ガルバディアガーデン


「ねぇ。みんなが使ってる魔法って、どんな訓練すればできる様になるの?」

3人が目覚めるのを待つ間、リノアが私に尋ねてきた。

「う〜ん…」
「あ…部外者には教えられない?」
「ううん!そんな事ないよ。魔法はね、ガーディアン・フォースをジャンクションしてるから使えるんだよ」
「…ガーディアン、フォース?ジャンクション…って?」

チンプンカンプンと言いたげなリノア。でもガーデン関係者じゃないと馴染みのない言葉だから、そうなるのも当たり前。

「ガーディアン・フォースって言うのは、火や水、地や風や雷、自然界に存在するものの化身を、私達はガーディアン・フォース、通称『G.F.』と呼んでるの」
「ジー、エフ…」
「G.F.を身体の中に取り込む事をジャンクションって言って、G.F.をジャンクションすると、自然界の力を吸収して放つ魔法が使えたり、ジャンクションしてるG.F.を召喚して戦闘を手助けしてもらったりできるの」
「そうなんだ。でも、化身…G.F.?、を取り込むなんて簡単にできるものなの?」
「簡単じゃないね〜。G.F.は術者の頭の中に宿ると言われているの。ある程度訓練して精神を鍛えないと、G.F.をジャンクションする事は出来ない」
「精神を鍛える…って訓練したら鍛えられるものなの?私でもできるかな?」
「鍛えられる…と思うよ?でも、どうしたらいいかって言うのは教えられないんだ。訓練法は門外不出で、ガーデン生以外に教える事は禁じられているの」
「そっか。…私も魔法が使えたら少しは皆の力になれるかなって思ったのに…」

残念そうに下を見たリノア。

「大丈夫。リノアはリノアなりに頑張ればいい。自分の実力以上の事をしなくていい。私達が貴方を守ってあげるから」
「…ありがとう。…でも、やっぱり悔しいな、なんか」
「……」

リノアの気持ちも分かる。私も昔、同じ思いをしてたから。守りたい気持ちは強いのに、どうにもならない現実が辛かった。でも、だからって我武者羅にやっても、チームに迷惑をかけるだけ。それを分かって欲しかった。

「…こっちこそ、ありがとね」
「え?」
「リノアの気持ち、凄く嬉しいよ。私達の力になりたいって思ってくれて。だから、ありがとう」
「…うん」

残念そうな顔のままだったけど、笑ってくれた。そんな私達を、黙って見ていたゼルも微笑んでた。


***



無事3人も目が覚め、私達は目的地であるガルバディア・ガーデンに到着した。
モンテローザ高原に孤高に佇む赤い建物―ガルバディア・ガーデン。3つあるガーデンの内、最も規模が大きいガーデンだ。ガルバディア政府と結びつきがあり、多くの卒業生がガルバディア軍へ送り出される。

「何回来ても慣れないな、ここ」

私が呟いた言葉に、キスティスがクスクスと笑った。軍直属という事で規律に厳しいガルバディア・ガーデンはとても静かだ。聞こえてくるのは生徒の歩く足音と訓練中の掛け声、軍用の飛行兵器音くらい。他愛ない日常会話をする生徒はおろか、廊下を走る生徒も居ない。バラム・ガーデンで慣れ親しんだ私にしたらとても窮屈な場所だ。
カードリーダー前に到着し、初めてここを訪れるメンバーは辺りを見渡して各々感想を述べている。スコールだけは、この学園を『いいところ』と評価していた。

(スコールらしいとなと思うけど、共感はできないな!)
「ここは、私に任せてくれる?何度か来てるから学園長も知ってるし。事情を説明してくるね」

そう言ったキスティスはカードリーダーを越え、一人先へ進んで行った。ガルバディア・ガーデンの学園長ドドンナさんは私も何度かあった事がある。優しい笑顔のシド学園長とは正反対で常に厳しく眉間に皺を寄せている人、と認識している。いかにも軍のお偉いさんみたいな人だ。

