君さえ


6


 ローが案内された先は、島の奥地に隠されるように作られた頑強な建物の中。白を基調としたオフィスのようなその場所を、連れられるままに彼は歩く。けれど警戒は決して解かない。幸いなことに、相手は海楼石の類を所持してはいないらしい。それならば最悪能力を使って航海士を奪い返し、ここから逃げればいい。
 ただ、ひとつ残る問題はこの島での記録指針が貯まるかどうか。まだここでの記録の貯まるスピードが分からないため、島からそう簡単に離れることは出来ない。
 思考を回転させながら、ローは目の前で開かれた扉の向こうに足を踏み込んだ。

「これはこれは、ご足労いただきありがとうございます」

 真っ白な壁に囲まれた正方形の部屋。その最奥に置かれた趣味の悪い椅子に、ひとりの男が座っていた。高級そうなスーツを身に纏ったその男は、扉から入ってきたローを正面にふわりと紫煙を吐く。
 そんな男のすぐ隣には、縄で縛られた航海士の姿。ローの隣には、ここまでの案内役をしていた男がまるでローの行動を見はるかのように立っていた。

「キャプテン、すみません……」

 悔しそうな声でそう言った航海士に視線だけを投げ、ローは男を見据えた。

「用件は何だ」
「おやおや、世間話も許してはくださいませんか。ははは、すみません冗談ですよ。そんなに睨まないでください」

 短くなった煙草を灰皿に捨てて、男は椅子から立ち上がる。

「目的は簡単ですよ。───あなたのその能力が欲しいんです」

 にっこりと胡散臭い笑みを浮かべて、男は歌うように言葉を紡ぐ。その姿に、なるほどなとローもまた笑った。

「不老不死にでもなるつもりか」

 ローの食べたオペオペの実。それが人にもたらす能力の中で、世界中の多くの人間が喉から手が出るほどに欲するだろう能力がそれだった。

「ええ、その通りです。永遠の命、不老不死、……ああ、なんて素晴らしい響きでしょうか!」

 恍惚とした表情で自らの理想を語る男へ、ローはこれ以上ないほどに冷たい視線を向ける。とんだ迷惑な人間だ。不老不死を求めるその思いに理解はできるが、それをローが叶えてやる道理など一切ありはしない。

「それは私と言う人間にこそふさわしい! だから、その能力を私に施してください。今ここで!」
「……断る、と言えば?」

 静かなローの言葉に、一瞬男の動きが止まる。まるで信じられない言葉を聞いたとでも言うように。しかし、そんな様子もすぐさま消え去り、またしても男は笑う。酷く愉快そうに、大きな笑い声を響かせながら。

「拒否権があなたにあると思いましたか? まあそうですね、こちらにあなたの大切な航海士の方がいらっしゃいますが、あなたの能力があれば彼をすぐさま取り返しこの場から逃げることは容易い……けれど、船に残された他の方々はどうでしょうね?」

 その言葉に、ローの表情がまた一層険しくなる。
 なるほど、そういうことか。どうやらローを1人でここへ来させたのは、船員ごと船を人質に取るためだったようだ。自分の船員たちがそう易々とやられるとは思わないが、この様子を見るに、男はまた何かしらの策を講じて船を襲ったらしい。

「最近質のいい睡眠ガスを手に入れましてね。きっと今頃、あなたのお仲間たちは心地よい夢の中にいらっしゃると思います」

 男はその懐から1匹の電伝虫を取り出した。恐らく、船を襲った男の部下と繋がるものだろう。

「……さて、どうしますか? 仲間を見捨てて逃げますか?」

 そんなことは出来ないだろうと、嘲笑を浮かべた瞳で男はローを見つめている。
 その視線を真正面から受け止めて、ローは考える。
 今自分がとるべき最善策を。
 その沈黙を、焦燥や絶望ゆえのものと勘違いしたらしい。けらけらと笑いながら、男は電伝虫を鳴らした。それが繋がるや否や、男は電伝虫の向こうに問いかける。

「お疲れ様です、そちらの進捗はいかがですか? もうハートの皆様を屋敷へ案内し終わった頃でしょうか」

 勝利を確信した男の声は、酷く神経を逆撫でる。
 数秒の沈黙の後、電伝虫の向こうから、言葉が返ってきた。


『───すみません社長……!!全員眠らせたはずなのに、黒い翼が、……悪魔が!!』


 それは予想していたものとは違って、まるで脅威から必死に逃げ惑う幼子のような情けない声で紡がれていた。その意味するところも、その声に似合った悲壮感にあふれるもので。

 どうやらこの男は予想外の出来事というものに酷く弱いらしい。またしてもフリーズしてしまった男を横目に見ながら、ローはすばやく行動に移った。
 詳細は分からないが、船も船員も、少なくともこの男の手中には落ちていないらしい。
 それならばローがここに大人しく留まる理由など無いだろう。


「─── “ROOM” 」


 さて、自分たちの窮地を救ってくれたのはどこの誰だろうか。
 “黒い翼”という言葉にほんの少しだけ引っかかりを覚えつつ、ローはその手を振るった。


「“シャンブルズ”」


2019.10.19

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