『ここ…どこ……』

風になびく草原、青く輝く海と空。私は1人、そこに倒れていた。
見覚えのない風景、何故私はここに倒れていたのか。それ以前に、私は自分の名前すら分からなかった。

『どうしたんですか?そんな所に座り込んで』

そんな私に声を掛けてくれたのが、シド学園長だった。

『こんな所にいたらモンスターに襲われますよ?さ、お家へ帰りなさい』
『おうち…?』
『…お家が分からないのかい?』
『……』

黙って小さく頷いた私に、学園長は手を差し延べてくれた。

『では、ガーデンに行きましょう。ここにいるよりずっとマシです』

笑顔で言ってくれた学園長。
なんだか懐かしい温かさを感じて、私は学園長に連れられ、ガーデンに行ったんだ。



***



『……ファーストネーム』
『?』
『これに…ファーストネームって書かれてる』

ガーデンに来て数日経った日、首から下げられたクロスのシルバーネックレス。
倒れていた時に身に付けていた物の1つだ。その裏に『Dear "ファーストネーム"』って書かれている。

『では、それがきみの名前なのかもしれませんね、ファーストネーム。…うん、いい名前です』

そう言って貰えて、私は凄く嬉しかった。
自分の名前が分かった事、学園長にいい名前だと言われた事が。


それから数ヶ月が経った。
私は正式にシド学園長に引き取られ、ファーストネーム・クレイマーとしてガーデンで生活をしていた。候補生のお兄さんやお姉さんに平原で敵に遭遇した時の対処法を教えて貰ったり、友達とカードゲームをして遊んだりと充実した毎日を送っていた。
ガーデンに住み着いた犬にサニーと言う名前をつけて、良く近くの森で遊んでいたのもこの時期。そんな時だった…この力が覚醒したのは…。
森でいつもの様にサニーと遊んでいると、運悪くアルケオダイノスに出くわしてしまった。バイトバグやケダチクは何とかなるけど、こいつは別。目が会った瞬間、少しでも動いたら殺されるという恐怖感から腰が抜け、助けを呼ぶ声も出せなかった。
私を庇う様にキャンキャンと威嚇するサニー。
それでも容赦なく敵は私達に襲い掛かり、その大きな口で噛み付こうとした。
その時だった――
目の前に突如力の波動が発生し、それがアルケオダイノスに向かって放たれた。その時発生した爆風によって私は飛ばされた。
巻き起こる球状の闇にアルケオダイノスと共に――サニーも呑み込まれていく様を、爆風の中で見た…。
風が止むと、草木や地面が半円形に削られた後が残っただけ。

『…サ…ニー…?』

応える声はない。さっきまでそこにいたはずの姿が…綺麗に消えてしまっていた。

『…ぅ…ぁ…っぁ…ぁあぁあああああ!!』

何が起こったのか分からなかった。訳も分からず、私は声を荒げて叫んだ。
ただ一つわかったのは…――もうサニーは戻ってこないという事…。


それから私は部屋に篭るようになった。
またあの力が発動するのが嫌で。自分の大切な人を失うかもしれないという恐怖から、外に出るのを避けた。
それでも…毎日扉越しから声をかけてくれる人がいた。

『ファーストネーム。起きていますか?今日はとてもいい天気ですよ?一緒に散歩に出かけませんか?』

シド学園長だ。

『…外でたくない』
『また…失うのが怖いから…ですか?』
『………』

もう何度も同じやり取りをしている所為か、私の言う事を先読みされて何も言えなかった。

『確かにそのままでいれば失うものはないかもしれません。でも…得られるものもありませんよ』
『…ひとりがすきだもん』
『そうですか…』

…嘘。ひとりは…寂しい。

『一人もいいかもしれませんが…ファーストネーム、キミの声はそれがいいとは思ってないみたいですがね』

その言葉の後に、ドアからガチャリと音が聞こえた。
ドアから廊下の光が部屋の中に差し込んできた。真っ暗な部屋の中に、久しぶりに差し込んだ光。そこに…初めて会った時と変わらない優しい笑顔。

『合鍵です。最初からこれを使ってれば良かったんですね。久しぶりに見ました、きみの顔』

その瞬間、涙が出てきた。会えて嬉しい。でもまた変な力で学園長が消えてしまったら。二つの思いに板挟みにされて、どうしたらいいか分からなかった。そんな私に学園長は言ってくれた。

『ファーストネーム。SeeDになりなさい。SeeDになって色んな力、知識を身につけなさい。今は制御しきれない大きな力かもしれません。でも、あなたが強くなれば大切な人を守る力になるかもしれない。そう考えた方が…楽しくないですか?』
『……強くなったら…知識つけたら…大切な人…守れる?』

笑ってゆっくり頷いた学園長。
強くなれば、傷つけなくていい。大切な人を守る事ができるんだ。そう思ったら、涙が溢れて止まらなかった。傷つけるだけの存在なんだと思ってた…でも違うんだってシド学園長は言ってくれた。
その言葉が嬉しかった。だから、私はSeeDになる事を決意した。
SeeDになって、私の中にある力の事を調べよう。大切な人の傍にいたいから。その人を――



***



「ま…もる……」
「…何を守るんだい?」

うっすらと開けた視界の先には風になびく薄手のカーテン。黒掛かったオレンジ色の光が薄っすらと窓から差し込んでいる。

(…懐かしい…夢だったな……。あれから…もう5年も経ったんだ…)

自分の中の力について、自分なりに調べて、SeeDになる頃にはある程度力を制御出来る様になった。予告無く発動される力を、自分の意思で出せる様になった時は、本当に嬉しかった。そう考えていると、カドワキ先生の優しい顔が視界に見えた。

「まだぼーっとするかい?」
「…いえ、もう大丈夫です」

体をゆっくり起すと、カドワキ先生が薬を差し出した。

(…またこの苦いの飲まないといけないのか…)

溜息を一つ落とし、ぐいっと薬を口に流し込む。

「さっき、あんたの仲間達が来たよ?」
「仲間達?」
「エリックとイリスだよ。準備があるからってさっき出て行ったけど。起きたら顔見せるように言ってたね〜」
(2人とも…心配してくれたんだ)

学園長以外にこの力の事を知ってるのは、エリックとイリスの2人だけ。
2人の前で初めて力を使った時も、私が起きるまで傍にいてくれた。…そう考えたら、ちゃんと大切な人守れてるのかな?って疑問に思う。

(いつも、私は仲間に守られてばかりみたい…)
「もう動けるなら、ちょっと顔出しに行ったらどうだい?」
「あ、そうですね!行って来ます。エリックとイリス…準備って何の準備してるんだろう?」
「そりゃ、SeeD就任パーティーだろ?さっき結果出たみたいだからそろそろ始まるんじゃないかい?」
「パーティー?!って事は…ご馳走!!」

私はベッドから飛び起き、保健室を出て行った。

「…本当、食い意地張ってるね〜」

カドワキ先生は呆れた様にクスッと笑った。

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