「私達はどこで待ってればいいのかな?」
「多分応接室だよ。そのうち放送かかるんじゃないかな?」

言いながら、私はカードリーダーを抜け中央ホールへ足を向ける。みんなも後に続き、ちょうどホール中央まで来た時にアナウンスが入った。やはり応接室で待てという指示だ。私達は指定された2階にある応接室でキスティスが戻るのを待っていた。ここも学園祭あるのかな?とか、キスティスもここで授業してたのかな?なんて会話を最初はしていたが、そう長くも続かず沈黙の時間が続いた。サイファーやガーデンがどうなったのか、ここで明らかになるかもしれない…いや、明らかになるだろうな。だからこそ、軽い会話なんて出来ない。ただただ、知らせを待っていた。沈黙が続いて十分くらい経った頃、シュッという音を立てて応接室の扉が開き、事情を説明しに行ったキスティスが入ってきた。

「どうだった?」
「私達の事情は理解してもらったわ。それから、バラム・ガーデンも無事」

微笑んだキスティスがゼルに向いて言った。その言葉にゼルもほっとして胸を撫で下ろした。

「大統領襲撃事件は犯人の単独行動と判明したそうよ。バラム・ガーデンの責任は問わないという、ガルバディア政府からの通達があったって」
(犯人の単独行動…)
「犯人って…サイファーか!?」
「裁判は終わって…」

急にキスティスの言葉が止まった。

「……刑も執行されたそうよ」
「!」

みんな、驚きの表情を隠せないでいる。スコールはいつも通りに見える…けど…、目が…何だか…うろたえてる様にも見えた。

「…処刑されちゃった?……そうだよね。大統領を襲ったんだもんね。私たち、森のフクロウの身代わりにあいつは…」
「確かに、サイファーを巻き込んだのはあなた達よね。でも、レジスタンス活動してるんだもの、最悪の事態の覚悟はあったんでしょ?」

そう、私達はSeeD。サイファーはまだSeeDじゃなかったけど、ガーデンに属してるものなら、仲間が任務中に死んでしまう、今いる仲間が次の瞬間には敵になってしまうかもしれない、そんな事も覚悟しておかなくてはいけない…。

「サイファーだって考えてたと思うわ。だから、自分の身代わりになったとか、そういう考え方しない方がいい。……ごめん。全然慰めになってないね」

溜息を一つ落として、キスティスは大きなソファへ座った。みんな、言葉が出ないでいる。

「ゼルなんか、サイファーの事大嫌いだったよね」
「そりゃそうだけどよ……同じガーデンの仲間だったからな。悔しいし、できるならカタキ討ってやりたいぜ」
「……うん。……なんか、ブルー」
(……)

明るく言ってたセルフィも次第に声がシュンとなってゆく。

「彼の事でいい記憶なんて全然ないの。問題児ほど可愛いって言うけど、彼はその範囲を超えてたわ。ま、悪人じゃなかったけど。…結局SeeDにはなれなかったわね、サイファー…」
(確かに、教師からしたら…扱いにくいやつだっただろうな)
「私は…あいつのこと、大好きだった」

リノアの発言に向かいに座ってたゼルがえっ?!と顔を上げた。

「いつでも自信たっぷりで、なんでもよく知ってて…。あいつの話を聞いてると、何でもできるような気持ちになった」
(私も…あいつの破天荒な所に、助けられた…)
「カレシ?」
「どうだったのかな。わたしは……恋、してたと思う。あいつはどう思ってたのかな」
「…ねえ、今でも好き?」
「そうだったらこんな話できないよ。あれは1年前の夏の日々。16歳の夏。いい思い出よ」

みんなが、サイファーとの思い出を口にする。私も沢山ある。だけど…――。
そう思って視線を横に向ければ、隣にいたスコールの様子がいつもと違っているのに気づいた。

「…スコール?」
「――俺はイヤだからな!」

いきなり上げられた声。珍しく声を上げたスコールの姿にみんな驚いている。

「な、なんだよ」
「怒ってるう!?」
「俺は過去形にされるのはごめんだからな!」

そう言って、スコールは応接室から飛び出して行ってしまった。スコールが出て行った応接室は驚きと混乱で皆口を噤んでいる。その中で、私は一人冷静に彼の言葉を思い返していた。

