脱走者


(これにも、それらしいのは書いてない…か)

読んでいた本をパタンと閉じ、横に積んだ本の山の頂上に置いた。
自分の力が何なのか調べるため、時間が空けば学園の図書室に足を運んでいる。
ガーデンに入ってもう5年。ここにある本も殆ど読んでしまった。

「っ、あぁ〜〜!!」
「…図書室では静かにお願いします」
「あ、ごめんっ!」

心の中で叫んだつもりだったのに、声に出ていたらしい。なんて事は、頻繁にある。その度に図書委員の女の子に注意されるが、毎度の事で彼女も顔が笑っている。

「ファーストネーム先輩が私服なんて珍しいですね」
「そう?…確かに、任務続きで私服着る事があんまりなかったからね〜」

黒のタンクトップにグレーとホワイトのボーダーカットソーに、首から提げたクロスのペンダント。短めのジーンスにお気に入りのメズマライズの毛付きショートブーツ。本当はもっとお洒落したいんだけど、いつ任務が入るか分からないし、動きなれた格好でいる事が多い。

「前から聞こうって思ってたんですけど、その青い宝石の付いたクロスって誰かから貰ったやつなんですか?」
「あ、これ?」

記憶を失ってバラム草原に倒れていた時から付けていた唯一の物。中央にアクアマリンの付いたクロスのペンダント。裏に彫られた『Dear.ファーストネーム』という名前は、多分私の事。

「うん。大切な人からもらったもの…」

だと思う。と心の中で付け足した。記憶がないからその辺ははっきりと分からない。

「それって、エリック先輩ですか?」
「え?エリック?」

思いもよらぬ人の名前が出てきてびっくりした。多分、私は今鳥が豆鉄砲を食らったような顔をしているに違いない。

「だって、付き合ってるんですよね?」
「エリックと?違う違う!確かに仲間として好きだけど、恋愛感情じゃないよ〜」
「そうなんですか?!私たちの中で理想のカップルってなってるんですけど」
「アハハ、ごめんね〜ご期待に応えられなくて」
「…でも絶対エリック先輩はファーストネーム先輩の事好きなんだと思うんだけどな〜」
「ん?何か言った?」
「いえ!なんでもないです!」

じゃあ失礼しますと頭を下げてた図書委員の女の子は、ブツブツ独り言を言いながらその場を去っていった。

(私とエリックがね〜。エリックに言ったらゲッ!お前ととかありえねえ!とか言って嫌がりそう)

そんな事を考えながらまた体を机に向け、まだ読んでいない本を手にした。

(魔女の伝承…?)

赤い表紙で著者不明の古い本。ページを捲る度にパリパリと音を立てるその本には、題名通り魔女について著者の考察が書かれていた。
魔女については一度授業で話を聞いた事がある。魔女はその異質な力により、人々に忌み嫌われる存在であった。その為、魔女は人から離れ、ひっそり住んでいた。故に、魔女の力がどうやって生まれ、どう受け継がれるのかは一切分かっていないらしい。

(忌み嫌われる存在…か…。他の人と違った力を持ったせいで嫌われるなんて…魔女は…それをどう受け止めてたんだろう…)

自分と被る所があるなって思うと、何だか急に遣る瀬無い気持ちになった。

「この本、借りて帰るね!」

机に立てかけておいた武具を持って本をカウンターへ持っていった。寮の部屋でゆっくりこの本を読む為に。
馴れた手つきで図書委員の子は本のバーコードを機械で読み取り、貸し出しの手続きを済ませてくれた。ありがとう、と本を受け取り中央ホールへの通路を進むと騒がしい声が聞こえてくる。

「どけぇ!!」
「サイファー!待ちなさいッ!!」

中央エレベーターの階段をガンブレードを手にしたサイファーが駆け下りてきた。2階の廊下から声をかけているのは…キスティスだ。

(サイファー…確か任務放棄の件で懲罰室に入れられてる筈じゃ…って事は…脱走?!)

そう思った時、既にサイファーは図書室前を通過し、まっすぐ駐車場に向かっていた。

(兎に角捕まえなくちゃ!)

