間に…入れた気がしたんだ


ハァ、ハァッ…

ザクザクと土を踏む音と私の呼吸音だけが響く畦道。

「…見失っちゃったな…どっち行ったんだろう…」

左右に別れた道の中央に立ち尽くした。道の先へ視線を向けるが、さっきまであった頭痛は治まっていて、もう何も感じない。
やっぱり…風邪かなんかだったのかな…。でも…やっぱり気になる。あの胸のモヤモヤが。それに、2人があんなに真剣な顔で走って行った…絶対何かあったんだ。
急いで彼らに追いつきたいって思っても、どっちに行ったのか分からず立ち往生していると、後ろから誰かが駆けて来る足音が聞こえて来た。

「お前、こんな所で何してんだ?」

足音の主は、鬼崎君だった。

「あ、鬼崎君!珠紀と鴉取さんがこっちの方に駆けて行ったんだけど、鬼崎君何か知ってる?」

私の質問に、彼は困った様な顔をして視線を反らした。

「大した事じゃない。お前はババ様の所に戻ってろ」

頭をポン叩かれ私の横を過ぎ去ろうとした鬼崎君の手を、ギュっと掴んだ。

「私も連れて行って」
「は?」

驚いた様に、そして呆れた様にも見える顔をして私をみる鬼崎君。

「お前はやめとけ。森の中に入るんだ。また危険な目に合いてーのか?」
「でも、珠紀や鴉取さんが心配だし…それに鬼斬丸ってのと関係ある事なんでしょ?」
「……」

沈黙は肯定…って事なんだよね?

「もし…そうなら、私の中にある力ってのと関係あるかもしれないなら…それが何か確かめたいの…」
「……」
「お願い…迷惑かけないようにするから…!」

いっそう掴んだ手に力が込もる。
迷惑かけない…なんて無理な話かもしれない。タタリガミに出くわしたら、私は何もできないから。だけど…じっとしては居られない。
少しの沈黙の後、鬼崎君は諦めた様に大きく溜め息を吐いた。

「俺の傍から離れない事…わかったな?」
「――うんっ!!」

私の返事に鬼崎君が少し微笑んで、目的の地へ体を向け駆け出した。その後ろを、離れないようにと私も駆ける。私は不思議と…顔に笑みが零れてた。
これから、もしかしたら何か怖い事が起こるのかもしれないのに…。

俺の傍から離れない事…わかったな?

仲間に…入れた気がしたんだ。みんなの…鬼崎君の隣にいてもいいんだって…そう思ったんだ。



***



森に入って少しすると、段々空気が変わってくるのを肌で感じてきた。初めて珠紀と会った日や、森でタタリガミに襲われた日と同じどんよりと重く暗いこの空間。まるで、別の世界に迷い込んだ様なその感覚は何度遭遇しても慣れる事はないと思う。少し気を緩めれば迷ってしまいそうで、前を歩く鬼崎君に必死について行く。
時折、鬼崎君が後ろを振り返り私の顔色を伺ってくれる。その度に親指を立てて大丈夫!と笑顔を向ける私。気力的には問題ないんだけど…体力的には結構キツイ。
ここに来るまで駆け足で来たから、まだ息が荒い私に対し、鬼崎君は何事も無かったかの様にケロっとしてる。
…体力つけないとダメだな…私って真剣に思った。

視界の悪い森の先から、小さな光が一瞬見えた。
閃光の様なその光は蒼く、光と共にバリっという音が小さく響いてきた。
前を進んでた鬼崎君が私の前に手を出してけん制し、そっと体を屈めた。
私もそれにならって腰を折り、光のする方へ目を凝らした。
だが、この暗い空間で視力の悪い私は、その光と音以外認識する事はできない。
でも鬼崎君は違うらしい。
彼は目を細め、険しい顔をして光の下を睨んでいる。

体勢を低くしたまま進む彼の後に着いて行くと、私にも漸くその姿が捉えられた。
人がいる。珠紀と鴉取さんの後姿。…そして、もう2人…誰かいる。でも、この距離じゃ誰かなんて確認できない。目を凝らして見てた私の肩を、鬼崎君がポンと叩いて彼に顔を向けた。