(過去形にされるのはごめん…か。そうだよね…死ぬって…そういう事なんだよね…)
「…ファーストネーム。どこに行くの?」

ゆっくりと応接室の扉に向かう私に、キスティスが声をかけた。

「ちょっと外の空気を吸いに。すぐ戻ってくるよ」

笑ってそう言い、私は応接室を出て階段を降りてホールとは逆の方へ歩いていく。何度か来た事があるからどこに何かあるかは大体把握している。廊下を進んだ先はホールと教室棟を繋ぐグランドがある。通路を挟んでバスケットコートが4面あるこの空間に今は私一人。遠くに聞こえる生徒達の声をBGMに、設置されたベンチに腰掛けた。空を見上げて目を閉じれば、アイツとの記憶が蘇る。

「ファーストネーム。今年の無差別格闘技戦、お前出るんだってな」
「うん!サイファーは?」
「俺が出たら、優勝者が決まっちまうだろが」
「なにそれ、自分だとでも言いたいの?」
「俺以外ありえねえだろ」
「いやいや、私がいるよ?」
「ほお、俺に勝つ気か?」
「勿論!」
「なら、試してやるよ。その自信を!」
「おぅ!望む所だ!」
「サイファー!ファーストネーム!食堂ではやめるもんよ!風神も見てないで止めるもんよ!」
「無理」
「えぇぇ!?」


「あの頃は無茶やってたな〜」

呟いた言葉は、直ぐに宙に消えた。

「へへん!先にSeeDなっちゃってゴメンよ!」
「ごめんとか思ってねぇだろ」
「あ、ばれた?これから、一緒にヤンチャしてあげられないけど、泣くなよ〜」
「誰が泣くか。……頑張れよ」
「……な、なんで、…サイファーらしくな、…っ」
「何泣いてんだ」
「だって、サイファーが頑張れよって、!」


いつも強気な言葉で負けず嫌いで、でも…それが救いになったりした。だけど…もう、会えないんだ。そう思うと、じわっと目頭に熱が集まってきた。
SeeDは任務中に私情を挟んではいけない。感情的になってはいけない。冷静な判断を失ってはいけない。

(分かってる。…分かってるけど…少しだけ…数十秒だけ…彼を悼ませて…)

目を瞑り空を見上げたままの頬に、一筋の涙が零れ落ちた。

「サイファー…私、頑張るからね」

風に乗って、私の言葉が彼に届きますように…――。



***



俺らしくなかったかもしれない。あんなに感情的になったのは…久しぶりな気がする。応接室を出て当てもなくガーデンを歩いた。どこのフロアも静かで気持ちを落ち着けるのには十分な空間だ。だが、いつまでもふらふらしている訳にもいかない。次の指令がいつ出るか分からない。だが…応接室に戻る気にもなれないな…。

(とりあえず、ホールまで戻るか)

教室棟から中央ホールへ向かおうとグランドへ続く扉の近くまで来た時に、扉にある窓越しに見知った顔を見つけた。ファーストネームだ。空を見上げているが、目は瞑っている。

(…泣いているのか?)

頬に伝う涙の跡。実地試験や先程までのSeeDとしての顔が、そこにはない。ゆっくりと何かを呟いた様だが、声はここまで聞こえない。そう思うと、両手で涙の跡を一拭きすると、何度と見たSeeDの顔になってホールへ向かい歩いていった。
ファーストネームはサイファーと交流があったんだろう。よくあいつと言い合いをしていた女生徒がいたが、思えばそれがファーストネームだったのかもしれない。

(仲が良かったヤツの死…か。だから、泣いたのか?)

だが、SeeDである以上、そういう事も覚悟しておかなければならない。俺達よりSeeD経験の長いファーストネームは理解しているはずだ。だが、そういう俺もさっきは感情をむき出しにしてしまった。

(SeeDであっても…人間…。だが、そんな事は言っていられない。これが、…現実か)

何が起き、どんな思いをしようと、俺達がSeeDである以上、乗り越えなくてはいけない。

(過去形にならない為に…どうすべきか)

簡単な様で難しい問題を抱えたまま、俺もファーストネームの後を追い、ホールへ向かった。

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