サイファーの後を追い、私も駐車場に向けて駆け出した。



***



「うわっ!!」

駐車場通路を走ってると、誰かが倒れる様な声が聞こえた。そのすぐあと、エンジン音と共に車の走る音が。

「サイファー!!」

叫んだ時には、車は駐車場の入り口を潜った所だった。近くに倒れていた整備員に駆け寄ると、殴られた様な跡がある。多分、車の点検中にサイファーに殴り倒されたのだろう。

「大丈夫?」
「あ…あぁ…」

整備員の腕を肩にかけ、ゆっくりと体を起す。

「ファーストネーム!サイファーは?!」

珍しく私服のキスティスが追いついて来た。私が首を横に振ると、溜息1つ落として頭を抱えた。

「とりあえず、保健室に連れていかなきゃ」
「…そうね」

私と反対側の腕を肩にかけ、保健室に向かった。

(サイファー…何で脱走なんて…)



***



保健室に怪我人を引き渡して、私達は学園長に報告に行った。

「…以上です」
「そうですか…」

学園長の話、キスティスの報告によると、今回の任務のクライアント、ティンバーのレジスタンス『森のフクロウ』のメンバー、リノア・ハーティリーはサイファーの知人らしい。
レジスタンスの目的はガルバディア大統領を拉致し、ティンバーを独立させる事。サイファーの紹介で依頼を受けたんだけど、小さなレジスタンスの為依頼料は余り払えない。だから、金の亡者な制服教師共はその依頼を拒んだが、学園長の独断で依頼承諾。…がSeeDを3人しかつけなかった。そのメンバーが昨日SeeDになったばかりのスコール、ゼル、セルフィの3人だ。
それを聞いたサイファーが腹を立てたらしく、自ら任務先のティンバーへ単独で向かった…と言うわけだ。

「仕方ありません。キスティス、ファーストネーム。サイファーの後を追い、サイファーを捕縛して下さい。もし大事になりそうなら、ティンバー班と合流し、サイファーを止める様に」
「「了解!」」

学園長室を出て、私達は駐車場に向かった。エレベータを降り、案内掲示板の近くで見知った顔を発見した。

「エリック!」
「ん?おー、ファーストネームにキスティス。どうしたんだ?そんな慌てて」
「これ、預かっといて!」
「は?」

渡したのは図書室で借りた赤い表紙の本。

「一週間経って戻らなかったら代わりに返しといて!じゃっ!」
「おい、ちょっ!」

無理やり押し付けて、キスティスの後を追う。無茶すんなよー!ってエリックの声が聞こえ、返事代わりに腕を上げて応えた。何も言わなくても大体の事を察してくれる彼には色々感謝する事が多い。…ムカツクときもあるけど。



***



「任務でティンバーに行きます。車を出してください」
「え、あ、はい!」

整備員が慌てて車のキーを取り、運転席に乗り込む。私服姿の私達が任務と言うのに戸惑っているのだろう。
通常、任務に行く際はSeeD服を着る。いかにSeeDが優れているか、そのSeeDを育てるガーデンがどれほど凄いのか名を広める為に制服着用での任務が基本であるが、今回依頼があったクライアントの目的はガルバディア大統領の拉致。下手をすれば、政府とガーデンで対立が起こるかもしれない。ガーデン生である事を隠す為に私服行動になった。

「できるだけ急いでちょうだい」
「は、はい!」

私達も車に乗り込むと、すぐ車は発進しだした。向かうはガーデンから一番近い町、バラム。昨日、実地試験でもバラムから船に乗ってドールへ向かった。ティンバーへも、バラムから出る海底列車で行くしか手段がない。
サイファーが出て数十分。もう列車に乗ってティンバーに向かっている所だろう。

「サイファー…何考えてるのかしら…」

エンジン音が響く車内の中で、キスティスが呟く様に言った。確かに、サイファーは好戦的ではあるが、冷静な判断力も持っている。いつも好き勝手やってるけど、今回の様な事は初めてだ。

(サイファー…無茶しなきゃいいけど…)
「こんな事が起きるから…教官外されちゃったのかもね…」
「…え?!キスティス、教官外されたの?!」

あまりにもビックリして声を張りすぎたせいか、キスティスが笑って言った。

「昨日ね。教官失格って言われた。…ま、それは自分でも納得してるんだけどね」
「そっか…」

教員になるのが夢だったキスティス。その夢が叶って少ししか経ってないのに…多分…ううん、きっと辛かったはず。

「教官じゃなくても…」
「ん?」
「…教官じゃなくても…キスティスはキスティスだよ」

こう言う時、なんて話しかけていいのか、私はわからない。でも…教官でもそうでなくても…私はキスティスの仲間である事に変わりはない。

「そうね…ありがとう」

ふわりと笑った優しい笑顔。私もつられて一緒に笑った。

「グチを溢してる場合じゃないわね!何か起こる前にサイファーを止めないと」
「そだね!久しぶりにキスティスと行動するの楽しみ!」
「フフッ。期待してるわよ」
「了解!」

そう言った時、ちょうどバラムに到着。私達は駆け足で駅への道を急いだ。

しおり
<<[]>>

[ main ]
ALICE+