「…お前は珠紀達の後ろに回って合流しろ」
「…鬼崎君は…?」

微笑んだ鬼崎君は大丈夫だとだけ言って、先に進んだ。私は言われた通り、ゆっくり彼らの後ろに回り込んだ。段々、対峙してる2人の姿がはっきりしてくる。
一人は長身で髪を長く伸ばした中年くらいの男。落ち着いた佇まいをしてるが、その周りには私にでも分かるほどの重圧な空気が漂っている。近づくものを、簡単にねじ伏せてしまえる程の強大な力を感じた。
もう一人は片目に眼帯をつけ、大鎌を引きずった痩せ型の男。目を紅く染めた不気味なその姿は、まるで死神の様だと思った。無表情なその男は、ただただ冷たいその目で対峙する2人を見ていた。

「……カラスの化身か?」

呟くように言った彼は、変わらず無表情のままだった。
…烏?

「やめろ、ツヴァイ。モナドは戦闘を禁じた」

長髪の男がそう言うと、ツヴァイと呼ばれたそいつはゆっくりと振り返った。

「……この男の魂は、美味しそうなんだ。アイン」

アインと呼ばれた男に、淡々と言ったツヴァイは、その言動とは裏腹に感情が一切感じられなかった。

「よそ見してんじゃねえよ!」

ツヴァイが後ろを向いている隙に、鴉取さんがそう叫び、一瞬にして彼の懐へもぐりこんだ。瞬間移動したかの様にツヴァイの前に現れた鴉取さんは何か呟くと、彼の体に添えられた鴉取さんの両手から強烈な風の一陣が現れ、突風をまともに食らったその体は凄い勢いで吹き飛ばされた。前にもこの力を目にしたけど…。

「すごい…」
「?!…ッ名前?!」

アインとツヴァイに気がいっていて、私がすぐ後ろに来ていた事に気づいていなかったんだろう。珠紀は本当に驚いた顔をして私をみた。でも次の瞬間、何かを感じ取ったんだろう…鴉取さんの方へと視線を戻すと…。

「やめて!!」

吹き飛ばされたはずのツヴァイが、鴉取さんの喉元に大鎌を突きつけていた。
無我夢中だったんだろう。森に響く珠紀の声に、珠紀自身がハッとしたのが分かった。
その声に、私や鴉取さん、アインにツヴァイも視線を珠紀へ移した。
鴉取さんは驚いた顔で、2人は…じっと珠紀を見ている。

「…あ」

脅えた様に出た珠紀の言葉。少し震えるその体を、私が触れるとビクッと体を強張らせた。私は彼らに視線を向けたまま、珠紀の体をグッと支えた。

「…おまえ達は?」

珠紀と私を交互に見るツヴァイの目は本当に冷たかった。
冷たい上に、異常なまでの威圧感。氷の刃を喉元に突きつけられてる様な…そんな感覚に心臓の鼓動が気持ち悪くなるくらい高鳴る。そして、一歩、ツヴァイが私達に近づこうとした。

「お前の相手は俺だろ!そいつらに手を出すんじゃねえぞ!!」

鴉取さんの声など気にも留めず、ゆっくり私達に近づくツヴァイ。
でも、私も珠紀も動けない。珠紀はどうだったかわからないけど…私は、動きたくても動けなかった。そんな時、ツヴァイ目掛けて何かが降って来た。それと共に地面が抉れ、地響きがなる。だが、それをツヴァイは軽く避けた。
これは……。

「…ケンカなら、俺の出番か?」

そこに立っていたのは、さっきまで一緒にいた鬼崎君だった。
…かっこつけて登場して…今までどこにいたんだよ!って心の中でツッコんだけど、そんな余裕は一瞬にしてなくなった。

「……」
「……」

沈黙だけが、空間を漂っている。動くものはなにもない。虫の音も、木々の葉音さえも聞こえない。ただ、互いの視線が痛いくらい交じり合って、息をするのも許されない。
緊迫した静寂の中、私はただただ恐怖に震えていた。
アインもツヴァイも…凄く強い。鬼崎君や鴉取さんも強いけど…彼らは群を抜いている。そう…感覚的に思った。一瞬にして私や珠紀の命を、赤子の手を捻る様に容易く奪う事ができるだろう。
恐怖で吐き気さえ押し寄せてきそうなのに…だけど…隣にいる珠紀は、じっと彼ら二人を睨んでいた。その辺にいる動物なら、彼らの瞳を見た瞬間逃げてしまうだろうその視線に、負けまいと睨み返している。手は…ずっと震えているというのに…。
そんな珠紀の足元には、彼女を護ろうとする様にオーちゃんが姿を現し、アインやツヴァイに牙を向けている。

