君さえ


さよならだけが人生ならば(ジェイド/微悲恋)


ワードパレット様より
6番:永久《死/時間/瞳》


 永久とは、果てしなく続くこと。未来も超えて、遠く遥かな時間まで続くこと。つまりそれは、『命』という有限の枷を嵌められた私たちには、手に入れることなど不可能な概念ということだ。
 命はいつか終わるからこそ命であって、生とは死があるからこそ存在するもの。
 私たちの身体も、精神も、感情も、全ては等しくいつか死に絶えることが最初から定められている。そして私たちは、それを理解したうえでなお、『永久の愛』なんてものを口にするのだ。

「──……先輩は、永久を信じますか?」

 ふと転がした私の突然の言葉に、彼がその瞳を丸く見開いたのが分かった。
 昼下がりの植物園に、人影は私と彼のふたつ分だけ。さんさんとガラス張りの天井から降り注ぐ陽光の中、鮮やかな草木の緑がきらきらと輝いている。それがあんまりも眩しくて、私は瞳を緩やかに細めた。

「永久、ですか」

 言葉を噛み砕くように反芻する彼を、私はその隣でそっと眺め見る。日差しに瞬くその浅瀬の色が、揺らめく色彩が、まるで本物の海のようで。心がぎゅうと苦しくなった。

「そうですねぇ、……正直に言えば信じてはいません」
「はは、ですよね。そんな気がしてました」
「貴女はどうなのですか?」

 彼の問いかけに、私は一瞬言葉を詰まらせる。答えはたったひとつしかないのだけれど。

「……信じてないです、私も」

 けれど、それでもどうしてか心が震えるのは。きっと、

「──でも、……それでも、ジェイド先輩との永久を望んでしまう私がいるんです」

 私がどうしようもないほどに彼を愛してしまったという事実の証明だった。
 ぱちりと彼の瞳が瞬いて、その虹彩に私の姿を映す。それより美しい宝石も、鮮やかな色彩も、私の世界に在りはしない。彼という存在以上に私が求めるものはない。

「永久を信じてもいないのに貴方への永久の愛を口にする私を、笑ってくれますか?」

 降り注ぐ太陽の光も、青い空も、白い雲も、この穏やかな植物園も、世界も、私も、彼も、いつかいつかは終わりを迎えてしまう。終わることが定められている。それでも、それでも。私は彼を心から愛しているのだ。終わりしか残されてはいないこの時間の中で、命も心も体も時間も、全てを捧げてもいいと思える程に。
 たった一度きりの人生でこれほどに誰かを愛せたことを、人は喜劇と呼ぶのだろうか。
 こんなにも誰かを愛してもいつかは終わりが来てしまうことを、人は悲劇と呼ぶのだろうか。

「……いいえ、笑うなんて出来ません」

 真っ直ぐに私を見つめる彼の瞳が、また私の呼吸を奪い去っていく。

「僕も貴女のことを永久に愛していますから」

 いつもそう。優しい温度で、柔らかな眼差しで、彼は私のこのどうしようもない愛情を抱きしめてくれるのだ。深く温かなその愛情で、私を抱きしめ返してくれるのだ。──それを幸福と呼ばずして、一体何と呼ぼう。

「生が終わって、時代が変わって、僕たちの存在など掻き消え、そしていつかこの世界が終わりを迎えても。僕は貴女を愛し続けることでしょう」

 その言葉の誓いがどれだけ儚いものであるかを、私も彼も、知っている。
 知っているからこそ、それがどれだけ尊いものであるのかを理解できるのだ。

「……ジェイド先輩、好きです。愛しています」
「はい。僕も貴女のことを愛していますよ、名前さん」

 膝に座らせた私の身体を抱きしめて、彼がそう囁いてくれる。触れた彼の体温を私の肌が感じることはもう出来ないけれど、それでも確かに温かい温度では私は包まれていた。
 きっともうすぐ彼の色彩を見ることも、彼の声を聞くことも、彼に愛を囁くことも出来なくなるのだろうけれど。それでも私は今この瞬間、世界の誰よりも幸せ者だった。彼を愛して、彼に愛されることを許されたから。彼との永久を誓うことが出来たから。

 二人きりの植物園に、温かな太陽の光が降り注ぐ。どこかで小鳥が囀っていた。
 まるで世界の終わりが訪れたような静けさと、穏やかさ。それらに包まれ永久の愛を誓いあう彼らはまるで、結婚の日を迎えた新郎新婦のようにも見えた。

 ──それは、愛を謳った少女がその生を終える、三日前のお話。


2020/4/9

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