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たとえ観音坂さんは私が見えるし私と話せるし、果ては私に触れられるということが分かっても、それで何がどう変わるということは無く。今日も今日とて、私は幽霊として新宿ディビジョンの街をさまよい歩いていた。
空は快晴、街は平和。
いやはや、絶好のお散歩日和である。
私が今いるのは、大通りから少し離れたところにある少し大きな公園だ。そこにはウォーキングコースを内設した人工の森林のような場所と、その隣には遊具や砂場などがある子供向けの遊び場がある。ちなみに私がいるのは前者の森林だ。
平日のお昼下がり。私以外にそこにいるのは、ベンチに座ってゆったりとした時間を過ごしているらしいひと組の老夫婦だけ。森林の中心に作られた小川から聞こえる水が流れる音と、鳥のさえずりが、この空間の穏やかさを聴覚からも伝えてくる。
もし息が出来ていたら、きっと大きく深呼吸でもしていただろうなぁ。
そんなことを考えながら、私は木陰を揺蕩った。
視界の先で木の葉が舞い、さらさらと木が揺れる音がする。風が通り抜けていったらしい。実体のない私は風を感じることもできないから、こうして視覚と聴覚でそれを捉えるしかないのだ。今となってはもう当たり前のことで、いちいち悲観したりはしない。
ふと、その風に乗ってこどものはしゃぐ声が聞こえてきた。平日だが幼い子供たちが遊び場に遊びに来ているらしい。こどもの笑い声は平和の象徴。私は口元を緩めた。
────その時だった。
小さく、それでも確かに聞こえた声。
すぐさま私は視線を周囲に巡らせる。
聞こえたのは、鳴き声だった。恐らく猫だろう。
弱々しく助けを求めるような、そんな声。
……にゃあ。
また聞こえた。私はその声がする方へと向かう。
怪我をして動けなくなっているのか、それとも何か他の理由か。
「──いた!」
その子がいたのは、公園の出入り口付近に立っている木の上だった。見える姿はまだ小さい。子猫のようだ。恐らく木に登ったはいいものの、降りられなくなってしまったのだろう。猫にはよくあることだ。
ひとまずその子のいる枝まで飛んで、その様子を確かめる。
見たところ怪我はしていないようだ。しかし、その小さな体は恐怖からか微かに震えている。かなりのストレスを感じているはずだ。早く降ろしてあげなければ。
私はその子を抱き上げて地面まで連れて行こうと手を伸ばした。
けれどもその手は中途半端に空中で止まる。
思い出したのだ。
──私はこの子に触れない。
私はぎゅうと手のひらを握りしめた。
まだ生前の感覚が消え去っていなくて、ついつい忘れてしまう。自分は、彼以外の生きているものには触れられないということを。
……ああ、どうしよう。
唇を軽く噛んで考える。
自分ではどうしようもできないなら、誰かに頼むしか術は無い。しかし、幽霊である自分は、誰かに頼むということ自体が出来ない。だって人の目に私の姿は映らないし、人の耳に私の声は聞こえない。
ただひとり、あの人を除いて。
またひとつ、子猫がにゃあと鳴いた。
このまま放置していれば、この子猫はきっと無事では居られないだろう。
小さな小さなこの命を救う術を、私は持たない。
………たすけて、
私は無意識のうちにその名前を心の中で呼んでいた。
この世界でたったひとり、私を知る彼の名前を。
──観音坂さん。
「──……深町さん?」
その瞬間、下から飛んできた誰かの声。
私は驚いて肩を跳ねさせながら、視線を声が聞こえた木の根元の方へ送る。
「ああ、やっぱり。……そんなところで何を……?」
そこにいたのは、たった今私が助けを求めた観音坂さんその人で。
……やめてくださいよ、こんなナイスタイミングで現れるなんて。
「観音坂さん……! お願いします、たすけてください!」
あまりにかっこよすぎやしませんか。
20181113
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