忘れられない一日

駿くんとの同居話が出てからのスピード感は凄まじかった。彼が悩んでたはずのマンション探しも、結局私の職場から一番近くバルコニーのあるマンションに決定。即日入居可とのことで、最低限の荷物をまとめて私だけ先に入居することになった。
正直、家主となる駿くんより先に住むことに抵抗があったけれど、彼は彼で仕事が多忙でゆっくり引っ越しの準備もできないことから、入居日は未だ不明。



『…よし、こんなものかな』


新たな住処となる、私には勿体無いくらいの広さのリビングを見渡した。うん、広い。駅から徒歩数分、セキュリティ超万全。自宅に入るまで3回ものロック解除が必要で、エレベーターも自宅の階にしか停まらない徹底ぶり。芸能人御用達マンションらしい。


『今日のご飯どうしようかなぁ、引越しといえば蕎麦かなぁ』


時刻は昼過ぎ。朝イチで引越しだったから、お腹がグゥと鳴る。まだまだ荷解きも残っているし、コンビニ飯にでもしてしまおうかと悩んでいたらスマホが慌ただしく音を立てた。


『もしもし』
《あ、奈那ちゃん?引越し終わった?》
『無事に終わったよ〜』
《良かった。一緒に立ち会えんでごめんな》
『んーん。駿くん、仕事忙しいでしょ、大丈夫だよ』


着信は先日連絡先を交換した駿くんからだ。声の後ろがガヤガヤしているから、仕事中なのだろう。新品のソファーに座り込むとふかふか加減が最高で口角が上がる。


《もうお昼食べた?》
『まだ。テキトーにコンビニで何か買おうかなぁって思ってたんだけど』
《せやったら、あと20分くらい待てる?俺、買っていくし》
『え、仕事は?』
《今、家の近くで撮影やってん。これから1時間休憩入るから一旦家行こうかなって》
『えええ、ハードすぎない?大丈夫?』
《ん、平気。すぐ帰るからちょっと待っててな》


通話が切れて、スマホをテーブルに置いた。駿くんは先日華々しくデビュー日を迎え、休む暇もなく演技のお仕事を頑張っている。貴重な1時間の休憩、しっかり休んで欲しいところだけど、駿くんも新居が気になるのかな?


『それにしても、ソファーのふかふか加減最高…』


引越し前に私と駿くん、真凛ちゃんと真凛ちゃんママで家具屋さん巡りをした時に駿くんが一目惚れした代物。背の高い駿くんでも足の伸ばせる大きさで、座面もゆったり。これはウトウト昼寝するにはもってこいだ。
私が一人暮らししていた時よりも何倍も大きいテレビをつけて。駿くんが帰ってくるまで荷解きの続きを…と思っていたらドアから鍵の開く音がしたので、ぱたぱたと玄関へ向かうと、ゆっくりドアを開ける駿くんの姿が見えた。


『駿くん、おかえりなさい!』


出迎えて目が合うと、すぐに口元を押さえながら、壁によろよろとよしかかる駿くん。え!大丈夫!!??と声をかけると、小さな声で「やっばぁ、」と呟いた。


「破壊力、やばい」
『え?なにが?』
「いや、ごめん、なんでもない」
『え、大丈夫?疲れてる?疲れてるよね?』
「…疲れてたけど、疲れが飛んでいきました」
『そう、なの…?』
「うん。…あ、えっと…た、ただいま」


ハニカミながらいう彼の姿に胸の奥がキュンとした。なんだ、この可愛い生き物。どうにもこうにも頭をわしゃわしゃしたい気持ちを抑えて笑顔を返す。2人でリビングに向かい、部屋に入ると駿くんは「お〜家だ!」と声を上げた。


「お、ソファーめっちゃええやん!」
『そ〜!ふかふか加減最高だよね』
「テレビもでかい」
『駿くん、張り切って大きいのが良いって買ったもんね』


買ってきてくれたコンビニのお蕎麦を取り出して、2人でいただきます!と食べ始める。コンビニのでごめんな、と駿くんは言うけど忙しい中気にかけてくれたことの感謝しかない。


「…このマグカップも、可愛い」
『ん?そうだね。買って正解!』


家具屋さんの一角にあった雑貨コーナーで見つけたマグカップ。基本的に食器類は私が一人暮らししていた時に使っていたものをとりあえず使うことにしたけれど、駿くんのリクエストでマグカップを新調した。


『駿くんといえば、メンカラのピンクのイメージだけど淡い水色も似合うね』
「奈那ちゃんもピンク似合ってんで」


淡い水色とピンク色の色違いマグカップがなんだかくすぐったい。きっと、私はこの日のことを一生忘れないんだろうなぁ、なんて大きな窓を見つめてそんなことを思った。

>> list <<