君さえ


つまりはそういうことなので(トレイ)


 ルーク先輩の招待で見学と称してサイエンス部に足を踏み入れた時、そこにあった彼の姿に、彼がこの部活に所属していたことは以前から知っていたというのに、どうしてか私の胸には「意外だなぁ」という言葉が転がった。
 好きに見て回ればいいよというルーク先輩の言葉に甘えて、私はそっと、部室となっている実験室の奥で何か作業をしている彼の傍へと歩み寄った。変に声をかけて手元を狂わせてはいけないなと、出来るだけ足音を消して、ついでに気配も消して、白衣を身に纏っている彼の手元を覗き込む。

「──気になるのか?」

 しかし、私の杞憂もよそに、驚かされて心臓が跳ねたのは私の方。突然こちらを見た彼の視線に、びくりと肩が跳ねた。蜂蜜を煮詰めたような瞳の色が、そんな私の姿にくすくすと笑っている。どうやら最初から私の接近も彼には気づかれていたらしい。
 それならばもう遠慮する必要はないなと、私はほんの少しむくれた表情を浮かべながら彼のすぐ隣まで爪先を寄せる。

「何の実験をしてらっしゃるんです?」

 問いかけた私に、彼はその手元に並んでいる材料を見せてくれた。
 カラフルな液体に満たされた小瓶が三つと、束にされた薬草が二束、そして薄い桃色に染まった粉末状の何かがひと山。薬草のひとつがつい先日薬草学で見たものであるのは分かったが、それ以外が一体何であるのか、一年生の知識しかない私には分からない。

 だからもちろん、その材料から一体どんな薬が作れるのかも想像すらつかなくて。

 首を傾げた私にまた彼がくすくすと笑った。深緑の色がその振動に揺れて、左頬に描かれたクローバーのマークが微かに歪む。その姿に私はまた不機嫌を煽られるのだが、彼のそんな表情も好きになってしまった私に、太刀打ちなど出来る訳がない。

「一体何の魔法薬を作ってるんですか?」

 少しの棘をそこに孕ませながら、私は再び彼に問いかけた。
 すると笑い声を収めた彼は、それでもその唇にゆるりと弧を描きながら答えてくれるのだ。

「……『惚れ薬』」

 予想もしていなかったその文字列に、私の瞳が丸く見開かれる。視界一杯に満たされた彼の姿が、彼のその意味深な笑みが、どうしようもなく私の網膜を焼いていった。
 どくんと跳ねた心臓に、浅くなった呼吸。彼は一体その薬を誰に飲ませる予定なのだろう。
 私の心に浮かび上がったその疑問をまるで見透かしたように、彼の唇が開かれた。

「完成したら、飲んでみるか?」

 使ってみるか、ではなく、飲んでみるか。その言葉の意味も理解出来ぬほど、私は初心な人間ではなかった。じわりと頬に熱が集まるのを感じながら、それでも私は真っすぐに彼を見つめた。

「──残念ですが、もう必要ないですよ、それ」

 私の言葉に、今度は彼の瞳が丸く見開かれた。その姿にしてやったりと笑って、私は踵を返しくるりと彼に背を向ける。部活動の見学はまだ始まったばかりなのだから、もっと他の実験も見学させて貰わなければ。

 背後から飛んできた彼が私の名前を呼ぶ声に、肩越しに振り返ってべ、と舌を出した。

 精々部活動の時間が終わるまで、そこで困ったように笑いながら実験に精を出していればいいさ。……その後に何が起こるのかが、今から楽しみで、そしてほんの少し恐ろしいけれど。


2020/4/28

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