもなんとなく周りに申し訳ないような気がして、足音にまで気を遣ってしまう。そのせいか行きつけの本棚までの道のりがやけに長く感じられ、さらにはやんわりとした疲労感まで襲い掛かってきた。歩いただけだというのに。そんな自分に小さく苦笑を浮かべつつ、私は本棚に整然と並べられた本の背表紙を視線で撫でながら本棚の間を縫うように歩く。
この間は確かこの本棚の一番下の段まで見たから……、次は隣の本棚の一番上からだ。
自分の記憶を掘り返しては今日自分がするべきことの目星をつけて、私は目の前に壁のようにして立っている本棚に向かい立った。
一番上の段に並ぶ本を、右から順番に確認していく。
全ての本を読む時間は到底無いため、まずは興味のあるタイトルの本を虱潰しに選んでいるのだが、その興味を惹かれる本というのもやはり大量にあって。今見ている一段の中でさえ、十冊近くの本が私の視線を奪って離そうとしないのだ。
とりあえず、この中から三冊を厳選して机の方でゆっくり読もう。今日は一人なのだから、そんなに量も持てはしないし……。自分に何とか言い聞かせて、私は厳選作業に入る。
……こんな時、ヴァイエン様がいてくれたらどの本を先に読むべきか教えてくれるのかな。
うんうんと唸りながら、ふと私はそんなことを考える。けれど、すぐさまその思考を消し去るように首を左右に振った。
こうやってすぐあの人に頼ってしまう癖を、そろそろ何とかしなければ。
私だってもう子供では無いし、ここでの生活にも随分慣れてきた。いつまでもあの人の優しさに胡坐をかいて世話を焼かれていていい理由なんて、ひとかけらもありはしないのだ。そう自分を窘める。
気を取り直して私は本棚を見上げ、数分かけてようやく三冊の本を選び出した。そしてその本たちを手に取ろうと棚に手を伸ばし、
「………と、届かない……?」
あまりにも非情な現実に、そんな情けない声をあげることとなった。
いや、一応届いてはいるのだ。目一杯背伸びをして、短い腕をこれでもかと伸ばして、本棚にへばりつくようにすれば背表紙に指先は触れたのだから。そう、届いてはいるのだ。本を掴んで取り出せないだけで。ついでに言えば見た目がかなり惨めなだけで。
一度私は体勢を戻し、床に踵をしっかりとつけてもう一度本棚を見上げた。
確かに私は背が人間の平均よりも小さく、地球にいた時もそのせいで苦労したことは幾度かあった。しかし、ここプネブマに来てからはこの身長に不便を感じたことはほとんど……、と首を傾げてみたが、その答えはすぐさま頭の中にはじき出される。
答えは至極単純明快。ここに来てからというもの、高いところの物を取る機会がほとんど無かったのだ。
自室は私にとって丁度いい高さに全てが配置されており、高いところにあるものを取ってくれと誰かに頼まれたことも無かった。さらには、その必要があれば近くにいた誰かしらが必ず手を貸してくれていたのだ。例えば、本棚の一番上にある本をいつも取ってくれていたサタンなどがいい例だろう。
まさかこんなタイミングで自分がいつも周りの皆に支えてもらっていることを実感することになるとは……。感謝やら申し訳なさやら不甲斐なさやらで何とも言えない顔になる。今度、皆に何かしらの形で感謝を伝えさせてもらおう……。
そんな決意を静かに固めつつ、私はきょろきょろと周囲を見渡した。脚立でもあればすぐに届きそうなのだが……運の悪いことに、今視界に入る範囲に脚立や足場の姿は無かった。
仕方ない。あと一回挑戦してそれでもだめだったら潔く脚立を探しに行こう。
探しに行くのが面倒くさいと叫ぶ怠惰な自分を宥めるため、自分にそんな条件を課して私は再び踵を床から浮かせる。
「う、もう、ちょっと……!」
先程よりも勢いよく背伸びをして、必死に本へと手を伸ばす。
こんな無様な姿を人に見られたくはない。どうか誰もこの近くを通ってくれるなと内心で願いながら、私は指先に触れた背表紙の存在を追いかける。
勢いをつけたのが良かったのか、先程よりもしっかりと背表紙を捕まえられて、あともう少しで本を掴めるというところまできた。しかし、最後のあと一歩がどうしても足りない。そのもどかしさに謎の意地が生まれ、私は「うおぉ」と変な声を上げながらさらに身体を伸ばした。
毎日こんなことを繰り返していたら身長が少しくらいは伸びるのではないか。
そんな馬鹿みたいなことを考えた、その瞬間だった。
「─────これが読みたいのか?」
ふわりと背後に誰かの気配を感じたかと思えば、とん、と背中に何かが当たる感覚。嗅覚を刺激したのは、最近嗅ぎ慣れた優しい香り。鼓膜を揺らした声は今日の空のように穏やかなものだった。