「……帰りなさい」

震える声で…珠紀が言った。

「帰りなさい。私に従う者が、他にも、すぐここに来るでしょう」

途切れ途切れの言葉。恐怖に押し負けまいと、搾りだしているのだろう。

「帰りなさい」

小刻みに震える手足。それを隠す様に強くいう言葉。
…隣にいる私は…彼女の腕を掴んでるはずの手が痺れた様に力が入らなかった。
彼女の言葉を聞いて黙っていたツヴァイの大きな鎌がガシャリと地面を引きずり音を立てる。それと同時に鬼崎君や鴉取さんが身構えた。ツヴァイも鎌を引きずったまま立ち止まった。次の行動一つで、決着がつく…そんな緊迫した空間。
それを打ち破ったのは、一人、黙って見ていた彼だった。

「大事にするのは、まずい」

重低音が響く。暫く沈黙の後、ツヴァイの手から鎌が消えた。しかし…彼らはじっとこちらを見ていた。珠紀を見ていると思ったけど…それは違った。
彼らの目は…しっかりと私を捕らえている。品定めをしているかのようにじっと見られ、そしてゆっくりと瞳を閉じ私達に背を向けて暗い闇の中へと姿を消した。
………終わった…?
沈黙の後、無意識に止めていた息をゆっくりと吐いた。生きた心地のしないこの空間からやっと開放されたのだと、安堵した。それは珠紀も一緒だった様で、震えてた足が急に折れ、その場にペタンと座り込んだ。私はそれを支える様に体を掴んだ。

「……あはは。帰ってくれた…」

まだ呆然とした珠紀が、独り言の様に言った言葉。鬼崎君や鴉取さんが私達の下へ駆け寄ってきた。そして…。

「バカかおまえは!!」

鬼崎君の怒号。

「二度とやるんじゃねえぞ、こんな危ない真似」

静かにいう鴉取さん。怒られてる本人は、それでもかすかに微笑んでいた。

「私も…役に立てたよ」

そう笑ったかと思うと、珠紀は頭を押さえて俯いた。

「どうしたの?珠紀」
「…頭、いたい」
「……むちゃするなよ。頼むから」

呆れた様に大きく溜め息を吐いた鴉取さん。

「…だって、助けてもらってばっかりで、みんなが危ない目にあってるのに、自分だけ安全なんてそんなのやだから…」

そういった珠紀の頭を、鬼崎君が容赦なくゴツンと殴った。

「いたっ!」
「借りとか貸しとか、そんなの考えんな!バカ!俺は、お前が殺されるかと思ったんだぞ」

鴉取さんも、大きく頷いた。ゴメンといった珠紀は…嬉しそうに微笑んでいた。
助かってよかったって思ったのと同時に…なんだが、凄く空しくなった。

助けてもらってばっかりで、みんなが危ない目にあってるのに、自分だけ安全なんてそんなのやだから…

珠紀は…私と一緒だと思っていた。玉依姫として…護られる存在だと…。私みたいに…鬼斬丸と関係があるから…そういう名目で…護られてる存在だと…。
…だけど…違う。玉依姫だから…守護者を…彼らを護ろうって…震えながら彼らに立ち向かった。守護者を…仲間を…護ろうって…。
仲間に…入れた気がした…なんて思ったけど。違う様に思った…。私はただ……後ろで見ていただけ…彼らの為に…何にも出来ない…。…彼らの中に…入れない様な気がしたんだ…。



***



「モナド…今日あなたの言っていた少女に会いました」
「…そうか」
「しかし、モナドが言う様な力は見受けられなかった。本当にあれがアーティファクトと――」
「今はまだ時でないだけだ。もう少し様子をみよう」

暗い部屋で蝋燭の灯りだけともったその部屋に、男と小さな少女の影。少女は窓辺に立って、そこから見える月を眺めた。

「――リメイン…」

少女言葉は月明かりの下、静かな空間へ消えていった。

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