君さえ


狂うほどに愛してやろうと男は笑った(クルーウェル)


ワードパレット様より
14番:落ちる《裏返し/抵抗/おちた》



 裏返された1枚のトランプの柄と数字を一度で正確に当てるにはどうすればいいか?
 そんなことは簡単だ。そのカードが自分の望む柄と数字以外である可能性を全て壊してしまえばいいのだから。52枚全てがハートのキングであるトランプから、ハートのキング以外が出てくる可能性などゼロ。つまりはそれが全てで、それが正解だ。

 それは人間の心だって同じこと。
 見えないのなら、自分にとっての正解にしかならないように全てを調整してしまえばいい。まるで魔法薬の調合のように、じっくりと十分な時間をかけて、丁寧に丁寧に少しずつ。加えて、与えて、混ぜて、混ぜて、混ぜて、──愛して、そして愛させればいい。

 授業で分からないところがあったとこの部屋を訪れた少女を隣に座らせ、白と黒の男は笑う。大きなソファの真ん中に並んだ2人の距離は、ほんのたった数センチ。見下ろした視界に映った机に向かう彼女の横顔と、僅かに赤く染まったその小さな耳に、そろそろ食べ頃だろうか、なんてそんなことを考えた。
 腕を伸ばして彼女との距離を詰め、机の上に広げられたノートの紙面を指でなぞる。
 肩と肩が淡く触れて、ぴくりと少女の身体が跳ねた。同時にじわりじわりと染まっていくその頬のあまりの愛らしさに、ついつい急いて牙を剥いてしまいそうになる自らを必死に押さえつけた。
 意図した至近距離で、ただの善良な教師の皮を被って男は錬金の知識を口にする。
 本当に、可哀想な仔犬だ。胸の内で男はうっそりと微笑んだ。
 知らず知らずのうちに抵抗する手足も削がれ、導かれるままにその心に淡い恋心を抱いてしまった哀れな子。視えない首輪を嵌められてしまった憐れな少女。その姿があまりにも幼気で、不憫で、気の毒で、愚かで、──そして、この世界の何よりも酷く愛おしかった。

 だから。だからもう、逃がしはしない。

「──どうした、顔が赤いな?」

 顎を掬って、その瞳を見据えて、男は笑う。笑う。
 焦りと羞恥と恋慕に濡れた瞳はもう、その白と黒以外を映さない。

 ……ああ、ようやくおちてきた。


2020/4/8


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