え、と驚きに縮こまった私の手のひらの隣を何かが通り過ぎて行って、私が必死になって追いかけてた本の背表紙を軽々と掴んでは本の列から引きずり出す。それが誰かの手であることを視界の隅で認識しながら、私は背後を振り返った。踵が床を叩く。
「まったく、届かないなら脚立を持ってくれば良いだろう」
振り返った私の視線の先で、呆れたように、それでも優しく微笑んでいたのは、
「ヴァ、ヴァイエン様……!?」
この国立図書館の館長であり、プネブマにやって来たばかりの私に様々なことを教えてくださった、私の恩師とも呼べる存在であるヴァイエン様、その人だった。
彼は手に持っていた本を私に差し出して、いつものようにゆったりとした口調で言葉を紡ぐ。
「ほれ、これで間違いはないか?」
手渡されたそれを反射的に受け取って、その表紙に並んだ文字を視線で追う。
「は、はい。間違いないです……」
「それはなにより。今日は一人なのか?」
彼の問いかけに頷くことで答えると、彼はそうかと柔く微笑んだ。それはまるで娘、…いや、孫を見るような酷く温かく慈愛の満ちた笑みで。───私は自分の心臓のあたりがちくりと痛みを訴えたことに気づかないふりをした。
「次から自分で高いところの本を取る時はちゃんと脚立を使うのだぞ。無理をして君が怪我をしてしまってはいかんからな」
窘めるような声色は、子供を相手にしているかのよう。まあ、5世紀近く生きている彼にとっては、まだ20年しか生きていない私など子供も同然なのだろう。
私は素直な生徒を必死に装って、わかりましたと良い返事をする。
彼はそんな私に満足したようだ。うむ、とひとつ頷いて、「ではな」と踵を返そうとする。もう行ってしまうのか。我儘な私の呟きは喉元で押し殺し、私は笑顔で彼を見送る。彼は忙しい人なのだから。今日は授業の約束もしていないのだから。仕方ない、仕方ない。
「……おっと、」
私が内心でそんなことをぶつぶつと呟いていると、視界の中心で彼の背中がゆらりと揺れた。突然のことに驚いてしまって、私まで驚愕の声をあげてしまう。彼は直ぐに体勢を立て直したから、多分立ち眩みか足がふらついたかだろう。しかし、心配なものは心配で。
「ヴァイエン様、大丈夫ですか……?」
慌てて彼に駆け寄り、隣から彼の顔を覗き込む。もしかしたら疲れがたまっているのかもしれない。忙しいのは分かるけれど、無理だけはしてほしくない。私に出来ることなど無いに等しいだろうけれど、それでも何かしたいと願ってしまうのは罪だろうか。
「いや、なに、少し足がもつれただけだ」
彼は小さく苦笑を浮かべている。顔色はいつも通りで、彼が言う通り体調不良の心配はないのかもしれない。そうですか、と口では言いつつもまだ不安は私の胸に巣食っていて、私はじっと彼の端正な顔を見つめ続ける。
すると、彼が視線をそっぽへ向けた。まるで私の視線から逃れるように。どこか決まりが悪そうに。
どうしたのだろうかと首を傾げる私の視線の先で、彼の形のいい唇が震える。
「……君が困っているようだったから、ちっとばかり格好良く手助けしてみたかったのだが……運動の苦手な年寄りが変に頑張るものではないなぁ…。いやはや、情けない情けない」
ぽそぽそと、彼にしてはやや早口で彼は言う。
その頬は、気のせいかもしれないけれど、なんとなく赤みが差しているように見えた。
私の身長は150pで、彼の身長は私よりも高いけれど160pに満たないぐらい。きっと、この本を取る時に彼も背伸びをし、腕をそれなりに伸ばしていたのだろう。そのことに、私はこの時ようやく思い至った。
目を丸く見開き、口を半開きにしたまま固まった私の方へちらりと視線だけを送って、彼は小さく笑う。その笑みが私の間抜けな顔を見たことで生まれたものではないことを切に祈りながら、私は彼の形の良い唇から紡がれる言葉を待った。
「分かるか?」
彼は一体、何を前提とし何を指してそんな問いかけを私にしたというのか。先程の言葉と、目の前の意味深な彼の笑みに何も察せないほど、私は鈍感で純粋な女の子では無かったようだ。
じわり、じわりと頬に熱が集まるのを感じながら、私はやはり何も言えない。
けれど、彼の眼には全てがお見通しなのだろう。彼はにこりと満足げに笑って、また口を開くのだ。
私の視線は、きらきらと輝くダイヤモンドのような彼の瞳に釘付けのまま。何故なら、その奥の奥に灯る、……私が密かに欲していた光を、見つけてしまったから。
「……ふふ、つまりはそういうことだ」
まるで内緒話でもするかのように、彼はそう囁いた。
あまりにも甘く優しい声色で。
2018/12/31
- 7 -