君さえ


本日晴天貴方日和(残り50日)


50
※女監督生夢主/捏造ご都合主義

 自分が存外浮かれているのだということに気が付いたのは、5段目の弁当箱に、デザートとなる果物を山盛りに詰め込み終わった瞬間だった。
 ようやく現実に立ち戻ってきた意識で手元のそれを眺め、程よく見た目も華やかに盛り付けられたという事実にひとまず満足する。ずらりと傍らに並べている他の4段分も、自画自賛できる程度にはいい塩梅にまとめられていて。これならばきっと彼女も喜んでくれるはず、と、考えはするものの。

「……作りすぎ、ましたかね」

 早朝のモストロ・ラウンジのキッチンに、静かなジェイドの呟きが小さく反響した。もちろん、休日である今日のこの時間にこんな場所へ足を運ぶ人なんていないから、その声を拾い上げてくれる誰かなんて居はしない。黙々と弁当を作り続けていく彼を冷静に止めてくれる誰かだって。だからこそ、ジェイドは今、ひとり途方に暮れてしまっているのだ。
 いや、まあ。人一倍食事量を必要とするジェイドがいるのだから、別に作りすぎたからといって食べ物を粗末にするような結果には決してならないのだけれど。
 それにしたってふたり分にはあまりにも多すぎる、五重になってしまったその弁当箱の姿に、ジェイドは思わず困惑の笑みを浮かべた。
 つい先日想いを通じ合わせることの叶った彼女との、初めてのデート。折角なら前々から話していたハイキングにでも行きましょうかと話したのが、確か5日ほど前のことだっただろうか。
 そんな、彼らにとってとても輝かしい日となる今日。
 普段よりもいくらか早起きをして、窓の外に広がった一面の晴れ空に安堵の笑みをこぼして、ジェイドは意気揚々と彼らふたりのためのお弁当作りに取り掛かっていたのだ。
 生来の器用さやモストロ・ラウンジでの経験などから、ジェイドは自らの料理の腕にそれなりの自信を持っていた。実際に彼女からも「ジェイド先輩の作る料理、美味しいです」と言って貰った記憶があるため、少なからず彼女には好んでもらえているはず。……だから、そう。言ってしまえば、少し「調子に乗ってしまった」のだ。
 陸でのお弁当の定番メニューと言えば、サンドイッチに、ウインナーに、ハンバーグに、ポテトサラダに、から揚げに、サツマイモの甘露煮に。彩りでレタスやトマトを乗せて、彼女が食べやすいようにと可愛らしいフードピックをつける。確か彼女は甘い卵焼きを好んでいたはずだとそれも盛り付けて、最後にデザートの果物を。
 今思い返せば、料理を作る間ずっと彼女のことばかり考えていたような気がする。これを見た時に彼女はどんな反応を見せてくれるだろうかと、彼女はこれを美味しいと言ってくれるだろうかと。柄にもなく上機嫌に鼻歌まで歌いながら。
 それらをようやく自覚した途端、じわりじわりと頬に熱が集まってくる。彼女の初デートだからといって、まさか自分がこんなにも浮かれ切ってしまうとは夢にも思っていなかったためだ。
 彼女というたったひとりによってこんなにもペースを乱されてしまっている自分自身を、ジェイドはどうしたって嫌いにはなれなかった。むしろそれを喜んでしまっているぐらいなのだから、これはもう、手のつけようもない重症患者に違いない。

「……気合の入れ過ぎで引かれてしまったりしたら、どうしましょうかね……」

 そんなことはきっと世界がひっくり返ってもあり得ないだろうと理解していながら、ジェイドはぽつりとそんな言葉を紡いでみる。
 あどけないところのある彼女のことだから、ジェイドが五重のお弁当を用意しましたよなんて言えば、両手を上げて喜んでくれるに違いない。ありありと脳裏に浮かんだその姿にくすりと微笑んで、ジェイドは仕上げとなる魔法を弁当箱にかけた。
 お昼になるまで、美味しいままでいてくださいね。
 きらきらとマジカルペンに飾られた魔法石を輝かせれば、なんだか世界の全てまでもが色鮮やかに輝いて見えて。彼女を迎えに行くまでにこの浮かれ具合をどうにかしなければいけないなと、ジェイドは自らの心を落ち着けようと大きく深呼吸を繰り返した。
 完成したお弁当箱と飲み物とを手に、一度自室へ戻る。そこで山登り用の服に着替えて、身だしなみを整えて、昨日の夜に何度も何度も中身を確認した荷物を背負って、しっかりとお弁当箱も携えて。そこで見上げた時計が指し示す時間は、彼女と待ち合わせた時間の20分前。
 今からオンボロ寮へ向かえば、丁度いい頃合いに到着できることだろう。完璧な時間計算に満足げに微笑んで、ジェイドは自室の扉に手をかけた。

「──もう行くのぉ?」

 と、その瞬間ふと飛ばされてきた声に、視線をついとそちらへ向ける。そこにいるのは、まだ布団に包まったまま瞳を眠たげにさせている自らの片割れの姿。
 くあ、と大きな欠伸をこぼすその様子に、起こしてしまったようだとジェイドは軽く眉を下げた。

「ええ、はい。起こしてしまってすみませんフロイド」
「ん〜ん、いってらっしゃ〜い、ジェイドぉ」

 何とも穏やかな表情でひらひらと手を振り見送ってくるフロイドの姿に、ジェイドはぱちりと瞳を瞬かせた。けれど、それも次の瞬間には綻ぶような笑みに変わって。

「いってきます」

 わくわくと跳ねる心に急き立てられて、思わず歩調が速くなる。あまり早く行っては彼女の迷惑になってしまうと、分かってはいるのだけれど。こればっかりは仕方がない。

 だって、会いたいのだ。
 会いたくて、逢いたくて仕方がないのだ。

 貴方もそうであってくれたなら。そんな我がままはちゃんとその胸の中に隠して。ジェイドはその扉を叩く。いつも以上に意識して丁寧に、柔らかに。穏やかで、ゆったりと、余裕のある姿を装いながら。
 だって、こんなにも浮かれている姿を貴方に見られてしまうのは、なんだか恥ずかしいじゃないですか。
 だからどうか、隠させて。こんなにも貴方のことが大好きで仕方ない、ジェイド・リーチという男の顔を、今だけは。

「おはようございます、監督生さん」

 今日も1日、楽しみましょうね。


2020/9/16

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